翼竜街ですが何か!(第拾四話~第弐拾七話)・悪意の胎動(第参拾四話)ダイジェスト版
サビオは自らが治めるシュバルツティーフェの森を抜けても、俺達を街まで送ると言ってそのまま案内を続けてくれた。森を抜けて丸一日、やっと街らしき影が見えて来たのだが、近付くにつれ、その威容が判明してくると、
「街って言うより城塞だよなぁ・・・。」
思わず呆気に取られ、お互いに目にした物を確認せずには居られなかった。
日干し煉瓦を高く積み上げた城壁、その奥の高い建物の屋根らしきものが微かに見えていた。
そんな巨大な建造物の前まで行くと、その城壁に相応しい大きな門がその口を開き、サビオの巨体がゆっくり通れるだけの大きさは十分にあり、門の周りには往来の人も多く、多種多様の種族がにぎやかに闊歩していた。
門の傍らには詰所があり、通る者は何かしらのチェックを受け入場が許されている様だった。
その様子を見たサビオが、
「門についたら入場審査が行われる。
お主達が異世界から来たと分かると何かと厄介な事になるかもしれぬ、この街は儂の事を知る者も多い、この場は儂に任せるのじゃ。」
と告げてくるのでサビオに任せる事にする。
俺達一行が門の手前まで来ると、詰所から衛兵らしき二人が駆けて来て、サビオの前に立つと拱手し年上に見える方の背中に蝙蝠の様な群青色の翼、瞳孔が僅かに縦長で竜(爬虫類)の特徴らしき物が判別できる衛兵がサビオの来訪を歓迎すると共に来訪の要件を尋ねると
「丁寧な挨拶いたみいる。
儂が森の中を見廻っていると、この二人を見つけたのだが、どうも記憶を失っておるらしくてのぉ。
意思の疎通は出来るのだが、何処から来たのか分からん様なのじゃ。
見たところ亜人らしいので街の方が生活し易いと思って連れて来たのじゃ。」
「それは、わざわざ御苦労さまです。後は此方で対応いたします。」
とサビオの言葉に答える衛兵。
「それから、もう一つ。驍廣、穢獣の牙を見せよ。」
サビオの穢獣の牙の一言で顔を強張らせる衛兵達を他所に俺は穢獣の亡骸から持って来た牙を懐から取り出し衛兵達に見せると
シュバルツティーフェの森で穢獣が出現した事、その穢獣を俺や紫慧と共に斃した事を伝え
「儂の記憶では確か、穢獣などの魔獣を斃し者には報奨金が出て筈じゃのぉ、その報奨金をこの者達に与えて欲しいのじゃ。
なにせ何の持ち合わせも無いようでのぉ、森で暮らすならばまだしも、街で暮らすとなると当座の生活費にもままならん。
この者達が生活出来るよう便宜をはかってもらえれば嬉しいのじゃが。」
と俺達が穢獣を斃した報奨金をもらえる様に頼むと衛兵は嫌な顔一つせずに寧ろにこやかに
「はっ! ご希望に沿える様善処いたします」
拱手で返すとサビオは安心しシュバルツティーフェの森へと帰って行った。
俺達は、サビオの後ろ姿が見えなくなるまで見送っていると背後から
「もう行ってしまわれたか。」
残念そうな声が聞こえて来た。
振り返ると、門の所に漢服(中華風着物)に身を包んだ、先にサビオの対応していた衛兵よりも明らかに大きな真っ白の翼、豊な髭を蓄えた俺よりも(現世の俺の身長は178センチ)頭一つ大きい壮年男性が俺達と同じ様に、既に豆粒ほどの大きさに見えるまで離れていったサビオの方を見ていた。
「耀閣下!」
衛兵が慌てたようにその壮年の前に駆け寄ると直立不動の姿勢を取り敬礼した
「うむ、職務御苦労!」
そう衛兵に返礼すると俺達に
「では、参ろうか! ギルドへ向うのであろうついて参れ!」
と歩きだした。俺達は如何したものかと衛兵の方を見ると衛兵から『行け』と目配せされたので、軽く一礼して壮年男性の後を急いだ。
閣下と呼ばれる白翼の壮年男性に追いつくと
「お主らの事はサビオ殿から念話にて全て聞いておる、悪い様にはせぬから安心しておれ。異世界人と龍族の姫君殿」
その言葉に一瞬身を固くし思わず愚痴りそうなる俺に壮年男性は街を治める者として、街に住む者の生命・財産を守る責務があるため、友人の頼みとは言え素性の判らぬ者を簡単に街に入れる訳にも行かないと教えてくれた。
何でも頼ると良いと語る壮年男性に早速
「森を抜けると竜人族の治める街カンヘルがあるとサビオから聞いたのですが、先ほどの衛兵の話しではこの街は『翼竜街』だと・・・これは一体?」
と尋ねると衛兵が語った様にこの街は『翼竜街』で間違いないそうだ。サビオが言っていた『カンヘル』とは竜人族の別称でね、他の種族の者や他国に住む者達の中には我らの国の事を『カンヘル』と呼ぶ事もあると言う事だった。
そして、良い機会だと言って俺達が辿り着いた街や国について話てくれた。
「先程も言った様にこの国の名は『カンヘル』では無い。『天竜賜国』という国名が正しい国名だ。
天竜賜国には『竜賜』と呼ばれる他国での首都に相当する『都』と三つの『街』が存在し、それぞれが周辺の村・集落も含め治めている
人間が治める国との国境に広がるシュバルツティーフェの森に一番近く天竜賜国の国境を護る街がこの『翼竜街』だ。他国の者は我ら翼竜人族の始祖である翼竜・リンドブルムに因み翼竜街と呼んでおるらしい。
次に此処翼竜街から東に向かい大洋に接する海・港の街が『海竜街』。海運交易の街だな。こちらも海竜人族の始祖、海竜・レヴィアタンに因み海竜街とも呼ばれる。
『街』の三つめは西に進みそびえ立つ山々、輪状山脈の傍らに作られた街『甲竜街』。職人の街で天竜賜国の一大生産街だ。甲竜人族の始祖、甲竜・ニーズヘッグの名を取って甲竜街と呼ばれる。
そして、北に進み凍てつく雪と氷に覆われた都が『竜賜』、こちらは我らの種族別称『カンヘル』の名で呼ばれる事が多い。
もっとも竜賜は三つの街の代表が一堂に会し、天竜賜国の国事を決める会議などを行う『立法の都』で住人の多くが国に仕える官僚と天竜賜国最後の砦となる国軍の兵士だから、都と言っても象徴的な意味合いの強いのかもしれぬがな。
そして、それぞれの三つの街は『翼竜街』を翼竜人族の長・耀家が、『海竜街』は海竜人族の長・沆家、甲竜街は甲竜人族の長・壌家がそれぞれ治め、その三家の家長と有力者、有識者によって合議制で『天竜賜国』は治められているのだよ。」
教えてくれた。
話をしている間にギルドの前に到着し俺達は壮年男性と分かれた。
ギルドは大きな建物で、入口の扉は重厚な木製の立派な物だったが、常に開け放たれていて建物内の喧騒が外にまで聞こえて来ていた。
入口近くには案内所と書かれたテーブルが置かれ、その奥には色んな受付所のプレートの掲げられたカウンターが並んでいたが、何処に行けば良いか分からなかった俺は、取り敢えず入口にある案内所にいる女性に近づき、
「すいません、俺達この街に来たのが初めてで良く分からないのですが、『穢獣の牙』を持って来たんですが・・・。」
と尋ねるとそれまで騒がしかった周りの喧騒が突然止み、ギルドに居合せた者達の視線が驚きの色を浮かべ一斉に俺達の方へと注がれた。
「穢獣の牙でございますね。報奨金の支払いをお求めと言う事でよろしいでしょうか?
