魔導世界の不適合者
作者:真中文々
第一話『隠れ姫』 (Episode01 『INVISIBLE・PRINCESS』)
第一話 第二章 王位継承権 4
4
頭上の日差しが強い、とある首都圏のありふれた街中。
黒いマントを羽織った学校制服姿の少女――オルタナティヴは、輝くような紺碧の空のもと、背中を預けている街路樹が張っている枝葉を日傘にし、気軽な口調で会話していた。
人と対面で話しているのではない。
衛星通信での通話だ。
手にしている情報端末は特別製で、分単位で更新されている厳重なファイアウォールに守られているはずの軌道衛星【ウルティマ】への通話ジャックが可能だった。
いわば世界一安全な秘匿回線である。
「……というわけで、約束のブツを早急に頼むわよ」
彼女の口調は、その法外な要求に対して、いささか不謹慎なほど気楽だった。
根回しは済んでいる。
交渉が成功すれば、自身の生体データは秒を待たずして先方に渡るはずだ。
それで知られてしまう事もあるが、それよりも――欲しいブツがあった。
「渋らないでよ。だって基礎理論は完成しているんでしょう? 後は製造して実験する段階だって。ならばアタシを実施試験に使用するっていうのも、ありじゃなしかしら。ええ、そうよね。元々は貴女の為だけのワンオフ技術だって知っているわ。だからこそアタシがこの機会に横取りしたいな、って思ったわけで」
通話先の罵倒は涼しげに聞き流す。
「いやいやいや。代弁者に用はないのよね。ただ伝言をしてくれればいいからさ」
口の端を釣り上げて、オルタナティヴは断言した。
「別にいいわよ? 嫌だっていんだったら王子様の寝首を掻くだけだから――」
チラリと護衛の女性と共に近くにいる偽名・エルビスのファン人に、冷徹な視線をやった。
彼女は返事を待たずに通話を切った。
絶対安全な秘匿回線へのジャックとはいえ、これ以上の会話は【ウルティマ】からの逆探知を受ける危険が高かった。
グシャ。
これはもう使用不能だ。オルタナティヴは携帯情報端末を握り壊した。
「――さて、これで本当に後戻りはできなくなったわね」
後悔はなかった。
黒髪の少女は青空を眩しげ見上げる。
今ならば――遥か遠くに在るこの空に手が届きそうな気がした。
…
ゴーレム――《クレイ・ウォーリアー》の雄々しき姿に、観衆が沸いた。
古代の英雄『ヘラクレス』さえ貧弱にみえる屈強かつ巨大な外見であった。
グラウンドの中央が戦闘舞台となり、美弥子は《土の要塞》ごとグラウンドの端へと移動していた。地面が土ならば、低速で【基本形態】を維持したまま移動可能だった。
美弥子が離れ、いよいよ開始となる。
さて……と、と統護はゴーレム兵士を前に、半身になって格闘戦用の構えをとった。
魔術を使えない以上、肉弾戦しか選択肢がない。
これはなかなかにタイトな条件だ。
タイムアタック勝負でなければ、勝つのは容易い。魔力の源となっている美弥子が供給源として限界を迎えるまで逃げ切ればゴーレムは勝手に消滅する。これだけ精巧なゴーレムを二体も創り出したのだ。相当な魔力を消費しているのは間違いないだろう。
だが待ちの一手というのは、状況的に許されない。
「はっ! 統護ぉ。せいぜいご自慢の超人的な身体能力で逃げ回ってな」
競争相手である史基は嘲笑いを残し、専用【DVIS】を起動した。
彼の【DVIS】は足首のリングである。
魔法陣が地面に描かれ、そこから炎の奔流が局地的に発生した。史基はその炎の上に立っていた。吹き上がっている炎渦から、僅かに両足が浮いている。
その秘密は――サーブボード型の炎板であった。
これが史基の魔術戦における【基本形態】であり、その名称は《ファイヤ・ライド》だ。
「ぃぃいいいぃいいいいいいっ、ぜぇぇえええええええッ!」
己を鼓舞するように史基は雄叫びをあげた。
魔法陣が移動し、吹き上がってくる炎が局地的な渦から、波へと変化した。
その炎波に、サーフィンのごとく史基は乗っていく。
波の形状を変化させ、なおかつ自在にその波に乗る事により、史基は変則的で予測困難な超高速移動を実現していた。
「ひぃいいゃっほうぅうう!」
炎波で、あるいは炎のボードで、更には波から飛ばす炎の飛沫で、多重攻撃を仕掛ける。
