魔導世界の不適合者
作者:真中文々
第一話『隠れ姫』 (Episode01 『INVISIBLE・PRINCESS』)
第一話 第四章 解放されし真のチカラ 5
5
公園の木製ベンチの上に、エルビスは横になっていた。
疲れて歩けなくなっていた。
自然公園から移動したが、三十分もしない内に限界に達した。二時間だけ、という条件でオルタナティヴに許可をもらって自然公園に戻り、最初の位置とは異なる広場で休憩していた。
「……さて、と。今回のミッションの山場かしらね」
オルタナティヴの呟きを聞いても、エルビスは起き上がる気にならなかった。
まだ約束の二時間は遠い。半分の一時間を少し過ぎたばかりだ。二時間経ったら、必ず復活するつもりだ。だから彼女は心配し過ぎなのだ。
「心配しなくても大丈夫だよ。僕を信用してくれ」
「いや、そっちの心配なんて端からしていないわ。二時間経って体力が戻らないのなら、おんぶしてでも移動するか、もう一度タクシーを拾うつもりだったし」
「じゃあ……山場って?」
「文字通りのクライマックスよ。だってこの大きさの施設だと二十四時間体制で警備員が常駐してなくちゃおかしいんだけれど、まったく巡回している様子がないのよ」
「え? それって――」
最低でも一名は、ゴミの不法投棄や野犬の警戒、なにより山火事を発見した際に通報するという目的で、管理事務所に泊まり込んでいるはずなのだ。そして定期巡回を行う。
その警備員の姿を――一度も目にしていない。
「時間的にもそろそろかな、と思っていたから別に驚かないけど」
この公園の警備員には悪いことしたかな、とオルタナティヴは小さく舌を出した。
エルビスは跳ね起きた。
「あら。ちゃんと体力は戻っているじゃない。感心感心」
「に、逃げないと!」
「もう手遅れ。ほら、おでましなさった」
不敵に細められたオルタナティヴの視線の先を、エルビスは怯えた目で追った。
エルビスの目に飛び込んできた光景――
――【ブラック・メンズ】達を従えた、胸板が厚い裸の上半身に派手なファー付きの革ジャンを着ている屈強な大男。
エルビスは震え上がった。
無駄な威圧感を抑え、プロフェッショナル然としている【ブラック・メンズ】とは違い、革ジャンの男は餓えた野獣そのものといった危険な空気を強烈に発散している。暴力の権化といった風情だ。
ちっ、というオルタナティヴの舌打ち。
「よりにもよって業司朗とはね。どうやら栄護も出し惜しみはしないってわけね」
「知っているのかい」
「まぁね。まんま外見通りの……下品で粗暴な男よ」
乱条業司朗は引き連れている【ブラック・メンズ】をバックにして、オルタナティヴの近くまできた。
ニヤつきながら、朗らかに声を掛けてくる。
「お前が【エルメ・サイア】の鉄砲玉か。実物は映像よりもずっとイケてるじゃねーか」
その台詞にエルビスは目を丸くした。
「誤解だ! だって【エルメ・サイア】の幹部は」
「言わない方が賢明よ」
オルタナティヴは強い口調で制した。
「言っても信じないだろうし、あの男にはどうでもいい事だし、なによりこの先を考えると、安易に真実を口にすると致命傷になるかもしれない」
エルビスにとっては意味不明だったが、それでも黙るしかなかった。
業司朗は不愉快そうに恫喝した。
「テメエ等! この俺様を無視するんじゃねえっ!」
ひぃ、とエルビスは首を竦めた。
そんなエルビスにオルタナティヴは深々とため息をつき、
「この状況でお前と会話する必要性はないわね。どうせお互いにやる事はひとつでしょう?」
「まぁ、そうなんだけどな」
「いいわよ。相手してあげるから――かかってきなさい」
オルタナティヴはエルビスを背後庇い、戦闘態勢をとった。
半身に構えて戦闘態勢をとったオルタナティヴは、敵の布陣――業司朗と【ブラック・メンズ】五名の位置関係を脳内にインプットした。
ここから先は、視認よりも速く、予測とイメージで動く。
「いやいやいやいや。慌てんなって。すぐに俺様とバトルじゃ味気ないだろ?」
「なに」
「俺様としても王子サマを気にされながらじゃぁ、ハンデキャップみたいで面白くねぇ。だからだ。まずはこの雑魚共と戦わせてやるよ。コイツ等を片付けられたら、俺様の出番だ」
業司朗の言葉が終わると、【黒服】部隊――五名が前に出た。
彼等は揃ってコンバットナイフを構えた。
「なるほど。戦いに関してだけは……それなりに狡猾ね」
直に自分のパフォーマンスを確認したい、という目論見かとオルタナティヴは納得した。
彼女は背後のエルビスに告げた。
「大人しく下がっていなさい。問答無用で貴方を狙わないところからして……、たぶん本当に山場だろうから」
