魔導世界の不適合者
作者:真中文々
第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』 (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)
第二話 第二章 錯綜 3
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校舎の屋上で対峙する男子生徒と女子生徒。
両者の間には、思春期の男女が向き合っているというシチュエーションには似つかわしくない緊迫した空気が横たわっていた。
一年の女子生徒――楯四万締里は、愛銃を男子生徒に照準していた。
銃口を前に、二年の男子生徒――比良栄・フェリエール・優樹は怯えの色を見せない。
優樹は感嘆を口にした。
「へえぇ……。パーツ毎に分解して制服の隠しポケットに収納していた物を、ほぼ一瞬で組み上げるとは。ホント凄いね」
「余裕もいいけれど、この【AMP】はオモチャじゃないわよ」
締里の両目が細められた。
一般に流通している【AMP】は『アクセラレート・マジック・ピース』と正式名称されている魔導補助機器である。しかし締里が手にしている【AMP】――肉食獣を想起させるデザインの黒い拳銃は、軍用拡張兵器すなわち魔導兵器の一種としての『アームド・モデリング・パーツ』の頭文字を繋げた単語を指す武器だった。
優樹は頷いた。
「オモチャじゃないのは知っているよ。君の身元は、例の《隠れ姫君》事件でボクにも調べが付いているからね」
ファン王国王室付き魔術特務兵にして、ニホンの各特務部隊にも魔術工作員として籍を置いているのが、正式にアリーシア・ファン・姫皇路第一王女の側近となった現在の締里だ。
通常ならば学生が所持できるはずのない特殊兵器を得ているのは、その肩書き故である。
「どの組織も君を手放さなかったとはいえ、肩書きが多すぎだよ、君」
「いいえ。私の心の肩書きは、姫様の従者ただ一つ」
緊迫感が極限まで達した。
二人の距離は、約十二メートルだ。
優樹は銃口に意識を集中した。トリガーが引かれた瞬間、射線上から退避すればいいだけだ。仮に散弾だとしても、締里は明白に殺害を目的としていないのだから、回避行動をとって直撃を避ければ、充分に反撃の機会はある。
タイミングを窺っているのか、締里のトリガーは微動だに――
優樹は一瞬、硬直した。
銃口が真下にだらりと下りたのだ。
次の瞬間には、締里は優樹の懐に踏み込んでいた。
「未熟ね。視線を一点に集中し過ぎよ」
反応が遅れた優樹は、苦し紛れの右フックでの迎撃を試みるが、あっさりと締里の左前腕でかち上げられてしまった。体勢が崩れた優樹に対して締里は、
銃口を腹部にあてがってトリガーを引いた。
ガォン! と咆哮のような銃声が響く。
ゼロ距離射撃で放たれた【風】属性を纏った魔弾を受けた優樹は、大きく吹っ飛んだ。
魔弾の威力に優樹の腹部が波打ち、昇降口の壁に背中を叩きつけられる。
「がはッ」
「殺すつもりはないけれど、半殺し以上は覚悟してもらうわ」
締里は《ケルヴェリウス》の射撃モードを『ノーマル』から『散弾』へと変え、容赦なくトリガーを引き絞る。
ガガガガガガガガッッ!
コンクリ壁に背中を預けて、辛うじて倒れなかった優樹は、咄嗟に身を丸めて転がった。
三十を超える散弾が優樹を襲ったが、致命的なダメージは回避した。
前転から素早く体勢を立て直して、優樹は姿勢を低く保ったまま疾走する。
散弾では一発の威力が不十分と、締里は『ノーマル』モードに戻した《ケルヴェリウス》を連射した。
ドン、ドン、ドン、っ、ドン!
