魔導世界の不適合者
作者:真中文々
第一話『隠れ姫』 (Episode01 『INVISIBLE・PRINCESS』)
第一話 第三章 それぞれの選択 3
3
似ている……。
アリーシアは目の前に現れた異国の青年を見て、そう感じた。
鏡でみている自分の顔と共通している箇所が多い。
そして彼は平然と言った。
妹に逢う為――と。
淡雪が恐い声で言った。
「ルール違反ではないですか。なぜ貴方が契約を違えて妹君の前に。いえ、それよりも御身のお立場からすれば、どうやって入国なさったのですか」
国内の密入国防衛システムは優秀だ。
それを突破できるルートは禁じ手として限定されている。いわば国家すら容易に手出しができない領域という事になる。
淡雪の脳裏に、ルシアの警句がリフレインした。
顔から音を立てるように血の気が引いていく。
「貴方はまさか! 一国の王子という立場にありながら、あの【エルメ・サイア】と繋がっていたのですか」
淡雪の弾劾に、アリーシアは後ずさった。
青年は飄々と否定した。
「誤解だよ。全て誤解だよ、堂桜のお姫様。僕は単なる観光客さ。名前はエルビスだ。そして隣の彼女は僕のステディってわけだ」
「ワタシは彼のお目付役のフレアと申す者です」
「ステディって言ったのに、つれないね、お前も」
エルビスが偽名だとアリーシアは知っていた。いや、国際的な話題の中心にいる人物の顔だ。当然、その名だって嫌でも記憶してしまう。そういう人物なのだ。
内乱で揺れるファン王国にあって、反体制側についている第一王子――
「貴方が、私の兄って事は私、は……私の、親は、ッ」
真実に到達し、アリーシアの全身が瘧のように震え始めた。
その様子を、エルビスは楽しそうに眺めている。そして、告げた。
淡雪と締里が誤魔化しの言葉を探しているのを嘲笑いながら、容赦のない真実を。
「お前は今まで僕たち王族が背負ってきた祖国に対する責務とは無縁で、他国の一介の市井として気楽に生きることが許されていたけれど、これからは違うよ――
――アリーシア・ファン・姫皇路――
片親とはいえ、同じ血を分けた僕の妹にして、ファン王国の王位継承者よ」
その言葉にアリーシアは両膝をガクリと折り、床にしゃがみ込んだ。
決定打だった。
連日報道されているファン王国の内乱騒動と、自分の状況変化がリンクしていて、なおかつみながアリーシアを姫と呼ぶ。推測できないはずがなかった。
ただ思い至っていないフリをして誤魔化していた。
自分がファン王国の姫だと知ったところで、自分に何が出来るのか分からなかったから。
せめて自衛の為の努力を――と、大局から目を背けた。
しかし、それももう……
「はははは。その顔だと僕の言葉を信じてくれたみたいだね。確かに父にお前は似ているな。この僕よりも。ニホン人というエコノミックアニマルの腹から産まれたとはいえ、お前は僕の異母妹であり――現時点では次期女王の最右翼だ」
呆けた顔でアリーシアは異母兄を見上げた。
異母兄の目は、冷たかった。
エルビスと仮名を名乗る異母兄が、第一王子であるその血統にもかかわらず、王位継承候補から除外されているのは、内乱で反体制側につき国民の反感を買った事が原因だと、アリーシアも知っていた。
「だからといって、私が次の王様だなんて」
つい先程まで孤児院で暮らす身寄りのない女子高生だった。
現体制である王政派に、自分以外の王位継承者――つまり王族がいるはずだ。
「ああ。それについてはね」
「そこまでです!」
淡雪が声を張り上げる。
「王子。それ以上は言ってはなりません」
「もう遅いよ。どうする妹よ。ここから先を聞くのはやめるか?」
周囲の視線がアリーシアに集中した。
アリーシアは目を瞑り、二秒ほど熟考し、瞳を開くとゆっくりと立ち上がった。
異母兄を真っ直ぐに睨む。
その視線を、エルビスは不愉快そうに受け止めた。
「話して下さい」
淡雪は浅い角度で項垂れた。締里はニュートラルな態度を崩さない。
「いや単純な話でね。報道されていないけど、実は王家の直系はもう三人しか残っていないんだよ。現国王である父。そして国民から継承権を事実上剥奪された僕。残ったのは、そう、父とニホン人の間に産まれた妾腹の姫である、お前、というわけさ」
