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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第一章  異能の右手 1

  第一章  異能の右手

         1

 ニホンの首都――ネオ東京シティの国営中央駅から走っているリニアライナーで、直通している首都圏の外れの、とある辺境地帯。
 堂桜財閥が一帯を買い占めて意図的に森林や田園を雑多に残している、都会と背中合わせとは想像しにくい長閑な風景に、ポツンと年代物の木造アパートが建っていた。
 界磁と電機子による線形誘導機構であるリニアモーターと、【魔導機術】による魔力牽引誘導機構とのハイブリットエンジンを誇るリニアライナーであれば、中央駅からこの地の駅まであっという間であったのだが、駅から件のアパートまでは徒歩三十分を強いられた。
 なにしろタクシーを拾えないどころか、バスが運行されていない。
「ここか」
 統護は到着したアパートを見て、複雑な表情になった。
 鬱蒼と生い茂った木々に覆われた特殊な立ち位置に、アパートは埋没している格好だ。
 コンタクトは容易とはいえ、空路を除く道が一本しかないので、なるほどこのアパートの主を護るのには理想的な要塞といえた。見た目はボロボロであってもだ。
 公有地に偽装しているが、堂桜の私有地であるので罠も仕掛けられているはずだった。
 感じ取れる自然力は、首都圏とは信じられないほど強かった。
「なんかすごいアパートだな」
「ええ。わたしも此処に来るのは久方ぶりです」
 隣を歩く淡雪も何か思うところがある、といった表情であった。
 そんな二人を、糊の利いたメイド服を完璧に着こなしている少女が出迎えた。
 人形のような整い過ぎた容貌から――《アイスドール》と一部で揶揄されている美貌の娘だ。
「ようこそいらっしゃいました」
 綺麗な姿勢でお辞儀するが、ルシア・A・吹雪野は笑顔を添えることはなかった。


 ルシアに案内された二人は、二階にある205号室に入った。
 ドアは、古めかしい見た目に反して最新のセキュリティシステムが設置されていた。
 猫の額ほどの玄関を踏み越える。
 統護にとっては初めての場所だが、元の堂桜統護は何度か訪ねていたとの事なので、極力、驚きを顔に出さないように心構えていた。
 しかし、事前に『どの様な部屋か』と教えられていても、驚愕に目を見開いてしまった。

 樹海のごとくパソコン群がひしめいている――異界、であった。

 あまりに異様な光景。
 実は、この部屋全体が一種の【DVIS】として機能していた。
 パソコン群の中央にある薄型巨大モニタの前には、一人の少女が丸まっていた。
 小柄で細身。下着の上に白い医療用検査衣だけをつけている、赤毛の娘。赤い頭髪の上には同色のネコ耳カチューシャが装着されていた。
 この少女がアパートの所有者であり、この部屋を【DVIS】として操っている者だ。
 ルシアが平坦な声で告げた。
「――ネコ、起きなさい。ご主人様とオマケを連れてきましたよ」
 オマケ呼ばわりされた淡雪の顔が引き攣った。
 ルシアに呼ばれた少女――堂桜那々呼が、ビクリ、と背中を振るわせると飛び起きた。
 そして統護たちの方を振り向く。
 彼女は無邪気な笑顔を咲かせた。
「にゃぁ~~~~ん」
 瞳を輝かせた那々呼は、猫そのものといった所作で統護に飛びついて、頬ずりした。

         …

 堂桜那々呼は、いわゆる狂人にカテゴリされる。
 己を『本物の猫』だと認識し、縄張りとしているこの205号室から出ようとはしない。
 ゆえに彼女の世話係であるルシアを筆頭に、ルシアが率いる堂桜の私設特殊部隊【ブラッディ・キャット】は、このアパートに住み込んで那々呼を護衛しているのだ。
 加えて、那々呼の存在自体が世間には秘匿されていた。
 それは那々呼の特別な血脈が、堂桜財閥の根幹である【堂桜エンジニアリング・グループ】の最重要技術を担っている天才家系だからであった。
 堂桜の姓を持つといっても、傍系とは異なったスタンドアローンな血統なのだ。
 彼女の血脈と天才性なしでは、【堂桜エンジニアリング・グループ】は成り立たない。
 その反面、強すぎる天才性の反動なのか、精神を病んで壊れる者が大半で、壊れずに天才であり続ける一部――実に一世代に一人のみ――も、狂人のカテゴリから外れる事はない。
「にゃん、にゃん、にゃぁあああん」
 那々呼は嬉々としてキーボードを打っていた。
 楽しそうな猫の鳴き真似を、統護は痛ましい気持ちで聞いていた。
 本音をいえば、正視に耐えられない様子であったが、今日だけはどうしても此処に来る必要があった。それは――

