マーシャル諸島のビキニ環礁で1954年、静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」が米国の水爆実験で「死の灰」を浴びてから1日で60年になった。首都のマジュロで開かれた式典には、元乗組員の大石又七さん(80)や度重なる核実験で被曝(ひばく)した地元住民ら約100人が参加。「核なき世界」の実現を訴えた。

 式典は午前11時(日本時間午前8時)ごろから始まり、犠牲者に黙禱(もくとう)。60年を経てもなお、除染と再定住が進まないビキニ環礁や周辺のロンゲラップ環礁の代表者らが「汚染された土地で再び暮らすことは容易ではない」「私たちを人間として扱ってほしい」などと語った。

 クリストファー・ロヤック大統領は「私たちは痛みを日常的に味わっている」と述べ、米国に追加補償を要求。米国側の出席者のローズ・ゴットメラー国務次官代行は追加補償には触れず、米国として核軍縮に主導的役割を果たしていくとした。

 被爆地・広島からは広島平和文化センターの小溝泰義理事長が広島市長の代理として出席。「手を携え、核兵器のない平和な世界を実現しましょう」と連帯を呼びかけた。10年ぶりに現地を訪れた大石さんは「核兵器を作るために多くの人を犠牲にした国の指導者たちは反省し、被害者に補償するべきだ」と求めた。