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狂おしいほど 4

店を出た後、静まり返った商店街を抜けるとそこには大きな通りがあった。
 商店街からは想像も着かないほどの車の量。車体の上のランプを見付けると刑部はすかさず手を揚げた。
 空車のランプのタクシーがゆっくりとスピードをさげ歩道脇の刑部へと近づいた。
 開いた扉に乗り込もうとしている刑部が咲浜へ視線を走らせた。
 冷やりとした初冬の夜。吐く息は心なしかぼんやりと白く見えた。もう真っ暗な夜空の天井を新月が細く笑っている。
 風が咲浜の火照った頬をなでると、酒に酔っていた気持ちに一筋の緊張感をもたらした。

「咲浜」

 呼ばれた声に視線は釘付けになった。
 刑部は店の中で「行くか」と言っていた。どこに行くか刑部は言わなかった。まだ酔いから抜け出ない咲浜は刑部の意図する事に気づかずにいた。
 タクシーの天井に片腕を置きタクシーの扉の側に立ち、腕を差し出していた。
 まるで女性をエスコートするように。
 そしてゆっくりと目を細め笑みを浮かべた。それは咲浜の不安を拭うには十分だった。
 この笑みで自分の罪は完全に払拭された。心に重くのしかかっていた塊は消えた。
「ほら、来いよ」
 その声音は低く響き、咲浜の行動を決定づけた。エスコートする刑部の前を過ぎタクシーに乗り込んだ。
 そのあとに続くように刑部が乗り込むとタクシーはゆっくりと車道の流れに乗った。


「着いたぞ」
 少し硬めのタクシーのシートにもたれていた体を揺すられ咲浜は目を覚ました。
「ん…あぁ」
 どうやらアルコールとタクシーの揺れで咲浜は眠っていた様だ。体をずらしながら咲浜はタクシーから降りた。寝ぼけた頭では今の自分の状況が把握できずにいた。アスファルトの上に革靴の音がカツンと響いた。背中でバタンと音がするとエンジン音が遠のいった。
 徐々に戻ってきた静かな音は咲浜の背中をピンと伸ばした。
 高層マンションの入口のカギを刑部は解除すると、ウィンと短い機械音の後に綺麗に磨き込まれた厚いガラスの扉が開いた。
「咲浜」
 名前を呼ばれ我に帰ると、刑部の視線が自分に向けられていた。その視線は鋭く身も凍りつきそうに程だったが、すぐさまそらされた。
 マンションの明かりを背にしていた刑部のその視線を咲浜は見ることは出来なかった。

 エレベーターを降り、通路を進むと突き当りになった。その壁には『OSAKABE』と金属質のプレートが掲げられていた。ここが刑部の家であることを咲浜は意識した。
 取り付けられたカード式の鍵に刑部はカードをシュッと通すと、カチャンと鍵が開く音と共に刑部は扉を開けた。

「どうぞ」
「いいのか?」
「おかしなこと聞くな」

 軽く笑みを浮かべた刑部だったが、その目元は店にいた時のものではなかった。
 開いた扉を背中で押さえ付け、閉まろうとする扉を抑えつけた。

「では…失礼する」
 微かな違和感を感じながらも咲浜は頭を下げながら刑部の目の前を通り、玄関の中に入った。咲浜が入った事を確認すると刑部はその後に続き、刑部の背中で押さえられていた扉は自らの重みでガチャリと鍵と共に閉まった。
 それは外界と繋ぐ唯一の扉だった。

「真護、一人なのか?」
 玄関で靴を脱がず、暗がりに咲浜は目を凝らした。奥は部屋になっているのだろうか、だがそこに人の気配は感じなかった。
 当然返ってくるだろうと思っていたその問いの答えは帰ってこなかった。だが、代わりに刑部から問い掛けられた。
「お前が俺の前からいなくなって何年になる?」
 それまで楽しげで浮かれた様な声のトーンだった刑部の声は既になかった。その問いに咲浜は、消えたと思っていた心の何かがツキンと痛んだ。
「何年って、さっき話していたと思うが」
 そこまで言って咲浜は思い出した。小料理屋の話の中で聞いたような言葉だった。だが、この話は一度も出てこなかった事に気が付いた。