でしたらこちらへどうぞ、ご案内いたします。」
案内所にいた女性に建物の奥の方へ案内された。女性の後ろについて行くと建物の一番奥にあるカウンターに案内され、間も無く係員が参ります。少し待つように伝えられ待っていると、ほどなく、カウンターの奥から
「お待たせいたしました。翼竜街ギルド魔獣討伐窓口へようこそ!」
と声がかかった。
見るとさっき案内所から魔獣討伐窓口まで案内してくれた女性が、カウンターの向こう側で悪戯が成功した様な笑みを浮かべながら俺達を見ていた。
穢獣から取って持って来た牙を見せると、女性は俺から穢獣の牙を受け取り、裏でゴソゴソし始めたかと思うと光が漏れ出してきた。
その後、光が収まるとすぐに女性は裏から戻り
「お待たせしました、確かに穢獣の牙に間違いありません。
申し訳ありませんが、この穢獣の牙の入手に関してお話しをお伺いしたいのですが、宜しいでしょうか?」
先ほどまでの笑顔を一変させ、女性は直ぐにカウンターの横にある扉を開け俺達を建物の奥へと招き入れた。
通された部屋には恰幅の良い、翼竜人族の中年男性が待っていた。
「どうぞ、お入りください。こちらは当ギルドを取り仕切っております、総支配人・翔 延李様です。」
案内の女性にその中年男性を紹介され、その言葉を受けて男性が
「翼竜街ギルドの翔 延李と申します、以後お見知りおきを。
今回は穢獣の牙をお持ちいただいたとか、ありがとうございます。」
と総支配人と紹介された男性は礼儀正しく挨拶をして来た。
「それでは、さっそくですが穢獣の牙の入手についてお話しいただけますか?」
と問われ、翼竜街の南に広がる森で迷い、賢猪=サビオハバリー様に出会いこの街に案内してもらって来る途中、『穢獣』に出くわしてしまい、サビオハバリー様と一緒になんとか斃すと、サビオハバリー様にこの牙を持って行けと言われて、この街に着いた時に魔獣を斃した者には報奨金が出ると聞いて、こちらに持って来た事を話す。
「賢猪様が関わっておいでならば納得いたしました。
それでは、さっそく報奨金をご用意させていただきます。」
と言う言葉にホッとして力が抜けた。
迷子になって着の身着のままの俺達に
「この者はリリスと申します。街に着いたばかりで何かと分からない事も多いであろうと拝察いたします。この翼竜街に慣れるまでこの者になんなりとお申し付けください。」
「申し遅れました、リリス=アーウィンと申します。
何か分からない事がありましたら何なりとお尋ねください。ギルド職員として皆さまがこの街で快適に生活なされますようサポートさせていただきます。」
とリリスを付けられる事になった。俺達はリリスの言葉に誘導されて部屋を出て窓口の前に設置されている待合所に向かった
受け付け窓口が設けられている、ギルドのホールに出て椅子のある待合所に座ると紫慧が
「ねぇ、さっきの部屋に入って話してる時なんか変な感じしなかった?」
「うむ、ギルドの総支配人と言うておったあの延李とやらと話しをしている間、扉の外で控えておったあの『リリス』と言う者がおったじゃろう。どうやらあの者がお主らの気の量や形質事を精霊術を用いて調べておった様なのじゃ。」
と言う事だった。
そんな事を話していると俺達を呼ぶリリスの声が待合室に響き、行ってみると窓口に堆く積まれた白金に輝くコインが俺達の前に並べられていた。
リリスの勧めで俺達は報奨金をギルド内にある金融窓口に預けると
「ではそろそろ行きましょうか♪」
長い髪を三つ編みにして肩へと垂らし、緑色のアオザイの様な上着に腰に黄色の束帯を巻き、白系のパンツを着たリリスが声を掛けて来た。怪訝な顔をしていると
「さっき総支配人も言っていたでしょ、私は貴方達のサポート係!これも私のお仕事なのよ♪」
と言われ俺達はリリスに連れられて、外に出た。
リリスは目の前の沢山の人が行きかう通りを指し示しながら翼竜街のメインストリート『天竜通り』街門の近くの広場の自由市場などについて話し、そんな町並みを興味津々でキョロキョロと見ている俺と紫慧の様子をニコニコ見ていた。
俺の来ている鍛冶衣装は穢獣の穢液によって所々に穴があいている為、まず宿を決め服を買いに行く事になった宿はリリスの泊まっていると言う『月乃輪亭』に決め、再び天竜通りへと向かいギルドから更に街の奥に進んで行った所にある綺麗な衣料品が陳列されている店へ向かった。
「驍廣さん、男物はそっちに並べられてあるから。取り敢えず下着から一式を幾つか揃えると良いんじゃないかしら。
紫慧紗ちゃん! その服も似合っているけど、そんな仰々しい服で街中を歩いていると悪目立ちしてしまってるわよ、この際だから紫慧紗ちゃんの服も色々と選びましょ。私が見立ててあげるわ♪」
そう言うとリリスは紫慧を引っ張って女性物が陳列されているコーナーへと連れて行かれていった。
店内には様々な服が並んでいたが、その中から、動き易さを第一にトランクス型の下着に丸襟の半袖シャツと厚手の綿パンや革パン、シャツの上に羽織る中華風の上着、それに皮製のブーツに脇差を差す様に腰に巻く帯を何種類か選んだ。しばらく待っていると、
「お待たせしました驍廣さん。
ほら、紫慧ちゃん。私の後ろに隠れてないで驍廣さんに見せてあげて!」
恥ずかしそうに下を向いてる紫慧の服は。
丸襟の鮮やかな水色の中華風袖無しワンピースに細めの黒い綿のパンツ、手には外に出た時に着るのだろう少し丈の長い長袖の上着をもっていた。
服を買い終え俺達はリリスは再び先頭に近くのオープンテラスの軽食屋に向かった。
軽食屋で軽く食事を取り、街に来たばかりの俺達を心配して今後の事について聞いて来るリリスに
「俺、刀鍛冶がこの街で出来ないかと思って・・。」
返すと、リリスは信じられない事を聞いたと言うと様な顔になり確認の為に、鍛えた武具を尋ねられ腰に差していた脇在《小鴉》を鞘ごと抜いてテーブルの上に出す。
