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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第一話『隠れ姫』  (Episode01 『INVISIBLE・PRINCESS』)

第一話 第四章  解放されし真のチカラ 3

         3

 流した涙を忘れ、唖然となっている兄妹の傍まで、オルタナティヴは歩み寄った。
 そして無遠慮に二人の間に割って入ると、エルビスを縛っているワイヤーの結び目に親指大の機器を押し当てた。それは解除用の汎用【DIVS】で、エルビスの縛めは自動で解かれていく。
「貴女は……いったい?」
「どうしてフレアの協力者である君が、僕を?」
「同時に質問しないで」
 オルタナティヴはエルビスの腕を引いて立たせると、顎先で脱出を促した。
「元々ビジネスで付き合っていただけだから。アタシは最初から敵でも味方でもないわ」
「じゃあ、どうして僕達を?」
「正確にはお姫様ではなくアンタだけを助けにきたのよ。アンタが手配した【黒服】達はすでに【エルメ・サイア】の女と再契約している。奴等もバカじゃないから、一方的にアンタとの契約は破棄したわ。殺される予定の依頼主に付き続けるつもりはないってね」
 エルビスはアリーシアと頷き合った。
「分かった。君について脱出する」

「――兄さんを頼みます」

 オルタナティヴに告げられた妹の言葉に、エルビスは驚いた。
 アリーシアは微笑んで言った。
「だってその人の台詞からして、二人同時に救出は無理みたいだし。そのビジネスっていうのも、どうやら兄さんだけが対象のようだし」
「駄目だ! アリーシアを置いて僕だけ逃げるなんてできない! だったら新しいビジネスを結ぼう。僕たち兄妹を助けるか、一人だけなら妹を逃がしてくれ!」
 オルタナティヴは首を横に振った。
「できない。お前にはアタシと契約を結べるだけの信用がないわ。加えて、アリーシア姫ならば、今後どういった立場になろうとも、その身の安全だけは保証されるわ。殺すどころか、痛めつけたり辱めるメリットがないから。逆にお前だけが残されると、後腐れなく殺されてその死が政治的に利用されるってだけでしょうね。人質としての利用価値すら、もう怪しい」
 正論に、エルビスは言い返せなかった。
 オルタナティヴはアリーシアを見た。
「というわけだから、貴女の兄の安全はアタシが請け負うわ」
 その双眸に、アリーシアは息を飲んだ。

 あ……。この目って――

 まさか、とアリーシアは思った。
 けれども彼女がそうならば、自分を連れて行かない理由が、理屈を楯にした建前で、本音ではきっとあまり一緒にいたくないのだ、と直感した。
 だから負け惜しみでなく、アリーシアは胸を張って言った。
「貴女の助けは、私はいらない。だって私を助けるのは堂桜統護の役目だから」
 その言葉に、オルタナティヴは肩を竦めた。
「そうね。アタシにも妹がいたわ。その妹もきっと、今なら貴女と同じ事を言いそうね」
「そう。じゃあ淡雪もわかっているんだ」
 アリーシアは納得した。道理で度を超したブラコン――とは微妙に違っていたわけだ。
 二人のやり取りが理解できなかったエルビスは、きょとんとしていた。

         …

 ニヤニヤと粘着質な笑みを浮かべたフレアが、扉のなくなった出入口に姿をみせた。
 隣には締里が付き従っている。
「回答を聞きにお伺いにきたのですが、おや、兄君の姿がみえませんね」
 アリーシアは茶目っ気を交えて答えた。
「兄でしたならば、帰宅しました」
「では姫様が残られたのは、我らに協力してもらえる、と解釈してよろしいですか」
「お断りします」
 アリーシアの拒絶に、フレアは笑みを深めた。
「私が帰らなかったのは、統護の迎えを待っているだけですから」
 この部屋から出ても、その先を考えると動いたところでどうにもならないと分かっていた。
 フレアはアリーシアではなく、締里に言った。
「姫様はなるほどご聡明だ。そうは思わないかな? 外部への連絡方法を必死に探していた、頭の悪い我が同志よ」
 締里は表情を変えずに返した。
「任務が成功したと仲間に連絡を入れようとしても、通信手段が全て遮断されていました。これではまるで軟禁です。遺憾ながら信用されていませんね」
「ニホン支部の厚意には感謝しているけれども、碌な身辺調査さえなしで入り込める極東の風通しが好過ぎる同好の士の集まりだと――