「あうっ!」

 突然感じた腕の痛みに思わず咲浜は声をあげた。
「この時をどれほど俺が待ち望んだかわかるか?脩平」
 あげた咲浜の声に刑部はニヤリと笑みを浮かべた。

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狂おしいほど 5

ギリギリと拈られる腕に血の流れが悪くなるのを咲浜は感じた。
「何を言って…っう」
 咲浜は表情を歪ませながら刑部に視線を背中越しに向けたが、その表情を見ることは出来なかった。
 だがこんなにも憎まれていたとは咲浜は思いもよらなかった。
 刑部からみた自分は単なる友人のはずだ。
 咲浜はそう認識していた。ここまでされるような事は何も思い当たらなかった。

「真護…すまない。心配かけさせた事…本当に申し訳ない…」
 切れ切れだが刑部に謝罪の思いを告げた。だが刑部は首筋辺りで溜息をついた。
「脩平、許すよ」
「真護…」

 ゆっくりと名前を呼んだ刑部は咲浜の後頭部に自分の額をコツンとあてた。その言葉に咲浜は安堵した。
 だが刑部は咲浜の腕を離そうとはしなかった。
「とでも言ってほしいのか?」
 だが、咲浜の安堵はすぐ様打ち砕かれた。刑部のぞわりとするほど低いその声は咲浜の耳元で囁かれた。刑部の口元は皮肉たっぷりに浮かべられた。

「俺はお前をずっと探していたんだぜ?」
「真護、私は、あうっ!」

 ついて出た言葉を遮るように短い叫びをあげた。背後から咲浜のネクタイをほどきシュルリと抜き去った。それをそのまま捻りあげていた咲浜の両手頸を縛りつけた。

「なぁ、脩平。お前は俺を思い浮かべたことあるか?俺に会いたいと思った事はあるのか?」
 その言葉に咲浜は次の言葉を失った。自分の行動がどれほど刑部を苦しめていたのか。
 あの時、自分の中に芽生え始めてしまった刑部への気持ちに咲浜は気付きたくなかった。その気持ちが恋愛感情だと認めたくなかった。
 同性を好きなる事などあり得ない、あってはならないと。

「真護、話しを…聞いてくれ」
「何を、だ?」

 耳の後ろから聞こえるその声は刑部であって刑部ではない気がしてならなかった。
「お前の前から何も言わずに消えた事は本当に済まない…俺がいなくなったところでお前が…私を心配する事などないと思っていた。お前にとって俺は…ただの友人だったのではないのか」

 いつもの冷静沈着な咲浜とは程遠いほどに不安に苛まれたように話終えた。自分の気付きたくない部分を無理矢理起こされる事に咲浜は底知れぬ不安を感じずにはいられなかった。
 その一方で腕を拘束され、薄暗い玄関の明かりだけで、自分のテリトリーではない場所でこの異常な状態から逃れる術を模索していた。
 だが刑部は冷たく冷めた視線で咲浜の首筋をじっと眺めていた。

「友人…」

 ゆっくりと声を押し殺しながら吐き出した刑部は、掴んでいた咲浜の手首に力を込めた。ギリギリと締められていく手首の枷に咲浜は眉根を歪ませた。

「あうっ!」
「お前にとって俺は友人ってだけだっていうのか?」
「真護…」
「俺はお前の事が好きだった」

 その言葉に咲浜は目を見開いた。
 信じられない言葉だった。自分が悩み抜いたその気持ちを軽々と刑部は口にした。嬉しさよりも驚きが心臓を破裂させそうだった。
 刑部が自分を今まで思っていてくれた。その思いに心の奥が大きく揺さぶられた。自分が封印した気持ちが今にも吹き出してしまいそうだった。

「真護…私はお前の気持ちに答えられない」

 口にした言葉は心の言葉はとは裏腹だった。男同士の恋愛はこの先に暗い影を落とす。自分にも刑部にもプラスにはならない。
 何より刑部への気持ちは既に封印をし、心の奥底へと沈めた。

「そうか」
「すまない…真護」

 噛みしめた喉の奥には重苦しい空気がたまり、飲み込むことを拒んでいた。

「仕方ない」
 そう言うと刑部は咲浜の体を掴み、腕を持ち上げ背中を押した。その拍子に玄関と廊下との段差に咲浜は足を取られた。
 ドタン、と大きな音が廊下に響かせた。咲浜の体はバランスを崩し、したたか廊下に全身を打ち付けた。


◇狂おしいほど 目次◇狂おしいほど 4◇狂おしいほど 6◇

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