これまでの放送
個性を生かせる職場とは?
とある職場での一コマです。
「みんな、残業しないと間に合わないから、君もお願いな。」
「風が強いので早めに帰ります。
お疲れさまでした。」
能力は高いのに周囲の状況には無頓着。
「出張、どうだった?」
「8時に新幹線に乗りまして11時には大阪駅に着きました。」
バリバリ仕事はするものの、相手の質問には短く的確に答えられない。
長引く不況で職場の余裕が失われこうした、少し個性の強い人が職場で孤立しうつ病になるケースが増加しています。
特に追い詰められているのは、大人の発達障害と呼ばれる特性がある人たち。
中でも、仕事はできるのにコミュニケーションが苦手な人たちです。
最新の調査によると、こうした傾向を持つ人は実に、全体の10%。
今後、多くの人が職場で居場所を失いかねないといいます。
精神科医
「その結果、いろいろな多様な才能や意欲や人々の活用ができなくて、社会全体が損失を被っている。」
こうした中、大人の発達障害をはじめ、さまざまな個性をいかす職場作りへの模索が始まっています。
就労支援者
「“弱み”じゃなくて“強み”で生きる職場がいっぱいあります。
本当に適材適所ですね。」
どうすれば個性がいかせるのか。
今、求められる職場の在り方について考えます。
大人の発達障害の治療に取り組む大学病院です。
月に1度の初診の受け付け日には電話が殺到しています。
「発達障害外来の3月分のご予約でよろしいでしょうか?」
毎月の予約電話は200件。
開設した4年前に比べ、10倍に増えました。
職場でのコミュニケーションがうまくいかないことをきっかけに受診する人が増えてきているといいます。
典型的なケースを再現します。
職場の空気がうまく理解できないという悩みを持った人です。
「この仕事、お願いな。
急ぎじゃないから適当にやっといて。」
「はい。」
「おい、君。
ところで、この前頼んだ仕事どうなった?」
「急ぎではないと言われたので、まだ手をつけていません。」
「確かに、そう言ったけど限度があるだろう!」
「すみません。」
次に言われたことを文字どおりに受け取ってしまうという人。
「分からないことがあったらいつでも声をかけてな。」
「ありがとうございます。」
「あの…。」
「うん?」
「これはどうすればいいのでしょうか?」
「あー、これね。
高木さんがやってたやつだな。」
「えーっと、この場合は、どうすれば?」
「うん?」
「あの、これなんですけど。」
「お前な…。」
発達障害の特性を持つ人は、自覚がないまま知らず知らずのうちに相手を怒らせてしまいます。
こうして職場でコミュニケーションがうまくいかずに孤立してしまった人が、うつ病を発症。
不況で職場に余裕がなくなる中、これまでなら少し個性が強いで済んでいた人たちが受診するケースが増えているのです。
昭和大学附属烏山病院 院長 加藤進昌さん
「コミュニケーション力を問題にする風潮が強いことは1つ確かにある。
それは結局、その人たちの才能を生かさない会社である。
生かさない職場であるということになってしまうかもしれません。」
職場でのコミュニケーションがうまくいかず、うつ病になった女性です。
「こっちが主に、うつの薬で…。」
この女性は、広汎性発達障害の一つであると診断されています。
「人とのコミュニケーションに悩んで、病んでいったみたいな部分があります。」
9年前、この女性は大手通信会社で働いていました。
あるとき、上司から経験したことがない仕事を頼まれます。
「いつもみたいにやっておいてくれれば大丈夫だから。」
「いつもみたいにと言われても。」
上司のことばの意味を巡って考え込んでしまいます。
5時間後。
上司は、何一つ仕事を進めていない女性を激しく叱りつけます。
この出来事がきっかけで上司との関係が悪化。
次第に職場で孤立し、強いストレスを感じるようになりました。
病院で受けた診断は、うつ病。
半年後、会社に通うことができなくなりました。
その後、女性は転職を繰り返しますが、最初の職場で人間関係が作れなかったという悩みが尾を引き、どこも長続きしませんでした。
生活に行き詰まり、今年(2013年)1月から生活保護を受けています。