テーブルの上に置かれた脇差をリリスは手に取り、ゆっくりと刀身を抜く。
「これ、驍廣が作ったって言ったわよね。もしかして驍廣って鍛造武具の鍛冶師なの! 凄いじゃない、これだけの武具を作れる鍛造鍛冶師なんてなかなか居ないのよ!!」
俺の武具を確認しリリスは驚きの声を上げた。そんなリリスに翼竜街に鍛冶場は無いかと尋ねると、言葉を濁すリリス、そのリリスの様子に疑問を懐き更に尋ねようとした矢先、オープンテラスの近くの通りで急に人が集まり騒ぎ始めた。
会話を邪魔された俺達は店を出て、騒ぎの場に行ってみると、そこ灰色の髪の毛を生やした頭の上に同じ色の狼の耳と尾のある狼人族の少年とその姉らしき年長の少女が、豪奢はマントを身に纏った金髪碧眼の男達と睨み合っていた。
どうやら、狼人族の姉に目を付けた金髪碧眼の男達が難癖をつけている様だったが、男達に言い返した狼人族の少年に、一番派手な格好をしている金髪男が、いきなり手から火球を出し、狼人族の少年に向けて放ち、炎は真っ直ぐ少年に襲いかかり、その小さい体を吹き飛ばす
「レアン!」
吹き飛ばされ地面に転がった少年を見て慌てて少女が涙をその瞳に浮べ駆け寄る。其れを哄笑しながら眺めている男達・・・。その姿に俺は腹の底から怒りの炎が湧き立つのを感じる、その様子に気づいた紫慧に手を握られ自制を求められた。
ほどなくして、騒ぎを聞きつけた衛兵がやって来たのだが、やって来た衛兵は何を恐れているのか及び腰になっていて、傷ついた少年を治療の為に他の場所へ運ぶ事さえ出来ないでいた。
そこへ
「わたくし達の街で勝手な事をされては困ります、シュバイン殿!」
喧騒の中、響き渡る声と共に美しい漢服を身に纏った赤髪に同じく赤い翼の翼竜人族の女性が騒ぎを起こす男達と衛兵の元へ割って入った。
その赤翼の女性に金髪の男達はニヤニヤと笑いを浮かべながら
「これはこれは。耀 緋麗華殿ではありませんか、この様な所に如何いたしました?」
と芝居がかった仕種で挨拶をしながら尋ねると、耀緋麗と呼ばれた女性は凛とした態度で
「街の通りの真ん中で不埒な事を口にしている愚か者が居る、と耳にしまして寄ってみたのですが・・・まさか貴方達だったとは・・・。」
と溜息交じりの言葉に男達は、激昂し唾を飛ばしながら詰め寄って来た。その男達に対して緋麗華は一片の態度を変える事無く、
「他国に『見分を広げる為』と訪れておきながら、その国に住む者を己の所有物にしようなどと言っている者の事です。
しかも年端も行かぬ者に魔法を使って傷つけるなど、少しは身を弁えられたら如何ですか?」
と男達の態度・行動を窘めようとすると、その言葉に男達は顔を真っ赤にして
「っく! なんだとぉ、下賤な蜥蜴の分際でぇ。」
怒鳴りつけ今度は緋麗華に向けて、火球を打ち出した。
しかし、緋麗華は服を翻しながら華麗に避けて見せたあと、男達の真正面に立ち睨みつけると
「わたくしはこれでもこの街を治める耀家の第三公女。その者に害意をもって魔法を使うなど、とても正気の沙汰とは思えませんね。」
「五月蠅い!黙れ! 大体この様な国に来たくて来ているのではないわぁ!良い機会だ、このまま街一つを潰し我が帝國の外征の魁としてくれる!!」
そう吼えたシュバインと呼ばれた男は先程の十倍程の炎塊を緋麗そして狼人族の少年・少女をはじめ其処に集まった民衆に向けて放った。
俺は紫慧の手を振り解き、炎塊の前に躍り出ると地面を蹴って目晦ましの為の土砂塵を巻き起こし、小鴉を千手観音真言と共に抜刀、一瞬で炎塊に宿る魔気を斬り消し、魔気を失った炎が消えるのを待たず、そのまま突っ込み炎の向こう側で嘲笑を浮かべる男達に手刀を打ちこみながら駆け抜け、そのまま群衆の中に紛れ込んだ。
土砂塵が落ち着くと、其処には地面に倒れ気絶している男達・・・。
何が起きたの?と不思議がる人達を残し俺は紫慧とリリスの手を引いてその場を離れる・・が背後からの視線に気付き振り返ると緋麗華が俺の方を見ながら軽く黙礼していた。
騒ぎから離れた俺は鍛冶場へ向かってもらうようにリリスの背中を押し、この街唯一の鍛造武具の鍛冶場に向かった。
「ここが、話してた鍛冶場なんだけど・・・スミスさぁん、スミスさん居ませんかぁ?」
と閉じられた扉に向って声をかけると
「なんじゃ、騒がしい。此処はもう閉鎖と言うたじゃろうがぁ!」
とガラガラ声が聞こえて来たかと思うと、勢い良く扉が開き、白髪の随分高齢に見える一つの目の巨人族の爺さんが姿を現した。
俺達を紹介しようとするリリスの言葉を遮る様に背後から突然
「スミス翁! 以前、貴殿に鍛えてもらったレイピアですが、魔獣討伐の際に折れてしまいました。これはどういう事でしょうか? 納得のいく説明をお聞かせいただきたいのですが!」
と声があがった。
振り向くと其処にはさっき人間と狼人族の少年・少女の諍いを治めようとしつつも、火に油を注いだ張本人、耀 緋麗華がお伴を従えて腰に提げていた細剣を抜き見せつける様に掲げ立っていた。手にした細剣は剣の中ほどから綺麗に俺無くなっていた。
そんな緋麗華に爺さんはどんな使い方をしたのかを尋ねると
「ただ魔甲亀に一撃必殺、渾身の『彗星突き』を打ちこんだだけですわ。その際に折れてしまい、一気に危機に陥り危ない所でした。」
と言い放つ、本来細い刀身を生かした連撃や急所をピンポイントで突く様に用いる筈のレイピアで、滅茶苦茶硬い甲羅の亀に突きを放ったと語る翼竜人族の女性に思わず「馬鹿か?」本音を漏らしてしまった。
それを聞いた翼竜人族の女性は目を吊り上げて怒りだしたが、
「自分に合った物を頼まなければ自らの命を守る武具となりえないんだぞ!」
と大一喝してしまった。そんな俺に
「・・・お若いの。お主の云う通りかもしれんのぉ。この所体が思う様に動かなくなり、もう鍛冶仕事も終いにしようと思っていた矢先。
無理やり捩じ込まれたモノとは言え受けた注文じゃ、これで最後と思って鍛えたレイピアじゃったが、残念じゃ・・・。」
