魔導世界の不適合者
作者:真中文々
第一話『隠れ姫』 (Episode01 『INVISIBLE・PRINCESS』)
第一話 第四章 解放されし真のチカラ 1
第四章 解放されし真のチカラ
1
――お前は『ただ一つの存在』という奇蹟なんだよ――
それは、本来の兄――堂桜統護が姿を消す前に淡雪が見た、最後の姿だった。
振り返って思えば、全てに惜別するような悲しそうな姿であった。
兄は妹によく洋服をプレゼントしていた。
淡雪は堂桜財閥の令嬢として服やアクセサリーに不自由などしない。好んで着物を普段着にしているが、著名なデザイナーが彼女の為だけにデザインし、彼女の為だけに縫製したオリジナルの服を送ってきたりもする。年間で五十着以上、勝手に増えていくのだ。
対して、統護が淡雪に贈る服は、街中のブティックで数万円程度で買えてしまう量産品、いってしまえは、堂桜の人間が袖を通すには粗雑に過ぎる代物だった。
デザインも流行を重視した、御世辞にも品のある服とはいえなかった。きっと両親が目にすれば不愉快そうに眉根を寄せる、そんな服だ。
それでも淡雪にとっては兄が選んでくれた、という一点のみで他の服よりも大切だった。
「……お兄様」
統護は黒いドレスワンピースを眼前に翳し、ジッと眺めていた。
お茶菓子を誘いにきた淡雪に、彼は声をかけるまで気が付かずに、ドレスに集中していた。
妹の来室に気が付いた統護は悲しそうに笑んだ。
「ああ、済まない。気が付かなかった」
「珍しいですね、黒だなんて」
統護が淡雪に贈る服は、ほとんどが彼女をイメージした白を基調にしていた。
黒いドレスを腕に掛けて、統護は言った。
「たまには黒もいいかと思ってね。案外、お前に似合うかもと」
「そうですか」
「箱に戻して包装し直したら、部屋に持っていくよ」
「ありがとうございます」
歩み寄った統護は淡雪の頬に、手を添えた。
「お兄様?」
「もうすぐだ。もうすぐなんだ……。そうしたら」
淡雪には意味が分かりかねた。
統護は意味ありげに両目を細めた。
「いいかい堂桜淡雪。お前は数多の世界において、ただ一つの存在という――奇蹟なんだよ」
だからその奇蹟をアタシにわけて欲しい――という声と共に、淡雪は気を失った。
数時間後に兄のベッドで目を覚ました時。
堂桜統護は――姿を消していた。
枕元には、全く同じデザインの白いドレスワンピースがあった。
それが別れの品となった。
…
(そう……でした。不思議と、今まで忘れていました)
うっすらと意識を回復した淡雪は、別れ際に兄が告げた言葉をようやく思い出した。
堂桜淡雪は奇蹟だと、元の兄は云っていた。
目を覚ました時、確かに『奇蹟』を体現したような不思議な感覚が残っていた。
あの数時間の間に、いったい何が起こったのだろうか?
耳に轟音が聞こえてきた。
まるで鼓膜を掻かれるようだ。聴覚が戻ってくるに従い、淡雪も現状を認識し直す。
冷たいコンクリートの床の感触。どうやら自分は俯せ状態で倒れている。そして動けない。
外傷はないがダメージは深刻。神経伝達を阻害する魔術弾を喰らったのだ。
つまり此処はまだ学校の屋上だ。
――そうだ。アリーシアはどうなったのだ?
耳を劈く音は、間違いなく魔術戦闘で発生している音だ。
音が止んだ。
締里は【ブラック・メンズ】の撃退に成功したのだろうか。そして羽狩は? まさか……
淡雪は微かにだが、俯せ状態から顔をあげた。
「おい。あの女、生きているぞ」
そんな声が聞こえた。男の声色。【ブラック・メンズ】の一人だろうと淡雪は判断した。
状況を改めて認識し直そうと集中した。
「なにをいう。世界屈指の規模を誇る堂桜財閥の姫君だぞ。敗北を味合わせるだけならばともかく、殺したり女として疵物にでもしてみなさい。色々と後が面倒になる。特にファン王国と堂桜財閥の協定関係にヒビが入りかねないわ」
この声色……締里?