「うまくレールに乗ることができないで転げ落ちちゃったから、今、ここにいるんだなみたいな。
私のように、どうしても普通にできない人間は、はみ出していってしまうんだろうな。」
発達障害を抱える人はなぜ、コミュニケーションがうまく取れないのか。
東京大学病院では、そのメカニズムの研究を進めています。
「ひどいね。」
その実験の一つが、笑顔で否定的なことばを言われた場合、人の脳がどう反応するかを調べるというものです。
一般的な人々はことばだけでなく、表情でも相手の意図や気持ちを判断します。
そのことばが、ひどくても表情から本心でないことを理解します。
その場合、内側前頭前野と呼ばれる部分が活性化します。
一方、広汎性発達障害を抱える人々は、内側前頭前野はそれほど反応していません。
表情から相手の意図を解釈する力が弱いからだと見られています。
東京大学附属病院 精神神経科 山末英典さん
「忙しさの中で求められることが臨機応変が多くて、多様だったりすると、やりにくいと思いますね。
社会生活上、あるいは集団生活上、困難が出てしまう。」
こうした性質を踏まえて職場を作り上げていかなければならないと指摘する専門家もいます。
国立精神・神経医療研究センター 部長 神尾陽子さん
「これがチェックリストなんですけれども。」
精神科医の神尾陽子さんは、全国2万人を対象に広汎性発達障害の傾向があるかどうかを調査しました。
その結果、10%以上の人に強い特性があることが分かりました。
今後、職場にますますゆとりがなくなるにつれ、うつ病などになる可能性があるとしています。
国立精神・神経医療研究センター 部長 神尾陽子さん
「社会が心の健康に無関心であり続けるならば、不安だとか、うつの症状を持つ人たちは今後、増えていくと思います。
その結果、いろいろな多様な才能や意欲や人々の活用ができなくて、社会全体が損失を被っていると思います。」
●発達障害に対する理解が進んでいない現状
まずは障害といっても、身体障害のように、目に見える障害ではありませんよね。
それからまた、知的障害がありませんので、普通の小学校、中学校、高校、大学さえも進学する人もいます。
そういった状況から、一般の方々がなかなか理解できないんじゃないかと思います。
●発達障害者支援法が出来たのは
平成17年の4月1日に施行されました。
●どうして今 発達障害のある人が苦労しているのか
それは仕事そのものが変化していますよね。
以前は1次産業、農林業とか、水産業とか、それから2次産業、工業ですね、3次産業、これはまあ、サービス業と、そういった変化についていけないというのが一つだと思います。
つまり1つの仕事だけをやっていればいいんではなくて、いくつかの仕事を応用していかなきゃいけない、こういったところに非常に不得手なところをお持ちの方が、発達障害の方に多いと思います。
●向き不向きではなくいろんなことをこなさなければならない
1つの仕事であれば問題なくこなすことができても、複数になってくると混乱を示す場合が考えられます。
●発達障害と診断される人の診断前と診断後での変化
人によって違うかもしれませんが、私のところに相談に来られる多くの方々は、診断されてほっとしたという方が非常に多いですね。
精神的にもなんか疲れがとれたような感じでしょうか。
それはなぜかといいますと、今までずっと生きづらかったとおっしゃるんですね、小学校、中学校、高校、いじめに遭ったり、学校に行かなかったり、いろんな状況が本人の問題じゃなくて、環境との相互作用の中で生きづらくなってきている。
しかし、その生きづらさの原因が発達障害であるということが分かった段階で、あっ、自分の性格が悪いんじゃなかったんだと、そして、またこれからどういう具合に生きていこうかという、一つの指針も得ることができたんじゃないかと、そういった理由から、ほっとしたという方が多いんじゃないかと思います。
●うまくいかなかった原因がはっきりした
ほかの病気も同じかもしれません。
おなかが痛いと言っても、きちんとした診断がされることによって処方箋ができますよね。
そういった状況に近いものと思います。
●企業側ではどういう対応が必要か