派手な爆発が連続する。
その度に観客が盛り上がり、歓声があがる。
証野史基の名は、現時点でも将来の有望株として学園に名を馳せている。その評判に違わぬ見事な戦いぶりであった。
――だが、ゴーレム兵士には通じていなかった。
ゴーレム兵士は史基の攻撃を堅実に楯でブロックし、剣撃で死角に回られないように史基の移動ルートを牽制する。
自信に溢れていた史基の表情が、次第に余裕を失っていく。
観客達もざわめき始めた。
美弥子は史基の戦いぶりを冷めた視線で採点した。
「三十点ですね。見事なオリジナル魔術ですけど、動きや見た目の派手さに対してロスが大きいですね。その才能は大いに認めます。しかしその戦術がトリックスターとして機能するには基礎的な戦闘力と経験値が絶対的に不足しています。確かに貴方は優秀な生徒ですが、センセだって学園生時代には、貴方程度の成績を余裕でとっていましたよ?」
やがて史基の動きにキレがなくなってきた。
移動パターンと攻撃バリエーションを相手に学習されつつあったからだ。
――一方。
統護もゴーレム兵士と激しく交戦していた。
こちらは完全は一進一退であった。
動きの速度は完全に統護が上回っている。拳を主体とした攻撃も一方的にヒットさせていた。
しかしゴーレムの身体を破壊しても、即座に破損箇所が修復されるのだ。
こちらの戦いぶりに対しては、観客の反応は今ひとつであった。
「ちっ。面倒くさい相手だぜ」
防御が硬い。ゴーレムだけではなく美弥子の《土の要塞》もだ。
遠くから魔力放射という選択肢が頭を過ぎるが、間違いなく通用しないだろう。
拳で直接打ち込むしかない。
ゴーレムの身体に埋め込まれている【AMP】を狙うが、どうやら【AMP】は体内でランダムに移動しているようだった。よって統護は攻め手に欠けていた。
そんな統護を、美弥子は掛け値なしに評した。
「凄いですね堂桜くん。格闘戦としては百点満点です。センセの《クレイ・ウォーリアー》を生身で圧倒できるなんて、本当に人間なんですか? でもこの展開も予定通りだったりします。それから魔術師としては、当たり前ですけどその戦い方では零点ですからね」
「生憎と俺はもう魔術師じゃない」
「そうですね。五大エレメントの内――地・水・火・風の四つを自在に操った天才魔術師であった以前の貴方だったら、近い将来には【エレメントマスター】にすら届いたでしょうに。しかし今の貴方は、いかに超人であっても魔術の劣等生に過ぎません」
「……劣等生、か」
「残念です。センセだけではなく、この学園には魔術師であった頃の貴方との模擬戦を楽しみにしていた教師も多かったのですよ?」
会話の最中。
ぼこぼこぼこぉ! 統護の足下の地面が、沸騰したかのように不自然に波打った。
そして地面から腕が二本生えてきて、統護の足首を掴む。
「なに」と、統護は足下を見た。
美弥子はしてやったりと笑んだ。
「油断しましたね。魔術戦って基本なんでもありですから」
予想外の箇所から動きを阻害された統護に、ゴーレム兵士の剣が唸りをあげて迫る――
…
校舎の屋上から、締里は突発的なイベントを眺めていた。
観衆の盛り上がりとは反比例して、締里の心は冷めていく。
「茶番……ね」
ため息と共に愛銃を特殊ホルスターから取り出し――統護の背中へと照準を定めた。
そして、トリガーへ掛けた指を引くタイミングを窺う。
…
統護は足下を掴まれた土の足を、力ずくで振り払って跳躍した。
その一瞬後、足下を大剣が通過した。
観衆が目を見張るほどの大ジャンプだ。魔術による身体強化がされていないとすれば、間違いなく世界記録を大幅に塗り替える高さだった。
「間一髪でしたね。しかし……」
台詞の途中で、美弥子の笑みが微かに強ばった。
統護はゴーレム兵士を無視し、一直線に美弥子に向かってきた。
距離は充分に離れているが、統護の脚力ならばものの数秒で接近可能である。
「なんのつもりです? 堂桜くん」
怪訝な表情の美弥子は、《土の要塞》の壁面に多数の銃口を出現させた。
デザインは大小の円筒を組み合わせただけのシンプルさで、ハンドガン程度の口径だ。しかし、その全てが唸りを上げた。
ガガガガガガガガガガガッ!
