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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第一章  異能の右手 3

         3

 就寝前――統護は呼び出しを受けて、屋敷の庭園にいた。
 夜風が心地よい。
 すでに見慣れた景色も、夜に見るとまた違って感じられた。
 専属の侍女が数人つけられている淡雪とは違い、統護には使用人はつけられていない。これは元の統護の頃からだという。元の彼はそういった気質だったのだろう。とある少女との短い接触でも、そういった傾向は感じていた。
「……お陰で気楽な身の上だ」
 異世界人である統護の魔力は、この世界の人間が身に宿している魔力とは異なっている。
 認識・知覚できるモノも異なっている。
 目を細めて視ると、風に乗って踊っているモノがとても愉しげだ――
「……」
 統護には【DVIS】が扱えない。魔力を作用させると【DVIS】が破壊されてしまうのだ。ゆえに彼は《デヴァイスクラッシャー》と揶揄されていた。
 魔力の質の違いが原因なのかは、那々呼に調査を依頼しているが未だに結論は遠いという。
「本当は【DVIS】も扱えた方がいいんだけどな」
 この【イグニアス】世界の根幹技術である魔術――【魔導機術】の力を行使できなくなった統護は、堂桜一族の次期当主という立場から滑り落ちた。そして、その責務を妹である淡雪に背負わせてしまっていた。
「……――俺はこれから」
 夜月を仰ぐ。
 ユピテルとの戦いで決意している。この【イグニアス】世界の脅威となっている多層宗教連合体――【エルメ・サイア】をこの手で倒す事を。
 元の世界に還る手段が見つかっても、おそらくは元の世界には永住しないとも。
 一方通行で【イグニアス】に戻れないのならば、少なくとも【エルメ・サイア】との戦いが終わるまでは還らない。
 仮に行き来可能ならば元の世界に還って、家族や知人、クラスメート達に無事を伝えたい。
 けれども今の統護は、この【イグニアス】世界で背負っているモノが――

「――物思いに耽るには絶好の月夜ですね、堂桜統護」

 統護を呼び出した人物がやってきた。
 指定された時間の十分前に来ていた統護に対して、指定した彼は五分前にやって来た。
 黒い燕尾服が夜の闇に同調しているかのようだ。
 やや長めの金髪に、特徴的な緑色の双眸。彫りの深さと鼻立ちの高さは、明らかに東洋人とは異なっている。己に対する誇りと尊大さが同居しているような雰囲気。
 長身痩躯の執事――ロイド・クロフォードは敵意を隠さない視線を統護に向けた。


 ロイドは主に対する儀礼と変わらぬ仕草で頭を下げた。
「どうやら待たせてしまった様ですね。申し訳ありませんでした」
「お互いに約束の時間より早かっただけだ。気にするな」
「それでもお呼び立てしたのはこちらです」
 統護は小さく鼻を鳴らした。慇懃無礼の典型で、謝罪には全く感情が感じられなかった。
 面倒なので直球で訊いた。
「明日に備えて、とっとと寝ちまいたいんだが……。で、用事って何だ?」
 不機嫌さを装った統護の台詞に、ロイドは頬を歪めた。

「単刀直入に申しますと、我が主・優樹様には近づかないで頂きたい」

 ストレートな要求に、統護はストレートに拒否した。
「悪いが断るよ。俺は是非とも優樹との旧交を温めたいって思っているから」
 白々しい、と統護は自分でも思った。
 優樹がみせた《デヴァイスクラッシャー》が本物かどうか見極めたい、というのが本音だ。
 むろん、彼と友達になれれば一番だが、それよりも――

 二年前。元の世界で事故死した比良栄優季の笑顔が脳裏にちらつく。

 爆発事故に巻き込まれての死だったが、実は遺体が発見されていない。
 ひょっとしたら、という可能性を否定できない。
 いや、縋りたいのかもしれない。
「優樹様の身の上には特殊な事情がございまして、貴方のような方には関わって欲しくはないのですよ」
 特殊な身の上。その言葉に統護の胸が高鳴った。
「確認するけれど、アンタ、俺とアンタの立場を分かった上での発言か?」
「もちろんです。相手が誰であろうとも主が第一なのが執事という立場。それに貴方が立場や権威を笠に着るタイプではない、と理解した上での発言でもあります」
「そうか。納得した」
「納得していただけたのならば、安心しました」
「いや。そっちの納得じゃなくてさ。――で、どうすればアンタは俺と優樹の友達付き合いを認めてくれるっていうんだ?」
「認めるつもりはないのですが」
「それはこっちも同じだ」
「……」
「……」
 緊張感に満ちた静寂。
 ざん、と地面を蹴る音が小さく鳴った。