まず最初に、発達障害という障害を理解してもらえることですよね。
そして発達障害の方もいろんな特性を持ってらっしゃるので、発達障害の理解の次には、個々の発達障害の方、当事者の特性を理解するということ。
とりわけ、その当事者の方々がどんな問題を抱えていて、どんなニーズがあるのかということを周りが把握することだと思います。
得手不得手が非常にこう、ばらつきがある方が発達障害の方、多いので、苦手なところを見ていくんではなくてね、よく言われることなんですが、得意なところを伸ばしていくし、得意なところの仕事を見つけてあげることだと思いますね。
国や自治体から依頼を受けて、大人の発達障害を抱える人の就労を支援する企業です。
朝9時、実際の職場さながらのトレーニングが始まります。
「ホームページとブログの更新の部分が完了しましたので。」
「新規開拓メール、テンプレートということで、サイトにアップロードしておきます。」
職場で自分の個性をどのようにいかせるのかを分析し、弱みを補うための訓練を行います。
Kaien 代表取締役 鈴木慶太さん
「自分がどういうところで活躍すればいいか、どういう職種が合っているかというのがすごく分かりにくい。
そちら(合う職場)に上手にナビゲートする橋をかけるような形ですね。」
上司役は20年以上企業で働き、管理職の経験があるスタッフが務めます。
発達障害の人の個性が職場で、どう受け止められるかを判断してアドバイスします。
この男性は上司への報告にあたって作業の細かい内容にこだわっていました。
「工法、寸法みたいなことは把握しなきゃいけないのかなと思った。」
細部にこだわるという特性は、報告の場面では情報が細かくなりすぎ、的確に伝えられないという弱みになります。
「わかるようにまとめてから来てくれます?」
上司役は考えを整理してから報告するように指導するなど、会社で必要とされるコミュニケーションの技術を身につけさせます。
さらに、その特性が職場でどのような強みになるのかアドバイスして自信をつけてもらいます。
「決して自分のマイナスに思わないように。
正確にやることがいいことなので。」
この3年間で、90人以上が就職に成功しています。
このトレーニングを受けて2年前、大手IT企業に再就職した八島良太さんです。
コミュニケーションが苦手という広汎性発達障害の一つ、アスペルガー症候群の診断を受けています。
八島良太さん
「そもそも(場の)“空気”って何っていうレベルです。
なんで“空気”読まなきゃいけないのとか、そもそも“空気”って何なのとか。」
この会社では、八島さんの弱みと考えられがちなその場の空気が読めない特性をどんなときでも確認する強みと評価し、エンジニアたちのスケジュール管理を任せています。
八島さんは作業の進捗状況を細かくチェックし、あやふやなところがあればすぐに質問をぶつけに行きます。
八島良太さん
「これって誰かに言えばやってもらえてるんですか?」
こうした八島さんの取り組みは、社内の情報共有の改善につながりました。
その結果、生み出されたのがこのマニュアルです。
今では、エンジニアたちのミスが減るなど、業務が効率化しました。
ワークスアプリケーションズ 運用技術グループ マネージャー 藤井信介さん
「“空気”が読めないのも非常にいいことだと思っていて、実際、製品を提供する上で、“空気”読んで買ってくださいなんて言えるわけないですし、(発達障害を)レッテル的な捉え方をするのではなく、彼の性格の1つだったり、ポテンシャルの1つとして付き合っていく。」
発達障害の個性を貴重な戦力として位置づける企業もあります。
このIT関連企業では、その個性と仕事をマッチングさせる会議を週に1度、会社を挙げて行っています。
「入力系とか業務としてはあるので。」
「具体的な指示があれば、何でもできます。」
20人ほどいる発達障害を抱えた人や障害者を対象に、それぞれの能力を見極めて配属します。
商品の企画を行う部署に配属になったこの男性はアスペルガー症候群の診断を受けています。
「“神経質力”というんでしょうか。
間違いを見つけ出すということに対して、こだわりみたいなものがあります。」
担当する業務はデータの集計や資料のチェック。
