魔導世界の不適合者
作者:真中文々
第一話『隠れ姫』 (Episode01 『INVISIBLE・PRINCESS』)
第一話 第四章 解放されし真のチカラ 8
8
朝日が昇る前に、統護に決断の時が訪れた。
所用がありますので、とルシアはアリーシアの部屋から辞していった。
御用の際は連絡を、との事だった。
主が不在の部屋に残されたのは、統護と淡雪だけになった。
メイド少女は、羽場国際空港内にある堂桜管轄のシークレット発着場に、栄護が小型ステルス機の離陸準備を手配した事を教えてくれた。ただし誰が乗るかまでは掴めなかった。
「……やばいな」
統護は唇を噛み締めた。
おそらくチェックメイトされている。栄護が手配したステルス機がニホンから発進した時が、今回の事件の敗北だ、と状況が告げている。
淡雪が意見した。
「今から栄護伯父様に問い質しましょうか?」
「間に合わないだろう。それに正直に言うとも思えない。最悪、フェイクの可能性もある」
あるいは全くの無関係か。
すでに、ここからワンアクションする猶予しかない。
空港に向かうのは決まりだが、仮にフェイクだった場合、かなりの痛手になる。【エルメ・サイア】の国外脱出ルートが他にあったならば、ジエンドだ。
「お兄様。わたしは締里が完全に裏切ったとは思えません」
「ああ」
それについては同意だった。堂桜一族を完全に敵に回したくない意図があったとしても、あまりに淡雪のダメージが軽すぎる。統護が締里の立場で、敵方のスパイだったとしても、当面は動けない程度のダメージは与えておくだろう。
「アイツはファン王国直属の部隊だけではなく、他の諜報機関にも籍を置いている。間違いなく二重スパイだろうな」
締里が敵でなくこちら側だと仮定して、だったら自分はどう動く? と統護は自問する。
思い出すのは二つの台詞。
『こちらにもシナリオってやつがあるのよ。統護がきた時点で味方に通信を入れたんだけど、ルシアのお陰で通信不能。その程度は想定内だからアナログに信号弾を二発。それで脱出用のヘリを呼んだってわけ。期待通りにネックだった【結界】を破壊してくれてありがとう』
『羽狩と双子だからって私と弟が同じ側――なんて先入観よ。《隠れ姫君》は私達【エルメ・サイア】が身柄を預かるわ。丁重にもてなすからその点だけはご心配なく』
統護の目が大きく見開かれた。
「お兄様?」
「そうだよ。アイツは必要もないのに、自分が【エルメ・サイア】の二重スパイだって俺に教えてくれていたんだ」
統護が締里の立場だったのならば、あの場でわざわざ【エルメ・サイア】と口にはしない。
「あ」と、淡雪も気が付いた。
加えて淡雪の話で、王子の命を受けてアリーシアを襲った【ブラック・メンズ】達と締里が同じ側として会話をしていた事も判明している。【ブラック・メンズ】達と締里が完全に無関係ならば、アリーシアをめぐり問答無用で戦闘になっていなければおかしい。
不自然な点が一つ解消されれば、後は数珠つなぎで推理できた。
「王子が雇っている【黒服】の暴走を、締里は『シナリオ外』だとアリーシアを保護した。それを指示したのは、=極秘で入国した【エルメ・サイア】の幹部だろう」
当然、目的はアリーシアの身柄を手中に収める事だ。虎視眈々とその機会を窺っていたのは想像に難くない。
「ええ。だから締里とその幹部は繋がっているのですよね」
「いや。その命令で繋がったんだろう。そうじゃなかったら、もっと早い段階で【エルメ・サイア】の幹部はニホンの国防機関に攻撃されていなければおかしい」
その台詞で、淡雪は大きく息を飲んだ。
「つまり締里は【エルメ・サイア】の幹部を突き止める為に?」
統護はニヤリと笑んだ。
「たぶんな。そんでもって王子サマの命令をいち早く察知できて、なおかつ栄護に飛行機の手配を依頼可能な人物って――一人しかいない」
すなわち。
フレアと名乗っていた王子の護衛こそが――【エルメ・サイア】の幹部だ。
乱暴な推理だが、他に選択肢が思い浮かばなかった。
「どうします? とにかくわたしかお兄様、どちらかが空港に向かうのが先決かと」
おそらくフレアは王子の護衛という隠れ蓑を棄てた。だとすると一刻も早く国外への脱出を選択するだろう。その最有力ルートが栄護の用意した空路だ。
締里が所属してるニホン側の国防機関は沈黙している。
彼女に一任しているのか、あるいはすでに二重スパイである事が露呈してしまったか。
