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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第一話『隠れ姫』  (Episode01 『INVISIBLE・PRINCESS』)

第一話 第四章  解放されし真のチカラ 9

         9

 都内某所の貨物置き場に、締里は拘束されていた。
 倉庫内の鉄柱に縛り付けられている。
 麻製のロープでぞんざいに括り付けられているだけだが、対フレア戦でのダメージが深刻で、ろく身体が動かせない状態だった。
 舌を噛み切って自害したい心境であった。
 しかし自害すれば主人を悲しませると分かっているので、自害もできない。
 任務の失敗=死。
 特殊工作員になった時から、とっくに覚悟はできている。
 複数の特殊機関に重複して籍を置いている自分は、いわば使い捨て要員なのだから。
 しかし拷問や強姦どころか、食事と排泄にまで気を遣われている事から察するに、アリーシアがフレアに懇願してくれたのだろう。締里は主人への忠義を改めて強めた。
 見張りの【ブラック・メンズ】が様子を見に来た。
 少しも心配していない、ビジネスライクな口調で訊いてくる。
「平気か?」
「問題ないわ」
 なんて茶番、と締里は心中で涙した。これならばボロ雑巾のように犯された方がマシというものだった。敵のオモチャとして、味方の足手まといになるなんて。

「――やはり此処で正解だったようですね」

 聞き覚えのある声色に、締里は項垂れていた顔を上げた。
【聖イビリアル学園】中等部の女子用制服を着ている少女が、淑やかに歩み寄ってきた。
 堂桜淡雪であった。
「淡雪……」
「救出に参りましたが……、戦闘の必要はありますか?」
 涼やかな流し目を向ける淡雪に、【ブラック・メンズ】は黙って首を横に振った。
 彼が契約しているビジネスはこれで満了であり、無言のまま倉庫を去った。
「動けますか?」
「ほとんど無理ね」
 しかし余計な手を煩わせるのも悪かったので、締里は袖に仕込んでいる極小のカッターで麻縄を切った。固定してくれていた縄が足下に落ち、締里は背中側に体重を預け、鉄柱に寄りかかった。足に力が入らず、膝がガクガクと笑った。
「どうして淡雪が此処に?」
 救出された身でありながら、その台詞には批判の色が強い。
 なぜならば、締里は淡雪とフレア、双方の実力を知っているからだ。最強クラスの【エレメント・マスター】と互角以上に戦えるのは、堂桜一族において現役最強と呼び声高い淡雪だけだと判断していた。
「わたしが此処に来た理由ですか? 五箇所の内で、もっとも本物が軟禁されてる可能性が高い場所――という、解析結果が報告されたからです」
 締里は自分の救出には統護が来ると予想していた。
 そして淡雪がフレアを止めに向かうはずであり、それがベストの役割分担だ。
「お前が向かわなかったというのなら、フレアと戦いに、姫様を救いに行ったのは?」
「お兄様です」
 淡雪は不本意そうに答えた。
 莫迦な、と締里は小さく呟き唇を噛んだ。
 明らかな人選ミスだ。確かに統護はまだ底を見せていない。《デヴァイスクラッシャー》と異名されるその特異性も、彼の超人的な肉体性能も脅威といえば脅威だ。
「無理だ。《デヴァイスクラッシャー》では、あの怪物には勝てないわ」
「そうですね」
 淡雪も同意した。締里の声が荒くなる。
「だったら、どうして統護を向かわせた!?」