そう言って落胆の色を隠せない爺さんの姿に俺は鍛冶仕事を手伝う事を申し出て、翼竜人族の女性の武威を何時見定め為に翼竜街の修練場に向った。
「ここが修練場です。わたくしも日頃から使っている場所です。此処で見てもらって宜しいですわね。」
「あぁ、俺は何処でもかまわない。それじゃ、何時もやっている様にやってみてくれ。」
「わかりましたわ、それではちょっと待っていて下さい。修練着に着替えてまいります。」
そう言うと緋麗華は修練場から隣の建物へと繋がる廊下へ着替える為に消えて行った。
俺達はその場に残され手持無沙汰のまま修練場内の様子を見ていると、修練場の奥で控えていた体の大きな竜人族の男が俺の方を睨みつけ肩を怒らせ近付いてきた。
その男は修練場の場長を任されている蛮偉だった。この男が翼竜人族の女性・耀緋麗華にレイピアを進めた張本人たっだ。その事を問い詰めると、
「なっ! 姫様のお力を考えればあの剣技が一番相性が良いのだ。それに淑女であらせられる姫様には華麗なレイピアが一番お似合いなのだ!」
と馬鹿な事を口走る、しかも
「なにを言うか! 鍛冶屋風情に何が分かる!!」
嘲る様な笑いを向けてくる蛮偉。売り言葉に買い言葉で立ち合う事となった。
俺は修練場の壁に掛けてある木剣を手に取り木刀の形に削ると修練場の中央へ向った。
中央には既に蛮偉が木剣を片手に待ち構えていてその顔には厭らしい笑みを浮かべていた。
開始の合図も無いまま蛮偉は大上段に構えた木剣を俺の脳天目がけて振り下ろしてきていた。
その斬撃を俺は軽くバックステップを踏んで避ける。
再び上段からの打ちこみに続き胴への薙ぎ払いと連続の斬撃を放って来る。
対して俺は油断せず、常に瞬時の挙動が出来る様に膝に余裕を持たせかわし続ける。しばらく追いかけっこをしていると
「かわし続けるその技量には瞠目に値するモノがあるが、それだけではいくらやっていてもオレには勝てんぞ!」
自分の連続攻撃が悉くかわされた蛮偉は、上がりつつある息を隠しながら、俺を挑発してくる。
そんな蛮偉に対しそれまで片手で持っていた木刀を両手で持ち正眼に構えた。
上段から俺の頭へと打ちこんで来る蛮偉。
俺はその斬撃を正面から受ける様に、木刀を頭の上にかざし木刀を傾け刃筋に滑らせるように剣勢を流し、そのまま蛮偉の側面へと体をずらし木剣が俺の脇を流れた刹那、蛮偉の首筋へ木刀を走らせた。
「でっ?」
首筋に木刀を突き付けたまま、その事態を信じられないと言った表情で固まっている蛮偉に誰何する俺の言葉に、自分が置かれた状況を理解したのか、悔しそうな表情を一瞬浮かべたが直ぐに顔を紅潮させ、大声を上げながら木剣を横に薙ぎ払い、それを避ける俺の動きに合わせて間合いを取ると、蛮偉は溜めていた竜力を爆発させ、一直線に突きを繰り出して来る。
俺はその場で、気を錬り丹田から腕・手・そして木刀へと流し、渾身の踏みこみと共に腰・肩・肘・手首と間接の駆動を限界まで駆使して木刀に捻りの力を加え切先に螺旋を産みだし、蛮偉が突いてくる木剣の先端一点に全ての力を叩きこみ、蛮偉の木剣を俺の木刀が打ち砕いた。
一方的に打ち砕かれた自分の木剣を持つ手が小刻みに震えながら茫然自失になる蛮偉。
その蛮偉の様子を確認し、修練場の入口に立ち先程から俺達の試技を見て、口と目を大きく開け驚いている緋麗華に
「と言う訳だ。これで俺の武威については分かっただろう。それでは、お嬢さんの武威を見せてもらおうか?」
と声をかけた。
その声に、吃驚した様に体を震わせ慌てて
「はい! 直ぐに!!」
と小気味よい返事を返し俺の前へ長大な楯と木剣を持ち、小走りに駆けて来る緋麗。
孫の姿に脱力しつつ、レイピアについて話し実際に動きだけでもと、修練場の壁に掛かっている比較的(と言ってもレイピアには程遠い太さがあるが)細めの木剣を両手に持ち、緋麗華の従者二人立ち合いの相手を頼み、右手に持った木剣を顔の前に立て、左の木剣を腰の後ろに回し足を揃えて半身に立つ。
その姿に従者達は、それまで苦虫を潰した様な表情だったのが頬を緩めて表情を崩すと、二人同時に気勢をあげて左右から斬りかかって来たが、俺はそんな二人の攻撃を華麗なステップを踏む様に動き回り、従者達が一振りする間に左右の木剣で体の急所三か所を突いて離れたり、振るわれた木剣に左の木剣で払い流しながら右の木剣で首や太腿、腕の内側などに打ち込む。
その様子を眺める紫慧は子供の様に単純に喜び、緋麗華は驍廣のダンスを踊るような動きにうっとりと見惚れ、リリスは最初は喜んでいたものの段々と険しい表情を浮かべて行った。
そして、汗を滴らせ息も絶え絶えになった従者二人の木剣を左右の木剣で絡め、その手からもぎ取り空に飛んだ木剣が修練場の床に乾いた音と共に落ち、従者達は負けを認めた。
レイピアの動きを理解してもらった後、俺は緋麗華の本来の動きを確認するため、いつもの様に武具を振ってもらった。
緋麗華は左手の大楯を前面に構えずに体の左側面を覆う様に持ち、右手の長さ一メートル以上もある長木剣を相手が居ると想定した空間に突き付ける様に構えると、片手でまるで小枝でも振りまわしているかの様に軽々と長木剣を振るうのだが、左右のフットワークは皆無でただひたすらに前へ前へと前進しながら主に突きを放ち、時々薙ぎ払う様に長木剣を振り回していた。
その動きは急進突撃騎兵の動きに似た物で思いついた武具は『突撃槍』だった。
修練場を後にしようとリリスと紫慧を見ると、リリスは怒った様な表情で俺を睨み付ける。どうやら、リリスは場長を務める蛮偉を退けた俺の『武威』に驚いたらしい。
そんなリリスを宥め鍛冶場へと急いだ。
鍛冶場に戻ると、入り口にはソワソワと心配そうな顔で待っているスミス爺さん待っていてくれた。
そんなスミス爺さんと話をしようとするがリリスが