暴力的な銃声がリズムよく奏でられる。
しかし優樹が走る軌跡を後追いする弾丸は、一発も当たらない。
顔を歪めた締里は、射撃を止めた。
優樹も足を止め、最初よりも距離を開けて、再び締里と対峙する。
「随分と辛そうだね。本当ならとても戦えるコンディションじゃないんでしょ?」
その言葉を聞き流し、締里は呼吸を整える。
射撃の反動だけでも全身が軋み上がるようであった。だが、その辛さ苦しさを無視する。
ドン、と抜き撃ちの銃声。
その弾丸は、優樹にとって不意打ちとはならず、射線から半身をずらすだけで易々と回避した彼は、一足刀で締里の懐に侵入した。
先ほどのゼロ距離射撃さえ用心すれば、すでに格闘戦の間合いだ。
そして締里の動きは明らかに重かった。
「さっきのお返しだよ」
右のボディアッパーが、締里の腹にめり込んだ。
たまらず、上体をくの字に折った締里に、優樹はダブルで右ショートアッパーを繰り出し、彼女の顎を突き上げた。上体を引っこ抜かれるように起こされた締里は、棒立ちになる。
優樹は右拳を引き絞った。
「――じゃあ、君の【DVIS】を破壊させてもらうよ」
狙いは、締里の左胸のポケットの中。
《ケルヴェリウス》を起動させる時に、ポケットの中にある【DVIS】も同時起動していたのを、優樹は見逃さなかった。
右拳が放たれた。
優樹の《デヴァイスクラッシャー》が、締里の左胸に着弾する、その寸前。
微かな、しかし快心の笑みを浮かべた締里は、自分の左胸を左手でカバーした。
「ッ!」
ギョッとして息を飲んだ優樹は慌てて、右拳を引き戻す。
締里は左胸のポケットから、自分の専用【DVIS】――コンパクト型を取り出した。
携帯用化粧容器も兼ねた【DVIS】を、締里は優樹の左手にぶつけた。
しかし何も起こらなかった。
顔色を変えた優樹は、大きくバックステップして間合いを確保――ではなく、一時退避した。
引き攣った笑みを締里に向ける。
「まさか君、最初からこれが狙いだったの?」
対照的に笑みを引っ込めた締里は、冷静な瞳で優樹を射貫いた。
「勝てるなら勝つつもりだったが、やはりワンショット・ワンキルじゃないと厳しかったわ。とにかく二点ハッキリした。それだけでも、もう勝ち負けはどうでもいいわね」
ひとつは、優樹の《デヴァイスクラッシャー》は右拳限定であるという事。
そしてもうひとつは、締里の手の平越しでは《デヴァイスクラッシャー》を使用すると何か不都合が露見してしまう事。
締里は戦いの最中であるのに、相手から視線を外し、天を仰いだ。
その視線の意味を、優樹は理解した。苦々しく吐き捨てる。
「そうか。堂桜の【ウルティマ】が一部始終を観測しているというワケか」
「ええ。間違いなくマークしているでしょうね」
故に締里は、遮蔽物のない屋上を戦いのステージに選んだ。
「じゃあ、君のピンチに統護も王子サマ然と駆けつけてくるのかな?」
「それはないわ」
締里は首を横に振って否定した。
「ま、そうだろうね」と、優樹も同意する。
軌道衛星【ウルティマ】のみならず、他の気象衛星なども行っているのは観測であって、決して監視や盗撮ではないのだ。それは街中に設置されている防犯・防災カメラも監視カメラではないのと同じで、官権者による監視・盗撮目的のカメラではない。
先日の《隠れ姫君》事件において、各観測機能と防犯・防災カメラからの情報をフル活用できたのは、あくまでアリーシア姫を守る為という大義の下、超法規的措置が根回しされていたからだ。
また優樹の《デヴァイスクラッシャー》の映像データを堂桜が活用・入手できたのは、あくまで刑事事件だったという建前があった故だ。
従って、一学園生同士の私闘に、軌道衛星【ウルティマ】の観測データが私的目的で漏れたというシチュエーションが成立してしまうと、それこそ場合によっては堂桜財閥が揺らぎかねないダメージを被ってしまうのだ。
視線を相手に戻して、締里は言った。
「この戦い。私の負けでいいから、ここで切り上げて構わないかしら?」