 ロイドの姿が夜の闇に溶け込み、――統護の背後に回り込んでいた。

「ちッ」
 反応した統護は振り向き、寸でのところでロイドの右ストレートをヘッドスリップで躱す。
 躱しざまに、振り返った勢いを利したまま統護は右足を跳ね上げた。
 統護のハイキックをロイドはダッキングでやり過ごすと、そのまま姿勢を沈めて、両手を地面について水面蹴り(払い蹴り)を繰り出した。軸足を駆られた統護は倒れ込むが、咄嗟に左手を着き、左腕のバネだけで空中に逃れてロイドから距離をとった。
 着地を決めた統護は好戦的に笑った。
「話し合いが平行線なら、まあ、そりゃこれしかないよな」
 ロイドも同意と頷いた。
 回答はシンプルだ。二度と余計な口出しができないように、徹底的に叩きのめす。
 それはロイドとて同じだ。己が主人に近づく気が起きなくなるように、叩きつぶす。
 双方、たとて負けたとしても他人に泣きつくような気質ではないと理解していた。
「腕一本の筋力だけで五メートル近く自重を真上に飛ばせるとは、情報通りの超人ですね」
 その超人的な肉体性能を目の当たりにしたロイドに、怯えの色はない。
 ただ冷静に敵の情報を確認しているだけだ。
 統護は手招きした。
「いいぜ。……使えよ。攻撃魔術を。お前は【ソーサラー】なんだろう?」
 格闘技術だけではないのは、とうに分かっていた。
 大企業【HEH】の子息の専属執事だ。当然ながらボディガードとしても超一流のはずだ。
 ロイドは統護の挑発に一礼した。
「では遠慮なく。貴方のような怪物に素手で格闘戦を挑むほど愚かではありませんからね」
 その宣言と同時に、ロイドは白手を嵌めている右手を左胸に当て、四十五度の角度で丁寧に踵を揃えた。「ACT」と、【魔導機術】を立ち上げる為の単語を呟く。
 ロイドの首――蝶ネクタイに埋め込まれている宝玉が煌めく。
 統護はその輝きを目にとめる。ロイドの専用【DVIS】を破壊する為に。
【魔導機術】とは、使用者(登録者)の魔力をエネルギーとし、【DVIS】という機器を介して超次元的にリンケージされた軌道衛星【ウルティマ】によって、この【イグニアス】世界の精霊や霊魂に働きかけてエミュレートさせる魔法的な超常現象である。
 ロイドの専用【DVIS】がIDの役割を果たし、使用者(魔術師)を【ウルティマ】にログインさせる。
 ログインを許可した【ウルティマ】は、ロイドをユーザーとして演算領域を割り当てた。
 軌道衛星【ウルティマ】と精神的かつ電脳的にリンクしたロイドの意識内に、ベース・ウィンドウ】と呼ばれる立体映像が展開される。彼の中の電脳世界のみでの現象だ。
 ロイドはウィンドウ内から、己のオリジナル魔術のプログラムが記載されているフォルダを選択して、実行した。

「――《ミッドナイト・ダンシング》」

 魔術を立ち上げる【ワード】を唱える。
 施術者であるロイドの意識領域内に、【スペル】と呼ばれるアプリケーション・プログラムの文字列が超次元的速度で流れていく。【ウルティマ】の演算機能の中枢――超次元量子スーパーコンピュータ【アルテミス】が、その【スペル】をコンパイラして、術者の魔力をエネルギーとした超常現象へとフィードバックした。
 ロイドのオリジナルの魔術――【魔導機術】が顕現する。
 彼の金髪が黒く染まり、そして伸びた。
 伸びた黒髪は、翼のように、あるいは扇のように展開した。
「これが私の【基本形態】です」
 ロイドが口にした【基本形態】とは。
 RAMに記述されているアプリケーション・プログラムのみを使用する汎用【魔導機術】とは異なり、魔術師と呼称される専用技能者が、オリジナル・プログラムによって魔術を顕現させる場合、直接的に効果を発揮させるのではく、ベースとなる魔術を展開して、そこから各々の魔術を使用する事がほとんどである。そのベースとなる魔術を顕現した状態を【基本形態】と定義している。
 統護は表情を引き締める。
 ロイドのオリジナル【魔導機術】だが、一見して『属性』が分からない。
 一般的に知られている五大元素――地・水・火・風・空による魔術なのか。
 それとも『雷』や両儀(光と闇)、あるいは重力系などの特殊エレメントを組み込んでいる独自理論による魔術なのか。
 いずれにせよ、選択されたエレメントによる魔術特性は、一つの【基本形態】で一つしか扱えないのが通常だ。極めて稀少な例外として、一つの【基本形態】で複数のエレメントを扱える魔術師も存在するが、通常、複数のエレメントを行使する場合は【AMP】という補助系の魔導機器を使用する。
(さあ、来いよ。見極めてやるからよ)
 先手は取らない。いや、先に仕掛けるのは危険だ、と統護の勘が告げていた。
 統護は人殺しはしない。
 殺しても構わないのならば、超人めいた身体機能にモノをいわせてゴリ押しする。
 けれど、殺したくないから【DVIS】の破壊を狙って無力化する。
 それが統護の戦い方――信念だ。
 相手を制圧したとしても、重傷を負わせたり、まして殺してしまっては『敗け』だから。
「……では、参りますよ」
 両目を眇めたロイドが「――《クレイジー・ダンス》」と【ワード】を唱えた。
 ざぁああああああ――!!
 それは黒いうねりの奔流だった。