「アリーシアさんとの約束を守るから、と。そして――必ず勝つと、わたしに約束してくれたからです」

 わたしに、という部分を強調して、淡雪は苦笑した。

         …

 統護とフレア。
 対峙する両者の距離は、約十メートル程だ。
「逃げて統護! この人にはいくら統護でも勝てないわ」
 悲痛に叫ぶアリーシアの首筋に、フレアは軽く手刀を当てた。あっさりと気絶したアリーシアを抱きとめ、アスファルトの上に横たえた。
「おい、お前」
「脳震盪ではなく、ツボにショックを与えて眠らせただけよ。後遺症の心配は無用よ。こちらとしても姫様は賓客でね」
「そうか」
 安堵すると同時に、フレアの当て身の技術に内心で舌を巻いた。
 格闘戦だけでも相当に強いのは間違いない。やはり――今までで一番の強敵だ。
「場所。移動しましょうか。彼女に害が及ばないように」
「そうだな」
 異論のなかった統護は、フレアとの距離を保ったままアリーシアから離れる。
 フレアはなかなか足を止めない。統護としてもアリーシアの安全を考えると、自分から足を止める気にはならなかった。
「……これくらいでいいかしらね」
 五十メートルは離れて、フレアが確認を求めてきた。
「そうだな」
 言うと同時に、統護は右腕を水平に振るった。
 高濃度、高密度の魔力を放射したのだ。
 しかし統護の魔力を浴びたフレアに異常はみられなかった。
「やっぱりダメか」
 駄目元でやってみたが、やはり二度目は通じないな、と統護は肩を竦めた。
 フレアは侮蔑の笑みを浮かべる。
「お前の情報は【黒服】どもから聞いているわ」
 豊満な胸元から、丸形で金色の懐中時計――彼女の専用【DVIS】を取り出した。
「魔力を直接放射する、なんて発想自体には感心するけれど、そんな邪道が通用するのは一度きりよ。単純に自身の魔力で【DVIS】をコーティングすればいいだけの話だもの」
「だよな」
「お前のような存在が他にいないという保証もないし、これから開発される専用【DVIS】には、魔力コーティング機能が標準装備されるでしょうね」
「同感だ。やっぱりコイツで直接流し込むしかないか」
 統護は握った拳をフレアへ向けた。
 遠距離からの放射ならば魔力コーティングで防がれるが、物理攻撃で直接叩き込めばコーティングを破って【DVIS】を破壊できる。
「やってみなさい。できるものなら、ね」
 フレアは腰の後ろに隠し持っていた小型拳銃を抜いた。
 パン、という乾いた火薬音。
 統護は銃弾を躱すと同時に、距離を詰めにダッシュした。
 秒を置かずに、フレアは二射目をアリーシアへと照準する。
 舌打ちを残して統護はアリーシアへと駆けた。五十メートル先だ。当たる確率は極めて低い。しかし万が一がある。ブラフだと分かっていても、フレアの意図に乗るしか選択肢はない。
 背中越しから統護の足下を狙った銃弾が数発、強化アスファルトを跳ねた。
「やっぱり当たらないわね」
 カードリッジ内の弾丸を撃ち尽くし、フレアはつまらなそうに拳銃を棄てた。
 アリーシアの傍まで到達した統護は、彼女を背中に庇うようにフレアの方を向いた。
 愉しんでやがる、とフレアの顔をみて統護は実感した。
「じゃあ……、そろそろ始めましょうか」
 フレアは己の専用【DVIS】である懐中時計を眼前に翳した。
 蓋が開き、文字盤の中央に埋め込まれている宝玉が煌めいた。そして彼女の足下には召喚用の魔法陣が展開される。

「――顕現なさい、《レッド・アスクレピオス》」

 轟きながらせり上がってきた炎の大蛇が、愛おしそうに主の身体に巻き付いた。
 これがフレアの戦闘魔術の【基本形態】である。
 統護とて黙して見ていたのではなく、すでに敵目掛けて走り出している。
 大蛇は口腔を開けると、連続して炎の弾を吐き出した。
 銃弾とは違い、複雑にカーヴを描く軌道で複数の弾が飛来してくる。
 躱すことは可能だったが、距離を詰めることも許されず、統護は後退を余儀なくされた。
 押し戻される格好になった統護に、フレアが言った。
「結局、近づかせなければそれでいいだけの話。打撃で【DVIS】を機能停止? 物珍しい特異現象だけれど、考えてもみなさい。打撃で【DVIS】を正確に狙えるのだったら、別に急所にナイフを差し込んでもいいだけよ。確かに防刃や防弾、防炎機能のある戦闘服に対しては有効な手かもしれないけれど……」
 フレアは嘲笑った。

「要するにお前の《デヴァイスクラッシャー》とは、相手を殺したくないだけの逃げだ」

「だからどうした」
 まったくその通りだった。対魔術師戦で【DVIS】の破壊を狙うのは、相手を殺めたくないからだ。優先順位を可能な限り【DVIS】の破壊に置くのは、【DVIS】を破壊してしまえば、大抵の魔術師は戦闘行為を中止するからだ。
「殺し合いしているつもりのアンタには悪いが、俺にとっての戦いは殺し合いじゃない」
「甘いわね」
 フレアは《レッド・アスクレピオス》に炎弾を吐かせつつ、自らの腕にも炎の鞭――正確には鞭を模した蛇を顕現させた。
 遠距離からの炎弾の連続発射と、変幻自在の蛇の鞭によるコンビネーション。
 炎弾はあくまで距離をキープする牽制で、攻撃は蛇の鞭。攻撃が当たらずとも無理して攻撃偏向にならない為、統護は距離をつめるタイミングが掴めないでいた。
「お前の身体能力は確かに脅威だけれど……、それはあくまで人の身としての話。ゴーレムや召喚獣に置き換えれば、それほど大した性能でもないわね」
 フレアは最初から長期戦の構えだった。
 統護は防戦一方に追い込まれた。
 表情に余裕がない。
 それ以上に、相手に隙がなかった。
 強い――と実感する。
 戦闘系魔術師【ソーサラー】としての強さだけではない。魔術云々ではなく、戦闘技能者として純粋に優れていた。
 策を弄してどうこう、というレヴェルではない。

