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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第二章  錯綜 4

         4

 みみ架は内心で舌打ちしていた。
 この状況――どう収集つければいいのか。
 本心では余計な面倒事に首を突っ込みたくないし、抱え込みたくもない。読書の時間が減る可能性がある。しかし、この状況下で締里を見捨てれば【ワイズワード】の使用アクセス許可をした何者かに、みみ架が見限られるリスクが高かった。

 否――、この状況を見過ごせば、後味が悪すぎて読書の阻害になる。

 優樹は値踏みするように、みみ架を観察する。
「本当は堂桜財閥か統護から、君に救助連絡がいったんじゃないの?」
「誤解よ」
 自分を誘った、本に書かれていた内容が、果たして堂桜財閥からのデータなのかは判別できない。仮に堂桜財閥が直接【ワイズワード】になんらかの方法でデータ送信したとしても、それはみみ架にとってどうでもいい事であった。
 みみ架はわざとらしくとぼけてみせた。
「クラス委員長として転校生に注目していた末の、偶然の目撃。本当にそれだけよ」
 みみ架と堂桜財閥が直接的に繋がっているという証拠がない以上、そして事実としてクラスメートに堂桜統護がいるだけのみみ架がそう言えば、堂桜財閥が観測データを私的流用したとは誰にも証明できない。
 しかし。
 自分自身も監視対象になっている――という事実は、みみ架に少なからずの衝撃を与えていたが、それでも【ワイズワード】を手放す気はない。
 その本性が魔導武器であっても、彼女にとっては便利な本型の魔導機器なのだから。
 すでに【魔導機術】は立ち上げている。専用【DVIS】である栞を模したカードは、胸のポケットの中で輝いていた。
 本を開く。
 みみ架はロイドを遮った白い壁を解除した。

 白い壁の正体は――規則正しく整列している頁の群であった。

 ばらけた頁群は一瞬で本体である【ワイズワード】の中へと雪崩れ込んだ。
 本を閉じた。
「できれば話し合いで丸く収めたいのだけど、できないかしら?」
「ずいぶんと落ち着いているね、君。魔術戦闘の場に乱入したっていうのにさ。やっぱり君って、みんなが噂しているように」
「戦闘に興味はないわ。私の状況介入の目的は、あくまで仲裁だから」
 ロイドがやや焦りの滲んだ声を張り上げた。
「優樹様! 私も加勢します」
 執事の言葉を、優樹は怒りと共に拒否した。
「必要ない。ボクに恥をかかせるつもり?」
「そうね。こちらには戦う気自体がないのだから、加勢云々はそもそも不必要だわ」
 優樹は鼻で笑った。
「君ってさ。賢しいふりをしているだけで、本当は頭は悪い方だよね? まさか君に戦う意志がないからって戦闘にならないとで――」
 言葉は途中で強制的に止められていた。

 優樹の喉元には、白い矛先が添えられていた。

 ごくり、と優樹は喉を鳴らす。
 気が付けば【ワイズワード】の頁を幾層にも束ねた長槍を突きつけられていた。
「い、いつの間に……」
 矛先は、優樹の喉元から左耳――ピアス型【DVIS】へと移動していた。
 みみ架は誇るでもなし、威圧するでもなしに、淡々と告げた。
「繰り返すわ。私は話し合いと仲裁をしたいのだけれど」
「な、なるほどね」
 実力行使する自信があっての発言か、と優樹は納得した。
 対して、平静を装っているみみ架も驚いていた。
 この【ワイズワード】という【AMP】の使い勝手の良さに。例の魔術を封印したみみ架であったが、生憎と他のエレメントに対する適性は全て最低レベルであった。その適性と魔術的才能の欠如を補って余りある――【土】属性で紙を制御する魔導武器であった。
「話し合い、応じてもらえるかしら?」
「嫌だね。ここまでされてボクが引き下がるとでも?」
「そういう性格なのね……」
 嘆息するみみ架に対し、優樹は両目を眇めた。
「確かに槍はリーチがあるけれど、一度かい潜ってしまえば!」
 優樹はヘッドスリップで矛先を避けて、一気に踏み込もうと姿勢を低くした。
 ずん、という腹部への衝撃で、優樹は両膝をついて丸まった。
「これ――槍じゃなくて八節棍よ」
 棒状に直列させていた棍の節を解除して、みみ架はひるがえした矛先を真下から優樹の腹へ叩き込んでいた。当たる瞬間、矛先を丸めるという余裕まであった。
 みみ架は八節棍を本の中へと還した。
 八節棍を維持したまま、同時に他の紙魔術を扱えないと実感していたからだ。
「が、、がはっ」
 苦しげな息と共に微かな胃液を吐く優樹に、みみ架は再度告げた。
「楯四万さんのゼロ距離射撃のダメージもあるし、無理しない方が賢明よ。さあ、話し合いをしましょう。読書の時間が減るからあまり手間をかけさせないで」
「本当に君って、何者なんだよ」
「貴方の学級のクラス委員長。趣味と生き甲斐は読書。それ以外の何者でもないわ」
 優樹はどうにか立ち上がる。
「はは。魔術戦闘もいいけれども、まずはその邪魔な【AMP】を消そうかな」
「これを? どうやってかしら?」
 これ見よがしに左手に持った【ワイズワード】を肩口に掲げて、みみ架は首を傾げた。
 優樹は静止状態から一気にトップギアまで速度を上げ、みみ架の懐に踏み込んだ。
 そして右拳を【ワイズワード】目掛けて繰り出す。

