魔導世界の不適合者
作者:真中文々
第一話『隠れ姫』 (Episode01 『INVISIBLE・PRINCESS』)
第一話 第一章 異世界からの転生者 1
第一章 異世界からの転生者
1
今日も放課後がやってきた。
文化祭の準備があった為に、もう夕刻になっていた。
急いで帰宅しなければならない、寂しい放課後だ。
作業が一段落しても教室に残っている連中。これから一緒に遊びに行く連中。あるいは公然と付き合っている男子と女子。彼等は自分とは別世界の人間だ。
クラスメート達が統護を無視する中、逃げるように彼は教室から早足で出た。
仕方が無いんだ、と統護は自分に言い聞かせる。
自分にはやることがあり、友達を作って遊ぶ余裕なんてないのだ。たとえ自分の意志ではなくとも堂桜家に生を受けてしまった血筋を怨むしかない。
「――堂桜統護くん」
廊下を進む足を止めた。
急ぎ足で視線を下げていた為、呼び止められるまで気が付かなかった。
相手は、生徒会長であった。
彼はこの公立藤ヶ幌高校の三年生で、一流国立大学への進学が期待されている有名人だ。
眼鏡が似合うインテリ風の優男――東雲黎八。三年A組の通称《鉄仮面》だ。
知り合いですらなかったのに、黎八が自分などを知っているとは。統護は不審がった。
この場に、彼と統護しかいなかった。
やはり空耳や幻聴ではなく、自分が呼ばれたのだと統護は自覚した。
「ええと……、なんですか?」
「廊下、前を見ないと危ないよ」
通称通りに表情を変えず、黎八はやんわりと注意した。
「すいません」
習慣的にとりあえず謝って去ろうとする統護。
「今から帰りかい? ちょっと待ってくれないか?」
「え」
「唐突で悪いんだが、よければ……ボクと友達になってくれないかな」
ごく自然にそう申し込まれた。
社交性の塊のような親しげな口調だ。表情だけは微動だにしないのが玉に瑕だが。
「すいません」
二度目も習慣的に謝って、統護は黎八から視線を逸らした。相手の意図が理解できず、若干の恐怖すら感じていた。
しつこく誘われるのを危惧したが、黎八は諦めてくれたようだった。
安堵する反面、統護は自己嫌悪した。
こんな人生、やり直せたらいいのに。
今の誘いだって絶好の機会だと分かっていても、もうどうしようもなかった。仮に受けたとしても父が認めてくれるはずもない。今日だってこれからやることは山積しているのだ。
背中に、黎八の気配はない。
秋の夕暮れ色に染まる廊下を歩く足を止め、窓ガラスを見た。
思わず足が止まった。
ポニーテールの女が映っていた。細身で若い。顔つきは何処かで見ている気がする。そして男子用の制服を着ている。豊かな胸が押し上げる布地が苦しそうだった。
目が合った。
ゾクリ、と背に悪寒が走った。
だが、次の瞬間には女は消えていた。まるで幽霊だった。
統護は重々しくため息をついた。
「……疲れているのかな、俺」
こんな時間に幻覚を視るなんて。
◆
それは予期せぬ事態であった。
事故であった。
光と闇の濁流に身体と魂が飲み込まれていく。
詳細は認識できなかったが、堂桜統護は自身が原子レベルで崩壊していくのを理解した。
絶対的な死。
この世界からの消滅。
脳が破壊される寸前に、コンマゼロゼロといった刹那の時間が、体感時間として数時間まで引き延ばされた。
走馬燈ってやつか、と統護は約十七年間という自分の人生を振り返っていた。
思えば、つまらない一生であった。
核家族で、父親からは何の役に立つのか不明としか思えない伝統技能を叩き込まれた。プロとしての道もない、金を稼ぐ方法すらない、おまけに秘匿する必要まである。ただ絶やさない事だけが目的の伝承だった。
その所為で、ずっと友達ができなかった。いや、作れなくなっていた。
もちろん彼女なんているはずもない。
唯一自分に構ってくれていた、密かに好意を抱いていた幼馴染みの比良栄優季も、二年前に事故死していた。それ以来、本当にずっと『ぼっち』だった……
アイツはぼっちで根暗なヤツ、といつも同級生に後ろ指をさされていた。遊びに誘ってもいつも断るんだぜ、と陰口もいわれていた。
勉強だって伝統芸能に時間をとられて、平均以下といった有様だ。
けれども絶対的な力を持つ父には逆らえず、暗黒の青春時代に甘んじるしかなかった。
気が付けば一人でいる事に安堵する、そんな自分になっていた。
楽しいことなんて何もなかった。
脳裏に「だよな」としたり顔で頷くポニーテールの少女の貌が蘇るが、それも一瞬だった。
ガラスに映ったあの娘は、人生の終わりを予告する死神だったのかもしれない。
とはいえ事故の責任は自分にある。
「……ま、こんな人生だったらオサバラできて清々かもな」
音とならない意識での呟きを残し、堂桜統護は――世界から消失した。
…
意識が回復した時――、統護は風呂場にいた。
ただし、家にある狭い風呂ではなく、温泉旅館としか思えない広大な檜の湯船だった。
壁には大理石と思われる輝きが宿っている。
風呂場というよりも大浴場といった方が適切な規模だ。
統護は首を傾げた。……感覚がおかしかった。
やけに色々と様々に知覚・認識できてしまう。
たまに夢でそのような光景を視るが、果たしてこれは夢なのか――
「っていうか、どうして俺、風呂にはいっているんだ?」
統護は首を捻った。死を覚悟したのに、温泉で湯船に浸かっている夢をみるとは。
いや、と統護の顔が引き攣った。
いくらなんでもお湯の感触がリアル過ぎる。間違いなくこれは夢ではない。
しかし、この水の感覚は……
(試してみるか?)
