魔導世界の不適合者
作者:真中文々
第一話『隠れ姫』 (Episode01 『INVISIBLE・PRINCESS』)
第一話 第二章 王位継承権 1
第二章 王位継承権
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堂桜淡雪は、幼い頃から十五夜の月をよく兄と二人で眺めていた。
兄――堂桜統護は今にして思えば、人嫌いであったのかもしれない。
無駄に広すぎる庭園の園側に、兄妹は二人ポツンと並んで腰掛けるのが習慣だった。
「お前だけは『特別』だよ、淡雪」
兄は何度か淡雪にそう語りかけた。悲しそう瞳を添えて。
その表情を知っているのは、きっと淡雪だけだ。
理由は問わなかった。
淡雪にとっても兄は特別な存在だったから。
血を分けた者ならば他にもいるのに、不思議と兄は別格だった。
だが、兄が自分を特別だと囁く理由は、恐らく兄の他人に対しての在り方であり、自分が兄と血を分けた妹だからではないと、薄々感じていた。
(……姿を消す前に、その理由を教えて欲しかったです、お兄様)
隣に腰掛けていた兄の姿が、蜃気楼のように揺らめいて消え、
同時に淡雪もユメから醒めた――
…
「――また、お兄様の夢」
布団から上半身を起こすと、淡雪は重たげに頭を左右に振った。
それでも気分は戻らない。
原因は夢に出てきた兄ではなく、異世界から転生してきた別人の兄であった。
昨晩。統護は独断で本家の屋敷を出てしまった。
本来の兄が行方不明になった件と今の兄の特異な状態からして、両親のみならず一族の重鎮がそんな勝手を許すはずがない状況だが、アリーシア・ファン・姫皇路の生活を守りつつ護衛するという名目で強引に単独行動をとったのだ。
「お目覚めですか、淡雪お嬢様」
和服を着た侍女の一人が、襖の向こうから遠慮がちに声かけしてきた。
専属で付いている使用人の一人で、基本的にみな二十代の女性だ。
淡雪は朝食前に、清めの水浴びをする事を一族から義務づけられている。その水浴びに侍女が一人付き添うのだ。
「起きました。これから向かいますので、先に行っていて下さい」
襖越しに侍女が深く頭を垂れ、足音を残さずにこの場を辞した。
ふぅ、と淡雪は写真立てに目をやる。
つい最近、撮ったばかりのデジタル写真が3Dモードで表示されていた。
兄はどこか気弱な困った顔で写真に収まっている。
本当に同一の外見で――別の存在だ。
彼は兄なのか、それとも……
「この案件が終われば、お兄様も帰ってくるでしょうし……」
アリーシアと並ぶ統護の姿に、何故か胸がざわめいた。
もしも素直に帰ってこなければ、首根っこを掴まえてでも引きずり戻すだけ、と淡雪は物騒な考えを固めていた。
元の兄に対しては、こんな考えを浮かべた事などなかったのに、と淡雪は頬を膨らませた。
…
今朝は珍しく両親が食卓に揃っていた。
普段の両親は会社経営に忙殺されているので、帰宅して子供と食事とはいかない。
しかし、せっかく両親がいるというのに、統護の席は空席になっている。その点について、両親がむしろ喜んでいるのが雰囲気で伝わってきて、淡雪は複雑な気持ちだった。
メニューは焼き魚と煮物が中心となった和食だ。
家族が揃っている食事の時間だけは、使用人は一切顔を出さない決まりになってる。
統護の件は話題には上らす、食事が慎ましく終了すると、父の宗護がテレビのスイッチを入れた。『続きまして――』とニュースが切り替わった。
『昨日から予断を許さない状況になっている、ファン王国の内乱についての続報です』
妙齢の女性アナウンサーが原稿を読み上げていくが、映像はほとんどない。
当たり障りのない表面的な内容を、ボードに画かれたイラストや写真で説明していく。
詳しい実情については、完璧にシャットアウトされていた。
「淡雪。アリーシア姫は自分がファン王国の血筋だと知ってしまったのか?」
父に確認され、淡雪は首を横に振った。
「いえ。【ウルティマ】からの映像データから、楯四万姉弟と《隠れ姫君》の会話内容を解析しましたが、彼等の口の動きに『ファン』という発音は含まれていなかったとの報告です」
ただし、と淡雪は内心で付け加える。データ解析と報告を買って出たのは、よりにもよって堂桜那々呼――その忌み名は【最凶の天才】だ。
報告を全て信用する気にはなれなかった。軌道衛星【ウルティマ】からの観測映像によるバックアップを那々呼に依頼していたが、おそらく昨日の状況は那々呼の意図によって誘導されている可能性が高い。
つまり、何らかの横槍を今後も入れてくるだろう。
同じ堂桜とはいえ、那々呼だけは支配下に置いている分家たちと同じようには扱えないのも、色々と難しい。彼女はいわばスタンドアローンの堂桜だ。
淡雪は不愉快な記憶を忘れるために、改めてニュース画面に集中した。
「やはりか。この情報はもう古い。いや嘘というべきか」
宗護が沈鬱な声で言った。
「嘘、ですか?」
「現体制の王政派だが――、すでに現国王以外の王族全てが消されているのを、今朝方、確認できた。むろんファン王国政府と懇意にしている堂桜家のみへのリークだ。この情報を知っているニホン人は、お前を含めて恐らく十名に満たない機密だ」
「そんな……」と洩らしたきり、淡雪は絶句した。
ファン王国とは、【イグニアス】のユードルシア北部を中心とした共和国共同体――ソヴィエル連邦に属する唯一の王国である。
小国ではあるが、ソヴィエル最大勢力であるロビア連邦に次ぐ国際影響力を誇っている。