 ロイドの長い黒髪が一斉に伸びて、乱舞するかのような軌道で襲いかかってきた。

 頭髪での攻撃は予想していたが、これほどまでの変則軌道だとは読めなかった統護は、反応が一瞬だけ遅れた。
 しかも迅い。加えて、光を反射しない黒髪は、夜の帳に溶け込んでいる。
 統護は庭の土を転がって触手と化した髪の毛から逃れる。
 その後を追って地面に刺さった髪の毛が――爆炎をあげた。
「エレメントは【炎】か!」
 素早く体勢を立て直す。
 相手の魔術特性がわかれば、対応の仕方がみえてくる。
「ええ。その通りです。私の魔術――《ミッドナイト・ダンシング》は、自身の頭髪を導火線として爆発を引き起こす『炎系』です」
 すまし顔で種明かしをするロイド。
 その台詞の最中も《クレイジー・ダンス》と命名されている髪の毛の乱舞は、統護を襲う。
 突き刺そうとしてくる髪の毛の先端を躱し続ける統護に、ロイドは微かに笑んだ。

「――《マリオネット・ダンス》」

 その【ワード】を境に、髪の毛の運動規則が切り換わる。
 突き刺しにきていた先端が、絡め取る動きへと変じた。
 七度、切り抜けた統護であったが、八度目に右腕を捉えられてしまった。
 ぱちん、とロイドが指を鳴らす。
 紅い光の線が走った。
 統護の右腕を絡めている頭髪に、ロイドの方から炎が伝わってくる。
 炎線で焼き切るつもりだ。
 統護は全力で右手を引いた。間一髪で、炎が伝達する前に髪の毛を力ずくで、切った。
「助かった、というべきか」
「なんという膂力でしょうか。設定している耐久値を超えてくるとは」
 ロイドはやや大仰に感嘆する。
 超合金製のワイヤよりも強度をあげる設定も可能だが、その設定だと相手の筋力によっては、掴まえたつもりで逆にロイドが引き込まれてしまうリスクが生じる。そのリスクをなくす為に、強度を意図して下げているのだが、統護はその設定値を超える筋力を発揮したのだ。
「お前の髪の毛にも慣れてきた。そろそろ本気でいくぜ」
 統護はフェイントを交えた高速フットワークで、ロイドを幻惑にかかる。
 同じ躱す、でも逃げ回るのではなく、隙をみせれば飛び込むぞという攻撃的な回避行動へと移行していた。
 そして――ついに統護はロイドの懐に侵入した。
 接近を許したロイドは左フックで迎撃するが、統護はそれをパーリングで弾いた。
 ロイドの前面ががら空きになる。
 狙いが頭部ならば、まだヘッドスリップで避けるという選択肢はあるが――
「こいつで終わりだ!」
 統護の右拳の狙いは、ロイドの首元にある蝶ネクタイだった。
 右ストレートで【DVIS】を破壊し、返しの左フックを顔面に打ち込んで倒す。ボクシングの基本的なコンビネーションにして、統護の対魔術師における必勝パターンである。
《デヴァイスクラッシャー》と異名される統護の拳が、蝶ネクタイに炸裂した。
 すまし顔をキープしていたロイドが、初めて笑んだ。

 蝶ネクタイは爆発しなかった。

 あり得ない不発に、統護は愕然となる。
 返しの左フックは放たれない。
 表情をすまし顔に戻したロイドの魔術が、統護の全身を捕縛した。
 髪の毛によって四肢を絡め取られた統護に、ロイドが言った。
「ああ。この蝶ネクタイの宝玉は光るギミックのあるオモチャでして。本当の【DVIS】は左胸にあるこのブローチなんです」
「お、お、おい……」
 統護は青ざめた。完全に騙されていた。
 接近を許したのも、相手の計算内だったのだ。
 完全に相手を侮っていた。
「不殺の自縛がなければ、私の腹に全力の拳を打ち込んで終わりだったでしょうに。なまじ手加減を必要とする最強の強さ、なんてある意味逆に足かせですね」
 ロイドは右手を掲げて、指を鳴らそうと――

 小柄で細身の人物が割って入り、ロイドの左胸に拳を入れた。

 と当時に、ロイドの左胸に小爆発が起こり、統護を縛っていた髪の毛が消失した。
 統護は力なく尻餅をついていた。
 その現象――《デヴァイスクラッシャー》に、統護は目を見張った。
 介入者は拳を収めて、統護とロイドを交互に見た。
 ロイドは恭しく一礼した。
「こんな時間にどうなさったのでしょうか、我が主人」
 主人と呼ばれた人物――優樹は、立腹した心情を隠そうとせずに執事を睨んだ。
 不機嫌そうに文句を言った。
「どうしてお前と統護が戦っていたのか、ボクに説明してくれる?」
 助かった、と統護は胸を撫で下ろした。
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