ならば自分を撃ったのは彼女か、と淡雪は思い至る。
どうやら状況的にアリーシアは無事のようだ。
「確かにな。堂桜の実権や基盤も揺るぎそうにない――程度の事は俺達も掴んでいる」
アリーシアの怒声が響く。
「貴方達はどこまで知っているの!?」
「我らとて、金が全てとはいえ、何も知らずに踊らされる駒ではない。ただの駒だと雇い主に斬り捨てられたり、裏切られたりするのでな」
他の男も続けて言った。
「我らの情報網を甘く見過ぎです。《インビジブル・プリンセス》」
淡雪は眼球だけで、視線を巡らせた。
すでにアリーシアも戦う力を失っている様子だ。有り体にいって満身創痍だった。
いや、淡雪が気絶していた時間は不明だが、よくぞプロの先頭集団を相手取って今まで存命しているものだ。それは感嘆と尊敬に値する戦果であった。
(ならば、……わたくしも)
「さあ、潔く覚悟を決めて下さい。――《インビジブル・プリンセス》」
その声に抗うべく、淡雪は全神経を振り絞った。
雪の結晶を光線状に束ね、敵へと放つ。数は三条だ。
手加減はしない。手加減せずとも、致死に至る威力には程遠い。
その魔術――《オーロラ・ライン》は、無防備だった【ブラック・メンズ】の背に直撃したが、戦闘服の耐魔性能のみで威力はせき止められた。
淡雪の攻撃を受けた【ブラック・メンズ】が侮蔑の視線を向けたが、それだけだった。
(お兄様……助けて――)
希望を込めて、スマートフォンに魔術を用いてメッセージを送信した。
攻撃魔術はフェイクであり、この通信魔術を隠す為だった。
最後の力を使い果たし、淡雪は浮かせていた顔面を、再び床へと横たえた。
…
スマートフォンが緊急メールを受信し、統護は掃除を中断した。
正規の操作による送信ではなく、通信魔術によって送られてきた非常時用だ。
「――ッ!」
画面には、シンプルに一文だけ『助けて』とあった。
統護は一瞬だが、迷った。
しかし「済まない! 用事が入った!」と叫んで、教室から出ようと駆け出した。
「待て統護!」
史基が声を張り上げた。
統護はドアと廊下の境目で、足を止めた。
「悪い。必ず帳尻合わせはするから、今だけは勘弁してくれ」
「こっち向きやがれ」
気まずい気持ちを押し殺しながら振り向いた統護の目には――
親指を突き立てる史基と、笑顔で手を振る美弥子が映った。
唖然となる統護へ、史基が言った。
「なんて顔してやがる。昨日、生徒会長から色々と聞いてたんだよ。本当は俺も参加したいけど、部外者が首突っ込んでいい話じゃないみたいだしな。だから……掃除は任せろ」
「そうそう。これこそが本当の共同作業だよ」
「けどよ、一言だけ言わせてもらえば、ちゃんと面と向かって言ってくれ。その程度の信頼は得ていると思っているぜ?」
「そうだな。じゃあ改めて掃除を頼む。ちょいと野暮用ができたからよ」
頷く二人を残し、統護は再び駆け出した。
こんなにも嬉しい気持ちは――きっと初めてだった。
ルートは二つ。
階段を登って屋上まで駆け上がるか、あるいは、校庭から外壁伝いに飛び乗るか。
統護は後者を選択した。
極論すれば単なる直感だが、状況不明のままドアから場に突入というのに抵抗感があった。
それに外部からの突入ルートだと、上手くすれば遠くからでも状況把握してから参戦できる。
統護は正面玄関から校庭へと出ると、屋上を見上げた。
「なんだ。あれは……【結界】?」
黄金色の雷で編み上げられているドーム状の障壁が、屋上を覆っていた。
いくら破壊力があっても素手でアレを破壊するのは不可能だ。
対黎八戦で実行した拳に魔力を込める程度では、おそらく通用しない。
――決断、する時なのか。
統護は覚悟を決めた。一刻の猶予もない危機的状況で先の心配など、愚の骨頂だ。
後に【イグニアス】世界そのものを敵に回してでも――今、アリーシアを救う。
淡雪に託されたのだから。
その時であった。
「今日も今日とて、お迎えにやって参りました、ご主人様」
ルシアが傍まで来ていた。
彼女は屋上の【結界】を目にしても表情を変えなかった。
