挿絵表示切替ボタン

▼配色









▼行間


▼文字サイズ
魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第二章  錯綜 2

         2

 クラス委員長である累丘みみ架は、本当は図書委員になりたかった。
 放課後になり、みみ架は学園内で一番落ち着ける場所――図書室での憩いの時を噛み締めていた。
 図書室という名称であっても、最先端の魔術教育をはじめとする総合教育機関としての名門校――【聖イビリアル学園】本舎の一区画を丸々独占している規模は、標準的な市町村の図書館を軽く凌いでいる。
 みみ架は指定席である窓際の席で、読書を楽しんでいた。
 落ち着いた静寂の中、頁をめくる微かな音のみが、至高のBGMである。
 窓から差し込む光の暖かさを頬に感じながらの、至福の時だ。

 誰が呼び始めたか、人呼んで――《リーディング・ジャンキー》。

 彼女は人生の為に読書しているのではなく、読書の為に人生を送っていた。
 野暮ったい二房の三つ編みおさげに、化粧っ気や飾り気のない外見が、まさに『委員長的だ』と、周囲に解釈されて勝手にクラス委員長にされてしまったが、みみ架にとっては迷惑以外のなにものでもなかった。読書に費やせる貴重な時間が減るだけであった。
 地味で文学少女風の外見にも特に拘りはない。
 ゆえに「眼鏡をかければ完璧なのに」という周囲の戯れ言にも、何も感じない。
 単に素材そのままで、清潔感さえ保てればよく、余計な手間暇をかけていない結果が、この飾らない外見というだけだ。
 お洒落すれば超可愛いのに、と周囲に言われても「余計なお世話」としか思わなかった。
 彼氏などできても読書の時間が減るだけだ。

「あ。ミミ~~。やっぱ此処にいたんだ。真っ先にこっち来てビンゴだったよ」

 呼ばれて、みみ架は本から顔を上げた。
 この図書室でも読書を阻害されるとは、不本意極まりなかった。
 そもそも此処は、静かにするというのが絶対のルールなのだ。
 冷めた視線を向ける。
 クラスメートの女子だった。気の強そうな活発な子と記憶している。顔は覚えているが生憎と名前は覚えていないし、その必要性も感じていなかった。
「どうしたのかしら?」
 周囲の読書家に気を遣い、極力声を抑えた。
 別に相手の名前を覚えていなくとも会話は成立する。
 クラスメートA子、と暫定的にみみ架が識別した相手が、苦笑混じりに言ってきた。
「えっとね、美弥子センセが体育祭について相談があるって」
 この学園の体育祭は少し特殊というか、魔術師科がある学校の特徴として魔術競技を中心とした対抗戦が行われるのだ。おそらくそれの打ち合わせだろう。
 みみ架は不満を隠さずに言った。
「それは体育委員の領分ではなくて?」
「いや~~。それはそうなんだけど、やっぱりミミじゃなかったら駄目みたいで」
 相手の声の大きさは、もう諦めていた。
「今日中が必須かしら?」
「え~~と、今日がいいけど、駄目なら明日の朝一でもいいから伝言しておいてって。ほら、ミミってケータイとかスマホとか持っていないし」
「了解したわ。朝一で職員室へ行くから。それからケータイやスマートフォンについては必要性を感じていないし、基本料金だってバカにならないし、なにより読書に必要ないから」
 A子(暫定)は遠慮がちに提案した。
「でもスマホだって電子書籍が読めるじゃん? ミミは本大好きじゃん」
「電子書籍は趣味じゃないのよ。やっぱり紙の手触りって大切じゃないかしら。それから頁をめくる時の感触も」
 そう強固に主張して、みみ架は読書中の本を掲げてみせた。
「その本って、最近ずっと読んでいるよね」
「よく観察してるわね」
「まあ、ミミって自分で思っている程、みんなの注目を集めていないわけじゃないし」
「不本意ね」
 読書の邪魔だから、できればそっとしておいて欲しかった。
 意図しなくて耳目を集め、その挙げ句の委員長なんて人生の無駄以外の何だというのか。
「……ミミってさ」
「なに?」
「最近、帰りが遅くなったよね? 前は委員長の用事以外ではあまり残らなかったのに」
「それが?」
 みみ架は顔をしかめた。
「いや、みんなが不思議がっていてさ。前は図書室にいる時間って昼休みが大半だったのに、今では放課後までって。それも割と遅くまで」
「だから、それが?」
 A子(暫定)が愛想笑いを添えて、気まずそうに言った。
「つまり――、彼氏と喧嘩した、とか?」
 みみ架は盛大にため息をついた。
「違うわよ。彼氏なんていないし。今までは帰宅してすぐに祖父が道楽でやっている古書堂でバイトがてらに読書していたんだけど、先日、祖父が雇った店番が使えない男なのよ」
 話していて、みみ架は不機嫌さが増していく。
 物好きでお人好しの祖父が、要領が悪過ぎる怪しげな外国人の青年を気に入ってアルバイトとして雇用したのはいいが、彼は店番すら満足にできなくて、みみ架が面倒をみる羽目になっていた。それが面倒くさくなって、みみ架は帰宅を遅らせるようになったのだ。
 ちなみに、みみ架は通学の為、実家から離れて祖父の家に下宿していた。
「……つまり此処で時間が過ぎるのを待つ身なわけよ」
「本当に~~? 実はその店番の人が彼氏で喧嘩中とか」
 話題の焦点が違う、とみみ架は眉根を寄せた。
 どうして女はすぐに男女の色恋沙汰に結びつけるのだ。読書の素晴らしさには、目を背けるというのに。みみ架にとって最大の理不尽だ。
「どうして店番の男が私の彼氏、という前提条件になるのかが、一番の謎ね」
「ホントに彼氏いないの?」
 しつこさに、みみ架は辟易して会話を止めた。
「だったら実はぁ、証野と喧嘩、が真実とか?」
「どうして証野の名がここで?」
 みみ架は首を傾げた。
 ニヤつく笑みを張り付かせて、A子(暫定)は数回、肘で軽く突いてきた。
「だってさぁ~~。証野ってミミに特別な感情を抱いているっぽいの丸分かりじゃん?」
「それは誤解よ」
 確かに、証野史基は自分に特別な感情を持っているだろう。
 けれどそれは恋愛感情のようなプラスの心情ではなく、苦手意識や恐怖といったマイナスの感情なのだ。堂桜統護と証野史基が掃除当番云々という低次元な諍いでクラスを騒がした時、みなが自分に仲裁を願う視線を送ったのは、自分がクラス委員長というだけではなく、そういった解釈があったのか――
「ええ~~? なにが誤解なのよ~~」
「証野との関係は、微塵も色っぽい話じゃないわ」
 視線を紙面へと戻す。これで会話は完全終了――の意思表示のつもりだ。
 学年主席の証野史基とは、ちょっとした因縁があるだけだ。
 それは――