人一倍の集中力でミスを見つけ、ほかの社員よりも短時間でまとめ上げるといいます。
発達障害の特性が弱みとして表れた場合、それをカバーする人事制度もあります。
それぞれの社員には業務上のつながりとは別にコア上司と呼ばれる上司がつきます。
「お腹の調子が悪くなったり、ちょっと体調が崩れたりすることがある。」
「自分で体調がおかしいなと思ったら、その時もすぐに言ってくださいね。
無理だけはしないこと。」
社員は、仲のよい先輩や別の部署の人を自由にコア上司に選ぶことができます。
ふだんの生活や、直属の上司には言いづらい困りごとなど、いわば、親代わりとなって相談に乗ってくれるのです。
コア上司は、相談された案件について直属の上司と対応策を考えます。
「もっとやらなきゃいけないって思ったら、お腹の調子を崩しちゃう。」
「こっちから声がけするような形っていうのを増やした方がいいんですかね。」
アイエスエフネット 代表取締役 渡邉幸義さん
「(会社が)その障害を理解し、その人を受け入れる配慮をしていくことによって、発達障害の方は十分に自分の力を発揮することができると確信しています。」
●逆転の発想が大事
非常に大事ですね。
逆に定型発達といわれている、健常といわれている方々ができないような、そういった独特の能力を持っていらっしゃる方、たくさんいらっしゃいますね。
●特性にあった仕事以外に大事な視点
仕事そのものの能力のことをハードスキルって言うんですけれども、この仕事そのものに関しては、できるだけ具体的に、そして視覚化というんですかね、見える化っていうんでしょうかね、目で見るような、そういうマニュアルでやれば非常に分かりやすいと言えます。
実は、これが非常に大きいんですけれども。
仕事以外の面のことをソフトスキルっていうんですが。
米国では、この調査がありまして、アスペルガー症候群等の発達障害の方の離職理由の8割以上がソフトスキルが原因だったということなんですね。
仕事そのものがハードスキルに対して、言うことばですので、例えば日常生活能力ですね。
遅刻をしてしまうとか、それから余暇の過ごし方とか、一番のポイントはコミュニケーション能力含む対人関係ですね。
このソフトスキルの部分が一番、離職として大きな要因になっていると言われています。
8割以上といわれています。
●具体的な成功例
例えばですね、ある女性の方は、お昼休みが苦手なんですよ。
その女性の方は、例えば、ファッションとか、あるいはアイドルに興味がないんで、そういうその女性どうしと一緒に食事をするのが非常に苦痛に感じると。
ですから1人でトイレの個室で食べてらっしゃった方がいらっしゃったんですね。
そういった場合は、そういったその集団に入ることを望むんではなくて、1人になりたいということが分かれば、1人で食事をするという、そういった配慮も必要だと思います。
●誘う人も逆効果になることを知っておく必要がある
9時から12時までは問題ないんでね、ハードスキル。
しかし、12時から1時の間の、お昼休みのその時間が苦痛だとおっしゃる方もいらっしゃいます。
それから残業の問題もありますよね。
そして、日本ではよくある飲み会とかありますよね。
ああいったの、非常に苦痛で飲み会に参加したくない方、いらっしゃいますが、日本には、和を以て貴しとなすという風潮がありますので、つきあいが悪いという、そういう見方をされるかもしれません。
本人のニーズというんですか、これを周りが理解してあげるということですね。
●就労支援のためのキーワード
大きく分けると、私は2つあると思います。
1つはジョブマッチングという問題ですね。
就職はできるけれども、離職する方は、仕事がうまくマッチングしていない、そういった方も多いと思います。
IT関係は有名ですが、それ以外でも、イラストレーターをされるとか、あるいは動物関係の仕事をされる方、そういった方もいらっしゃいますので、適切なジョブマッチングをすることによって、離職は防げると思います。
もう一つは、やはり会社の上司、同僚、そういった方々が発達障害ということをきちんと理解し、そしてその人に合った職場配置をして周りでサポートすることだと思います。