「ちなみに羽狩は倒されていました。死んではおらず全治一ヶ月程度でしたが。この状況も含めて、通報した方がよろしいでしょうか?」
羽狩はやられていたか……と、統護は舌打ちした。
しかし殺されていない、という事は『次に戦う必要がない』という意味でもある。要するに【ブラック・メンズ】達のアリーシアへのアプローチは、今日が最後のつもりなのだ。
「警察の【ソーサラー】に対処できる相手なら、はじめからそうしている」
加えて堂桜の分家筋や、ファン王国経由でのニホン政財界からの圧力も、警察にかかっているはずである。この案件は全てにおいて特別なのだ。
ルシアは畏まって一礼した。
「その通りですね」
「この件はこっち側だけで決着をつけなきゃならない」
「ならば微力ながら、手助けを」
ルシアの言葉に、統護が勢い込んだ。
「まさか、あの【結界】をどうにかできるのか?」
「その程度は簡単でございますが、今後を考え、もっとご主人様に有用な手助けをします」
メイド少女はそう告げると、統護の前に出て片膝をつき、その手を地面に当てた。
謳うような声で、静かに呟いた。
「スーパーACT」
地面についた手を中心として、朱色に輝く魔法陣が同心円状に広がりながら形成されていく。
その光景に統護は目を見張った。
輝いているのは魔法陣だけではなく、施術者であるルシア本人もだ。
封印解除については淡雪から聞いていた。しかし、まさか堂桜の血族ではないルシアも可能だったとは。いや、那々呼が独断でIDをルシアに与えていたのか。
統護は更に驚かされる。
ルシアの顔、そしてメイド服からのぞいている素肌部分に、金色のラインが走っている。
それは魔術的な紋様というよりも――電気回路図のように見える。
その幾何学的な金色のライン上を、銀色の粒子が輝きながら流れているのだ。
加えて、ルシアの双眸。
「プログラムが走っている……」
魔術師の専用【DVIS】の宝玉箇所に縦スライドされる、英字の列がルシアの目に表示されているのだ。
統護は彼女の専用【DVIS】がヘッドドレスかメイド服の一部に仕込んである、と推定していたが、それらが反応した様子はない。つまり彼女の【DVIS】は――
ルシアが【ワード】を唱えた。
「――《アブソリュート・ワールド》」
通常では一人で使用不可能とされる、複数人での協力施術用の大規模魔術が起動する。
巨大魔法陣が地面を滑り、校舎の下に潜り込むと、魔法陣の外周を底面とした赤色の光の柱が発生し、天へと伸びた。
赤色の光の柱は、校舎だけではなく、統護たちも覆っている。
ゆっくりと膝を地面から離し、立ち上がったメイド少女に、統護は唖然と呟いた。
「お前の、その姿は……」
「この姿がワタシの【基本形態】です」
「いや、だってお前」
そんな事があってたまるか、と統護は戦慄した。
思い至る一つの推論。
まともな人間ではない。これでは本当に狂人を超えた魔人だ――
「お察しの通り、ワタシ自身が【DVIS】でもあります。この身における真実は話せませんが、それより今は詮索するような猶予はないのでは?」
「あ」
「心配無用です、ご主人様。ワタシが創り出した《アブソリュート・ワールド》は絶対不可侵領域です。ただし物理的ではなく、情報的な意味で。すなわち、この光の柱の内側はどのような軌道衛星ですら観測不可能となっています」
「本当か!」
それは、統護が何よりも望んでいた状況であった。
ルシアは無表情のままだが、それでも微かに微笑んでいるように見えた。
「メイドを信じて下さい。二つの軌道衛星【ウルティマ】と【ラグナローク】の最大性能を利した局地的な絶対ジャミングといったところでしょうか」
なるほど最高のアシストだ、と統護はルシアへの礼も忘れて、駆け出した。
その背に向かって、ルシアは丁寧に一礼した。
「どうかご武運を」
単純に敵を倒すだけならば容易だが、今の勝利条件はそれとは異なっているのだ。
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