「どういう意味?」
「だから今が山場でなければ、おそらく遠距離から狙撃していたと思うわよ」
オルタナティヴは単にエルビスの我が儘をきいて休憩させたのではなかった。一点だけ狙撃可能なポジションを与えた位置で休憩させていた。そして狙撃可能箇所を注意していた。
狙撃はこなかった。
つまり――発見して即、殺害という状況からは脱しているという証左だ。
怪訝な表情のままエルビスは後ろに下がった。
オルタナティヴは相手の様子を観察する。
コンバットナイフを得物に選択しているという事は――彼等は統護に【DVIS】を破壊された連中か。
幸いだ、と判断するオルタナティヴ。同じ【ブラック・メンズ】でも、彼等は自分が率いた連中ではない。
つまり――今から披露する自分の動きは初見となる。
オルタナティヴは全力で動いた。
業司朗が見ているが、それでも構わない。そもそも【ブラック・メンズ】を先に片付けられるという状況自体が、彼にプレゼントされた僥倖だからだ。
疾風と化した少女に、五人の職業戦士は即座に反応する。
たとえ【魔導機術】を失って【ソーサラー】として機能しなくとも、彼等はやはり一流の職業戦闘員だった。
一人目に肉薄するオルタナティヴに対し、左右から別の二名が挟撃にくる。
オルタナティヴはバク転を交えたアクロバティックな挙動で、高々と宙に舞った。相手に隙を与えない様に、派手な動きをする際のみ更に速度をあげている。
宙に舞ったオルタナティヴに対し、【ブラック・メンズ】達はナイフを投擲してきた。
弾丸のような速度で飛んでくる刃が五つ。
オルタナティヴの両手が廻る。と、同時にナイフが消えていた。
右手の指の隙間に三振り。
左手の指の隙間に二振り。
手品のように挟み込まれている。
そして、身体を捻りながらオルタナティヴは着地を決める。
そこへ【ブラック・メンズ】達が抜いていた拳銃からの一斉射撃が襲いかかった。
キンキンキンキン、と甲高い音が響き、彼女を狙った弾丸は全て弾かれていた。
奪ったナイフで防いだのだ。
【魔導機術】による魔弾ではなく、通常の九ミリ銃弾だ。これならば彼女には脅威ではない。
オルタナティヴはナイフを【ブラック・メンズ】達へと、返した。
ただし手渡しではなく、全力で投げつけて。
艶消しの黒でコーティングされている刃が、投擲とは思えない超速で唸りをあげた。
どす。どす。どす。どす。
五振り投擲した内の四振りが、二人の胸に二振りずつ深々と潜り込んだ。防刃性能がある戦闘装束なので刺さってはいない。しかし刃の形状のまま、強引に凹ませたのだ。
倒されたのは、オルタナティヴを挟撃しようした二名だ。そのままの位置関係で、前面に出て射撃体勢をとっていたので、次への動きが他の三名よりもワンテンポ遅れた。それが致命傷になった。
彼女の動きに対し、残された三名は銃撃を諦め、再びコンバットナイフを取り出した。
ここから再び一対三での近接戦闘になる。
互いに距離をつめる少女と三名がナイフでの戦闘距離に入る――その直前だった。
どう、と重々しい音と共に一人が倒れ込んだ。
オルタナティヴが隠し持っていた自前のコンバットナイフが、【ブラック・メンズ】の胸部に投擲されていたのだ。
にぃ、と妖艶に笑んだオルタナティヴは更にナイフを取り出し、同時に腕を振った。
しかしナイフは投げられなかった。
ナイフを用心した【ブラック・メンズ】二名は、一瞬だが動揺を露わにした。
オルタナティヴの瞳が細められた。
完全にオルタナティヴに振り回される形になった残りの二名は、自分のペースを取り戻す事を許されずに、五秒後、オルタナティヴの拳撃をくらって倒された。
「す、凄い……」
彼女の戦いぶりに、エルビスは感嘆した。
両腕を組んだ業司朗はニヤついた表情を崩さずに、愉しげに観戦している。
その業司朗に視線をやったオルタナティヴはエルビスの元へと走った。
エルビスを抱えて、オルタナティヴは大ジャンプした。
常夜灯の上に飛び乗り、更に上へと飛翔する。
なにが起こっているのか理解できないエルビスは、体感する強いGに悲鳴をあげた。
オルタナティヴの眼下には――
木々の影に隠れていた、残りの【黒服】部隊が広場へ現れた様子。
彼等は統護と戦っていた者ではなく、彼女と共にテロ活動をしていた者達だ。
【DVIS】を起動済みで、すでに空中のオルタナティヴ達に雷撃を発動させる体勢だ。
金色の輝きが幾つもスパークしている。
最高到達点に達し、後は自由落下に身を任せるだけになったオルタナティヴは、懐から取り出した汎用【DVIS】に魔力を流し込んだ。
瞬間。
ゴゴオゴオオオオオオッ!!