自身の身体感覚の差異も気になっていたし、やってみる必要があると統護は思った。
不可解な状況を把握するのは、その後でもいい。
ガラ、と引き戸が開いた。
音の方を振り返る。入口の扉を引いたのは、一糸まとわぬ黒髪の少女であった。
思わず立ち上がった統護も裸だ。浴場なのだから、当然といえば当然だ。
統護は息を飲んだ。美しい少女であった。
年齢は同年代か、少し下か。
タオルで後方にまとめられた長い黒髪は、艶やかで癖がなかった。初雪のような白い肌は、一点の染みも曇りもない。
細身だが、胸と腰はほどよく発達しており、芸術品のようなラインを描いている。
顔立ちは基本的には東洋系だが、少女特有の幼さを中和するほど彫りが深く、睫毛が長い大きめの目は――
驚愕と羞恥で見開かれていた。
少女の視線も、統護の裸体――特に股間――に釘付けになっている。
無自覚に股間が限界まで膨張している。
「きゃぁぁあああああああああ!」
あられもない悲鳴が浴場内にこだました。
統護の眼前には、しゃがみ込んでいる黒髪の少女。丸まって胸を必死に隠している。
状況についていけない統護は唖然となる。とりあえず少女の裸から視線を外そうとするが、なかなか離れてくれない。
「いやマジでどういった状況だ? これは」
声は上ずっていた。
「それはわたしの台詞ですわ、お兄様!」
少女に洗面器を投げつけられた。
統護はそれを右手でキャッチした。父親の所為で、運動能力だけは抜群だった。『ぼっち』だったので、体育の授業や体育祭ではヒーローどころか余計に敬遠されていたが。
腕に覚えがあるからこそ、統護は現状でもパニックになっていない。
父親のスパルタは日頃から怨んでいたが、今だけは感謝していた。
「どうしてお兄様が此処に!」
「お兄様? 俺に妹なんていないぞ」
「冗談はいいですから、早く隠す場所を隠して下さい! それからこちらを見ないで!」
顔を真っ赤にした少女は胸と股間を隠しながら、脱衣所へ逃げ出した。
湯冷めを覚えた統護は、とりあえず湯船に入り直した。
このまま痴漢と不法侵入で現行犯逮捕――というオチが濃厚そうだ。
その対価としては充分な裸体であった。いいモノを拝ませてもらった。
家に帰ったら父親にどやされるだろう。痴漢もそうだが、事故は大失態だった。
しかし不思議と陰鬱ではなかった。
「それにどうせ一度は死んだ身だ。こうなったら、なるようにしかならないだろう」
少なくとも、このお湯の温かさは極上だ。
おそらくは一過性だとは思うが、幻想的なこの光景も。
それだけでも生き返った甲斐はあったな、と薄く笑った。
…
統護を「お兄様」と呼んだ少女は、堂桜淡雪と名乗った。
中学三年生の十四才だという。見た目から十六才前後だと思っていたが、予想は外れだ。
今は二人だけでいる。
痴漢や不法侵入でお縄につく、という事態にはならなかった。淡雪の話では、風呂場に人がいるのならば、脱衣所の扉で防犯装置に警告されるはずとの事だった。しかし今回は不思議と防犯装置が機能しなかったらしい。
また当然ながら脱衣所の籠に統護の服はなかった。
よって淡雪に服を都合してもらった。
淡雪の案内で、統護は『自分の部屋』にいた。
信じられない事に此処は統護の家であるという。家というよりは屋敷とか邸宅と呼んだ方がよく、さながら老舗旅館のような威厳ある佇まいと広さであった。使用人も常時五名はいるとの事だった。この私室も十五畳はあり、西洋風にまとめられており、高級丁度品で溢れている。自室は他にもサブとして使用している和室があるらしい。
記憶にある統護の自室は六畳ほどで、家具は安物揃いであった。
淡雪が持ってきたのは、この部屋の服であった。サイズはぴったりだった。
ジーパンにシャツというスタイルだ。季節は初夏のようだった。秋だったはずだが、時間が巻き戻っている。
淡雪の服は、薄ピンクに桜模様をあしらった着物であった。普段着は着物らしい。
広すぎる部屋に統護は落ち着かなかった。
「いや真面目な話、俺の家は親父とお袋と俺の三人家族で、家は中古マンションなんだが」