優樹は凄みのある笑顔で拒否した。
「……ここまで虚仮にされて、黙って帰すわけにはいかないかな?」
台詞の終わりと同時に、旋風めいた左ハイキックを繰り出した。
それを間一髪のダッキングでかい潜った締里は、再びゼロ距離射撃を狙い、優樹の脇腹へと銃口を当てにいく。
読んでいた優樹は、肘撃で《ケルヴェリウス》を打ち落とし、右の掌底を放った。
顎先に掌打を受けた締里は、よろけながら力なく後退した。完全にダメージが足にきている。
紅色の唾をコンクリの床に吐いて、彼女は文句を言った。
「まったく。降参したっていうのに」
「危ない危ない。嘘ばっかりだ。だって君は今だって逆転を狙っている」
「誤解よ。反射的に応じただけよ」
「いいや違うね。だったらどうして【AMP】のカートリッジを入れ替えている?」
締里はギクリとなった。魔弾の属性を【火】に換えていたのを悟られていた。
射撃の反動に耐えられるのは、あと一発。
その一発に全てを賭ける為、最大威力を誇る炎弾を至近距離で見舞うつもりだった。
「ああ。その目。覚悟を決めたって感じだね」
「そうね。そちらが引かないのなら――やはり当初の予定通りに力ずくでその右手のカラクリを喋ってもらうわ」
それに魔術を起動していないのに、優樹の身体能力は常人レヴェルを超えている。明らかに不自然で、統護と同じ現象なのかも問い質したい。仮に《デヴァイスクラッシャー》が偽物だとするならば、違法ドーピングかサイバネティクス化しているおそれがある。
「この右手の秘密をこれ以上は探られたくないかな。その代わりといっては何だけど……」
優樹は「ACT」と唱えた。
彼の専用【DVIS】である左耳のピアスが煌めき、【魔導機術】が立ち上がる。
「代わりといってはなんだけど、魔術だったら惜しげもなく披露してあげるよ」
ごぉぉおおぉおおおおおおおっ――……
風が唸った。
屋上中の空気が圧縮されながら優樹へと急激に収束していく。
圧が加わり密度を増した空気は、光さえ微妙に屈折させて、透明度の高いヴェールに視えた。
その空気のヴェールを、優樹はウェディングドレスのように纏った。
「これがボクの【基本形態】だよ。その名も――」
――《サイクロン・ドレス》。
絶えず高速で循環する疾風のドレスを目にした締里は、悲しげに洩らした。
「私は人間を骨格で判別できるように訓練されている。その衣装は、まさにお前の本心の具現といったところか」
締里の言葉に、優樹は吠えた。
「ワケの分からないことを! ボクは男だ。この【基本形態】は戦闘に都合がいいというだけで他に意味はない!」
「そう。別にいいわ。その事について私は興味ないから」
「だったら来なよ。これから君をボクの舞闘会へと招待してあげよう」
「その招待状、確かに受け取ったわ」
言うが早いが、締里は距離を詰めにダッシュした。
その動きに反応した優樹は、ドレスのスカートを波打たせ、カマイタチを発生させた。
ガァン、と締里の銃口が火を噴いた。
弾丸は優樹にヒットしなかった。
優樹のカマイタチも締里を切り裂く事はなかった。
締里は――優樹の頭上に舞っていた。
撃ったのは最後の弾丸ではなく、締里自身を宙へと押し上げる床への空砲であった。
射撃の反動を受け抑えるのではなく、そのまま反作用を利して宙へと身を投げ出したので、反動のダメージはかなり軽減していた。
故に、最後の一撃は次となる。
「もらったわ」
締里は空中で姿勢を制御して、射撃体勢を整える。
一秒後には、天からシャワーのごとく最大出力での散弾を見舞う。
撃ち終わった後に受け身をとれるだけの余力が残る事を祈りながら、トリガーをノックすれば、この勝負は――決着する。
頭上を制された優樹は、しかし動揺も絶望もしなかった。
余裕の笑みさえ口元に浮かべ。
風のドレスの豪奢なスカートを、まるで舞踏を舞うように派手にひるがえし――
「――《トルネード・スカート》!」
ごぉうぅぅううッ!