地面を這うような円盤状の指向性をもった爆発が、自然公園の木々を揺るがした。
…
爆発の余韻である土煙が残る中。
再び地面へと戻ったオルタナティヴは、あらかじめ仕掛けていた爆弾の戦果を確認した。
狙い通りに【黒服】部隊は全滅していた。
運悪く死んでしまう者もいるのでは、と危惧したが、死者はゼロだった。彼等の戦闘装束の性能に彼女は感謝した。
かなり強引かつ無茶な戦法であったが、【黒服】の性能があればこそ決断できた。
公園の存在は軽微であった。
ベンチが吹っ飛び、常夜灯が傾き、自動販売機が倒壊しているが、大した被害ではない。
オルタナティヴの足下で尻餅をついたままのエルビスは、茫然自失となっている。
ぎゃぁははははははははははぁあッ!
心底から楽しそうな笑い声が、静寂を打ち砕く。
業司朗であった。
声高らかに笑い声を張り上げる彼は――無傷だ。
「やはりそう上手くはいかないわね」
オルタナティヴはさして落胆していなかった。
爆弾の真下に業司朗を誘導して使用する奥の手を、予定外の形で使ったのだから。彼の魔術特性からいって、この地を舞台として爆弾で倒せるとは思っていなかった。
「ったくよぉ。つまんねぇ小細工ばかりかましてくれやがって」
「……」
「まだ何か手品を仕込んでいるのかなぁ? なあ、あんま俺様をガッカリさせんなよ」
おおよそのスピードとパワーは目視した、とその表情が物語っていた。
その上で一対一を挑んでくる。
つまりはそういう事だ。
対してオルタナティヴは、まだ業司朗の実力を体感していない。充分にハンデだった。
隠しナイフの存在も知られた。奥の手の爆弾も使用した。
もう――策はない。
オルタナティヴは口の端を釣り上げた。
「手品は終わりよ。ここから先は――お前が大好きな、真正面から殴り合いだっ!」
黒髪の少女はファイティングポーズをとると、地面を蹴って突進した。
業司朗は、構えをとらない。それどころか両腕を下げて突っ立っている。
グシャッ! という鈍い炸裂音が響く。
上背に差があるために、肩口からスィング気味に弧を描いたオルタナティヴの右ロングフックが、業司朗の顔面を痛打した。
顔面を大きく捻られた業司朗であったが、足腰はビクともしていない。
ギロリ、と眼球だけで視界を移動し、オルタナティヴを睨むと。
すくい上げるような左ボディブローを放った。
打ち終わりにサイドステップしていたオルタナティヴであったが、移動先まで見越して放たれた豪打を避けられなかった。
ずぼん、と鈍い音をたてて、業司朗の左拳が少女の腹にめり込んだ。
と同時に、右拳がパンチではなく振りおろしのハンマーと化して、オルタナティヴの後頭部に直撃する。
膝の角度が深まったが、オルタナティヴは辛うじて踏み留まった。
追撃を予想してウィービングを交え――
「ばぁ~~か。俺様のバトルに小細工は不要だ」
追撃どころか、業司朗はノーガードのままで顎先を突きだして見せた。
相手の意図を汲み取ったオルタナティヴは、渾身のロングアッパーを身体全体のバネを利かせて突き上げた。口から鮮血を飛び散らせて業司朗の顎が跳ね上がった。
ガクン、と業司朗の膝が折れた。しかし、顔には愉悦の笑み。
「次は俺様の番だぜぇッ!」
業司朗の左フック。
オルタナティヴは右側から弧を描いて飛んでくる拳を、ギリギリのヘッドスリップで左頬にやり過ごすと、インサイドからの左フックをカウンターで合わせた。
ゴォ、という石同士がぶつかったような硬質な音。
たまらず業司朗は後ろへよろけた。
そんな彼を黒髪の少女は、冷ややかな視線で睨み付けた。
「ッ、てっめぇぇええ。ルール違反だろうが」
「間合いは掴んだわ。それにギブアンドテイクの打撃戦に誰が付き合うと?」
「だったらぁ!」
体勢を立て直した業司朗は、ワンツーストレートを打つ、と見せかけてオルタナティヴの両肩を掴む。オルタナティヴは無防備に晒された業司朗の鳩尾に右拳を叩き込んだ。
が、業司朗は怯まずに、頭突きをかました。
「ぐぅっ」と、呻くオルタナティヴの瞳が、一瞬、焦点を失う。
