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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第一話『隠れ姫』  (Episode01 『INVISIBLE・PRINCESS』)

第一話 第二章  王位継承権 3

         3

 血の気の引いた白い顔色で、アリーシアが後ずさった。
 そんな彼女を淡雪は背中に庇う。
 統護は二人に向き合った。
「それで? 何の用だよ、たてよんまん姉弟さん」
 統護の挑発に、弟の羽狩が頬を痙攣させた。
 姉の締里が舌打ちし、弟を注意した。
「羽狩、お願いだからいちいち挑発に乗らないで。それから堂桜兄、私達はタテシマ姉弟だからと一応は訂正を入れておくわ。ついでに姉とか弟とかで区別されたくないから、私は締里と呼んで」
「じゃあ、俺の事も統護先輩でいいぞ。一年生」
「分かったわ、統護」
「……」
 してやったり、と締里は満足げに微笑んだ。
 静かだが凄みのある声で淡雪が言った。
「先輩であるお兄様を呼び捨てとは、流石に命令を無視して独断暴走するだけありますね」
「淡雪。喧嘩売るなって」
「申し訳ありません、お兄様」
 締里は羽狩の後ろ頭に右手を当てると、弟の頭を前倒ししながら深々と腰を折った。
「この通り、謝罪するわ」
 締里は「アンタも!」と横目で弟に命じた。
 羽狩は渋々と小声で「悪かったよ」と姉に続いた。
 唖然となるアリーシアに、統護が説明する。
「コイツ等の正体はアリーシアの護衛だ」
 ファン王国の王室直属特殊部隊から直接派遣されている日系の魔術師エージェント。それが楯四万姉弟だった。
「護衛って襲ってきたじゃない!」
 憤慨したアリーシアは楯四万姉弟を指さした。
「大変申し訳ありませんでした。本気で傷付けるつもりはありませんでした。少しだけ貴女様の技量を知りたくなってしまって、出来心であんな愚行に及んでしまいました。今では未熟だった己を心から反省しております」
「つーか、本気で殺すつもりなら十秒要らないし。ちょっと脅す程度の予定だったんだ。そしたら大人しく付いて来てくれるかな~~、なんて」
 ばつが悪そうな楯四万姉弟の弁明に、アリーシアは納得いかない顔になる。
 統護はアリーシアに言った。
「許してやれとは言わないけど、この二人、上司にガッツリ絞られたみたいだから」
 この件に関しての謝罪も堂桜本家にきていた。
 代償として、アリーシアの身柄確保の主導権を堂桜家に委ねさせた。
 楯四万姉弟が大目玉を食らったのは想像に難くない。
「俺と淡雪については、昨日の件は水に流す。だからとっとと先に行ってくれ」
 一緒に登校するつもりはない。
 それに同じ護衛ならば、傍で護る自分と遠くから護る楯四万姉弟に別れた方が合理的だ。
 素直に従い、楯四万姉弟は統護達から先行しようとした。
「待って!」
 姉弟の背に、アリーシアが声をかけた。
 呼び止められた二人は振り返った。
「許してあげる代わりに――条件が一つあるわ」
 羽狩は顔を顰めたが、締里は表情を変えずにビジネスライクな口調で言った。
「何でしょうか、姫様。断っておきますが守秘気味があります。貴女様の出自につきましてはご当人に対しても喋ることは禁じられております」
 その台詞に、統護は辛うじてポーカーフェイスを維持した。
 ミスったな締里、と心中で嗤った。彼女の言葉から、つまり楯四万姉弟もアリーシアの出自を知らされている事が判った。二人はファン王国側からそれだけ評価されているのだろう。
 今後は上手く協力体制を築けられれば、儲けものだ。
 アリーシアは頷いた。
「それは分かってる。私が貴女達に頼みたいのは。戦闘技術を教えて欲しいの」