「見せてあげるよ! これがボクの【デヴァイスクラッシャー】だっ!」

 拳が本に当たる寸前。
 本が拳との距離を保ったまま後ろへ引かれた。
 みみ架はフリーになっていた右手で、優樹の右拳が伸びきった瞬間を捉え、手首を掴む。
 親指と親指を絡め、捻り、手首を極め、そこからテコの原理で肘――肩――背中――と震動を骨沿いに伝達させた。
 みみ架が右手をあげると、優樹も操り人形のように従った。
 防衛本能で、骨と関節を守るために反射的に不自然なつま先立ちになった優樹の背後に、するりと、みみ架は回り込んで背中を当てる。
「はっ!」
 裂帛の呼気と共に、みみ架は右手を振り下ろした。
 同時に、拘束していた手首を解放すると、優樹の身体は天地逆になった死に体で錐揉み回転していた。
 最後に、みみ架は軽く当て身を添えて、優樹を床面に転がした。
 本来ならば受け身をとらせない状態にして、頭部に肘か膝を打ち込む『殺し業』だった。
 優樹は呆けた顔で大の字になっていた。
「莫迦ね。本を狙うって宣言して、そのまま真っ直ぐに本を狙うなんて」
 兵法の基本だ。みみ架は優樹の【デヴァイスクラッシャー】を知っていた。相手の手の内を知り、そして自分は手の内を明かしていない状態だ。戦う前から勝負はついていた。
 みみ架は【ワイズワード】を開き、紙の縄を出現させた。
 その縄を巧みに操って、ロイドの傍で倒れたままの締里を絡め取って、空中へと放り投げた。
 締里の身体は金網フェンスを越えて、屋上の外へと放り出されていた。
 縄を消すと同時に、みみ架は走り出していた。
 そして再び本を開き――頁で創られた階段を出現させると一気に駆け上がる。
 伸び続ける階段の最先端で、みみ架は締里をキャッチした。
「――はい。無事に確保っと」
 みみ架は改めて優樹に提案した。
「じゃあ、話し合い、いいかしら?」