「驍廣! やっぱりどう考えても勿体ないのではありませんか?蛮偉さんに打ち勝つほどの武威を誇りながらその武威を活かさず裏方である鍛冶師に甘んじるなんて? 鍛冶師として優れた武具を多くの必要とする者達に用意する事も重要ですが貴方ほど力が有れば魔獣の討伐に力を注ぐべきではないのですか?」
と目を吊り上げ衿を掴んで詰問してきた。が俺は刀鍛冶だと突っぱねた。
鍛冶場に入修練場で見た、麗華には『突撃槍』が良いのではと伝えたが、『突撃槍』にするにも重量と強度の問題があると伝えると
「黒剛鋼や白銀鋼を使ってみてはどうじゃ?」
幻想金属の名前をあげてきた。その金属の名に俺は興奮を隠し切れず前のめりになりながら詳しい話しを聞こうとすると飯を食べながら話すと言う事になった。
食事を終え各金属の特徴を聞くと、白銀鋼はその重量に対して硬い金属で同じ大きさのモノを作るならば一番軽く作る事が出来る。また魔気に耐性を持ち精霊石と組み合わせる事で精霊属性を持たせる事が出来るのが特徴。
黒剛鋼はとにかく硬い金属。その強度故に武器よりも防具に重用される金属。ただし重量は重く同じ体積ならば白銀鋼の三割増し以上の重さになってしまうのが難点じゃろう。
靭鋼はその地肌に木目模様を浮かべる金属で、その特徴は弾性にある。靭鋼で作られた剣は良く撓り曲がっても直ぐに元に戻り、折れると言う事のない金属だが、それだけに扱いが難しく使用者の技量を問われる金属。
最後に日緋色金じゃが、海を越えた先にある『羅漢獣王国』で産出する金属で、かの国では武具への加工の際に特殊な羅漢獣王国の鍛冶師に伝わる秘伝の方法で鍛える事で、金属に生物の様な再生力を持つようになり、欠けたり折れたりしても直ぐに再生復元すると言われているそうだ。
爺さんから幻想金属の話を聞いて、いてもたってもいられなくなった俺は鍛冶場にそれらの金属を探しに行こうとしたが、鍛冶場は閉めるつもりだったのでギルドの生産者窓口を通じ、転売してもらうようにとギルドに持って行ってしまったという。
するとリリスが、ギルドに問い合わせてみてはと言う事になり、俺と紫慧それにリリスはそれぞれ爺さんに一礼し、鍛冶場を後にしてギルドへ向った。
ギルドは昼間と変わらず活動しており生産者窓口に向かうと、頭の上には猫耳、大きく吊り目の小柄(155センチくらい)な猫人族の女性フェレースが応対してくれた。
彼女は魔獣討伐窓口の担当だが、今日はヘルプでこちらに入ってるようだった。
フェレースと話をしていると、ロングストーレートの青みがかった黒髪に青白い肌の眼鏡をかけたクールビューティな女性、アルディリアが戻ってきた。
ご立腹の様だが原因は本来、生産者窓口は生産者や職人達が使う『物』を安く提供するために仲介をしてるのに転売目的で貴重な幻想金属を入手しようとした者がいたらしい。
そして、その幻想金属は鍛造鍛冶場のスミスさんが持ち込んだった。
リリスはスミス爺さんが鍛冶仕事に復帰する事を伝え、その為に幻想金属が必要だと話すと、白銀鋼と黒剛鋼の金属を明日、スミス爺さんの鍛冶場に運んでくれると約束してくれた。
そんなアルディリアに靭鋼の金属鋼を頼むと笑っていた顔から笑みが消え、何故か睨む様な目付きで俺を見ながらも、早急に用意する事も約束してくれた。
朝食を終えて今日の予定を確認し合う俺と紫慧にリリスその話の中で紫慧も武具の携帯をしないといけない事が判明した。
なんでも武具は自身を示す証明みたいな物で『自らの身を害するモノとは断固戦う』、と言う意思を示す為にも国によっては成人した者は武具の携帯が『義務付けられてる』程なのだそうだ。逆に武具を携帯していないと、『私は自分で身を護る事の出来ない者です、何をされても拒みません。』って意思表示をしてるって取られかねないと言う。
その話に、顔色を青くした紫慧だったが、武具は俺に作って欲しいそうでそれまでは単独行動はしない事にした。
俺と紫慧もスミス爺さんの鍛冶場に向かい、ギルドから届いていた白銀鋼と黒剛鋼から鍛冶を始める事にした。
翼竜街で流通する金属鋼は甲竜街で製錬された物で鋼との違いは『鍛錬』の方法だという。
甲剛鋼は金剛石の粉末。白銀鋼は精霊の力を与える事が出来る金属じゃから、武具に精霊の宿る鉱物を混ぜるのだそうだ。
話を聞き終わり俺は、爺さんを手伝いさっそく鍛冶にとりかかった。
まずは黒剛鋼から、金剛石粉を付けて炉の中に入れ熱し、柔らかくなったところで俺が大金槌で打ち鍛接し、爺さんが鏨で切れ目を入れ折り曲げ再び熱し鍛接した。
頃合いを見計らった爺さんの一言で、俺は大金槌を振るうのを止めた。周りを見ると既に日は落ち隣近所の家々には火が灯り、窓や扉から屋内の明かりが漏れ出していた。
翌日は、白銀鋼の鍛錬に入った。
昨日の話しを思い出し、翠玉粉を付与しながら鍛錬を行うと次第に灰色だった白銀鋼が薄らと緑色を帯びた銀色に変わりだした。
数回の折り返し鍛錬を続けると緑が鮮明な銀色へと変わった、それを見た爺さんが
「これで十分じゃ」
と鍛錬の終わりを告げる。この日も既に周りは暗くなっていて前日と同じ様に近くの食堂で夕食を食べながら、『造込み』の相談するがまずは短剣やナイフくらいの物で試すことにした。
翌日、朝食を食べ終え鍛冶場に向かう際に、俺は穢獣によって穴の開けられてしまった鍛冶衣装を引っ張り出し、持って行こうとすると紫慧が鍛冶衣装について尋ねて来るので、
「作務衣みたいな服があると楽なんだけど。」
と話すと何か考える素振りを見せたが鍛冶仕事に遅れると急かせて鍛冶場に急いだ。
白銀鋼と黒剛鋼を鍛接し、武具の形状に成形出来るのか? 武具として使える物になるか?を試す事にする。
中心に白銀鋼を、その側面を覆う様に黒剛鋼で重ね挟み込み、組み合わせた物を炉で熱し鍛接を行う。
鍛接しナイフの形に整形した後に 焼き入れに入り熱したナイフをスミス爺さんの合図で一気に水槽にの中に沈め急冷したが、焼き入れの為に冷却した瞬間、鍛接したはずの黒剛鋼と白銀鋼の接合部分に歪みが生じていた。
