太平洋のビキニ環礁(かんしょう)で米国が水爆実験をしてから、きょうで60年たつ。

 マグロ漁船・第五福竜丸の被曝(ひばく)も人々の記憶から遠ざかるが、事件は決して過去の出来事ではない。軍事用であれ民生用であれ、核エネルギーが牙をむいた時の恐ろしさを見つめ直す機会にしたい。

 広島に投下された原爆の1千倍の威力を持つ水爆は、甚大な量の死の灰をまき散らした。米ソを中心に核軍拡がこうじると、人類は滅亡しかねない。危機感が世界に広がった。

 日本では「放射能マグロ」や、死の灰を含む雨が国民に衝撃を与えた。原水爆禁止運動が起こり、広島、長崎の原爆被害への関心も改めて高まった。

 ただ事件は、大気圏内で80年までに500回以上繰り返された核実験の一つに過ぎない。

 最近明らかになった米公文書によると、米国は水爆実験に伴い、死の灰の観測点を世界122カ所に設けていた。地球の汚れがどの程度かを調べるのが大きな目的だった。いったい、人間への被害を抑える努力がどこまで尽くされたのか。

 実験場となったビキニ周辺では島民が故郷を追われた。60年以上たっても帰れない。世界各地の旧実験場周辺でも健康被害を訴える住民らが多くいるが、核保有国は概して冷淡だ。

 核は国の安全上必要である。その大義名分のもと、人々は被害の受忍を迫られる。核が本質において非人道的であることを思わずにいられない。

 ビキニ事件の10カ月後、米国が日本に7億円超を払うことが決まった。賠償責任は認めず、「見舞金」の形をとった。

 現場近海には第五福竜丸以外にのべ1千隻ほどの日本の船舶がいたといわれる。ただ、補償されたのは漁業被害の一部だけだった。被曝の健康影響を疑う元船員や研究者らが実態解明を求めているが、日本政府も「終わったこと」という態度だ。

 ただ近年公開された公文書で、世論の反米化を恐れた米国が、日本の汚染マグロ調査をやめさせるよう働きかけるなど、早い幕引きをめざした外交の内幕が明らかになってきている。

 核エネルギーが暴走すれば、人や社会には計り知れない被害が生じる。その実態をなるべく隠そうとするのは、兵器でも、原発でも、核を握る側の性(さが)にも思える。

 ビキニで起きたことに目をこらそう。核と人間の関係を考えていくには、事実を検証し、被害を一つひとつ明らかにしていくことが不可欠である。