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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第一話『隠れ姫』  (Episode01 『INVISIBLE・PRINCESS』)

第一話 第四章  解放されし真のチカラ 10

         10

 アリーシアはフレアの宣言に生唾を飲み込んだ。
 脳裏に蘇る――あの光景。
 締里がほぼ瞬殺に近い形で倒された。圧倒的な力。TV画面越しの映像と肉眼での視認には、途方もない差があった。統護が【ウィザード】と呼ばれる伝説の〔魔法使い〕である、という事だけは、なんとなく理解できたが、それでもフレアに勝つシーンがイメージできなかった。
 くすくすくすくす……
 フレアの口紅の隙間から、笑みが不気味に零れはじめた。
 彼女は己の専用【DVIS】である懐中時計を両手で挟み込みように掴むと、前面部と後背部を九十度、摺り合わせるように回転させた。
 がごん。
『ベース・ウィンドウを初期化します』
 無機質な電子音声が、フレアの意識内にある電脳世界のリセット――再ログインを報せた。
 そして『炎系』の戦闘魔術で埋まっていた彼女の電脳空間が、初期設定から異なる別の系統の戦闘魔術で埋め尽くされている新たなる電脳世界へと切り替わる。
 通常の魔術師は、複数のエレメントを使用するにしても、同一の電脳世界にフォルダを共有させている。その方がフォルダの切り替えだけで系統を使い分けられ、効率的な運用が可能だからだ。しかし、希にフレアの様に特化した単一系能力の為に、全リソースを電脳世界の容量限界まで使用する場合がある。
 非能率的な上、そもそも電脳世界ひとつで一系統の能力など、使用者の魔力総量と意識容量が追いつかない。基本的に単一系統で巨大な容量の魔術プログラムなど必要としないし、また実行可能の魔力を持つ者が皆無である。
 通常のユーザーは、どんなに優れた魔力総量と意識容量を誇っていても、通常の電脳世界の全容量の約七十%までしか一度に使用できないと云われている。また三十%の余裕を持つように設定されているのだ。
 あくまで想定されている通常ユーザーにとって、であるが。
 フレアは高らかに嗤った。
 意識内の電脳世界に限界まで魔力を注ぎ、意識を拡張して、そして――

「……ふふふふふ、ワタシの『コードネーム』を教えてあげるわ」

 システム・リンケージされている中で、圧倒的な魔力の奔流が暴れる。
 軌道衛星【ウルティマ】側が、通常ユーザーに割り当てている演算領域の限界を超えた。
【ウルティマ】の超次元量子スーパーコンピュータ【アルテミス】が、使用者であるフレアに警告を発した。
『このままではオーバーフローによる魔術暴走が起こります。よって特別措置として第二演算領域をサブとして割り当てます。ID確認――すでにサブ領域の使用歴のあるユーザーと判明。これまでの使用履歴から必要領域として通常の二百四十倍の拡張準備が整いました。一秒後にマスターユーザーとして再アクセスを要求します』

「我がコードネームは《雷槍のユピテル》ッ。――マスターACT!!」

 フレア、いやユピテルの再起動呪文と共に、世界が一変した。
 ガォン! という雷鳴が幾重にも響き合う。
 統護の〔結界〕内限界の広さに、数多の雷が雨のように降り注いでいた。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴぉ……――
 空気が烈震している。
 雷の雨による黄金世界。
 それは【雷】のエレメントが至る究極形態のひとつのカタチであった。
 中心に立っている世界の主は悠然と言った。