その後何回試しても結局上手くは行かず数日が過ぎて行った。
「驍廣! いい加減に休まぬか!」
最初の失敗から、既に十回近く試行錯誤を繰り返しているが、この日も朝から取り組んではいたものの上手く行かなかった。疲れ果てている俺にみかねたスミス爺さんは俺の襟首を掴んで共同浴場へと引きずって行き、有無を言わさず俺は裸にひん剥き、風呂へと叩き込んだ。
手荒いながらも、なんだか温かな物を感じつつ、羞恥心で一杯になるが、俺の凝り固まった思いと体中にこびり付いた疲れを風呂は温め緩めてくれた。
「それでは紫慧ちゃんや、後の事は頼んだぞ。くれぐれも今日一日は驍廣を鍛冶場に近付けさせぬ様にのぉ。」
そう紫慧に云い置くとスミス爺さんは鼻歌交じりに鍛冶場へと帰って行った。
何もやる事が無くなった俺に紫慧が街門近くの広場にたつ自由市場の付き添いを頼み向かった。
自由市場にある一張りの露店へと辿りつくと、そこは服や生地を扱う露店の様で、一人の女性(リリスより年上に見えるが同じ様な小麦色の肌に白髪)が通りを行きかう人に声をかけていた。
その露店で藍染に似た布地と色違いの布を幾つか買い、一端宿に帰ると、紫慧はさっそく服を作る為、リリスに借りていたのか裁縫道具を取り出すと布を裁断し始めた。
俺は、邪魔をしてはいけないと『外でのんびりしてくる』と言い残しフウを頭に乗せて宿を出た。
街中をぶらぶらした後、小さな緑地地区に公園の様な林と広場のスペースを見つけ俺は、緑の芝生と林の境に置かれている木の椅子に腰を掛け、休憩がてらボーっとしていた。
ボーっとしていると、頭の上に乗っていたフウが飛び降り、何か小さい翅のある緑色の人の様な虫の様なモノ達と戯れてだした。
なんてほのぼのとした光景だろうと、そのまま何の気なしにボーっと見ていると今度は黄色のズングリムックリした小人達が現れ一緒に戯れだす。その姿に何気なく声を掛けると
「驍廣、お主何を言っておるのじゃ?」
困惑顔で訪ねて来た。俺はフウ達の様子など気にも留めず
「何って?お前、その緑の翅を持ってる小さいヤツや、黄色のズングリムックリしたモノ達と楽しそうにじゃれてるじゃないか?」
と答えた、視えていたのは、風の精霊エアリアル・土の精霊ノームで、姿を見る事が出来る者は獣族と一部の精霊に好かれた妖精族や妖獣人族だけだと言う。
敵意が無いと示す様に手を開き前にあげると
フウの足下にいたノームも俺の方に寄って来て、遠巻きに見ながら時々つま先に触ったりしてくる。
そのまま、ボーっと椅子に腰かけて風精霊と土精霊そしてフウを眺めていると、フウにしていたのと同じ様に俺の頭に乗ってみたり、足をよじ登ったりして遊び始めた。
「お主、精霊に好かれた様じゃのぉ。」
「そうなのか? まぁ、嫌われるよりは良いんじゃないか♪」
フウの言葉にそうお気楽に答えると
「何を暢気な事を。そのまま周りを見回してみい!」
フウの一言につられて周囲に視線を振ると、木陰には葉っぱを担いでいる黄緑色の小人や、コウモリの羽を背中から生やしている黒猫の様なモノ、白いフワフワした綿毛に包まれ純白の羽根を生やした子犬の様なモノなど、至る所から色んなモノ達が姿を現していた。
「何? これってみんな精霊?」
「そうじゃ、黄緑色の者は樹精霊のドリュアス、皮翼を持った黒猫は闇精霊のスキア、純白の毛に覆われ羽根を持った犬は光精霊のフォスじゃな。
精霊とは全ての物質に存在する固有の意識体じゃ。自然に作用を起こせる様な強い影響力を持つ精霊術師が対話によって力を借りられる精霊は、風のエアリアル・土のノーム・火のサラマンダ―・水のウンディーヌ・雷のウッコ・光のフォス・闇のスキア・樹木のドリュアスなどがポピュラーじゃが、他にも鉱物のディナシー、砂のザントなどなど多数おる。この世界『文殊界』では全てのモノに『智』が宿り、それぞれに思いを持っておる。
何かを成したいと思った時、精霊が見えるのならば、その精霊が嫌う事はせぬ方が賢明じゃろうな。」
そのフウの言葉に、引っかかるものを感じて椅子から立ち上がり
急ぎ鍛冶場に向かった。
フウの言葉をヒントに失敗したナイフを真眼で視ると、其処には黒い甲冑を着込んだ戦士と、額に宝石を乗っけた栗鼠か鼠のような小動物が黒剛鋼の上に。
白銀の肩から胸部と腹部の一部を覆う軽鎧を着た容姿端麗なイケメン騎士とさっき緑地広場で視た風精霊が白銀鋼の上に居た。
どうやら精霊の性格によって様々な支障が出ていたらしい。
今日、鍛冶仕事はしないとスミス爺さんに告げてしまった手前、工夫を試したいのはやまやまだけど今日の所は宿に帰り休む事にする。
宿に帰りリリスもも戻ってきたので夕飯を共にしようと声をかけると、紫慧は作務衣を縫っていた。
翌日からその作務衣が俺の服になった。
スミス爺さん。もう一度黒剛鋼と白銀鋼を最初から鍛錬からし直させてもらう事にし 額の真眼を見開き、精霊の姿を確認しながら仕事を進めた。
翌日は白銀鋼に取り組網とすると戸口に隠れるようにしながら鍛冶場の中を覗いている麗華の姿があった。
街の近くで魔獣が姿を現したと言う出没報告を耳にした事で、魔獣の討伐に出たいと言う思いが募って様子を見に来たらしい。
まだ、出来あがっていない事を伝えると落胆する麗華。
そんな麗華の姿に俺は模擬武具を用意し修練場で試して、武具に慣れてもらっておいたもらたらどうかと提案すると、
「是非お願いいたします!」
と先程の落胆の表情が嘘のように明るい表情に変わっていた。
スミス爺さんに知り合いの材木屋の主人トルンクスを紹介してもらい模擬突撃槍を頼み鍛冶場へと戻った
木材屋から戻ると、さっそく白銀鋼の鍛錬に取りかかる。
試行錯誤の結果、今までにない色と艶の白銀鋼を鍛える事に成功した。