「統護、もういいから降参してっ!」

 思わず声の方を向いてしまいそうになった。
 アリーシアが目を覚ましたのを察した統護は、――〔言霊〕を唱えた。
 ごぉぉぉおおぉおおおっ……

 統護の周囲に炎の渦が巻き起こり、フレアの攻撃を全て遮断した。

 フレアの魔術を一歩も動かずに防いだ統護は、余裕をもってアリーシアへと向く。
 アリーシアは唖然となっていた。
 それはフレアも同様だ。
「どうして? 統護は魔術が使えないはずじゃ……」
 気を取り直したフレアが、総攻撃を繰り出してくるが、統護は全て炎の渦でガードする。
 統護は事もなげに言った。
「ああ。確かに俺は魔術『は』使えない」
 しかし似て非なる別のチカラは使用可能だった。
「だ、だってそれってどう見ても」
「どう見ても、か。まあ、このレヴェルに出力を抑えていると区別つかないよな」
 出力を上げると観測しているであろう軌道衛星に露呈してしまう。
 今の今まで、安易に使用しなかった理由のひとつだ。
 しかしルシアのお陰で、軌道衛星の観測を遮断できるという既成事実ができていた。
 とはいっても、学校屋上での使用を躊躇ったのは、【ウルティマ】だけは観測していると分かっていたからだ。
 統護は膝をつき、地面に手の平を乗せた。
 浪々と祈りの言葉――〔言霊〕を捧げ、統護を中心とした〔結界〕を形成する。
 規模は統護を中心として半径三百メートル程に設定した。
 ルシアの広域大規模魔術アブソリュート・ワールドに極力、似せた。観測を遮断された軌道衛星が、ルシアと同じ魔術が発動された、と誤認するように。
「いったい何をしたの、統護?」
「情報遮断用の〔結界〕を張った。これで心置きなく戦える」
 アリーシアではなく、フレアが叫んだ。
「お前はいったい何者だッ! 堂桜統護」
「何者っていわれても、――俺は堂桜統護。それ以外の何者でもない」
 統護は噛み締めるように言った。
 そう。結局のところそれだけなのだと、この世界の友人達に教えてもらった。

 ――この異世界【イグニアス】にきて、驚いた。

「ただ、俺には〔精霊〕が視えるんだ」

 ――だって、元の世界では微量にしか感じられなかった息吹が、ハッキリと感じ取れた。

「そして〔精霊〕と会話ができるんだ」

 ――それに【イグニアス】は人と世界に魔力が満ちていた。自分とは似て非なる魔力が。

「俺は数多の〔精霊〕たちにお願いして、様々な超常現象を体現できるんだ」

 ――元の世界では極小さな現象だったけれど、この世界では天災レヴェルで顕現できる。

「機械と電脳を通じて超常現象を魔力によって引き起こしている魔術――【魔導機術】とは異なり、俺は技術を必要としない。俺の超常現象は〔精霊〕に魔力を供給する事によって直接、世界の理に作用して体現する契約であり法規だから」

 ――元の世界では一子相伝だった。昔はもっと自然と〔精霊〕力に満ちていたという。

「そうだな。【魔導機術】が堂桜財閥が世界に広げた『魔の技術』ならば、いま俺が体現している超常は、堂桜一族が古来より細々と守ってきた『魔の法則』といったところかな」

 ――元の世界では〔霊能師〕と呼称されていたけれど、この世界では……

「ゆえに魔術師ではなく、俺は……〔魔法使い〕と名乗ろうか」

 その名乗りあげと同時に、統護を包んでいた炎の渦が一瞬で消えた。
 余韻である風が、統護の髪をさらりと揺らした。
 統護はアリーシアに微笑みかけた。
「覚えているか? 屋上で言ったろ。特別にお前に見せてやる、本物ってやつを……てな」
 アリーシアは理解できていない様子だった。
 しかし理解できたのか、フレアが戦慄していた。
「そ、そんな莫迦な。【魔導機術】の開発理念の元になっている魔法が実在している? 伝説の魔法を、伝説の理をお前は本当に使えるというのか。魔法を模して、少しでも魔法に近付ける為の【魔導機術】だというのに。お前には必要ないから、だから」
 震える声に対し、統護は静かに答えた。
「さあな。俺が【DVIS】に拒絶される本当の理由は正直、分からないよ」
 フレアは笑った。
 心の底から楽しそうに、そして嬉しそうに。
「そうか。〔魔法使い〕……か。戦闘系魔術師を【ソーサラー】と呼んでいるのだから、さしずめお前は――伝説の存在である【ウィザード】といったところか」
 フレアは【基本形態】である《レッド・アスクレピオス》を消した。
 そして宣言する。
「嬉しいわ。伝説の【ウィザード】が相手ならば不足はない。今度はワタシが見せる番ね」
 本当のチカラを、と両目を妖艶に眇めた。
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