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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第一話『隠れ姫』  (Episode01 『INVISIBLE・PRINCESS』)

第一話 第一章  異世界からの転生者 2

         2

 今朝も三十二人分の弁当を作り終えたアリーシアは、壁時計を見て舌を出した。
「いっけない。時間が押しているわ」
 彼女は右手首に嵌めているリング型の【DVIS】に魔力を送り、厨房内の調理機器を全て停止した。味を考えると、ガスを使用した火力の高いコンロが欲しいが、この厨房には予算の都合で最も安価な、【魔導機術】による熱源を使用した調理器具しかなかった。
 安全で便利。しかしアナログよりも味気ない。それが【魔導機術】の魔術機器だ。
「うわぁ~~! 今日は豪華だね」
 大小様々の弁当箱の中身を覗いて、小学生低学年の男児が喝采をあげた。
 起きたばかりなのか、まだパジャマ姿だ。
 弁当のおかずは、唐揚げにハンバーグにミニグラタン、そしてだし巻きと栗金団だ。冷凍食品ではなく全て手作りだった。手間はかかるが材料費を抑えられる。
 男児がやって来たのを皮切りに、他の小学生組も厨房に雪崩れ込んでくる。
 十人を超える小学生達はアリーシアの実の兄弟ではない。
 しかし、大切な家族であった。
 今年の高校二年になる少女のフルネームは、姫皇路アリーシア。
 姫や皇、といった大仰な漢字が宛がわれている姓だが、アリーシアは孤児であった。
 やや癖のある赤い髪と紅い瞳が、彼女が純粋なニホン人ではないと、雄弁に主張している。美人と評して誰もが異論を唱えないであろう顔立ちも、西洋系の特徴が混在していた。
「どうして今日は豪華なの?」
 妹分達にそう訊かれて、アリーシアは笑顔で教えた。
「今日は由宇也の誕生日だから」
 だから高校から真っ直ぐに帰って、誕生日会用のケーキを焼くつもりであった。
 最年長だった二人が高校を卒業して社会に出た。今年から施設では最年長になったアリーシアは、みんなのお姉さん役という使命に燃えていた。
「さあ、これから朝ご飯を作るから、寝坊している人を起こしてくること」
 気合いを入れ直そうと、アリーシアは腕まくりした。
 はぁ~~い、という元気のよい返事が厨房内に響いた。
 此処――孤児院【光の里】では、小さな子でもひとつ以上の仕事を担当しているのだった。


 孤児院【光の里】から飛び出した、赤い髪の女子高生を遠目から監視する目が二対。
 若い男と若い女――少年少女だ。
 二人もアリーシアと同じ学校の制服に身を包んでいた。
「へえ、今日は珍しく遅刻寸前だな」
 少年の言葉に、少女が返す。
「女だからね。男には理解できない準備が色々とある」
「ふぅん。それは姉さんも? あまりそっちの方面には興味ないように思えるけど」
「任務で必要ならば、オシャレにも気を遣う。それも技術だ」
「やっぱり、姉さんらしいや」
 二人はアリーシアと一定の距離を保ちながら、走り始めた。
 アリーシアは小学生時代から無遅刻無欠席を継続しているので、今日も間に合うだろう。
「なあ。いったい俺達は何時までこの任務を続けるんだ?」
「疑問に思った事すらないわね」
 少年は「いっつもこれだよ」と小さく悪態をついた。

         …

 アリーシアは不思議な夢を視ていた。
 本当の自分は、別の国から逃げてきたお姫様だという波瀾万丈な逃亡劇だ。
 貴女様はファン王家の血を引く由緒正しき第一王女なのです。
 そんな言葉が、夢の世界にオーケストラの演奏のごとく響き渡った。
 違う、ちがう、わたしは――
 お、きな、さい。お――きな――