         …

 統護とアリーシアが一緒に教室に入ると、長身の男子――証野が詰め寄ってきた。
 フルネームで証野史基。現在、二年生で主席の生徒だ。
「テメエ! 統護ぉ」
 蜥蜴と揶揄される神経質そうな顔が、怒りと興奮で沸騰していた。
 体型は統護と同等だが、身長と骨格が一回り大きいので、接近すると統護は見下ろされる。
「な、なんだよ」
 烈火のような史基の怒りに、統護は一歩引いた。精神的にはもっと引いていた。
 統護よりも頭一つ大柄な史基は、統護の胸ぐらを乱暴に掴んだ。
「掃除当番を投げ出して帰りやがって!」
「あ」
 すっかり忘れていた。
 淡雪からのメールを受けると、そのまま教室を飛び出していた。
 原因を察したアリーシアは統護を庇うように前に出て、史基に頭を下げた。
「ごめんなさい。昨日の件は私のせいだから統護を責めないで欲しいの」
「統護、だと?」
 史基は顔色を変えた。
 遠巻きから見ているクラスメート達の数人が「よけいな真似を」という顔になる。
 アリーシアは統護の胸ぐらを掴む史基の手を、やんわりと解く。
「だから暴力は止めてよ。私が代わりに次の掃除当番の時に一人でやるから」
「姫皇路くんには関係ない話だ。俺は統護と話をしている」
 面倒な展開になったな、と統護は思った。
「いいよアリーシア。実際に非があるのは俺の方だ。次の掃除当番、俺が一人でやるからそれで勘弁してくれないか、証野」
「おい。女の前だからっていい顔するじゃねえか」
「じゃあ、どうすりゃ納得するんだ」
 史基はアリーシアを見て、引き攣った笑顔になる。
 アリーシアはアリーシアで不満げな顔をして、史基を睨み付けていた。

「土下座しろ。それで許してやる」

 教室中が凍りついた。
 統護は肩を竦めて即答した。
「断るよ。非は認める。昨日は済まなかった。あとアリーシアは関係ない。事情すら説明しなかった俺が悪いんだからな。だから掃除は一人でやろう。けれど土下座は――拒否だよ」
 史基が統護の胸元へ手を伸ばす。
 今度はされるがままではなく、統護はその手を掴んで後ろ手にねじり上げた。
 片手で軽々と史基を制した光景に、教室中が固唾を飲んだ。
 統護は意図して声を凄ませた。
「あまり舐めるなよ。大人しくする時とそうでない時の区別くらいはついている」
 元の世界で喧嘩や荒事に無縁だったのは『ぼっち』で空気だったからだ。
 その気になれば、そこそこできる程度の心得は、伝統芸能の基礎として幼少時から父親に叩き込まれていた。加えて今の自分には、超人的な身体能力が備わっていた。
 もがくが史基は動けない。腕一本ねじられただけで、全身の動きを封じられていた。
「て、テメエ……」
「統護。ええと、どうするの?」
 構図が代わってアリーシアも困惑している。
 実は統護もこの後はノープランであった。
 教室中の視線が、とある生徒に映る。視線の束の先には、我関せずと読書している女子生徒が座っていた。みなの視線に気が付いたクラス委員長の累丘みみ架が、「仕方がない」と呟いて、椅子から腰を浮かせ、事態の収拾に動こうとした。
 教室のドアが開いた。
 ビジネススーツに着られている御年二十八才の女の子、担任教師の琴宮美弥子が入ってきた。
 彼女はすぐに異常を察して、統護に声を飛ばした。
「な、なにをしているんですか! 堂桜くん」