丁度その時トルンクスの元から、長さ二メートル弱、一・五メートル程の菱形四角錐の刀身部に柄元の手を守る為の傘状の鍔・バンプレート、そして柄は五十センチ以上と長く脇にも挿む事の出来る様になっている木製突撃槍を持った麗華が姿を現す。
日も傾いてきた頃、もう今日は終いにすると言うのかと思っていたが、仕事続行を許してもらい。麗華も見学者となる中で、白銀鋼と黒剛鋼を組み合わせて炉で熱した白銀鋼黒剛鋼の合鋼を大振りのナイフの形へと成形した。
そのナイフを見たフウに
「驍廣、やったのぉ! 精霊達が仲良くそのナイフの中に納まっておるわぃ。」
と念和で教えてもらい、今回は上手く行った!と確信を持った。
「それじゃ、今日の内に一気に焼き入れまで進めるとするかのぉ!」
フウの声を聞いていないスミス爺さんが、上手く鍛接しているのかを見定める最後の試練『焼き入れ』に進めべく用意を始めた。
がその前に休憩して軽く夕食を取る事にし紫慧と麗華に夕食の買いだしに行ってもらい、待つ間に『焼き入れ』前のヤスリや砥石での『荒仕上げ』を行う事にした。
食事を取り終え鍛冶仕事へ戻る。
用意した焼刃土をナイフに盛り、乾かした後炉に入れて熱を加える。
熱せられた金属の上で精霊達が一固まりとなり、白い繭玉の様な発光体へと姿を変えて行く。その様子に焦りを覚える俺だったが、
「おぉ、新たなる命の誕生じゃ!」
呟くフウの声が聞こえたその時、真眼は白い繭玉が四色の光を収斂する様子を捉えた時、スミス爺さんから熱が入ったと言う合図が出され、俺は一気に水槽の中へとナイフを浸けた。
真っ赤に焼けたナイフと水槽の水が触れ合い、鍛冶場全体にモウモウと水蒸気が立ち込める。その中、水に入れているナイフの刀身には、翠銀色の体毛を持ち艶やかな黒い爪と牙を持ったイタチの様な小動物がナイフの上に姿を表し、嬉しそうに俺を見つめていた。
「彼の者がその武具に宿りし新たな命じゃ。目出たいのぉ、文殊界にまた一振り命宿る武具が産み出されたわい。」
フウがぼそりと告げた・・。
水蒸気が消え、ナイフが冷えたのを見計らい水の中から取り出すと、漆黒の刀身に光が当たると翠銀の艶が煌めいていて。懸念していた歪みなどは発生していなかった。
スミス爺さんをはじめ麗華や紫慧も声を発する事無くその黒く翠銀に光る刀身に目を奪われていた。
が、俺は戸口の方から鍛冶場の中を覗く二つの人影に気付く事が出来た。
その影に声を掛けると麗華の父親であり、翼竜街を治める耀家の当主と、以前街で姉と共に人間に絡まれていた狼人族の少年が姿を現した。
なんでも、ここ数日ふさぎ込んでいた麗華の様子にを心配し様子を見に来たらしい。
そんな父親と従者の少年に詰め寄る麗華だったが、俺が仲裁に入って収めた。
「それで、そのナイフ(?)は一体なんなのだ? その様な色合いと艶を持った武具などは見た事が無いのだが・・。」
ナイフを指さしながら尋ねてきた麗華父親・安劉にスミス爺さんが
「これは、白銀鋼と黒剛鋼を使い打ちあげたモノじゃよ。」
と話すと
「なるほど、すまぬが少しで良い手に取って見ても良いだろうか?」
そう言う安劉にナイフを渡そうとすると、ナイフに宿ったイタチが少し怯える様な表情をしていたが俺は、
『大丈夫心配はいらない。』と安心させる様にイタチに視線を送り、安劉に渡した。
安劉は渡したナイフをかざたりしてみながら細かい所まで見回していると、隣に控えていたレアンも安劉が手にしているナイフに興味津々、好奇心一杯といった視線で見つめていた。そんなレアンの様子に麗華はクスリと笑みを浮かべ
「やはりレアンも男の子なのですね。やっぱりこういった武具に興味津々といった所の様ですね♪」
麗華にそう言われたレアンは、恥ずかしそうに顔を赤くし目を伏せてしまった。がそんなレアンの目の前に安劉がナイフを差し出し、
「興味があるのなら正直に申し出なさい、男が武具に興味を持つ事は恥ずべき事ではないのだよ。」
と言われ、パッと顔を上げるレアンは目の前に差し出されたナイフを見つめ、
「ありがとうございます、こういった鍛造武具を見るのは初めてで。是非見せて下さい!」
と元気に言うと、頬笑みながら頷く安劉からナイフを受け取る。その途端、ナイフに宿るイタチから怯えが消え、嬉しそうに俺とレアンを交互に見ていた。
「あの小僧、武具に気に入られた様じゃのぉ。」
フウが俺にだけ聞こえる様に呟く言葉を耳にし、キラキラした目でナイフを見つめるレアンの様子に、つい
「そのナイフ、気に行ったのか?」
「素晴らしいです! 鍛造武具ってこんなにも綺麗で温かい物なんですね♪」
「温かい? 確かに熱は持っているが温かいとは。儂が持った時には冷たく感じたが・・。」
不思議そうに呟く安劉の様子に、武具に気に入られた者とそうでない者の差なのかなぁ、と新たな発見をした。その事に気を良くし、
「そうか、気に入ったかぁ・・じゃぁ仕上げたら君に譲ろうか?」
唐突に言う俺に麗華とスミス爺さんは慌てて
「そんなぁ、これは驍廣がこの鍛冶場で初めて仕上げる武具なのでしょう?それを簡単に「譲る」なんてよろしいのですか?」
「そうじゃ、これは記念の一振りなのじゃぞ、それをいとも簡単に譲るなどと・・もったいない。」
声をあげる二人。
「良いんだよ、武具は使ってもらってナンボだ! 相性も良い様だし気に入ってもらった人に使ってもらうのが一番さ。」
と返すと、そのやり取りに、身の置き所が無いのか俺達の顔を見回しオロオロするレアン。
「麗華! 鍛えた驍廣殿本人が言うのだ、周りの者がとやかく言うモノではないぞ。
レアン、驍廣殿の申し出に何を狼狽えておるか!この様な機会などそうそう無いのだぞ。有り難く頂戴し大事に有効に使う事こそが驍廣殿のご厚意への何よりの返礼となろう。そのナイフに相応しい人物になる様、日々精進を怠らぬ様にするのだぞ!」
と場を纏めてくれた。
閑話
「シュバイン=ナール! 今回の件に対してフォンの称号を取り上げ蟄居謹慎も申し渡す!