 ――やはりスパイを疑ってしまうのよ」

 フレアはぺろりと舌を出した。
「間違ったわ。貴女はスパイではなかったわね。二重スパイってやつだったわ」
「最初から茶番でしたね」
 アリーシアの目が大きく開かれた。
 締里は裏切ったのではなかったと分かり、思わず涙ぐんでしまった。
「せめてもの抵抗に、とオルタナティヴに拘束ワイヤーの解除キーを手渡したけど役に立ったようで何よりです」
「別にこちらも上から押しつけられたオルタナティヴを信用していなかったし。だから捨て駒的に利用させてもらっただけ。王子については――まあ、ワタシが追うまでもないかしら」
「貴女が【エルメ・サイア】の幹部だと判明した時点でこの任務は半分達成した。素直に逮捕されてくれるのならば、当局としては司法取引に応じる予定だが、どうする?」
 勧告に、フレアは朗らかに笑った。
「あはははは。当局って事は、なに貴女ってファン王国の近衛だけじゃなくて、ニホンの特務機関か公安関係にも籍を置いているってわけ? いくつ顔を持っているのかしら?」
「籍を置いている機関ならば、全部で四つある」
「あら本当に優秀ね。じゃあ一番最初の弟さんが暴走しての姫様との出会いも、……実は計算づくだったってわけなのね? だしにされた弟さんが不憫だわ。どうかしら? 今からでも新しい五つ目の籍を手に入れたくない?」
 二人は会話しながら、広大なフロアの中央へと歩き、中央から距離を取っていた。
 対峙し終わったタイミングで、締里が彼女らしからぬ大声で宣言する。

「どの組織に籍を置いていようが――私の顔はただ一つ。アリーシア姫の臣下だッ!」

 締里は愛銃ケルヴェリウスを瞬時に組み上げ、フレアの眉間に照準した。
「申し訳ありませんでした、姫様。任務の為とはいえ、御身を危険に晒してしまいました」
「ううん。全然気にしてないから」
「責任を以て目の前の女を排除し、貴女様を救い出しますので、しばしお待ちを」
 フレアが愉快そうに鼻を鳴らした。
「舐められたものね。貴女の【DVIS】と【AMP】を取り上げなかった意味、理解できているのかしら?」
「舐めているのはそちらよ。なんだったら【黒服】達を呼んでもいいわよ。淡雪のような封印解除はできないけれど、それでも屋上でみせた程度の戦闘力ならば」
 締里はL字型のカートリッジを取り出して、銃把へと挿入した。
 そして握る箇所を銃把からカードリッジの突部分にかえた。すると銃口が上を向く。

「――《エレメンタル・ブレード》」

 ぶぉん、という重低音。
 凛と響く【ワード】に呼応し、銃口から角度によって七色に煌めいて見えるレーザーブレードが顕現した。
 その刃の輝きに、アリーシアは目を見張った。
 記憶があった。過去に一度だけ、このレーザーブレードの輝きを目にした事があった。
 間違いなく自分は昔、締里に助けられている。
「これが最後の警告だ。五体満足でいたければ、大人しく投降しなさい」
 その警句を、フレアは満足そうに受け止めた。
「そうこなくっちゃねぇ。なんの為にワザワザこんな広いセーフハウスを選択したと思っているのかしら? 無駄に広いんじゃなくて、バトルの舞台にはもってこいだからよ」
 フレアも己の【魔導機術】を立ち上げた。

