何故、モニターの中は整然としているのに部屋は汚いままなのか

公開日: : カテゴリー:思考・心理 タグ:,

意外ではないだろうと思いますが、僕の部屋は常に混沌の世界の中にあります。なんということでしょう。生まれてこの方、部屋が完全に整理整頓されたのは星の瞬く時間ほどもありません。僕の中では、片付けた、とは、それほど散らかっていない、とほぼ同じ意味で認識されています。これについて、名著として名高いメアリ・ダグラス「汚穢と禁忌」のこの部分が示唆に富んでいるのでちょっと引用します。

『あるものを汚いと判定する根拠は何か。それは一般に行われている分類作用である。この点について、バジル・バーンスタインは説得力のある批評を書いてくれた。われわれの生活では、ある領域は清潔できちんと整頓されているが、別の領域では乱雑をきわめていてもそのままで満足している、というのである。どこまでも整然たるやり方、すなわちさまざまな側面できちんと分類したやり方を守って、毎日生活している人もいる。だが例えば、何かにとりつかれてしまった画家、どんなに無秩序な状態の中で生活していてもまったく気にしないような画家だって、考慮に入れるべきではあるまいか。彼のアトリエは混沌をきわめているが、彼はそこで眠り、食事をとっている。制作に夢中になってトイレに行く時間がなければ、手近にある洗面器で用を足したり、窓から放尿したりする。何から何までむちゃくちゃで混乱を極めているが、キャンヴァスだけは違う。キャンヴァスは静寂と秩序とが支配しているのである。彼にとって、キャンヴァスだけが聖なる空間であり、キャンヴァスではすべてが完全に充足していなければならず、もし少しでも無秩序の徴候があれば彼は不安の発作に襲われるだろう、というわけである。』(「汚穢と禁忌」P23-24)

「汚い」とされるものは個人や共同体それぞれの秩序観・分類体系(いわゆる文化と呼ばれるもの)によって大きく違ってくる。この画家も、キャンヴァスの中以外の世界は秩序立てられるべき世界という認識から外れて、そこがどれほど汚くても、自身の秩序から取り除かれるべきものとしての「汚れ」とは認識していない。

僕の場合も、カオスが支配する周囲と裏腹にモニターの中の世界は、自分で言うのもなんですが非常に秩序づけられています。使いやすいようにカスタマイズされたデスクトップ、美しい壁紙、整然と並ぶフォルダとファイル、適切に管理された諸々のデータ、必要最小限に絞られたブックマーク、日々適切な頻度で繰り返されるブラウジング・・・・・・この対比は、どう見てもインターネットちゅうど(以下略)

僕の中で体系立てられた秩序という観念の及ぶ範囲が、「何かにとりつかれてしまった画家」にとってのキャンヴァス同様、非常に非常に狭く、モニターの中でしかないというところに、この片付けられなさの原因があるような気がするのですが、では、秩序として認識しうる自己の領域をどうすれば広げていけるのか、手始めにモニターの世界から自分の部屋へと聖なる世界を拡大して秩序立てるにはどうすればいいのか、そんな深遠な哲学的かつ文化人類学的命題への答えは、色々難しいことや根本的な話を全部すっ飛ばすなら、一つしかない。

スイッチオフ!

さぁ、電源を切り、部屋に秩序を取り戻して、僕の聖なる空間を拡張しよう。まぁ、問題は、片付けたあとも、部屋を自身の聖なる世界と認識し続け、常に整えておくにはどうすれば良いのか、なのですけれど、とりあえずは片付ければ良いのだ。たぶん。

関係ないですけれど(ないこともないですけど)、「掃除」が近年、特に自己啓発的な意味を持って語られているのは、このような片付けという行為の宗教性(汚れ・穢れを取り除き秩序を回復する)と深い関係があると思いますよ。

汚穢と禁忌 (ちくま学芸文庫)
メアリ ダグラス
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