そこへ全体重を乗せた業司朗の打ち下ろしの右ストレート。
反応したオルタナティヴであったが、カウンターをとれずに、刹那の遅れで放たれた左ストレートが相打ちになる。
体重差が響いて後方に飛ばされた。オルタナティヴは倒れない為に、重心を落とし両足を踏ん張った。よってステップを止められた。
目の前には、獰猛に笑んだ業司朗が迫っている。
「もうカウンターなんぞ打たせないぜ」
二発、三発、と最初から相打ち狙いの業司朗に、オルタナティヴも相打ちで応えた。
リーチ差がある為、どうしてもオルタナティヴは至近距離での迎撃を強いられる。
オルタナティヴはロング系のアッパーとストレートが主体。
業司朗はフック系と打ち下ろしが主体。
ほぼ同時に全力で放たれる拳が、互いの肉体を容赦なく抉る。
コンビネーションはない。
否、一発一発が互いに渾身で、引き戻しせずに限界までフォロースルーされている。
嬉々として拳をもらう業司朗は一切の防御を破棄していた。
互いにダメージから踏み度止まるのが精一杯で、オルタナティヴとしても、こうなってしまうと防御は度外視であった。
いかに相手の打撃を堪えて、次の瞬間により強い打撃を放つか――
シンプルにそれだけの勝負となっていた。
「やっぱりセックスやドラッグよりバトルだよなぁ!」
「はぁあああああああッ」
「おうらぁああ! お前の力、もっと味あわせろや」
ガシャァアアン!
およそ拳からするとは思えない音が断続していた。
その都度、少女と青年の顔が捻れながら後方に吹っ飛んだ。
一瞬後には、互いにクラウチングスタイルに振り戻ってくる。
そして拳が放たれる。
背筋が凍るような打撃音が交錯する様子を、エルビスは青ざめながら見守るしかなかった。
…
――時間は少し巻き戻る。
朝日が昇りきる前の、幻想的な空の下。
フレアが運転する真っ赤なフェラーリの助手席で、アリーシアは縮こまっていた。
紅い獣は、高架上にある高速道路を時速二百キロオーバーで疾走していた。
この車は堂桜栄護に都合してもらった物で、乗り捨てる際に魔術で破壊する約束だった。
「どうしたの? 楽しくない?」
「恐いだけです」
恐怖で膝が震えていた。コーナリングの度に寿命が縮む思いだった。
「どこに向かっているんですか? 空港ですか?」
「準備が整い次第、すぐに空港へってのはあるわね」
「空港で待っていた方がいいんじゃないですか?」
フレアはサイドブレーキを引き、マシンをドリフトさせて急カーブをクリアした。
コクピット内にアリーシアの悲鳴が響き、フレアはそれを満足げに聞いた。
「あははははははは。それじゃあ、つまらないでしょう?」
「あ、貴女は――」
アリーシアは顔面蒼白になっていた。
この女性は楽しんでいる。仕事としての確実性よりも、自身が楽しめるかどうか、を優先してるのだ。無理もない、とアリーシアは思い出した。あれほどの強大なチカラを秘めていれば自我を通したくもなるだろう。
その気になれば、もっとリスクを避けた方法を採れるのに――それでは自分が楽しめないから、この女性はあえてリスクを採る。そして、そのリスクを楽しむのだ。
アリーシアは頭を振った。
「どれくらいで準備は整うんですか?」
こんな風にニホンから離れる事になるなんて、想像もしていなかった。
最後になるのならば孤児院の家族に、せめて一目でも会いたかったが、それも叶わない。
「ん?」
「飛行機ってそんなに簡単に準備できるとは思えないから」
「堂桜だったらすぐに飛ばせるステルス機の一機や二機は確保しているはずだから、三十分で準備できるでしょう。報告を待っているのは、そっちの準備じゃないのよ」
「そっちの……って、まさか」
アリーシアは顔を歪めた。
ひゅー、とフレアは口笛を吹き、ステアリングを握り直す。
「そ。気が付いたかしら? 王子サマの追跡に当てた【黒服】部隊とは別の残り五名。彼等にはこの国での最後の仕事を命じておいたわ。名付けて、楯四万締里人質作戦」
フレアは簡単に説明した。ダミーの四名と本物を、それぞれ別の場所に監禁する為に移動しているというのだ。