「――さあ顕現なさい《レッド・アスクレピオス》」

 獰猛な炎の大蛇が、魔法陣から髑髏を巻きながらせり上がってきた。
 きしゃぁぁぁあああああ! と甲高い声で威嚇すると同時に、炎弾を吐き出した。
 その吐き出された炎の塊を、締里は一刀で斬り伏せた。
 斬撃の残照も眩い虹色であった。
 四散した炎が壁に激突したが、着火しなかった。
「どうやら水弾で鎮火させながら戦う必要はなさそうね」
「最新の防火素材の上に【魔導機術】でコーティングされている最高級の部屋だもの。下手な【結界】よりも頑丈な空間よ?」
 フレアは《レッド・アスクレピオス》をけしかけながら、愉悦の笑みを浮かべた。
 締里はその類の笑みを知っている。
 戦闘狂と呼ばれるモノの独特の表情であった。


 戦闘開始から五分が経過した。
 激闘であった。
 フロアを部屋として仕切っている壁は全て崩れ落ち、この階は廊下を除けば、たった一部屋というシンプルな間取りとなっていた。
 調度類も全て消し炭だ。
 戦いを優位に運んでいるのは――締里の方であった。
 しかしフレアは余裕を崩していない。むしろ苦戦を楽しんでいるかのようだ。
 締里は淡々と戦っていた。
 アリーシアの目には、機械じみて映っている。学校の屋上で師事していたが、その時の復習を実践していると錯覚してしまう程だ。
 自分と同じ炎のエレメントを、自分よりも遥かに高度に操る【エルメ・サイア】の幹部を、追い詰めていく締里。なるほど単身で危険な任務に就くだけの実力だ、と改めてアリーシアは感嘆した。
 締里の操るレーザーブレードは、虹のように七色に輝きながら、その属性をカレイドスコープのごとく変化させる。その変化と変幻自在の剣技、その土台となる堅実な戦法。
 その姿は、戦闘プログラムに従って精密に動く、ファイティング・マシンであった。
(ひょっとして、統護や淡雪よりも……)
 ――締里は強い?
 そう感じざるを得ない研ぎ澄まされた技量であった。
 統護のような超人的な身体能力や正体不明の【DVIS】破壊能力はない。
 淡雪のような封印解除のような圧倒的な出力もない。
 だが、必要最低限の出力と身体運動で最大限の効果を算出しながら戦う締里には、堂桜兄妹とは違った職業戦闘者の凄みが感じられた。
 そう。【黒服】部隊と同種で、かつレヴェルが上という――
 為す術なく壁際まで追い込まれたフレアに、締里は《エレメンタル・ブレード》の切っ先を向けた。

「――《エレメンタル・アロー》」

 レーザーブレードを矢と化し、炎の弓幹につがえた。
 弦は水でできている。
 そして渦巻く風を乗せて――締里は七色の矢を射った。
【AMP】の機能に頼っているとはいえ、ワンアクションに複数のエレメントを組み込むことに成功した――極めて例外的かつ超高度な複合魔術だった。
 煌めく一条の射線。
 ゴゴォオンっ!
 爆音が炸裂し、魔術的に強化されている最新素材の壁が破壊されていた。
 巨大な穴が穿たれた横では、満身創痍に近いフレアが壁に寄りかかりながら立っている。
 フレアの【基本形態】である炎の大蛇は消失していた。
 勝負あった。
 と、アリーシアは思った。
 だが締里は戦闘態勢を解いていない。いや、表情は険しさを増していた。

 くすくすくすくす……

 小鳥の囀りのような笑みが、不気味に響いた。
 嗤っている。
 フレアが満足そうに嗤っていた。
「なかなか愉しかったわ。わざわざ戦いの機会を与えただけはあった。しかし――もう充分、といったところかしら。貴女の力量はだいたい出し尽くした? それともまだ本気じゃないというのかしら?」
 締里は答えずに、再び《エレメンタル・ブレード》を顕現させた。
「――なぁんだ。やっぱりソレが一番の戦力なんだ」
 期待外れ、と云わんばかりにフレアが壁から背中を離して、歩み寄る。
 不気味な笑みはそのままだ。
 そして放たれた言葉の凄みは、これまでの彼女の比ではなかった。