それとも未だにアリーシア奪回の機会をうかがっている状態なのか。
「……とにかくフレアに連絡をとって王子の無事を確認しようぜ」
同じく締里に出し抜かれた相手として、今の今まで王子を失念していたが、フレアが締里にコンタクトをとって王子の暴走を止めたという事は、すなわち王子に反旗を翻したと解釈できる。つまり王子が無事という保証はない。
電話番号はルシアから聞いている。
「だけど繋がりますかね?」
「どっちでもいい。この状況で繋がらなかったら、それこそビンゴって事だろ」
統護はフレアの携帯電話に発信した。
…
「はぁい。連絡を待っていたわよ、堂桜統護」
フレアは着信に応じたスマートフォンを肩と首の間に挟んで、ステアリングから手を離さなかった。
運転をオートモードに切り替えないフレアに、アリーシアは頬を引き攣らせる。
それどころか、フェラーリは更に加速した。
『忙しいから前置きを省く。悪いが確認したい事がある』
「ボンクラ王子ならば、裏切り者が連れて逃げたわよ」
フレアは先回りして教えた。
口調からして自分が【エルメ・サイア】の幹部と気が付いている様子だが、気が付いていなくても、遠からず関係者の一人として連絡がくるのは分かっていた。
『やっぱりアンタが敵か』
「イエス。そしてアリーシア姫は隣にいるわ。ワタシに騙されている堂桜栄護にコンタクトをとるのは、姫様のお顔に醜い疵をつけたくなければ自重しなさい。その代わりといってはなんだけれど……ワタシ達は今から空港に向かうと保証するわ」
ブラフではなく、ニホンへの密入国ルートも、ニホンからの脱出ルートも他にはない。
だからシンプルに自分達だけで決着をつけようと、フレアは提案した。
「統護! 来てはダメ!」
フレアにとっておあつらえむきに、アリーシアが叫んだ。
「無理よ、彼女には勝てないわ!」
「聞こえたかしら? アリーシア姫は無事よ」
電話先から統護の静かな怒りが伝わってくる。
『信用しているよ。こっちも選択肢はないけど、そっちだって小細工かます余裕はないだろ』
くっくっくっ、とフレアは喉を鳴らした。
「ところが一つだけ小細工をさせてもらったわ」
『なに』
通話先の口調が一変するのを、フレアは楽しんだ。
「ボンクラ王子を連れて逃げたのは、楯四万締里じゃないのよね、これが」
通話先から大きく息を飲む気配が伝わってきて、フレアは頬を歪める。
「そういう事よ。楯四万締里はそちらにとっての切り札どころか、ワタシが楽しむ為の駒となっている状態だから」
フレアはゲームを説明した。
都内五箇所に、締里と締里のダミーを拘束していると。
そして、タイムリミット一時間で締里の命は小型爆弾によって吹き飛ぶ。
『テメエ……』と、統護が唸った。
隣のアリーシアも愕然となっていた。
「怒らないで。彼女に仕掛けた爆弾はスイッチ一つで解除可能だし、運搬させた【黒服】達はプロよ。楯四万締里は五体満足だし、貞操も保証しましょう。お姫様の機嫌を不必要に損ねたくないのでね。五箇所の位置だって一時間あれば充分に到達可能よ」
フレアはメールで地図を転送した。
「フェイクを疑ってもいいけれども時間の無駄よ。そちらの情報網も優秀でしょうから、すぐに特定できるでしょうが、繰り返すけれど時間の無駄になるわ」
『何が目的だ?』
「ゲームというほど大層なものじゃないわ。五箇所って意味わかる?」
『……』
「貴方に、堂桜淡雪。そしてルシア。貴方の友人の生徒会長。最後に裏切り者。これで五名」
フレアは声をあげて嗤った。
「楯四万締里を確実に救出したければ、誰も此処には来られない。反対に楯四万締里を見棄てれば、なんと五名も此処に来られる! ――さあ、貴方はどうする?」
特殊な状況だけに、第三者に救出を依頼するのは不可能だ。
まして統護側からすれば、安全の保証がない。フレアが保証しても信用するはずがない。
「じゃ、空港で待っているわ」
それを最後のメッセージとして、フレアはスマートフォンを車外に放り棄てた。
「どうしてこんな真似を?」
怒りの視線を向けるアリーシアに、フレアは上機嫌で教えた。
「もちろんワタシが楽しむ為よ」
アリーシアの眉間に皺が寄った。
確認手段はないが、フレアのリアクションは【エルメ・サイア】も察知しているはずだ。ならば、各陣営の上層部での折衝交渉が進むことは容易に想定できる。