「……変態魔術ってやつ?」

 ギョッとして再びA子(暫定)を仰ぎ見る。
 A子(暫定)はしたり顔になった。
「その言葉って……証野?」
「うん。ビンゴ。今まで魔術バトル系の話は完全シカトだったけど、やっと反応してくれたね。ほら、証野いっていたからさ。ミミは本当はウチのガッコで最強かもって。――で、変態魔術ってどんな魔術特性なの? 興味あるんだよね、色々な意味で」
 確かに口止めはしていなかったが、まさか吹聴していたとは。己の敗戦を他人に語る性格だとは思っていなかった。
 そして恋話とフェイントをかけて探り出してくるとは。しかし納得する。みなが自分を委員長に推挙した本当の理由は、『あの魔術の存在』を知っていたからだったのだ。
 みみ架は真面目に訂正を入れる。
「その前に、いかがわしく聞こえるから変態魔術って呼び方はやめて」
「ええっ~~。じゃあヒントとして使用エレメントだけでも。証野自身も『とにかく圧倒的ってイメージしか覚えていなくて、ワケ分からなかった』としか話さないからさ」
「どのエレメントだったか、自分でも理解していないわ」
 視線を窓の外へ移して言った。
 瞼に移るのは校庭の景色であっても、脳裏にはあの日の光景が蘇る。

 初めて専用【DVIS】を手にした日。
 みみ架は自分の空想――夢を具現化させた。

 そのシーンを、史基に目撃されてしまったのだ。
 そして血気盛んな彼は、みみ架に魔術戦闘を仕掛けてきた。みみ架は意図せずに応戦する形
となり、一方的に彼を叩きのめした。ほぼ瞬殺といってよかった。
 ショックだった。
 夢の具現が悪夢の兵器へと変わってしまった。大切なユメを自分の手で――穢したのだ。
 戦いに興味はない。最強という概念など自分とは無縁だ。
 みみ架は硬い声色で言った。

