挿絵表示切替ボタン

▼配色









▼行間


▼文字サイズ
魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第一章  異能の右手 2

         2

 本日から同居する運びとなったを交えての夕食を終え、統護は自室に戻っていた。
 歓迎会といった趣ではなく、普段と変わらない食事であった。それでも優樹は充分に満足してくれた様子だった。

 今は衛星通信によるフォト電話で、アリーシアと会話していた。

 三日と置かずに、ほぼこの時間帯に話をしていた。
 会話している少女フルネームは――アリーシア・ファン・姫皇路。
 ニホン人の母親から産まれたファン王国の妾腹の姫君であり、現ファン国王の唯一の血族にして次期女王となる少女である。
 彼女は長く妾腹の姫君という出自を隠されており、孤児院【光の里】で暮らしていた。
 そしてアリーシアのクラスメートであった堂桜統護は、彼女の王族とは無縁の平和な人生を守る――というミッションを堂桜本家より課せられていた。元の堂桜統護が消え、今の統護がこの異世界に転生して、まず最初に臨んだのが、元の統護から引き継ぐかたちになったアリーシアの護衛任務――ミッションネーム《隠れ姫君》であった。
 しかしファン王国の内戦がニホンにも飛び火し、アリーシアは己の出自を知ってしまい、そして先日の《隠れ姫君》事件において、彼女は王位を継ぐ決意をした。
 妾腹の姫君の出生と行く末を巡る事件が終わり、アリーシアは今、正式なファン王国の第一王女としてファン王国に凱旋していた。
「――というわけなんだよ」
 ホットな話題として、統護は優樹の件をアリーシアに聞かせた。
 燃えるような赤毛が特徴の、勝ち気な美貌の少女の貌が、不満そうに曇った。
「えっと、私よく分からないんだけど」
 肉声と区別のつかないクリアな音声が、揺らいでいた。
 統護も深刻な表情で頷いた。
「ああ。俺もよく分からない。ルシアに解析を頼んだけど、やっぱり優樹のやった芸当は俺と同じ《デヴァイスクラッシャー》としか定義できない、との結論だった」
「いや、そこじゃなくて」
「なに? 疑問点は違うっていうのか」
 統護は身を乗り出した。アリーシアの着眼点は自分やルシアとは異なるらしい。
 なにか重要なヒントが得られるかもしれない。
 小さく咳払いしたアリーシアは表情を険しくして言った。

「どうして締里とデート、したわけ?」

 予想外の言葉に、統護は焦った。
 経緯は説明していた。羽狩の見舞いに二人で行って、その後もなし崩し的に街中を一緒に歩いていた、と。
「あ、いや、その、そうだな」
 明らかに彼女は怒っていた。
 アリーシアの剣幕に統護は気圧された。
 彼に強く根付いている『ぼっち』気質による情緒不安定が顔を覗かせた。会話のどこをミスしてアリーシアを怒らせてしまったのか。
 統護は大量の脂汗を流しながら、どうにか取り繕おうと頭脳をフル回転させる。
「ッ!」
 これだ――見つけた。
 彼女の不機嫌の原因を突き止めた、と思った。
 失念していた。アリーシアと締里は強固な主従関係で結ばれていると同時に、大切な友人だという事を。統護は己の軽率さに歯軋りした。
(ったく、こんなだから俺は元の世界で『ぼっち』だったんだな)
 自分を恥じると同時に、解決策を見つけた統護は冷静さを取り戻した。
 統護は不本意ながら締里に付き合わされた、というニュアンスで話してしまっていた。実際は女の子との勝手がわからずに戸惑っていた事を、照れて誤魔化していただけなのだが。
 しかし締里の友人であるアリーシアには気に入らなかっただろう。大切な友人が貶された、と誤解しているのかもしれない。
「誤解だ。聞いてくれないかアリーシア」
「え。誤解だったの?」
 アリーシアの頬が綻んだ。
 よし、掴みはオッケーだと統護はここぞと畳みかける。
 とにかく締里――アリーシアの親友――を、褒めた。絶賛して持ち上げた。締里と二人きりになった事も実は嬉しかった、またデートしたい、楽しかった、締里は可愛かった、デートできた自分は幸せ者だ、と熱心に身振り手振りで訴えた。
(少しヨイショし過ぎの気もするが、まあ、ちょっとオーバーなくらいがいいだろう)
 熱心に話すあまりアリーシアの反応をないがしろにしていた。
 一区切りついたので、統護は快心の笑顔でアリーシアの反応を窺った。
 きっとアリーシアは満面の笑みで――