よってフレアの役割はアリーシア姫を伴っての一刻も早いニホン脱出となる。
幹部の一角であるフレアは知っている。
これから先、【エルメ・サイア】によって、このニホンを舞台とした世界の革命が起こるという事を。彼女の役割は、アリーシア姫の件以外に、その先兵と偵察でもあったのだ。
今回の事件は、ほんの序章に過ぎないのだ――
「堂桜統護と堂桜淡雪以外、誰も動いている気配がないわ。つまり、今回の件についてはそれが交渉結果という事でしょう。けれど、ただ貴女様を飛行機にエスコートするだけじゃワタシが楽しめないから、ちょっとしたゲームを仕掛けたというだけ」
アリーシアに対する人質として、そしてフレアのゲームの駒として、締里は有効活用した。
再びドリフトを敢行した。
先ほどよりもガードレールが助手席に迫った。
しかし期待した悲鳴は聞こえなかった。車の体勢を立て直し、加速を緩めた。
フン、とフレアは鼻息を吐いた。
視線をやった助手席のアリーシアの顔は、冷め切っていた。
「……ねえ、アリーシア様。ひとつ賭けをしませんか?」
「賭け?」
「そうよ。これから生まれる死体の数を当てっこしません? 最大で五。最小でゼロ。死体が生まれる場所はこれから向かう空港です。……さあ、いくつ?」
アリーシアは答えなかった。
フレアは満足げにほくそ笑む。その表情、傑作だ。ドリフトの時の鬱憤が晴れた。
しかし答えはいくつだろうか。
できれば全員で来て欲しい、と願うが、さあ、果たして誰がやってくるのか。
どの確率で締里を救いに向かい、どの戦力で自分を止めに来るか。
この想像を楽しむ為のゲームであった。
おそらくは――最大戦力一名か二名をこちらに向け、五分の三か五分の四の確率で救出に向かうだろう。
果たして、やってくるのは堂桜淡雪か、ルシア・A・吹雪野か。
特に堂桜淡雪。彼女と戦えるかもしれないから、ニホンに来るのを楽しみにしていたのだ。
学校屋上の時のような茶番ではなく、封印解除した本当の淡雪と戦いたい。
ストレスが溜まる任務であった。ボンクラ王子の夜の相手も、酷く退屈だった。締里を半殺しにした程度ではスッキリできない。
存分に暴れたかった。
…
すでに朝になっていた。
天候はフライト日和だ。
堂桜一族管轄下のシークレット発着場に、フレアとアリーシアは着いていた。
シークレットとはいっても充分に広大だ。VTOLや小型ステルス機の運用場所としては、むしろ広すぎるくらいだ。
出迎えスタッフの姿が見えない。
ステルス機にパイロットは搭乗しているのだろうが、他の人員は姿を見せていない。
つまり、そういう事だ。
足を止めたフレアとアリーシアは視線を巡らせる。
彼女たちが歩いてきた道を、一人の人物が追って歩いていた。
アリーシアは一瞬だけ笑顔になるが、すぐに険しい表情へと改めた。
フレアは拍子抜けした、と首を竦めた。
「――来たのはお前一人か、《デヴァイスクラッシャー》」
情報は【ブラック・メンズ】から聞いていた。映像データはないが口伝で充分だった。
彼は超人的な肉体能力と【DVIS】を破壊できる特異的な魔力をもっている。
つまらなかった。
その程度では自分の敵ではないのにと、フレアは落胆した。
戦力的に堂桜淡雪かルシア・A・吹雪野が来るのを期待していたが、よりにもよってこんな雑魚がくるとは――完全にゲームが裏目に出てしまった。
ゆっくりと歩み寄ってくる学生服姿の少年――堂桜統護は笑顔でアリーシアに言った。
「待たせたな。約束を守りに来たぜ」
「どうして来たの! 締里は?」
「安心しろって。五箇所全部にちゃんと助けに向かっているから」
その言葉にフレアは薄笑いで首を傾げた。
「はあ? 何を言っているの貴方」
五引く一は、=四であり、五箇所全部は同時に向かえない。
統護は誇らしげに言った。
「淡雪にルシア。会長に先生と史基。そしてオルタナティヴとかいうヤツ。これで五箇所だ」
アリーシアは笑顔になった。
その台詞に、フレアは乱暴に唾を吐き捨てた。双眸が充血した。
こんな屈辱は久方ぶりだった。
ルージュの鮮やかな朱ラインが禍々しく歪む。
「お前。死ぬの決定だわ。たとえ姫様の友人だろうと、生かしておかない」
「そうかよ」
統護はフレアの赫怒を涼しげに受け止めた。
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