「そしてこれがワタシの本当の【基本形態】――その名も《ゴールデン・アスカルド》よ」

 アスカルド、という単語に統護は鋭く反応した。
 異世界【イグニアス】においても、地球といった単語は存在していた。似て非なる異世界とはいえ、ならば逆に、なぜ『元の世界に固有の呼称がなかったのか』が気になり始めていた。
 雷の雨は統護とアリーシアを意図的に避けていた。
 アリーシアは青ざめて縮こまっている。
 しかし統護には余裕があった。
「なるほどね。これが噂に名高い【エレメントマスター】ってやつか」
 単一エレメントのプログラム全てを己の電脳世界の限界まで割り当て、なおかつその巨大なアプリケーションを制御し切るだけの意識容量と、かつ通常ユーザーの割り当て領域を超える魔力を注ぎ込むことによって、軌道衛星【ウルティマ】側がシステム安全保持の為に特別措置として顕現させる拡張魔術。
 システムの安全設計の欠点を突いた特異現象を意図的に引き起こせる魔術師を、人々は畏怖を込めて【エレメントマスター】と呼ぶのだ。
【エレメントマスター】は全世界に五十人もいないと推定されている。
 その光景を目にするのが二度目となるアリーシアは叫んだ。
「逃げて、統護! 早く」
 締里はこの雷の雨で散々いたぶられた挙げ句――
 ユピテルはアリーシアに言った。
「ご安心を、お姫様。せっかく巡り会えた伝説の【ウィザード】を殺したりはしませんから。すでにワタシの溜飲は下がっております。締里と同程度のダメージで許してあげるつもりですから。ぅふふふふふふふ」
 ユピテルは土砂降りとなった雷の雨を、頭上で束ねていく。
 それは巨大な黄金の槍となった。

「――《ゴールデン・ジャベリン》」

 アリーシアが絶望の悲鳴をあげる。
 締里は黄金の槍の一撃で、無残に倒された。その光景がアリーシアにフラッシュバックした。
 ユピテルは無慈悲に巨槍を放つ。
 槍というよりは、奔流と呼んだ方がよい圧倒的な閃光が、統護へと伸びていく。
 雷鳴そのものの爆発音。
 両手を突きだした体勢の統護は、辛うじて《ゴールデン・ジャベリン》を受けていた。
 統護の前面には雷の壁が顕現していた。
「雷の〔精霊〕だけじゃ、流石にちとキツイか」
 どうにか防いではいるものの、黄金の槍は消えてはいない。
 統護の防御壁を突破して、今にも彼を貫きそうであった。
 ユピテルは驚きも悔しがりもせず、素直に感嘆した。
「まさか防ぐとは。流石に【ウィザード】。そのチカラ、まさに伝説の奇蹟ね」
 雷の【エレメントマスター】は、さらに《ゴールデン・ジャベリン》を創りあげた。
「では、次の一本も防げるかしら?」
 小さな舌打ちが統護から漏れた。
 二撃目の《ゴールデン・ジャベリン》が放たれる寸前だった。

 ――ねえトーゴ。助けてあげようか?

 幻想的な声色が統護の身体から響き渡った。
 ユピテルの手が止まる。
 統護の身体から剥離するように、一人の少女が顕現した。

         …

 魔法の使用を解禁した統護の感覚は、常人とはまるで異なっていた。
 地、水、風、火――といった自然現象全てに様々な〔精霊〕が楽しそうに絡みつき、あるいは、自然とは〔精霊〕そのものといえた。無機物に対しては〔御霊〕も視える。
 そんな彼の超常的な認識領域に、一人の少女が割り込んできた。
 細面の美しい少女であった。
 彼女は背中から巨大な翼が生えている。
 左が光を弾けさせている白で、右が光を吸い込んでいる黒だ。
 和風のような羽衣のような、どちらともいえない不思議な衣装を纏っていた。
『助けてあげようか?』
 甘い声で囁きかけてくるのは、堕天使であった。
 光と影の相克。
 女神と悪魔の両儀。
 そんな禍々しくも神々しい存在。

 そして彼女の貌は――淡雪と瓜二つであった。

 ああ、と統護は思い出す。この存在は……
 白と黒で構成されている堕天使が、微笑みを添えて統護を誘う。
『トーゴがわたしを使役すれば、きっと貴方はこの世界【イグニアス】を――』
「――いや。せっかくの助力だけど、断るよ」
 統護は彼女をやんわりと拒絶した。
「お前を使役するまでもなく、ここは諦めて、ちょいと本気を出す事にした」
 世界中の人々に迷惑をかけるけどな、と苦笑した。
 残念ね、と光と闇の堕天使は統護の身体に重なり合って、――再び融合した。