一斉掃射だった。
三十を超える銃口が上下左右に動きながら、莫大な数の弾幕をばらまいていく。
足下を狙った弾丸の雨に、統護は迂回を強いられる。
しかし弾丸には怯まず、統護は走りながら言った。
「なんでもあり。……ゴーレム兵以外の攻撃をそっちがしてくるのなら、こっちもなんでもありでいかせてもらうぜ」
「まさか術者を直接叩くつもりですか」
「常道だろう?」
「確かに、しかしセンセも舐められたものですね」
美弥子は「やれやれ」と頬を歪めた。
「つまり先生を狙ってオーケーって事だよな。よかったぜ。ビビッて拒否されなくて」
「蜂の巣にしてあげますよ。死なない程度にね」
一転して冷徹な顔で告げた。その表情は紛れもなく【ソーサラー】の貌だ。
銃口一つにつき、毎分三百発の土の弾丸を吐き出していく。しかも薬莢排出も廃熱も必要としないエンドレスだ。
しかし統護は、瀑布ともいえる弾丸の群を躱しながらジグザクに疾走した。
当たらない。掠りもしない。
接近さえ許していないが、あまりのパフォーマンスに、美弥子は目を見開いて驚愕した。
「な。どうして?」
「ゴーレム兵を維持したままじゃ、これが先生のリソース――意識容量の限界だ」
いかに【AMP】による魔術補助が強力だろうと、元となるゴーレムを形成し、維持しているのは紛れもなく美弥子本人である。
美弥子には数多の銃口を全て自在にコントロールするだけの余力はなかった。魔力のリソースを確保する為に、数パターンずつの動きを、銃口数組毎に組み合わせて制御していた。
そして銃口群の基本照準を統護に合わせようにも、その動きについてこられなかった。
パターンさえ見切ってしまえば、統護にとって弾丸の数は問題ではなかった。
「消してもいいんだぜ? 魔術制御のお荷物になっているゴーレムを」
統護は挑発的に笑った。
ゴーレム兵士は高速で走り回る統護を追いかけるも、まるで付いていけなかった。
むろんゴーレム兵士を消せば撃破と同義だ。
焦りを滲ませた美弥子は歯ぎしりした。
「まさか、ここまでとは……」
美弥子の命に従って、史基の相手をしていた《クレイ・ウォーリアー》が、統護の前に立ち塞がった。
統護はその《クレイ・ウォーリアー》の剣撃さえも、易々とかい潜った。
だが、もう一体のゴーレム兵士に追いつかれ、挟み撃ちにされた。
美弥子は銃口全てを一点に集中する。
これで終わり――と、最大出力で魔力を込めるその寸前。
「テメエにばっかり、いいカッコさせるかよ!」
ゴーレム兵士からフリーになった史基が、炎のビッグウェーブに乗って美弥子の頭上に躍り上がった。
波飛沫の弾丸で牽制する中、炎のサーブボードを巨大な一本の槍へと変化させた。
その槍を見舞おうとする寸前。
「甘いですね。――《ランスシング・ダンス》」
冷徹な呟きと共に、美弥子は壁面から槍の形状を模した突起を数十、生み出した。
槍先が一気に伸びる。
ずががががッ!
「くそったれが」
史基は咄嗟にサーブボードを槍から楯へと変化させ、直撃は免れた。
しかし起動力であるサーフボートを槍群に縫い付けられ、史基は動きを封じられる。
「これで終わりです、堂桜くん!」
次の瞬間、美弥子は二体の《クレイ・ウォーリアー》を相手している統護へ固定した銃口群を、照準なしで一斉射撃した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
衝撃そのものの重低音が連なった。射撃というよりも爆撃と呼んだ方がいい総攻撃は、《クレイ・ウォーリアー》二体と地面を致命的なまでに削りまくる。
土煙があがり、爆撃地帯が茶色の煙幕で覆われた。
その煙幕がくぐもっている中。
統護が辛うじて形状を維持しているゴーレム兵士を踏み台に、壁面が展開されていない美弥子の背後へと飛んだ。
だが、それも美弥子の予想の範囲内だった。
隙を突いて攻撃しようとした史基に、土の鉄槌を下し地面に叩きつける。
次の瞬間。
美弥子の壁面――《グランド・フォートレス》そのものが大きく変化した。
例えるのならば、サーベルの生えた総入れ歯だろうか。
がばぁ、と上下ではなく左右に展開した。
凶悪なソレは主である美弥子だけを避けて、統護を喰らおうとする巨大な顎になる。
「受けなさい! ――《クラッシュ・スナップ》」
巨大な顎が、空中の統護を噛み砕こうとした、その瞬間。
顎に生えている牙が、一本だけ――バキン、と折れた。
目を丸くした美弥子の顔が凍りつく。
折れた牙の噛み合わせが欠けた隙間から、統護は《グランド・フォートレス》内に侵入した。
攻め手が尽き、愕然と立ち尽くす美弥子に、統護は余裕の表情で告げた。
「――この勝負、俺達の引き分けですね」
美弥子に返事する時間さえ与えず、統護は当て身で美弥子を気絶させた。
肉弾戦が不得手な美弥子は無抵抗だった。
同時に、彼女のオリジナル魔術であった《土の要塞》とゴーレム兵士二体が、溶けるように土へと還った。
これで決着であった。
観衆から大歓声があがる。
生徒達は喝采をあげ、教職員達は苦み走った顔になる。
気絶した美弥子を片腕だけでお姫様だっこしている統護に、史基は憮然と言った。
「特別に今回だけは、ひとつ貸しにしてやるよ」
「だからよ。最初から悪いのは俺だっての。引き分けって事だし一緒に掃除しようぜ」
「癪だが、それについては異存はない」
笑みは交わさなかったが、二人は自然とハイタッチを交わした。
再び、歓声が沸き起こった。
…
締里は愛銃の銃口をさげた。
「――ったく、これでいいんでしょう。これで……」
本当に茶番だ。
こんな回りくどい真似をしなくとも、と苦々しく締里は思った。
+注意+
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