 前面に展開している巨大モニタに、昨日の場面が映し出された。

 昨日。統護と締里は、一緒に羽狩の見舞いに行った。
 その帰り、二人は街中を散策していた。
 そして戦闘系魔術師――【ソーサラー】が現金輸送車を襲撃する魔術犯罪に出くわした。
 警察の【ソーサラー】の到着を待たずに、統護と締里が彼等を無力化しようとした、その時。

 画面の中で、細身の人物の拳撃によって強盗達の手首部に小爆発が生じた。

 爆発したのは手首ではない。
 手首に装着していたリング――【DVIS】と呼ばれる【魔導機術】に必要な機器だ。
 強盗達が細身の人物とその執事と思われる男に倒される場面が、様々な角度から再生される。
「にゃんっ!」
「ご苦労、ネコ。……では説明しますね、ご主人様とその他一名」
 その他一名呼ばわりされた淡雪の顔が引き攣った。
 そんな妹の様子を見なかった事にした統護は、ルシアに先を促した。
 ルシアは頷くと先を続ける。
「まず、ご覧になって頂いている動画ですが、軌道衛星【ウルティマ】からの地上観測映像をメインに、街中に設置されている各防災・防犯カメラからの映像データを加え、独自に三次元処理を施してレンダリングしています」
 軌道衛星【ウルティマ】とは、堂桜一族が所有している【堂桜エンジニアリング・グループ】の頭脳の集約ともいえる存在だ。
「ああ。つまり実写にみえてもこれってCGなのか」
「その通りです。映像解析から――やはり拳の一撃で【DVIS】が破壊されているのは間違いないかと思われます。コンマゼロゼロ二ミリ、百分の一秒単位での解析結果ですので、もしも拳ではないナニかの介入があるのならば、コンマゼロゼロ二ミリ、百分の一秒以内での精度、という条件下になります」
「それは科学的に可能なのか?」
「科学的にも魔術的にも充分に可能、ですがメリットが見当たりません。いかに彼が比良栄の姓を持つ者であっても」
 統護が黙ったので、ルシアはモニタ映像を切り替えた。
 粉々になった、破片の写真。
 そして複数の折れ線グラフ。
「警察に手を回して入手したデータです。加えてこちらでも再解析しました。爆発物――つまり破壊された【DVIS】の解析結果です」
「で、結論は?」
「火薬、爆薬の類は検出されませんでした。全て元の【DVIS】の部品です」
 更に画面が切り替わり、件の人物のアクションに赤い光が上書きされた。
「この赤い光は?」
「彼の魔力の魔力を可視化したものです。拳を撃ち込むアクションの際に、魔力が拳に集中しているのが分かると思います」
「魔術――【魔導機術】の作用は? 例えば【DVIS】狙撃を目的とした魔術」
「確かにその類の攻撃魔術は開発可能ですが、意味があるとは思えません」
 ルシアの言うとおりに、完璧ともいえる安全設計をされている専用【DVIS】といえど、絶対の強度を誇るというわけでもない。また外部からの衝撃に対する耐性は、個々のデザインに大きく依存している。
 よって【DVIS】を狙う――という対魔術師戦法もありなのだが、そもそもピンポイントで【DVIS】を狙えるのならば、魔術師を直接倒してしまった方が、楽で早い。
 統護は反論した。
「いや、意味だったら、俺と同じ《デヴァイスクラッシャー》を魔術で再現する、とか」
「彼の拳から【魔導機術】の発現は記録されていません。そして、映像からも判りますように爆発に対して拳が無傷なのです」
 ルシアは一呼吸置いてから、総括を述べた。
「魔力を流しても魔術は起動せず、【DVIS】を拳で打ち込んで破壊する。爆薬なしでこの現象を体現可能であるのならば――