父親の生業は一介のサラリーマン。薄給でも正社員なだけマシといった世の中だ。
しかし淡雪はあくまで自分は統護の妹だと譲らない。
加えて堂桜一族は世界的企業【堂桜エンジニアリング・グループ】の経営一族であり、自分はなんと御曹司であるという。悪い冗談としか思えない話だ。そもそも【堂桜エンジニアリング・グループ】などという世界的企業なんて初耳だ。
「それならば証拠を見せますわ」
淡雪はガラステーブルに置かれていたデジタルフォトフレーム(風景写真で固定)を手に取り、「ACT」と囁いた。するとデジタル画像データがスライド方式で再生され始めた。
統護が写っている。
一七五センチの身長に細身だが筋肉質の身体。この世界の堂桜統護も伝統芸能を叩き込まれていたのだろうか。顔つきは造形だけならば上質だ。鋭利なナイフのごとく攻撃的な貌。しかし全てを諦めた無気力さから不思議と凡庸に見える……間違いなく自分の容姿だった。
淡雪も写っている。
古風な『和』を体現したかのような、超が付く美少女だ。彼女居ない歴=年齢である統護にとって、こんな少女が妹だとは信じられない。顔も自分と共通するパーツはない。似ていない兄妹など珍しくもないが、ここまで似ていないと妹と名乗られても実感など沸くはずもない。
父親と母親も写っている。二人とも元の世界と同じ姿をしている。
統護と淡雪が並んで写っている。
やはり四人は家族なのか。というか、一族と思われる集合写真の多さに辟易した。
しかし。
「こんな写真を撮った記憶なんて、全くないぞ」
この堂桜統護は間違いなく自分とは違う。
いよいよ、統護は状況がおかしいと本気で訝しみ始めた。
淡雪が自分を担いでいるとも思えない。手間暇かけてそんな真似をする意味がない。
「これは俺じゃないな」
「本気でおっしゃっているのですか? 家出の件でしたら、わたしも家族も怒ってはいませんから、どうか正直にいってください」
「嘘いってもしょうがないだろう」
淡雪の兄である堂桜統護は二ヶ月前から行方不明になっていたという。
心当たり――は『あの事故』しかなかった。時間のズレもそれが原因か。
裸で風呂にいたというのは、つまり身一つである必要があったから、と考えられる。
推測するに、この世界は平行世界、あるいは異世界と呼ばれる時空だ。
それならば統護が感じている自身への違和感と、認識可能な幻想的な光景も納得できた。
この世界は、元の世界とは似てはいるが、決定的に異なっている点がある。
とにかく淡雪から可能な限りの情報を得るのが先決だ。
統護は推測を交えずに、自分の知る限りを事実だけ、淡雪に打ち明けた。
信じられません、と淡雪は首を横に振り、今度は彼女が統護に説明を開始した。
この世界は【イグニアス】と呼ばれていて、統護のいた世界とは違っていた。元の世界には世界そのものを指す呼称などなかった。
この国も【ニホン】といい、音は同じだが日本と漢字表記はしないという。
「言語が共通だったのは不幸中の幸いだな」
「お兄様は本気で自分が異世界から転生してきた、と信じているのですか」
批難めいた口調、というよりも淡雪は本気で怒っている様子だ。
「お前の気持ちは分かるけど、俺は一度は死んだ身だしな」
様々な物品から、そう認めざるを得ない状況だ。
「貴方が異世界から来た別人だというのならば、では、本物のお兄様は?」
「俺にも分からない。俺と入れ替わったのか、あるいは――」
自分の換わりに消滅した、とは流石に口にできなかった。
「単純に意識だけが憑依していて、お前の兄貴の意識は眠っているのかもな」
代わりに、別の仮説でお茶を濁した。
元の世界が、この世界の自分が視ていた夢だった――なんてオチも想像したが、それもないかと自身の感覚を把握して思い直した。間違いなく自分は自分で、元の世界からこの世界へと転生した堂桜統護だ。
感覚の差異は、異世界へと転換した時にアジャストした作用か。
淡雪は険しい表情で統護を見ている。
「とりあえず、それでしたら貴方の身体がお兄様の物かどうか、調べさせていただきます」
「DNA鑑定か?」