理由は、ファン王国が世界生産の約九十七%を占める、あるレアメタルにあった。
名称すら公表されていないそのレアメタルは、【DVIS】の製造に必要不可欠な物だった。よって【堂桜エンジニアリング・グループ】はファン王国政府および王家と、レアメタル買い付けに対し、独占的な契約を結んでいるのであった。
もとより【DVIS】製造以外の用途に乏しいレアメタルであったから、独占契約も問題視される事は少なかった。
しかし、その盤石であった両者の関係も、ファン王国の内乱によって揺らいでいた。
もしも内乱の天秤が、反体制派に傾けばレアメタルの供給も安泰とはいかなくなるかもしれない。それは【堂桜エンジニアリング・グループ】にとって死活問題だ。
淡雪は父に確認した。
「では、王家の血筋は国王ただ一人に?」
正確には、もう一人。
「王政派では――だ。反乱を起こした反体制派にも王家の者が数名確認できている。だが民衆は彼等を許さないだろう。おそらくは王家から除名されるはずだ」
ソヴィエル連邦内で唯一の王政国であったが、反体制が共和国かを掲げてクーデターを起こしているのだ。
現状では現体制派の勝利で内紛が収まる気配が濃厚だが、肝心の王家の血筋がこのままでは途絶えてしまう可能性があった。
「王政派が勝つシナリオが望ましいが、反体制の共和国派が勝った場合の根回しも始めている。それに王政派が勝利した場合、王位継承権に問題が生じる」
現体制が継続しても、王家が断絶してしまっては、政治形態を変えざるを得ない。
「王位継承権……」
淡雪はアリーシアの顔を思い浮かべた。
現国王とニホン人との間に産まれた――妾腹の姫君。
本来ならば、一人のニホン人としてファン王家とは関係のない安寧な人生を約束されていた。
その契約で影ながら堂桜家もサポートしてきたのだ。
だが、現状ではそれも難しくなっている。
「現体制、反体制ともにアリーシア姫を確保しようとするだろう。できれば姫には平和な生活を続けさせたかったが、それももう難しいかもしれない」
宗護の言葉に、淡雪はうつむいた。
現体制派は次期女王として、アリーシアを求める。
反体制派はスキャンダルの証拠として、あるいは王家断絶を狙い、あるいは新なる旗頭としてアリーシアを狙う。
王位継承権の優先順位的に、このままアリーシアが放置されるという可能性は低い。
やはりアリーシアは王位継承権争いに巻き込まれてしまう運命なのか。
…
ニホンの主要空港には、通常の国際線の発着場とは別のシークレット発着場がある。
建造や改装に堂桜一族が非公式な形で多額の出費をしているからである。だが、使用するのは堂桜だけではない。あえて堂桜は裏世界の者やVIPに無断での使用を許していた。
これは裏世界の情報を知悉する者には、常識であり秘密ではない。
時刻は早朝だ。
ファン王国からの高速直行便もシークレット発着場に着陸した。
マスコミどころか国の重鎮、そして国営特殊機関ですら情報をキャッチしていなかった。
航空管制からの情報が伝わる頃には、極秘入国者達は空港から姿を消している。
最新の【魔導機術】による完全ステルス機能を備えた亜音速の小型機体は、目的の人物を降ろすとファン王国へと蜻蛉返りした。
入国者達は、二十歳過ぎの青年と二十代前半の若い女性と、そして――黒い背広を着ている仰々しい男性の集団だった。
彼等は青年を先頭に軍隊のような行群で歩いていく。
裏口から空港をノーチェックで出る。
数台の高級車を用意して待っている約束の相手が、手筈通りにいた。
相手は、紅いラインが特徴的に入れられている女子用学生服に黒いマントを羽織っている。
情報通りだった。
「――やあ、君がオルタナティヴかい」
青年は流暢なニホン語で、黒髪をポニーテールにまとめている少女に挨拶した。
オルタナティヴは差し出された右手を軽く握り、青年の背後の黒服集団を睥睨した。
「随分と用意したものね」
「そうかい? この僕の護衛としては少ないくらいさ」
青年は芝居がかった仕草で肩を竦めた。
裏の世界では有名な【ブラック・メンズ】と総称されるプロの戦闘集団だ。こういった連中と契約できる事自体、青年が裏のコネクションを持っている証左となる。
オルタナティヴは彼に訊いた。
「で、お前の事は何と呼べばいい?」
本名は知っていたが、その名はこの国ニホンでは使えない。
褐色の肌に、パーマのかかった赤茶色の髪の毛をしている青年は、ニヤリと嗤った。
「エルビス、でどうかな?」
ファン王国の王子がお忍びで入国しているからではなく、彼は内乱において反王政側についている――いわば王家支持の国民にとって裏切り者だからである。
王子である彼――仮名・エルビスは、今回のクーデターの主要人物でもあった。
服装もファン王家の公式装束ではなく、ニホンの一般的な若者スタイルだ。
「ワタシはフレアと呼んで下さい。王子の護衛と教育係を務めさせて頂いております」
エルビスに付き従っている女性が、前に出て自己紹介した。
日系の女性であった。神経質そうな顔立ちだが、美人といえば美人だ。長身でオルタナティヴよりも頭ひとつ高い。ビジネススーツが似合っており、有能な秘書か家庭教師かといったイメージだ。立ち振る舞いからして、相当の使い手――おそらくは戦闘系魔術師――である事は、オルタナティヴの目には瞭然であった。
「よろしく。あと時間がもったいないから、後ろの連中の個々の自己紹介は不要よ」
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