「――な――」
報道とは異なる衝撃の事実に、アリーシアの目が見開かれる。
エルビスの言葉が嘘でないのならば、つまり王政派側の王族が……
「どうしてそんな事に?」
「さあ? その件に対して僕は直接的に関与していないし」
エルビスは肩を竦めてしらばっくれた。
淡雪が口調を強めて言った。
「その件に関しても堂桜側としても事実確認を急いでいますが、どうやら単純に【エルメ・サイア】の力によるところが大きいようですね」
「だから僕は知らない」
とぼける異母兄に、アリーシアは構図を悟った。
エルビスの描いたシナリオ、もしくは彼を引き込んだ首謀者に吹き込まれた計画では、【エルメ・サイア】によって王位継承のライバルを消し、父を王位から引きずり下ろし、そのままエルビスが次期国王に収まるはずだったのだ。
現体制が破壊され、体制が共和国となっても王族が消えるわけではない。
王という権力を半減されても、彼は早急に王という立場が、立場だけが欲しかったのだ。
「貴方は国の体制よりも、自身の立場が大事なの?」
「のうのうと市井の暮らしを享受していたお前がそれを言うか」
兄と妹の視線がぶつかった。
エルビスはアリーシアに手を差し伸べた。
「一緒にこい。お前に次代の王など無理だろう? お前が僕の側につけば、愚かな国民を説得してお前を王家の血族というしがらみから解放してやろう」
その誘い文句に、淡雪が身構えた。
アリーシアはハッキリと言った。
「断るわ。王がどうとかは、まだ分からないけど、兄さんとは一緒にいけない」
その言葉尻と同時だった。
「ニホン人の分際で、この僕を兄と呼ぶなぁ!」
憤怒に赤く染まった顔で、エルビスは喚きだした。
身振り手振りのオーバーアクションを交えながら、急激に理性を失っていく。
「片方しか僕たちファン人の血を引かないくせに、何が次期女王だ! ふざけやがって! ちきしょう! お前さえ、お前さえいなければ――」
言葉は後半からニホン語ではなく、ファン王国でのみ使用されている母国語になっていた。
アリーシアは異母兄の罵倒を、目を背けずに唇を噛み締めて受けとめた。
罵りの言葉が終わり、エルビスは再びニホン語で、フレアに命じた。
「残念ながら交渉は決裂した。フレア、聞き分けの悪い妹を力ずくで連れて帰るとする」
それは戦闘開始と同義であった。
淡雪は躊躇なく【DVIS】を起動させ、自身の【基本形態】である白銀の吹雪を結界として身に纏った。その名は――
「へえ。それが噂に名高い《クリスタル・ストーム》ってやつか。なるほど綺麗だね」
「綺麗なだけではありませんよ」
締里も【AMP】である魔銃を、両手持ちで構えた。
「動けば――撃ちます。殺しはしませんが、重傷程度は覚悟してもらいますよ」
エルビスは二人の威嚇を無視し、空を仰いだ。
「なあ、フレア。連中は? まさかサボっているのかい?」
「どうやら楯四万の弟が邪魔をしている模様です」
「使えないな。相手は一人だろ」
「あまり派手に暴れられる状況ではありませんので、ご容赦を」
「大丈夫なのか」
「充分です。部下に命じていたのは『外部から干渉しようとする者を遠ざけろ』でしたので。それに楯四万弟以外にも邪魔が入った可能性もあります。いずれにせよ――この場に邪魔が入らない事が肝要であり、《インビジブル・プリンセス》を拉致するには充分な状況」
フレアはエルビスの前に歩み出た。
真っ赤な口紅をひと舐めし、「ACT」と呟く。
足下に出現した魔法陣より、炎を纏った紅い大蛇が召喚された。
同時に、淡雪が雪の結晶の束を光線のように束ねて飛ばす。
相手の属性が【炎】と判明した瞬間、《ケルヴェリウス》のカートリッジを【氷】属性に入れ換えた締里も、躊躇のない三点撃ちをおこなった。
コイルのように正確な同円心で、紅い大蛇がフレアに巻き付いた。
その円筒の壁に防がれた氷の攻撃は、音もなく蒸発した。
大蛇は同円心形状を解くと、甘えるようにフレアの身体を這いずり回る。
「これがワタシの炎の【魔導機術】――その名称は《レッド・アスクレピオス》」
ごばぁっ。
紅い大蛇は、口腔を開けると炎の弾を吐き出した。
すかさず【炎】属性にカートリッジをチェンジした締里が、魔銃を高速連射で迎え撃つ。
ズダダダダダダァンッ!