「――起きなさい、返事をしなさい、姫皇路さん!」

「は、はいぃ!」
 担任の怒声をぶつけられて、アリーシアは飛び上がるように起立した。
 夢から強制帰還され、今が授業中であると再認識した。
「すいませんでしたっ」
「二年次になり念願の魔術師科に選抜されて浮かれる気持ちも分かりますが、しっかりしなさい。いいですかこれは姫皇路さんに限らず、他のみんなもですよ」
 担任教師である琴宮美弥子(二十八才、婚活中)の言葉に、教室内の空気が引き締まった。
 それなりのスタイルをしているのに、ビジネススーツが全く似合わない童顔教師だが、それゆえ逆に、言葉には力が籠もっている。
 この【聖イビリアル学園】の魔導科の専門教師(魔術教師)といえば、魔術関連の仕事でも超エリートと羨まれる内のひとつである。
 アリーシアは顔を顰めた。弁当と誕生パーティの仕込みで寝不足だったとはいえ、授業中に居眠りしてしまうとは。
「皆さんは魔術師の卵として、各自用の調整された専用【DVIS】を個人所持する事が法的に認められるようになりました。皆さんが秘める魔力が国家に認められた証でもあります」
 魔術師ではない者が所有する簡易型【DVIS】は、あくまで施設や機器に埋め込まれている【DVIS】を起動させるスイッチ以上の役割を持たない。仮に多機能な魔導プログラムがインストールされていても、魔術師としての技能がなければ使いこなせない。
 しかし、魔術師用に個人調整された専用【DVIS】は根本的に異なる。
 美弥子は教壇から出入口まで歩き、照明電灯のスイッチを切った。
 明かりが窓から差し込む太陽光だけとなり、照度が落ちた。
「電気、ガス、石油といったエネルギーは非常に効率が悪いです」
 次いで美弥子はスイッチの横に埋め込まれている宝玉――【DVIS】に指で触れた。
 すると教室全体が柔らかい光で包まれた。
「魔力を込め照明魔術を起動させました。センセが込めた魔力ですと、ここから約三十分は消えません。このように【DVIS】に使用者の魔力を流し込み、【DVIS】に繋がっている魔術機構を動作させる事こそ【魔導機術】と呼ばれる近代社会の要となる技術です」
 これは教育用である学校の照明であり、通常の施設の魔術照明では、定期的に魔力を補充する魔術師が勤務している。また、現在でも起動用エネルギーや予備エネルギーとして電気設備は残っていた。発電所や電柱は今でも現役である。税金で運営されていて職業保護の側面も強かった。
 美弥子は大股で教壇に戻り、アリーシアを諭した。
「姫皇路さん。貴方の右手首のリングは、多くの者が望んでも手に入らなかった物。特別な物なのです。だから……ってぇ!」
 台詞を途中で止め、美弥子は窓際最後列へチョークを飛ばした。
 投擲したのではない。複数のチョークを弾丸のように撃ち出したのだ。

 美弥子のオリジナル魔術――《チョーク・バレット》であった。

 ズガガガガガッ!
 五発のチョーク弾が机に炸裂した。
 白色の粉塵が巻き起こった。チョークが砕けた粉末であった。着弾後に跳弾や欠片が飛び散るのを防止するまでが、美弥子の魔術の効果である。

 白い煙幕が晴れた後――机は無人であった。

 正確には、天井からぶら下がっていた。
 右手の人差し指と親指を、タイルの隙間にねじ込んで自重を軽々と支えている。
「相変わらず、魔術による身体強化を疑いたくなる馬鹿げた身体能力ですねぇ――堂桜くん」
 怒りを堪えた美弥子の言葉を、さらりと聞き流した統護は、音もなく着地した。
「別に居眠りなんてしていなかったけど」
 統護の言葉に、アリーシアの頬が紅くなった。
 ばん、と美弥子は教卓を叩いた。
「寝ていなくとも、つまらなげに窓の外ばかり。全く授業を聞いていなかったでしょう!」
「だって俺、専用【DVIS】壊れちまっているし」
 統護は教室の出入口までいき、照明用【DVIS】に触れた。
 軽く魔力を流す。