         …

 光と闇の堕天使との精神世界でのコンタクトは、実際は秒に満たなかった。
 ゴォォオオンン!
 少女が統護の中に引っ込むと同時に、黄金の爆発が巻き起こった。
 爆発の余韻が冷めぬ中、統護は仁王立ちしている。
「――この世界の人々には悪いが、本気を出させてもらうぜ」
 雷の巨槍は消えていた。
 そして統護の横には、一体の巨神が屹立していた。
 厳つい顔つきに逞しい巨躯。和装の上に神々しい武具で身を固めていた。
 その巨神は全身に雷を纏っている。
 ユピテルは目を丸くした。
「はははっ。なんだお前も魔術師のようにチカラをビジョン化して固定できるのか。さしずめソレはニホン国由来の雷神を模しているのかしら?」
 その言葉に、統護は残念そうに首を横に振った。
 ユピテルならば理解できている、と評価していたのだが……
 そうか。本当の意味では理解できていなかったのか。
「いや」と統護は冷めた声で告げた。

「これは雷神を模したチカラのビジョンじゃなくて、正真正銘の雷神だよ」

 そう。これは本物の〔神〕、であった。
 統護の魔力が限界まで吸い取られている。そして超人化しているはずの身体が、負荷によってバラバラになりそうだった。元の世界で行っていれば、身体が消滅していただろう。
「正真正銘、ですって?」
 ユピテルが呆けた表情になった。
 統護は〔神〕を使役するという暴挙からくる神罰に耐えながら、ポーカーフェイスを保つ。
「これは〔雷神タケミカズチ〕だ。一番、手を貸してくれそうだったから、無理をいって顕現してもらった。いや、実際のところは全然納得していないみたいだが」
 その説明で、ようやくユピテルは理解した。
「それが本物の神……だと? 貴様、莫迦にするのもいい加減に――」
 認めたくないのならば、それでいい。
 信じたくないのならば、それでいい。
 実のところ、統護の超常的な認識領域は、人間に使役される屈辱に猛っている〔雷神タケミカズチ〕の怒りで満たされていて、宥め治めるので精一杯なのだから。
「じゃあ、小細工なしで決着をつけようぜ」
 怒り狂う雷神が手を貸してくれるのは、おそらく、次の一撃が最後だ。
 統護は右拳をゆっくりと引いた。
 その動作に、横にいる〔雷神タケミカズチ〕も呼応する。
 ユピテルは統護の言葉に耳を貸していなかった。
 ただ怒りに顔を真っ赤にして、
「ソレが本物の神だというのならば、この渾身の一撃をもって神殺しとなってやる!」
 最大最強の魔力を込めた攻撃魔術を繰り出した。

「――《ツイン・ゴールデン・ジャベリン》ッ!」

 ギャァォォオオオオオっ!
 構えていた雷の巨槍に、更にもう一本の槍を加えて、同時に放った。
 甲高い金切り音をまき散らしながら、二対の槍は絡まり合いながら〔雷神タケミカズチ〕へと向かう。
 その瞬間。
 統護は右拳を、〔雷神タケミカズチ〕の一撃として繰り出した。

「――〔神威奉還〕」

 雷神が統護の動作に動機して、右拳を突き出す。
 ぉォんンんッ!
 重々しい音は、雷撃音と呼ぶよりも雷神の咆哮に近かった。
 突き出された拳は、雷撃の波動となり《ツイン・ゴールデン・ジャベリン》を粉砕した。
 拳を放った直後に〔雷神タケミカズチ〕は消えた。
 雷撃の波動は、迎撃した《ツイン・ゴールデン・ジャベリン》のみならず、ユピテルの黄金世界そのものを、完膚無きまでに破壊し尽くした。