精確無比な射撃であったが、威力を相殺できずに、散弾と流れ弾が淡雪へと伸びる。
流星群のような紅い線。
「――《ダイヤモンド・インターセプト》」
キン、と軋みをあげて、淡雪の前面空間が瞬間的に凍りつく。
ごごごごごごごごごぉぉおおおッ!
連鎖反応のような爆音が連なるが、七色に光を反射する凍りついた遮蔽壁が、炎の流星群をシャットアウトした。
一瞬の間に行われた激しい攻防に、アリーシアは認識が追いつかない。
すでに淡雪は雪の【魔導機術】で反撃に移っていた。
締里は後方から銃撃で淡雪を援護しつつ、アリーシアに気を配っている。
そんな二人を相手に、フレアは炎の大蛇を巧みに操作し、一歩も引かない。
爆音と光と爆風が乱れ混ざる。
熱気と冷気が交錯する。
大蛇が淡雪に肉薄すると、締里の弾丸が遠ざけ、淡雪がフレアに魔術を仕掛けると、大蛇が主へと戻り防御する。そしてフレアは、締里に魔術攻撃やナイフを投擲する。
基本的にはこのパターンを繰り返しだが、超速で目まぐるしく攻防を入れ替えながら、使用する魔術を巧みに変えたり、フェイントを入れたりするのだ。
一級品の戦闘系魔術師――【ソーサラー】同士の本気の激突を間近で目にして、アリーシアは固まっていた。
そんな異母妹を、エルビスはニヤついた顔で観察していた。
…
校庭の林の中。
【雷】属性を刀身に纏わせた【AMP】の剣――名称を振るう羽狩は、追い詰められていた。
黒いビジネススーツを模した戦闘服【黒服】を装備している集団と交戦中だ。
男達は体格から顔つきまで、全てが規格品のように揃えられていた。
通称【ブラック・メンズ】だ。
一度に三人以上を相手にした瞬間もあるので、確実に三名以上の一個兵隊だが、それでも時には、分身しているたった一人を相手にしているのでは――? と錯覚する。
(なにを、やっているんだ!)
羽狩は自分を叱咤した。
敵集団は【雷】属性の魔術を使用していた。
ゆえに羽狩も刃に雷を宿しているのだが、効果は芳しくなかった。
羽狩が雷撃を放っても、放った相手とは別の【ブラック・メンズ】が雷撃で相殺してしまうのだ。
ほんの一瞬前まで、二人を相手にしていた。
しかし今、羽狩は一人きりだ。
焦躁感が羽狩を襲う。
どうして自分に援軍が来ないのか。そして【ブラック・メンズ】の何人かは、すでに屋上へと向かっているのだろうか。姉と堂桜淡雪は《隠れ姫君》を護れているのだろうか。
唐突に襲われた。
それはいい。こうやって隠れていた刺客に対しての囮になる事が、羽狩の本当の役割だ。
しかし囮になっている時間が長過ぎる。援軍はどうなっている。
(まさか――!?)