 ――アリーシアは般若のような笑顔(?)になっていた。

 統護は凍りついた。
 自分がなにか決定的な間違いを犯してしまった、とだけは理解できた。
「ねえ統護?」
「は、はい。なんでしょうかアリーシアさん」
 怖さのあまり敬語になっていた。
 額に青筋を浮かべたアリーシアは凄みのある声色で訊いてきた。
「私と統護の関係って、覚えている?」
「もちろん大切な友人だ――と、俺は思っているんですけれど?」
「ふふふ。そこじゃなくて、ほら、もっと大事な。ね?」
 統護はカクカクと頷いた。
 二人は堂桜一族とファン王家の契約に従って婚約していた。今の統護ではなく、元の統護が課せられたミッションに対する責任であった。アリーシアが己の出自を知ってしまい、血脈に縛られた時、彼女の身を護る方策として堂桜本家嫡男である統護が婚約する事によってアリーシアの立場を少しでも強くする為だ。
 しかし愛ゆえの婚約ではなく、政治的な意味での婚約であるので、彼女が成人する二十歳の誕生日をもって解消――が規定路線のはずだった。
「そ、そ、そうだな。うん、反省している」
「本当に? 私と統護は婚約者同士なんだよ?」
「ああ。素直に言うべきだった」
「どう素直に?」
 最後のチャンスよ、とアリーシアの目が物語っていた。
 統護は誠心誠意、正直に言った。
「いや。本音いうとさ。俺、お前がどうして不機嫌になったのかサッパリなんだ。よかったら教えてくれないか? 可能な限り改めるから」
 アリーシアの顔が真っ赤に染まった。

「~~ッ、当分の間、連絡してくるなっ! この莫迦ッ!」

 鼓膜を破らんがごときの怒声を残し、アリーシアは一方的に通信を切ってしまった。
 取り残された格好の統護は首を捻った。
「どうしてこうなった?」
 自問しても答えは出なかった。
 淡雪が時折する理解不能の反応といい、女性の扱いは難しいと実感する。
 とにかく少し間を置いてから、謝りを入れた方が無難だ、とだけは淡雪との経験則で学習していた。非がどちらにあるかという理論的思考は、どうやら女性には通用しないらしい。
 と、その時。
 通信用モニタにチャットが入ったとの表示が出た。
 相手は――学園のクラスメートで友人である証野史基だ。
 そしてもう一人、学園の上級生で生徒会長である東雲黎八も同時にログインしてきた。
 過日の《隠れ姫君》事件以来、二人との交友は深まっていた。こうして時折、チャットを愉しんだりもしている。
 俺はもう『ぼっち』じゃない――と統護は幸せと充足を噛み締める。
 約一時間。二人との会話やオンラインでのカードゲームに夢中になった統護は、すっかりアリーシアの事を忘れていた。

         …

 通信用モニタの前で、艶やかにドレスアップしているアリーシアは呆然となっていた。
「へ、返信してこない……」
 待てど暮らせど、通信を切ってから、すでに四十分が過ぎていた。
 アリーシアはガックリと項垂れた。
 第一王女の証である金色のティアラが、ちょっと前にズレた。
 彼女が控えているドレッシングルームの扉を軽くノックする音が聞こえた。
「姫様。間もなく会見のお時間でございます」
「わかりました。参ります」
 通訳も兼ねた侍女のニホン語に、アリーシアは応えた。
 アリーシアは気持ちを切り替えた。ここから先の自分はファン王国次期女王である第一王女である、と。
 統護の困り顔を思い浮かべ、アリーシアは苦笑した。
 アイツは何も分かっていない。
 締里もライバルだったとは予想外だった。けれど友情や主従関係で、下手に遠慮されるよりは余程いい。何故ならば、女にとって恋とは常に真剣勝負なのだから。
「よし。……じゃあ、いってくるね統護」
 私は私の戦いに赴く。
 だから貴方も――
 彼の話に出てきた『二人目の《デヴァイスクラッシャー》』というイレギュラー。
 統護の秘密の一端を知るアリーシアには分かっていた。
 間違いなく統護は、すでに新たな戦いへと突入している、と。
 自分がその戦いに身を置けないのが、ちょっとだけ悔しい。だけど帰国するまで王女としての責務を果たす。それが帰国して、胸を張って彼の元に帰る為のケジメだ。
「……頑張れ、私の大切な〔魔法使い〕」
 浮かべた微笑みを決然と引き締め。
 ヒールの踵が力強く鳴る。
 アリーシアは己の戦いへ赴かんと、重厚な扉へと歩き出した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
▲ページの上部へ