 統護と史基、双方の言い分を聞いた上で、美弥子はひとつの提案をした。
「いいでしょう。話し合いでは無理そうですので【魔術模擬戦】で決着をつけなさい」
 二人は承諾した。【魔術模擬戦】とは、文字通りに【魔導機術】の実技で行われる模擬戦である。【ソーサラー】を目指す魔術師候補生にとっては、必須かつ最重要な項目だ。
 本来ならば専用【DVIS】の扱いに習熟した三年次からの授業であるが、美弥子は喧嘩を容認できる立場ではないので、こうして模擬戦で代替するしかなかった。
 敗者が、今週は一人で掃除当番を受け持つ、という条件だ。
 いま、美弥子のクラスの生徒は全員、第一グラウンドへ出ていた。
 この第一グラウンドは土のグラウンドで、主に陸上競技用として使用されている。一周八百メートルの広大なグラウンドである。
 当事者二名以外は見学だ。
 この騒ぎを聞きつけて、他のクラスの生徒達も窓際に張り付いて注目していた。
 学校側もこのイベントの見学を特別に認めていた。
 二学年だけではなく、三年の生徒も大勢注目している。生徒会長である東雲黎八もその中の一人であった。
 学園関係者ならば、誰だって興味を引かれるだろう。
 かつて史上最年少の最高位到達を期待されたが、【DVIS】を操れなくなり、その道は閉ざされた。しかし反面、超人的な身体能力を得た元主席の堂桜統護が、現主席を相手にどういった魔術戦闘をみせるのか。
 史基は当然ながら距離をとって遠距離攻撃に専念してくるだろう。果たして身体能力だけの統護が、その展開をどう打破するのか。
 勝敗以上に、その点が焦点となっていた。
 美弥子が声を張り上げた。
「それでは! 今回は直接戦うのではなく、タイムアタック戦とします」
 タイムアタック戦? と、みなが首を傾げた。
 地面に手を置いた美弥子は「ACT」と呟き、腕時計を兼ねている己の専用【DVIS】を起動させた。アナログ式だった時計盤のカバー面に、大量の英文がスクロールしていく。
 ずずずずずずず――……
 不気味な地響きが、地の底からもち上がってきた。
 地面から大量の土が隆起して、彼女を中心に、ある形状へと変化していく。

「――《グランド・フォートレス》」

 その言葉と同時に、美弥子の魔術の【基本形態】が完成した。
 天井が空いた、前面に扇状にカーヴしながら展開されている分厚い壁であった。
 術者である美弥子を囲う《土の要塞》――の威容に、見学者が感嘆の吐息を洩らした。
 美弥子が得意とする属性は――五大エレメントの『地系』にあたる【土】だ。
 彼女が授業中に放つ名物チョーク・バレットも、この【土】属性をアレンジしている。
「なるほど。どちらが先に先生を倒すかを競うんですね」
 不敵な統護の言葉に、美弥子は苦笑した。
「魔術を喪っても自信は失ってないんですねぇ。センセだって教師として生徒に負けるわけにはいかないんですけど。違いますよ。センセが直接戦うのではありません」
「だったら?」
「正解は……これです」
 美弥子は全面に展開している《土の要塞》に手を触れた。
 そして【ワード】を唱える。

「――《クレイ・ウォーリアー》」

 壁面の一部から土で構成された兵士が二体、切り取られるように出現した。
 人型のディテールは省略されているが、おおまかなフォルムはさながら鬼のようだ。
 いわゆる【ゴーレム】の一種である。
 円楯と園月刀を構えた兵士を制御しながら、美弥子は宣言した。
「二人には、この《クレイ・ウォーリアー》を倒すまでの時間を競ってもらいます」
 これならば魔術を使用できない統護にもハンデなしの闘いになるはずだ、と美弥子は目論んでいた。
 二人の生徒は揃って物足りなさそうな顔になった。
 それも織り込み済みであった美弥子は意地悪い顔になる。
「センセも、この学園の教師として高位の【ソーサラー】に認定されていますが、確かに最高位である【エレメントマスター】には届きません」
 しかし、と美弥子は二つの拳大のチップを翳して見せた。
 これは【AMP】――『アクセラレート・マジック・ピース』と呼ばれる補助機器だ。
「注目です。センセが特注している専用【AMP】です。一個五十万円もするんですよ。これを使えばセンセの魔術も最高位に匹敵するレヴェルになります」
 それぞれを《クレイ・ウォーリアー》の背中に投げつけた。
 チップが背中に埋まっていき、《クレイ・ウォーリアー》が劇的にパワーアップした。
 身体が二回り膨れあがり、武装もランクアップした。
 口元を引き締め、統護は警戒する。
 史基は戦慄しているが、闘志も上がっている。
「ちなみに外見の変化だけではなく、魔術式AIによって自律思考しますからねっ」
 ゴーレム制御による負荷から解放され、美弥子はにこやかに告げた。
「――あ。そうそう忘れてました。二人とも負けちゃった場合は引き分けです。その場合はみんなに『喧嘩して御免なさい』って謝った上で、一ヶ月間ふたりで仲良く掃除当番ですよ」
 そんな条件を付け加えた。
 童顔なので愛くるしい笑顔だが、目が本気で据わっていた。
 生意気な生徒二名の天狗の鼻を叩き折る――最初から美弥子は、喧嘩両成敗として二人とも叩き潰す算段だった。
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