風のスカートが天空へと伸びるトルネードと化し、射撃を完遂する直前の締里を捉えた。
圧縮空気によって形成されている竜巻は、締里を不規則に締め上げ、最後には墜落させた。
肩口から落下した締里は、竜巻に翻弄された為、受け身をとれなかった。
「死なれたら困るし、頭から落とすのは勘弁してあげたよ」
魔術を解除した優樹は、大の字になったまま微動だにしない締里を見下ろした。
辛うじて意識はある締里であったが、もはや小さな呻き一つあげられない。
「とはいっても、あまり良い気分じゃないね。ベストに程遠い相手に勝っても。いや、これを勝ちにカウントする程、ボクは安くないかな?」
優樹は昇降口の死角へと声をかけた。
「ロイド」
主人に呼ばれた執事は、コンクリ壁の影から姿を現した。
締里の瞳が驚愕で揺れた。彼が隠れている気配を察知できなかった。
ロイドはすまし顔で一礼した。
「お呼びでしょうか、我が主人」
「うん。ねえ、ついカッとなってやっちゃたけど……これからどうしたらいい?」
困り顔で頬を掻く主人に、ロイドは淡々と答えた。
「このまま去る、という選択肢と楯四万締里を人質にとる、という選択肢があるかと」
「どっちがいいかな?」
「どの道、楯四万締里と一戦交えた事実は堂桜統護に知れる事となります。このまま去るという選択肢ですと、堂桜統護にマイナスイメージを与え、かつ右手の秘密のヒントを相手に与えただけになりますが、それでも双方合意の上での闘いでしたので、彼との関係が決定的に破綻するというのだけは免れます」
「じゃ、じゃあ――人質に取るという」
言葉を言い終わる前に、優樹の携帯電話が着信音楽を鳴らした。
その音楽で着信するのは、たった一人に設定しているので、優樹は迷わず携帯電話を手にとって通話に応じる。
『あ。お兄ちゃん? 僕だよ』
電話口からの声色に、優樹は頬を緩めた。
「うん。兄ちゃんだよ。どうしたんだよ、智志」
優しい口調で会話する主人を、ロイドは無表情で見守っている。
そんな様子を締里は眼球の動きだけで、どうにか視界の隅に収めていた。
楽しそうな兄弟の通話は一分ほどで終わった。
名残惜しそうに携帯電話を上着のポケットにしまった優樹は、通話中とは一転した冷徹な顔になった。
「――決めた。楯四万締里を人質にとる」
主人の決断に、ロイドは確認をとった。
「本当によろしいのですか? 楯四万締里を人質にとるという事は、せっかく同居までこぎつけたのに、堂桜統護と敵対する事になりますよ」
「短絡的な路線変更なのも、賭けなのも分かっている。けどね、ロイド。ボクと統護は最初から敵同士なんだ。堂桜財閥と【HEH】は敵なんだ。ボクは家族――ううん、智志の未来の為にも、絶対に統護の秘密を暴かなきゃならないんだよ」
硬い口調で断言した主人に、ロイドは唇を結んだ。
優樹の視線を受けて、ロイドは締里を担ごうと歩み寄っていく。
締里は目尻に涙を浮かべた。結局、また足手まといになってしまうなんて……
優樹は冷たく言った。
「統護は来ないんだろ。だったら素直に諦めてくれよ。悪いようにはしないからさ」
ロイドが締里へと手を伸ばした時。
真っ白い壁が、締里とロイドの間に割って入った。
明らかに魔術による壁であった。
優樹とロイドは昇降口の方向を振り返った。
いつの間にかドアが開けられていた。
そして優樹にとって見覚えのある女子生徒が、其処に立っている。
彼女は広げている状態の本を締里達に向けていた。
優樹は意外そうに訊いた。
「邪魔しないで欲しいな。――いったい何の用事かな、委員長」
…
転校初日とはいえ、クラス委員長――累丘みみ架の噂は他のクラスメートから聞かされていたので、印象に残っていた。
いわく《リーディング・ジャンキー》と渾名される学園屈指の変人。
そして――
二年次主席の証野史基を軽く一蹴した、謎の学園最強候補。
優樹は慎重に、そして油断なくみみ架の様子を窺いながら訊いた。
「どうして委員長が此処に?」
その問いに、みみ架は紙面と優樹を交互に見比べながら、深々と嘆息した。
「はぁ。ここから先はアドリブ……ね」
本を閉じて脇に挟むと、みみ架は渋面を作って肩を竦めた。
「いえね。これでも一応はクラス委員長じゃない? 貴方って女子にもてそうで転校初日から色々とトラブルの火種になりかねないから、ちょっと気をつけていたわけ」
「へえ? 君はそんなキャラだって聞いていないけれど?」
「あ、そ。けどそれは実は私も同じで、この本が実は武器側の【AMP】だって知らなかったわけで、おまけに怪しげな【AMP】だなんてついさっき知ったばかりだし、そして――」
台詞を区切ると、みみ架は厳しい視線を優樹に突きつけた。
その視線を受け、優樹が薄く笑った。
「ねえ、本当のところ君は何者?」
その誰何には、不本意ながらみみ架には答えが在った。
彼女は決然と宣言する。
「知っての通り貴方の学級のクラス委員長よ。よって――この状況に介入するわ」
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