ファン王家内で、何かパワーバランスに変化があったのか。
加えて、堂桜一族は本当に統護と淡雪しか《隠れ姫君》に護衛をつけていないのか。
決断した。
刃の属性を【風】に換えようと。その為には属性を司る、柄に埋め込んである宝玉を入れ替える必要がある。
羽狩は構えを崩さないまま、柄から金色の宝玉を取り出した。
次の瞬間には、透明な宝玉を入れているはずであった。
だが、その一瞬を敵は見逃さなかった。
雷撃が四方から襲ってきて、羽狩ではなく《ファン・デラ・クルセイダー》を撃った。
属性を発揮できないただの刃では雷撃を防御できず、魔術剣は遠くへ飛ばされてしまった。
愕然となる羽狩。
やはり極限の疲労によって、判断力と動きそのものが鈍っていた。
ベストの自分ならば、こんな失態はなかった。
いや、そもそも得物が手から失われたのならば、すぐに徒手空拳での魔術戦闘に気持ちが切り替わっている。
しかし今の彼は、精神的に切り替えるのに、約二秒を要する状態だった。
二秒という時間は、戦闘時においては致命的な長さだ。
今度は雷撃ではなく、八名もの【ブラック・メンズ】達が羽狩に殺到した。
八つの打撃が、羽狩を打ちのめそうとした、その瞬間。
羽狩の姿がかき消えた。
同士討ちを避け、獲物がいた場所を中心に再び散開する【ブラック・メンズ】達。
彼等の視線は一点に手中している。
少女のようにお姫様だっこされている羽狩は、自分を抱いている相手に聞いた。
「お前は……なんで?」
相手はメイド服を着ている人形めいた少女であった。
「ワタシをご存じないと」
「いや、知ってはいるけどさ」
当然ながら情報は与えられている。
フルネームは、ルシア・A・吹雪野。堂桜那々呼の守護者。そして――
「そうか。君が指揮する【ブラッディ・キャット】が、《隠れ姫君》護衛をサポートしているのね、《アイスドール》」
その言葉にルシアは首を横に振った。
「いえ。単にご主人様を迎えに上がったら、たまたま目についたもので」
「え」と、羽狩は目を丸くした。
ルシアは宝石のような双眸で、敵集団を見回した。羽狩をそっと降ろす。
「少し余ったので使い切りましょうか」
彼女はフリル付きエプロンからバターナイフとペーパーナイフを取り出した。
パキパキパキ、と不気味な音があがり、ルシアを中心として周囲の温度が下がった。
右手のバターナイフと左手のペーパーナイフの刃が巨大化した。
いや、正確には外層として氷の刃が出現したのだ。
【ブラック・メンズ】の一人がスローイングナイフをルシアの眉間へ投擲した。
ナイフがルシアの眼前に迫った、その刹那であった。
鋭い弧を描いた二つの氷刃が、閃光のようにクロスした。
弾き返されるのでなく、スローイングナイフが三つに分断されていた。
その光景に刺客達がどよめいた。
左右の腕を交錯させたまま、ルシアは宣言した。
「ついでです。倒すのは面倒ですが、追い払うくらいならばサービスでやってあげます」
…
脳内へ直接流れ込んでくる微少な雷撃を、フレアは感知した。
独自パターンで暗号化されている部下からの電子信号であり、即座に解読した。
フレアは苦笑した。
「――王子。どうやら時間切れのようです」
戦闘継続の意思はない、とフレアは《レッド・アスクレピオス》を解除した。
「時間切れって?」
不満そうなエルビスに、フレアは端的に説明した。
「【黒服】部隊の手に負えない相手が出現した模様です。部隊には退避許可を出しました」
「わかった。今日のところは大人しく帰ろうか」
納得したエルビスは、ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、出口へと歩き始めた。
防衛戦はしても倒しにはこない――と、わかっているフレアも後に続く。
淡雪と締里も戦闘態勢を解いた。
ただ力なく立ち尽くしているだけの異母妹に、エルビスはすれ違い様に囁いた。
「じゃ。また後日」
バタン、とドアが閉まる音が静かに鳴った。
その音は、アリーシアにはやけに冷たく聞こえた。
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