高橋 洋一 高橋洋一「ニュースの深層」

2013年10月21日(月) 高橋 洋一

ねじれ解消後の今国会は与党内の「産業政策」派vs.「規制緩和」派を反映する産業競争力強化法案と国家戦略特区法案の行方に注目せよ

アベノミクスの第三の矢はどうなるだろうか。今国会に提出された法案をみると、その将来が占える。

アベノミクスのうち、第一、第二の矢である金融政策、財政政策の効果がでるのは1~2年程度だ。具体的には、財政政策は1年以内、金融政策は2年程度だ。財政政策は、今年1月に決まった10兆円補正があるので、すでに効果は出ている。金融政策が本格的に実施されだしたのは今年の4月。その期待感で徐々に効果がでているが、その実力が十分に発揮されるのは2015年度からだろう。

2014年度からの消費税増税が決まったが、その悪影響は2014年度のうちに確実にでる。そこで、筆者は、消費税増税の悪影響を中和するために、20兆円規模の補正予算を主張している(9月23日付け本コラム)。2014年度は金融政策の本格的な効果はまだだし、今から追加金融緩和をしても間に合わないからだ(もちろん金融緩和はすべきだ)。

官僚がつくる「産業政策」は失敗の連続

これらの財政政策、金融政策が比較的短期な効果があるのに対して、第三の矢の成長戦略の効果がでるのは、もしうまくいっても5年くらいかかる。少なくとも、第三の矢では、必要な法律は準備して成立させるまでに少なくとも2年間はかかり、その効果はその後3年くらいかかるからだ。だからといって第三の矢が不要ということではなく、それでもやらなければいけないものだ。

実は、筆者が小泉政権にいたときには、成長戦略を作らずに規制緩和だけを行った。成長戦略というと、経産省官僚は、経済理論として正当化できない「産業ターゲティング・ポリシー」(産業政策)や無駄遣いの温床となり得る「官民ファンド」ばかりを官邸に持ち込んでくる。

そもそも産業ターゲティング・ポリシー、産業政策なんて、英語では説明不可能な概念だ。先進国の外国人に話しても、「ビジネス経験のない官僚になぜ成長戦略がわかるのか、わかるはずない」との一言で片付けられるのが関の山だ。それにくらべて、「規制緩和」は世界どこでも通じる概念だ。
 

筆者の財務省時代の経験でも、産業ターゲティング・ポリシー(産業政策)の失敗をみてきた。まず、1985年に設立された基盤技術研究促進センター。2800億円の出資はわずか8億円くらいしか回収されず、国民のカネは海の藻屑となってしまった。第五世代コンピュータやシグマプロジェクトも壮大な無駄使いだった。自分のカネで投資を行わない役所は、投資の結果に無責任なのでほとんどが失敗する。

この意味から、第三の矢は「規制緩和」にすべきだ。もっとも、今の政権では、相変わらず「産業政策」が好きな人が多いようだ。

「解雇特区」などと名付けるマスコミのひどさ

10月15日に招集された第185臨時国会は、ねじれが解消されて初めての本格的な論戦となる。与野党の対立ではなく、与党内の対立に興味が移っている。産業競争力強化法案と国家戦略特区法案が、与党内の「産業政策」vs.「規制緩和」の構図となっている。

産業競争力強化法案はアベノミクスの成長戦略を具体化しようともくろむ産業支援策である。官主導の「産業政策」の色合いが強いが、表向き「企業版特区」という”規制緩和”が盛り込まれている。もっとも、この企業版特区というが、農業、医療、教育、労働などのいわゆる岩盤規制には手をつけていない。企業への優遇が中心で、経産省のいうことを聞けば企業優遇が得られるという類いの施策だ。何しろ具体的なメニューが出ていないのはおおいに気にかかるところだ。

一方、国家戦略特区法案は地域限定で「規制緩和」をするものだ。全面的な「規制緩和」が既得権の抵抗があるので、地域限定でやるというのは現実的なアプローチだ。具体的なニューが出ており、当初の15項目のうち10項目では成果がでている。①病床規制、②保険外併用診療、③医学部新設、④公設民営教育、⑤容積率緩和、⑥都市のエリアマネジメント、⑦賃貸マンション宿泊利用、⑧農業信用保険制度、⑨農地の利用拡大、⑩歴史的建造物では「規制緩和」の成果があるだろう。外国医師の診察や雇用条件明確化、有期雇用でも一定の成果がある。

産業競争力強化法案と国家戦略特区法案について、マスコミの取り扱いの差も大いに気になる。

産業競争力強化法案は、経産省のレクチャーどおりにマスコミでは礼賛の記事ばかりだ。その一方、国家戦略特区法案の労働関係では、マスコミは「解雇特区」という名称をつけたのはひどい。内容は、雇用ルールの明確化にすぎず、一定の人を対象として外資系企業の誘致のためのものだ。この抵抗勢力は厚労省であるが、特区の内外で労働規制に差をつけるのがまずいという言い分だ。そうであるなら、全国で雇用ルールを明確化すべきであろう。

日本の新聞は「たとえば遅刻をすれば解雇と約束し、実際に遅刻したら解雇できる」などと書いているが、公序良俗に反するし、特区ガイドラインにも反する話だ。外国紙では、労働の特区が正規と非正規雇用の労働の二重性を打破する可能性などに触れていて、正確な理解をしている。

日本ではマスコミが役所のポチになっているのが、露骨に表にでているようだ。

本物の成長志向を国会でみきわめよう

筆者は、大恐慌研究の世界的な権威であるバリー・アイケングリーン(カリフォルニア大学教授)のツイッターをフォローしているが、先週、”Japan Rising? Shinzo Abe's Excellent Adventure”を書いたとあった。

米国詩人ヘンリー・ワーズワース・ロングフェローの一節「矢を空中に放った。地面に落ちた。どこだかわからなかった」を引用しながら、第三の矢の難しさを強調しつつも、成功を期待している。しかも、第三の矢では、不利になるのは今の既得権者であるといっている。


アイケングリーン教授には、第三の矢には二種類あって、一つは「産業政策」で利益を得るのは既得権者、二つ目は「規制緩和」で利益を失うのは既得権者であるとは思いもしないだろう。明らかに、第三の矢は「規制緩和」と思い込んでいる。米国人の彼には、「産業政策」は概念として存在しないのではないか。

国会論戦では、野党は、「産業政策」の産業競争力強化法案と「規制緩和」の国家戦略特区法案をよく比較して、その優劣を明らかにしたらいい。どちらの法案をより支持するかによって、本物の成長志向がよくわかるはずだ。