「貴方の世界では、まだそのような原始的な方法が用いられているのですか?」
統護は苦笑した。元の世界では遺伝子工学は最先端科学のひとつだ。特にiPS細胞による再生医療は、夢の技術とまでいわれて実用化を期待されている。
「だったらこの世界じゃどうするんだ?」
挑発的に訊いた。
「もちろん魔術――【魔導機術】による身体判定を行います」
淡雪が口にした魔術という単語。
この【イグニアス】世界の人間は、誰もがは大なり小なり【魔力】と呼称されている生体エネルギーを秘めていて、意図して魔力を使う術を社会規模で確立しているという。
統護がいた元の世界にはない技術だ。
――今の自分が強力な魔力を秘めているのは、この【イグニアス】世界に転生した故か、と統護は解釈した。
淡雪は胸元に手を入れ、服の中に入れていたペンダントの飾り部分を、翳して見せた。
それは手の平のサイズの四分の一ほどの八角形のチップであった。
縁は金色で、中央に紅い宝石が埋まっていた。大枠はシンプルなデザインだが、細部に紋様の様な回路が複雑に走っている。
「これが魔術の起動に必要なコア。通称【DVIS】です」
デヴァイス――『ダイレクト・ヴジョン・インジケイター・サポートシステム』の頭文字を繋げた名称だと教えられた。
形状・大きさは多岐に渡って規格化されていて、出力も登録者の魔力によって異なる。
国家から魔術師と認定を受けた者は、業者にオーダーメイドで発注し、専用【DVIS】を所持する事が許されるのだ。個人用に調整された専用【DVIS】でなければ、各々の魔力を効率的に運用するのは難しく、また日常的に身に付ける為に形状にも嗜好を反映させる必要があった。
魔術師ではない一般人も、簡易型の【DVIS】を携帯している。
また個人で所有する【DVIS】パーツと、施設等に埋め込まれている【DVIS】装置は、根本的に役割が異なっている。
魔術師用の【DVIS】は、OSが内蔵されているRAMチップに複数の魔導アプリケーションが個別用にプログラムされており、魔術師のコントロールで複数の【魔導機術】を操作可能になる。
一般人用の簡易型【DVIS】は、施設等の【DVIS】を起動する、単純なキーとしての役割しかもたされていない。
【DVIS】だけではなく、魔術も二種類に大別される。
個人用【DVIS】により、魔術師が施設等に設置されている【DVIS】の【魔導機術】回路のサブプログラムにアクセスして起動する間接魔導と、魔術師が各々の専用【DVIS】に内蔵されたオリジナルプログラムのみで起動する直接魔導という区分だ。
膨大な容量の魔術プログラムを実際にコンパイラして演算処理するのは、【DVIS】内の演算機能ではなく、外部に存在している超次元量子スーパーコンピュータの役割となる。その超次元量子スーパーコンピュータへアクセスする為のIDとなるのも【DVIS】だ。
他にも【AMP】と呼ばれる補助機器があるが、それは後で説明するといわれた。
基本概要は以上との事だ。
「……なるほどな。おおよそは把握できた」
つまり魔術師は【DVIS】を介さないと、いくら魔力を秘めていても魔術として体現できないというわけだ。本物か嘘かは別にして、だが。
「この【DVIS】の開発ノウハウと特許を、我が堂桜一族が独占しているのです」
「魔術関連の利権を事実上、牛耳っているってわけか」
淡雪は頷いた。
「では、お兄様を調べさせてもらいます」
彼女は小さく「ACT」と呟く。
ACT――『アクセス・クリエイト・トランスファーメーション』の略語である。
その呟きで、ペンダントの飾り部であった【DVIS】内の宝玉が輝いた。
宝玉内に英文がスライドしていき、淡雪の足下に白銀に輝く魔法陣が顕れた。
「――《バイオ・アナライズ》」
淡雪は白い額を、統護の額にそっと合わせた。
統護の身体が温かい光で包まれる。体中を不思議な感覚が走査した。
これが【魔導機術】か。どうやらこれはこれで本物だと、統護は受け入れた。
と、同時に。
妹と名乗っているとはいえ、同年代の少女と額を合わせている。そんな姿勢に、統護は胸の高まりを抑えるのに苦労していた。