 ――比良栄・フェリエール・優樹もまた《デヴァイスクラッシャー》と定義できます」

 ルシアの帰結に、統護は唇を噛んだ。
 優樹が自分と同じ《デヴァイスクラッシャー》ならば、ひょっとして彼は……
 振り払えない疑念を、より強くした。

         …

 那々呼のアパートを辞して、再び徒歩で駅を目指す統護に、淡雪が訊いてきた。
「ひょっとして、お兄様は優樹さんも自分と同じ、と疑っていますか?」
 直球での質問に、統護は小さく頷いた。
 本来ならば、魔力を流し込んでも絶対に誤作動しないはずの【DVIS】が小爆発を伴って破壊されてしまう現象。いつの間にか周囲から《デヴァイスクラッシャー》と渾名されていたこの現象は、今の堂桜統護にしか体現不可能だと思っていた。

 統護は異世界人である。

 本来はこの世界【イグニアス】の人間ではなく、彼の本来の世界は人々に魔力などなかったし、魔術――【魔導機術】など存在しない世界であった。化石エネルギーと科学技術のみが、人類の発展を支えている世界であった。
 統護はその世界から、この異世界の堂桜統護と入れ替わるカタチで――転生した。
 堂桜家――元の世界の統護の家系が伝承している特殊技能の実験中の事故により、元の世界での存在が消え、代わりにこの異世界において、肉体を再構成されていた。
 転生だ。
 その結果、超人めいた最強の肉体を得ていた。
 そして元の世界とは違い、この異世界において統護が伝承していた特殊技能と血筋は――
「この世界の人間だったら【DVIS】に拒絶される、なんてあり得るのか?」
 統護が異世界人であるという秘密を共有している淡雪に訊き返す。
 淡雪は元の世界には存在していなかった。この異世界で出逢った妹であった。異世界人である為、同じ堂桜でも血は繋がっておらず、さりとて義妹でもない、世界が定義した妹だ。
「ひょっとして、お兄様の《デヴァイスクラッシャー》の原因が、異世界人だからという前提が間違っているという可能性もあります」
「そういう考え方もあるか」
 比良栄・フェリエール・優樹は、どうやらこの異世界でも堂桜統護とは幼馴染みらしい。
 だが、元の世界の比良栄・フェリエール・優希は、女の子であった。
 そして実家が金持ちのお嬢様ではあったが、この世界の優樹のように大企業の御曹司というわけではなかった。
 国内の電子電気産業を統括している【比良栄エレクトロ重工】。
 通称【HEH】は、【魔導機術】が中心技術として発展している為、サブ技術に追いやられている格好の電子電気産業のトップランナーであった。
「ええと、お兄様は当然、優樹さんを覚えていないですよね?」
「まぁな」
 こちらの世界の優樹とは、あの事件が初対面であった。
 長く交友が断絶していた為、淡雪から聞き及んでもいなかった。それに、この異世界に存在しているとは思っていなかった。
「なあ。アイツって本当に男なのか?」
 莫迦な質問だ、と自覚しながらも、どうしても訊かずにはいられなかった。
 淡雪は困った顔になった。
「確かにあまり男らしくありませんでしたね。けれども比良栄・フェリエール・優樹さんは、社長一家の養子――現社長とフェリエ―ルという女性との妾腹なのですが――と、してニホンにやってきましたが、確かに男性でしたよ」
「そっか……」
「お兄様?」
「アイツが男だっていうんだったら、逆に――」
 統護の脳裏に、黒髪をポニーテールに束ねた少女が浮かんだ。
 元の世界で通っていた高校制服の上に、黒いマントを羽織っている天才魔術師の少女。彼女の存在が『あり』ならば、優希が優樹になっていたとしても……
 確かめたいな、と統護は思った。


 堂桜本家の屋敷に戻った二人を、細身で少女めいた少年と、燕尾服の男性が待っていた。
「やあ。帰宅をまっていたよ、統護。そして淡雪」
 誰あろう比良栄・フェリエール・優樹であった。
 執事を従えた優樹は、にこやかに挨拶した。
 統護と淡雪は目を丸くした。
 なぜならば、優樹は引っ越し支度としか思えない大荷物と一緒だったからだ。
 そして予想通りの台詞を優樹は言った。
「実は明日から【聖イビリアル学園】に編入する事になってね。当面の間、君のところで世話になるから、ヨロシク」
 統護は薄く笑んでいた。
 予想外の展開だが、これは願ったり叶ったりの状況だ――と。
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