「……じゃあ、そろそろ本気出して終わらせましょうかぁぁあぁ」

 爛々と輝くフレアの目。
 ゾクリ、とアリーシアの肌が粟立った。
 次の瞬間――アリーシアは信じられない光景を目にした。

         …

 統護と淡雪は緊急入院した羽狩を見舞っていた。
 羽狩の怪我はそれほど深刻ではなく、意識も回復している。
 浚われたアリーシアの追跡は、追跡用マーカーかの信号がロストしてしまったので、ルシアを通じて那々呼に依頼していた。
 大丈夫、ワタシの飼い猫を信用してください、とルシアは請け負ってくれたが、今のところ有用な情報は入ってきていない。諜報は専門外という上、那々呼が操れる軌道衛星【ウルティマ】【ラグナローク】の衛星カメラ機能にも限界はある。
 衛星カメラからの追跡と、容疑箇所を推測して、その近隣の監視カメラ類のハッキングを行うらしいが、敵方もプロで情報を絞り込めずにいる。
「……姉さんが裏切りましたか」
 報告を聞いた羽狩は、特に驚いた様子をみせなかった。
「お前は締里についてどこまで知っている?」
 双子の弟に訊く台詞ではないな、と統護は内心で苦笑いだった。
 羽狩は首を横に振った。
「締里姉さんは、俺とは出来が違いましたから。ファン王室にスカウトされたのも、実は姉だけなんです。それを姉さんが俺が一緒じゃなければ受けないって」
「そうか」
 純粋な戦闘能力だけではなく、大胆に計画を遂行して、自分達と【ブラック・メンズ】をも欺いた。
 統護は締里を過小評価していた、と思うが、過小評価させていたのも彼女の実力だった。
 控えめに、淡雪が言った。
「でも兄様。アリーシアさんに誓いを立てた締里さんは、間違いなく本気だったと思います」
「油断させる為の演技じゃ、ない?」
 淡雪は頷いた。
「あの誓いがなくとも、もう充分にわたし達は彼女を信用していました」
 統護は淡雪の目を見た。
 その目は自信に溢れていた。
「だとすると――締里は裏切ったフリをして、逆に敵の懐に入ったというのか?」
 確証はないが、そうであって欲しいと統護は願った。

         …

 アリーシアは壁際で縮こまっていた。
「ぁ、っぁあああ、ッ、ぁ、ぅ」
 歯の根が合わずに、声がまともな音にならない。
 このフロアを構成している素材は、全て最新の防火機能と耐魔性能を備えているのに――

 壁と床と天井が――全て真っ黒に炭化していた。

 目にした光景があまりに圧倒的過ぎて、アリーシアは思考を破棄してしまいたくなる。
 恐怖、なんてものじゃない。
 聞いていた。知識にはあった。いくつかの映像記録も目にした事がある。
 だが間近で目撃すると、こんなにも凄まじい力なのか。
 淡雪の封印解除も凄まじかったが、これはそれに匹敵する――似て非なるチカラ。

「これが……【エレメントマスター】」

 真の能力を解放したフレアは、部屋の中央で丸まっている締里へと歩み寄り、蹴った。
 意識を失っている締里は大の字になる。
 辛うじて息がある様子に、アリーシアは安堵した。
 しかし魔術特性のコントロールによって外見こそ無傷に見えるが、締里が被っているダメージは甚大だった。
「お願い、締里を殺さないで……」
 ニィ、と笑んだフレアは満足げな口調で言った。
「姫様のご命令とあれば」
「……」
「まあ本当のところは、逃げられた王子に代わる道具が必要なだけなんですけどね」
 あははははは! と愉快そうに高笑いするフレアに、アリーシアは戦慄した。
 駄目だ。
 ぜったいに駄目だ。
 こんな化け物と戦ってはいけない。
 勝てるはずがない。
 反則だ。インチキだ。詐欺だ。チートだ。
 どうしてだ。これを許してまで、この世界は魔術の存在が必要というのだろうか。
 お願い統護。もう私はどうなってもいいから、絶対にこの女と戦わないで――
 戦っては、ダメ。
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