         …

 ロイドは思わず拍手していた。
「見事なお手並みでした。まさか伝説の武人の後継者がこんなに若いお嬢さんだったとは」
 彼には最初から分かっていた。みみ架の歩き方や、正中線(体幹と背中の軸)の美しさから彼女が達人級の武芸者だと。
「ウチの道楽ジジイを知っている様子ね」
 みみ架は顔をしかめた。
 祖父の黒鳳凰弦斎は道楽で古書堂の店主をやっているが、本職は護身術道場の経営者だ。そして祖父は先祖から相伝されている【不破鳳凰流】なる古武術の伝承者であった。
 次期後継者としての婿養子を切望した祖父から離れ、弦斎の反対と妨害を押し切る大恋愛の末に累丘家に嫁入りした母は、師範代の立場と【不破鳳凰流】を棄ててしまった。
 母は重度のゲーマーで武術など好きではなかった。父は重度のアキバ系オタクだった。
 そして、母が武術を棄てたとばっちりを、孫娘であるみみ架が背負わされた。
「……言っておくけれど、私は【不破鳳凰流】とは無関係だから。もしも門下生の中から使えそうな者が出現したのなら、喜んで伝承者とやらを進呈するわ」
 しかし、今のところ二百人を超える弟子の中に、【不破鳳凰流】を身に付けられそうな資質持つ者は皆無であった。通常の骨法・合気道・空手、あるいは近代的なマーシャルアーツでは破格の達人も多いが、それでも【不破鳳凰流】を学ぶには才能が足りなかった。
 起き上がった優樹は、照れも混じった半笑いで訊いてきた。
「伝説の武人って、君はやっぱり凄い人だったんだ」
「よしてよ。どんな武術の達人だって、今の時代は戦闘魔術と組み合わせて使用できないと、ほとんど意味も成さないものだし。私の場合、たまたまこの【ワイズワード】との相性が良かったから貴方と戦えたってだけよ」
 言葉とは裏腹に、みみ架は新たな可能性を手にした、という実感を得ていた。
 いくら【不破鳳凰流】の力があっても、魔術師として未熟であれば、まともな魔術戦闘などできるはずもない。その魔術師として無才な自分がこれ程までの戦闘ができた。
「謙遜するね、君」
「事実として私はクラス委員長で読書好き。本当にそれだけよ」
 母が行ったように、自分も早々に職場あたりで適当な相手を掴まえて結婚して、子供を産んで、悪いけれどその我が子に【不破鳳凰流】を継いでもらう腹積もりであった。
「分かったよ。――で、話し合いってどうするんだ?」
「そうね。まずは楯四万さんを病院で診てもらった方がいいと――」
 その台詞は途中で遮られた。
 締里がみみ架の口を手で塞いだのだ。
「却下よ。ダメージの自己診断は訓練されているわ。この程度ならば病院は必要ないわ。それに私は、定期検診も含めて指定された病院でしか受診できないのよ」
「オーケー分かったわ」
 銃型【AMP】を個人所持していた点のみでも、締里が真っ当な側の人間だと、みみ架には容易に想像できていたので特に驚きはなかった。祖父の門下生には、そちら側の人間も混じっているので、耐性もできていた。
「病院は後回し、で決定ね」
「それで私の身柄はどうなるんだ?」
「拉致はNGの方向で。けれどもこのまま家に帰す、じゃあ比良栄くん側が納得できないでしょうから、私に一任させて」
 みみ架は締里を抱き上げた姿勢のまま、器用にポケットから携帯電話を取り出した。
 記憶してあったある番号をプッシュする。【ワイズワード】は電話帳としても世界一だ。
『……もしもし。誰だ?』
「ああ、堂桜くん。私よ、累丘」
『累丘って委員長!? どうして俺の番号を? ってか、お前ってケータイ持ってないって』
「建前ではね。実際に持っていなければイザって時に不便でしょう?」
『お前ってヤツは』
 通話先で呆れているのが伝わってくる。みみ架はしれっと言った。
「私がそういう人間だって理解していると思っていたけれど」
『そうだな。で、用件は? 委員長は読書以外では無駄な事は一切しないヤツだろ』
「ええ。貴方も予想できていると思うけれど……比良栄くんVS楯四万さんの結果から説明していきましょうか」
 みみ架は【ワイズワード】の秘密を除き、一部始終を統護に話した。
「――それで私が提案する結論としては、堂桜くんは比良栄くんとの同居を続行する事。多少のわだかまりは残るでしょうけれど、そもそも喧嘩を売ったのは楯四万さんの方だしね」
 おおよその事情は、【ワイズワード】からの情報がなくとも、みみ架には容易に推理できていた。鍵は――お互いの【デヴァイスクラッシャー】に関する秘密なのだろう。
 統護は予想通り、あっさりとみみ架の要求を飲んだ。
『分かった。じゃあ締里は?』
「そこで相談なんだけど、この子って独り暮らし?」
『いや、今は【光の、』
「ストップ。余計な情報は聞きたくないわ。訳ありの子だって分かっているし。イエスかノーのみでシンプルに答えて」
『ノーだ』
「ご家族と一緒?」
『……ノーだと、思う。いやイエスか』
「はいはい。推理しやすいリアクションをありがとう。例のアリーシアの件も合わせると答えを言っているようなものじゃない。だったら、今の状態の楯四万さんを帰すのも悪いわね」
『迷惑がるような人達じゃないぜ』
 本当に堂桜統護は変わった、とみみ架は感じた。
 以前の彼はもっとドライに振る舞っていた。ただ振る舞っていたと感じる程度には、以前の彼は今の彼と別人でもなかったが。
「気持ちと実害は別でしょう。今の楯四万さん、ロクに動ける状態じゃないわ」
『病院も駄目ならどうするんだ?』
「そっちに提案ある?」
『俺が迎えに行って、堂桜の屋敷で面倒みるか、俺がホテルでもとって世話を焼くか』
 みみ架はため息をついた。
「はい却下。それだと堂桜くんと比良栄くんの件が片付かないじゃない。なによりも年頃の男女が二人でホテル暮らしなんて駄目に決まっているでしょう」
『じゃあ、どうすればいいんだよ』
 通話先の口調がちょっと拗ねた。
 みみ架は諦め気味の口調で提案した。
「仕方がないから、堂桜くんと比良栄くんの関係に片が付くか、あるいは楯四万さんが復調するまで、彼女ウチで預かるわよ」
 面倒事が増えてしまった、とみみ架は内心で苦笑した。
 しかし、決して不快ではなかった。
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