「楯四万締里は逃げられない。何故なら貴女が人質になっている形だから。そして貴女も逃げられない楯四万締里が人質になっている形だから。この状況を打破するには、第三者が楯四万締里を救出するしかない」
「どうして、ダミー四名?」
フレアが質問に答える前に、彼女のスマートフォンが着信音を鳴らした。
表示されている着信ナンバーは未登録だった。しかしフレアは楽しげな笑みを深めた。
「ようやくってわけね」
片手でステアリングを握ったままで通話に応じたフレアは、開口一番で言った。
「はぁい。連絡を待っていたわよ、堂桜統護」
…
ぐばん、という肉が潰れ骨がひしゃげる音が鳴った。
オルタナティヴの左ボディブローで、業司朗の身体がくの字に折れた。
「がは」と、業司朗は血反吐を零した。
頭が下がった――と、オルタナティヴは腰の入った右ストレートを業司朗の顎に打ち込む。
歯が飛び散った。ぐるん、と業司朗の顔が首を支点に捻転する。
その一撃で、完全に死に体になった業司朗。
撃ち込んだ右拳を素早く引き込み、脇を締めながら大きくテイクバックしたオルタナティヴは、力一杯、軸足である左足を地面に踏みおろした。
「ぁあああああああああああっ!」
裂帛の気合いを乗せ、蹴り足である右つま先が地面を噛み締め――膝のバネが爆発した。
右膝から腰へと回転力が伝達し、左膝のクッションが利いて体幹が固定され――右肩に運動エネルギーが蓄えられる。そこからエネルギーが回転運動として各関節へ連動し、右肩の動き乗じて、そのエネルギーを矢のように引き絞られた右拳一点に集約し――
――一気に発射された。
右ストレートから右ロングストレートへと繋げる、二連打。
二撃目の右は、拳の引きを慮外してフォロースルーのみを考えた、渾身の一発であった。
ばがぁああんッ!
業司朗はその一撃で数メートル先まで吹っ飛んで、派手に転がり倒れた。
決着した。
彼女の勝ちだ、とエルビスはオルタナティヴの様子をうかがった。
しかしオルタナティヴは戦闘態勢を維持している。
彼女は、倒れたままの業司朗に言った。
「立ちなさい。まだ終わっていないんでしょう?」
普通の人間ならば、とっくに終わっている。
両者ともに、人間の耐久力を超えているダメージを与え合った。
しかし彼女は知っていた。乱条業司朗はドーピングと違法サイバネティクス強化によって、まともな人間ではないという事を。
気だるげな仕草で、業司朗が起き上がった。
そしてコキコキと首の筋を鳴らした。
「ったく、本当に化け物だな、お前。この俺様が真正面から殴り合って負けるなんてよ」
「満足したのなら、ここで手を引いてくれると助かるのだけど」
殴り合いで再起不能のダメージを与えたかったが、やはりそうはいかなかった。
ここから先の彼は……
業司朗は満面の笑顔で言った。
「満足って、そんなワケあるかよぉ!」
そして両手を地面に叩きつけた。同時に彼が付けているピアスが輝いた。
専用【DVIS】が起動したのだ。
ごボ、ぼこ、ボこ、ボコォぉおおおおッ。
歪な音と共に地面が波打ち、業司朗を中心とした波紋を描いた。
地面を構成している土が岩のように硬質化し、業司朗の両腕を覆う巨大なガンドレットになった。それは手甲というよりは腕と一体化した砲身のようだった。
業司朗の【基本形態】――《ビースト・アームズ》である。
己のオリジナル【魔導機術】を起動させた【ソーサラー】は高々と宣言した。
「それじゃあ、第二ラウンドといこうかぁ!」
彼の本領は喧嘩屋ではなく超一流の戦闘系魔術師だ。
至近距離で炸裂した指向性爆弾の威力さえ即座にシャットアウトした、業司朗の【土】系統の戦闘魔術を目にして、オルタナティヴの両目が眇められた。
ここからは、先程とは違って魔術戦闘となる。
もうあえてこちらに攻撃させるなんて真似はしない。
己の魔術を失っている今の自分が、果たしてどこまで彼とやり合えるのか――
+注意+
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