「私のあの魔術は――戦う為のモノじゃない」

 本当は夢の世界で楽しみたかった。ただそれだけだった。

「だったらどうして証野と戦ったの? やっぱりバトルったんだよね?」
「そんなつもりはなかったわ。ただ結果として勝っていただけよ」
「うっわぁ。やっぱ興味ある! だって相手はあの証野でしょう? 証野とまともに戦って勝てる生徒って、三年含めてウチのガッコで何人いるかってレヴェルじゃん」
 A子(暫定)は興奮気味になって食いついてきた。
 みみ架は不本意げに、首を横に振った。
「あのね。皆が皆、【ソーサラー】を目指しているわけじゃないのよ」
 確かに【国際魔術師協会】および【ニホン魔術連盟】に正式に認可される戦闘系魔術師――【ソーサラー】は魔術師職の花形だ。他の魔術系技能職――【ウィッチクラフター】と総称される――は、国家認定の【ソーサラー】になれなかった者がなる、おこぼれ職といったイメージも強い。特に学生や若者達の間では顕著だ。
「え~~? 魔術っていえば、やっぱりバトルじゃん」
「私は司書になるつもり。魔術はその為の一つの技術よ。魔術戦闘については、最低限の単位をとれればそれでいいの」
「ふぅ~~ん。勿体ないな」
 理解できない、といった態でA子(暫定)は頭の後ろで手を組んだ。
「元々魔術の才能なんて最低限しかないから。今日の実習だって酷いものだったでしょう?」
 具現化させた夢で、証野を倒して以来。
 みみ架はその魔術を封印していた。
 夢は夢でキレイのままで――。だから二度と顕現させないと。
 よって今は、五大エレメントの内の四元素『地・水・火・風』を満遍なく学んでいる。
 適性は全くないといったレヴェルで、今日も失態を晒してしまったが。


 A子(暫定)が去って、みみ架は再び読書に戻った。
 すぐに意識は本の世界へと――
「災難だったわね」
 読書仲間の女子生徒――名前も学年も知らない――が、近くの席から歩み寄ってきた。
 読書を阻害され、一瞬だけ気分を害されたが、みみ架は愛想よく応えた。
「仕方ないわ。これでもクラス委員長だから」
「ねえ。さっきの子に乗じて、あたしもちょっとだけ質問していい?」
「貴女も【ソーサラー】だったの?」
 声に険が混じった。
「ううん。こっちも【ウィッチクラフター】志望。家業の関係もあって医療系だけどね。知りたいのは貴女が読んでいる本――。それって【AMP】でしょう?」
「あら、よく気が付いたわね」
 みみ架は本型の【AMP】――命名ワイズワードを掲げて見せた。
 祖父の古書堂を整理している時に、偶然にも発見した。
 試しに起動させてみると、みみ架をユーザーと新規登録して使用可能になったのだ。
「電子書籍も普及しているっていっても、基本パネル形状で軽量薄型じゃない。それみたいに本型で一頁毎に実際にめくれる電子書籍って、無駄に豪華っていうか、新しい発想っていうかさ。あたしも欲しくなって調べたんだけど、見つからないのよね」
「ええ。私も調べてみたけれど、本型の電子書籍用端末って市販品では存在していないわ」
 そもそも完全に紙と同一の質感と薄さの電子パネルだけでもオーバークオリティであるし、その超薄型パネルを四百頁分、書籍型に装丁するのだ。そんなハイコストの製品は、仮に開発可能であったとしても、商売になるはずがない。
「じゃあ、それってやっぱり何処かの好事家が特注したワンオフ品かぁ……」
「でしょうね。それが巡り巡ってウチの古書堂にやってきた、というのが真相だと思うわ」
 読書仲間は落胆した様子で離れていった。
 みみ架としても彼女の気持ちは分かるので、読書を中断させられた事に対しての不快感は消えていた。
 この《ワイズワード》を入手できた自分は幸運だと思う。
 おそらく時価にすれば億は下らない逸品だろう。
 本型の検索端末としても非常に優秀で、なおかつ世界中にある全ての本が読めた。電子書籍化されていない最新のマイナー文芸誌まで発売当日に読めるのだ。
 転載などの悪用だけはしてはならないと、みみ架は強く自戒していた。
 電子書籍端末にも【魔導機術】が組み込まれているタイプと、完全に電子リーダーとしてしか機能しない電子機器タイプがあるが、みみ架の《ワイズワード》は当然ながら前者で、なおかつ魔力だけで半永久的に駆動する物であった。
 そして《ワイズワード》には、更に別の機能があった。
 オリジナル小説が読めるのだ。この《ワイズワード》のみでしか読めないWEB作家――筆名を『起照正義』という彼が描く物語の、世界で唯一の読者となれた。
 最近のみみ架は、起照正義の小説の虜になっていた。
 腕時計で時刻を確認する。まだ帰宅しなくてもいい時間だ。早くあのバイトが帰ってくれると助かるのに、とみみ架は苦々しく思った。
 本に意識を戻した。
「――っ?」
 みみ架の両目が驚きで見開かれた。
 クライマックスに差し掛かっていた起照正義のミステリ小説が変化していた。
「これってどういう……事?」
 震える声で呟いた。
 描かれているシーンが、自分を主人公(視点)とした先程までの図書室内でのやり取りに、書き換わっていた。
 それでみみ架は、A子(暫定)の名前を思い出した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
▲ページの上部へ