 照明スイッチの役割をもつ【DVIS】が、小爆発と共に破壊されてしまった。

 統護は肩を竦めて、予備照明である電灯のスイッチを入れた。
「な? こんな俺が【魔導機術】を学んだって、単なる無駄なんだから」
 その光景に、教室内のあちこちから侮蔑の笑いが起こる。「でた。統護のデヴァイスクラッシュ」とからかう声も聞こえてくる。
 統護はクラスメートの嘲笑を全く気にした様子はないが、アリーシアは唇を噛んだ。
 美弥子は眉間の皺を深くした。
「世界に名だたる【堂桜エンジニアリング・グループ】の御曹司が、自棄になるのではありません。きっと原因があるはずです。以前の模範的な貴方はどこにいったのですか」
 そもそも【DVIS】が内部から爆発する、など物理的・設計的にあり得ない現象のはずであった。【DVIS】の安全機能は絶対なのだ。
 無言を返事とした統護は表情を変えずに、自分の席へと戻った。
 彼の視線は黒板に向いたままだ。
 美弥子はため息をつくと、ざわつく教室内を抑え、授業を再開した。

         …

 つい最近だった。
 アリーシアの視線が、自然と統護を追いかけるようになっていたのは。
 知り合った時の彼は世界的企業の御曹司で、孤児の自分など歯牙にも掛けていない様だった。
 視線が合っても、まるでゴミを見るような目だった。
 入学当初は主席で、かつ【堂桜エンジニアリング・グループ】の嫡子としての政治的特権で幼少時から専用【DVIS】を所持している天才魔術師だった。
 同じ学舎に在籍しているのは、たまたま自分に魔術師としての素養があったからだ。
 だからアリーシアとしても堂桜統護は興味の対象外で、別世界の人間だった。
 そう。別世界の人間だ。

 そんな彼が、唐突に身近な男性へと豹変した。

 同じ世界の人間になったのだ。
 理由は統護が【DVIS】を扱う力を喪ったから――ではない。学園のトップエリートから魔術を使えない劣等生に転落したからではない。
 確かに、以前は何度か自分を蔑んだ目で見ていた。
 しかし、その目が変わった。
 不思議と優しげな瞳に変わった。
 それから何度か親しげに会話した時に、統護に自分と同じナニかを感じ取った。
 その感情の正体がナニかは、まだ確証が持てないでいた。


 放課後。
 アリーシアは、孤児院の弟分である由宇也の誕生日会の準備の為、友人達の誘いを断り帰路を急いでいた。
 学生鞄を脇に挟んで、小走りで急ぐ。
 早く帰りたかった。
 エリート揃いの学園内にあって、自分のような孤児がバカにされているのは、とっくに悟っていた。例外的に少数の友人は分け隔てなく接してくれるが、大半の生徒は色眼鏡でみる。
 アリーシアも思っている。
 学園は居場所ではなく、自分の居場所は孤児院なのだと。

「――勅命が下りました」

 そんな言葉と共に、学園の制服を着た男女が、アリーシアに立ち塞がった。
 白い肌に青みがかった髪の毛。共に氷のような麗容だ。そして顔立ちが瓜二つである。間違いなく双子であろう。屈強でも大柄でもないが、凄みのある雰囲気を発散させている。
 足を止めたアリーシアが恐る恐る訊いた。
「あの、なんでしょうか?」
 嫌な記憶が蘇る。
 またイジメだろうか。高等部に進学してから直接的な暴力は初めてだ。
 ひょっとして進級時の選抜試験で、自分が魔術師科に選ばれたのが気に入らなかったのか。
 しかし、たったの二人とは随分と少ない。こういったケースだと五人以上がほとんどだ。
 周囲を見回す。安易に助けを呼ぶつもりはないが――誰もいなかった。この時間帯は通行量が少ないのを思い出す。
 アリーシアは身構えた。喧嘩したくはないが……それでも……
 どうせ大人は助けてくれない。世の中――世界も助けてなんてくれない!
 そんな彼女の内心など無関心とばかりに、二人の視線は冷めていた。
「申し訳ありません。今日まで貴女を自由にさせてきましたが、状況が変わりました」
「はい?」と、アリーシアは微妙な表情になり、首を傾げた。意味が分からない。
 ひょっとしてイジメではないのか。
 女子生徒が冷徹に告げた。

「勅に従い貴女の身柄を拘束させていただきます。――アリーシア姫」

 その言葉で、アリーシアの孤児としての日常が終わった。
 今までの日常がいかに幸せであったのか、この時のアリーシアは知らなかった。
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