ただし、ナール家はそのまま伯爵位を残し、近日中に新たな者を当主としてたて帝国に一層の忠誠を示すように!」
翼竜街で騒ぎを起こしたシュバイン=ナールはアンスロポス帝國の帝都に戻されると、皇帝によって拘束され身分を剥奪された。
その事によって父親や周りの者達から疎まれるようになり、竜人族や獣人族への憎悪を募らせてゆくそんな時に語りかける声があった。
『シュバインよ、お前は何も悪くない。お前に逆らった獣共がこの世の道理を歪めているのだ!』
頭の中に響く声に私は
「この世の道理? この世の道理とはなんだ?」
と問い掛ける
『この世は新たな「智恵」を紡ぎ出した者が尊ばれる世界。その世界で人間は魔術という新たなる「智恵」を紡ぎ出した。他の種族はそれまでと変わらぬと言うのに。
新たな智恵を紡ぎ出した人間は、他の種族の上に立つべき者。その人間に他種族が逆らうなどあってはならない事なのだ!』
この声に私は我が意を得たりと歓喜に酔いしれた。
「そうだ、私は何一つ間違った事はしていない!間違った事をしたのは、あの愚かで賤しい獣と蜥蜴なのだ!」
私の心に宿った黒い靄は深く濃く広がって行く・・・。
結局、父親は皇帝から直接蟄居謹慎を言い渡されたシュバインを帝都の邸宅に置いておいては外聞が悪いと、帝國西域に位置する我がナール家が治める伯爵領へ身柄を移す。
ナール家の伯爵領に着くとシュバインはまたもや屋敷の一室に閉じ込められてしまった。
そして聞かせれたのは、
「ナール家の跡目は、伯父の子であるベシャイデンが養子に入り継ぐ事と成った。」
という父の言葉。シュバインの心に宿った黒い靄は光を通さぬ闇より深いモノと成り、心から溢れ体に纏わり付きはじめた・・・。
「シュバイン殿、そろそろ潮時ですぞ。」
シュバインの部屋をベシャイデンが父親が訪ね、自裁を求められた。
その時、いつもの『声』が頭に響いて来た。
『シュバインよ、何を怖れる。死は新たな生への道、より高貴なモノへの道筋。
その様な愚かな者の近くに居らず、我の元へ来い。シュバインよ!』
「高貴な者への道! それは一体?」
『死によって人間を脱し、新たな生を得るのだ。シュバイン!
死の間際に魔気をその身に集め、燃やせ。さすれば、お前は高貴なモノへと生まれ変わる事が出来るであろう!』
「魔気を身に集める! それでは魔獣に成るのでは?」
『お前は獣では無かろう。 人間だ!ならば魔獣などといった下等なモノに成る訳がないではないか!
魔気をその身に纏いし人間より高貴な存在。『魔人』へと生まれ変わるのだ!』
「魔人?!」
『そうだ、魔人となりお前に無礼を働いた獣や蜥蜴に天罰を与えるのだ!』
「魔人になり愚かな者に天罰を!」
その言葉に陶酔する私にベシャイデンの愚か者は苛立ったように、
「シュバイン殿、早くお決めなさい。その様に躊躇する姿、見苦しいですぞ!」
などと騒ぎ立てる、なんと愚かな者だ。
その者を、後継ぎに選ぶ父上も同じく愚か!
『声』よ、私は決心した。
人間の身を捨てより高貴なモノへ。
そして、愚かな者共に天罰を!
私は、毒酒を手すると、あらん限りの魔力を使い魔気を集めた。私の心から生まれた黒い靄が部屋中に溢れだし私の体を心地よく覆う。
その様子に顔色を変えるベシャイデンと父上、だがもう遅い。
「愚か者に天罰を!」
その声と共に、杯を空け私は魔気をその身に燃え上がらせた・・・。
「皇帝陛下! 大変な事が起きました!」
「一体何事だ! 憲兵総長。」
腹心の憲兵総長が顔面蒼白になり、駆けこんで来た。その表情に不吉な物を感じながらもアンスロポス皇帝は、おくびにも表情に出さず務めて冷静に、駆けこんで来た憲兵総長を正すと、
「はっ! アンスロポス帝國西域、ナール伯爵領でナール家をはじめ領内全ての者達が死滅いたしました!」
「なんだと! 伯爵領内の者が死滅!一体何処から侵攻を受けたのだ?!
そう言えば、帝國西域のナール伯爵領と言えば、天竜賜国の翼竜街で騒ぎを起こした者が治める領地だな。まさか、報復に天竜賜国から侵攻を受けたのか?」
「いえ、天竜賜国は勿論、何処の国からも侵攻を受けてはおりません。」
「何、では何故領民が全て死滅などしたのだ?」
「それが・・・」
「なんだ、はっきり申せ!」
「は、はい!それが、『魔獣リッチ』が出現した模様です!」
「っな! 『魔獣リッチ』だと。何故その様なモノが・・いや、今は詮索をするよりも対処せねば。今現在の『魔獣リッチ』所在は掴んでおるのか?奴は何処に向っておる!」
「申しわけありません。それが、分からないのです。」
「分からない? 一体どういう事だ。」
「『魔獣リッチ』はナール伯爵領に死の嵐を振り巻いた後、忽然と行方が分からなくなったとの事でございます。」
「なんと言う事だ・・・。憲兵総長、全帝國魔術師に緊急指令!『魔獣リッチ』が出現、その探索と討伐に全力を挙げろと伝えよ。急げ!」
「はっ! 直ちに!」
憲兵総長は、帝國に所属する全ての魔術師に『魔獣リッチ』の探索と討伐を命じるべく、皇帝への挨拶もそこそこに、関連部署へと走って行った。執務室に一人残された皇帝は座っていた椅子の背凭れにグッタリと凭れ掛ると、暗い目を床に落とし
「何故、『リッチ』などが・・・。」
と一人呟いた。
『下賤なる蜥蜴共に鉄槌を加える事が出来る、ユマンペルル様もお喜びに成る事でしょう。フ・フ・フ・フ。』
帝都の暗い闇の奥深く、魔気を寝具の様に身に纏い寝返りを打つ影が、愉悦の表情を浮かべ嬉しそうに呟きを漏らしていた・・・。

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