         …

 意識を回復したユピテルは、自身が存命している事実に驚いた。
 指一本動かせないが、五体満足だ。
「……どうして生きているんだ、ワタシは」
 問いに対する答えは、上からだった。
「そりゃ、手加減したからに決まっているぜ」
 大の字になったままのユピテルを見下ろしている統護が、そう教えた。
 自分の状態を認識した彼女は表情を緩めた。
「手加減……ね」
「アンタの言う通りに、俺は人を殺す覚悟はないから。ただそれだけだよ」
「神を使役する覚悟をもつ男が……軟弱な話ね」
 ユピテルは敗北を認めた。圧倒的なあの雷は、まさに神の怒りそのものと体験したから。
 統護は肩を竦めた。
 覚悟なんて最初から無かった。遠い遠い昔に、神魔と契約を交わした血族の末裔である〔魔法使い〕であろうとも、実際に契約を楯に神を使役すれば、ツケを支払う羽目になる。
 そのツケを支払うのが自分自身ならば、確かに覚悟が必要だった。
 しかし自己責任なので、ためらいなく使役できた。
 統護が安易に本気を出せないもうひとつの、そして一番の理由――
「……どうしたの、統護。浮かない顔をして」
 アリーシアが心配そうに訊いてきた。
 統護は済まなそうに言った。
「悪いけど、これら先の数日程度は、この国の天候がかなりとんでもない事になるぜ」
「天候?」
「突発的な雷が乱発するだろうな。俺が〔雷神タケミカズチ〕を無理に承伏させたから」
 意味を理解したアリーシアの顔が引き攣った。
 魔法は文字通りの『魔の法』だ。
 たとえ小さな魔法であっても、人が〔精霊〕や〔神〕を使役して理(法則)を曲げれば、必ず世界に歪や綻びが生じてしまう。この世界の人々や、この世界そのものに、そのツケを支払わせる結果になるから、統護は安易に魔法を使えないのであった。
 ユピテルは言った。
「しかしいいのかしら、ワタシを生かしておいて」
「だから殺せないって言ったろ」
「ワタシを生かしておけば、貴方の秘密を喋るわよ【ウィザード】」
 統護は迷わず言った。
「口封じするつもりはないから、喋りたければ喋れよ。俺の秘密はアンタの命よりは軽いモノだからな」
「甘いわね。ワタシはこれまで多くの人を殺めてきたのよ」
「ここでアンタを殺したって、【エルメ・サイア】の犠牲者が減るわけじゃないだろう」
「その台詞の意味と責任、理解しているのかしら?」
 統護は頷いた。
「だったら、いいわ。……ならば【ウィザード】、貴方の秘密は守りましょう」
「え?」
「交換条件としてワタシに倒されるまで誰にも殺されないこと。貴方を倒すのはワタシよ」
 その言葉を最後に、ユピテルは再び気を失った。


 もうじきアリーシアの迎えが来る。
 その迎えに統護は同席できない。
 朝日をバックに二人は向かい合っていた。
「本当にありがとうね、統護」
「ああ。俺もアリーシアのお陰で色々と分かった事があった」
「だったら嬉しいかな……」
 アリーシアは頬を染めて微笑んだ。
「私、第一王女としてファン王国を継ぐって決めたから――。だから、ひょっとしたら、しばらくの間、逢えなくなるかもしれない」
 彼女の人生を賭した戦いは此処からスタートする。
 統護は笑顔を返した。
「待っているよ。いつまでもアリーシアを」
「ッ!」
 その台詞に、アリーシアは統護の胸に飛び込んだ。
 そして。
「あのね統護。私、私は統護の事が――」
「分かっている」
 告白を遮られ、アリーシアは統護の言葉を待った。
 胸が高鳴る。
 やはり愛の言葉は男性から掛けてもらいたい。そして自分はそれに応えたい。

「俺達は何処にいたって互いに友達じゃないか」

 期待外れの言葉に、脱力したアリーシアはずるずると崩れ落ちた。
 統護は慌ててアリーシアを支えた。
「あれ? どうした? 具合でも悪いのか?」
「いいから。ちょっと放っておいて」

         ◆

 アリーシア・ファン・姫皇路は、己の出生を知り、そして次代の王として決意した。
 もう、彼女は《隠れ姫君》ではなくなった。
 元の堂桜統護から引き継いでいた極秘ミッションは終わった。

 ――こうして統護の最初の戦いは幕を下ろした。
+注意+
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