「貴方、誰ですか!」
驚愕と脅威に染まった表情で、淡雪が飛び退いた。
統護に向けた右手には、白く輝く微細な結晶群の流れが衛星のように回っていた。
「返答いかんによっては――撃ちます」
「誰って、だから堂桜統護だ。最初からいってるだろ、この世界とは違う世界からきたと」
敵意はない、と統護はハンズアップした。
冷静さを取り戻したのか、淡雪は右手をおろし、白銀の魔術を消した。
それで冷えた空気が元に戻った。
「信じられない解析結果ですけど、貴方は姿形は寸分違わずにお兄様と同一ですが、遺伝的にみると完全な別人。血統的には遠縁ですらありませんわ」
その言葉で統護は理解した。
異世界での同一人物=同一血族ではないようだ。
「そうか。やはりこの世界の堂桜統護の身体に、俺の意識が憑依したってわけじゃないのか」
元の世界の身体そのまま転移した、という感じでもない。
間違いなく元の世界での身体は素粒子レベルで分解・消滅してしまった、と知覚していた。
感じる魔力や身体感覚の差異は、転生時の再構成が原因と考えるべきだろう。
「どうやら、異世界からの転生を信じるしかありませんわね」
同じく淡雪も事態を飲み込み始めた様子だった。
「整形したって可能性は考えないのか?」
「どんなに精巧な整形であっても、わたしの《バイオ・アナライズ》は誤魔化せません」
「しかし医者要らずな便利な魔術だな」
「あくまで解析だけですから。それに魔術師である医師は極少数ですし、魔術師でも《バイオ・アナライズ》が使用できる者も少数。測定系の医療機器に【DVIS】内蔵させて、《バイオ・アナライズ》を間接魔導として利用できるようにする研究も続けられておりますが、やはり複雑なプログラムは直接魔導でなければ制御が難しいのが現状です」
淡雪の話によると、いくら便利でも【魔導機術】は万能ではないらしい。
それでも元の世界に比べ、環境汚染やエネルギー問題は随分と良好な世界である。
二人はしばし無言になった。
淡雪はどうやら敵対する意志はないように思えた。ひたすらに混乱しているようだ。
これからどうするべきか……。
危機的状況ではあるが、思案するまでもなかった。今の自分は、元の世界では得られなかった待望のチャンスを得ている。この世界には己を縛る鎖はない。しがらみがないのならば――本当に人生をやり直せるのでは?
少なくとも、今の自分から脱却できるかどうか、試せるのは確かだ。
大財閥の御曹司なんて柄ではないけれど、この世界の自分は、そう、……自由なのだ。
古来より脈々と続いていた堂桜家の呪縛から、この異世界で解き放たれたのだ。
統護は思い切って申し出た。
「淡雪」
「なんですか?」
「悪いけど、当面はこの世界の堂桜統護として過ごさせてもらうぜ」
言語や貨幣・経済・社会体系については、日本とニホン、ほぼ同じだ。
大きな違いである【魔導機術】は、どうにか付き合っていくしかなかった。
小ぶりな顎に指を当て、淡雪は数秒、思案した。
「もちろんですわ。お兄様の姿をした異世界人をこのまま野に放つなど、堂桜一族の直系として見過ごせません。けれど、貴方はこれからどうするおつもりなんですか?」
その問いに、統護は真っ直ぐに答えた。
「元の世界に戻る方法を探す」
未練はなかったが、やはり最後には還る以外の選択肢は思い浮かばなかった。
すぐか、あるいは遥か先か、いずれ元の世界に戻る時。
果たして自分はどう変わっているのだろうか。
あるいは変われないままか。
決意を果たすと、心の霧が晴れたような清々しさだった。
「交換条件があります」
「なんだ」
「わたしの本当のお兄様を捜すのを手伝って下さい」
統護に断る理由はなかった。
おそらく。この世界の堂桜統護の行方こそが、元の世界に還る鍵だろうから。
さあ、終わったと思った人生を、この異世界からリスタートさせよう。
――こうして。
異世界人としては他人、この世界の堂桜統護としては妹である、淡雪と出逢った。
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