TOPへ
RSS

先読み日本経済

[第5回]派遣禁止は有効ではない

貧困問題解決のための処方箋

大竹文雄 Fumio Ohtake 大阪大学社会経済研究所教授

しかし、個別には「経済合理的」な行動が、日本全体としてみれば深刻な問題を引き起こす。
第1に、非正規労働者は、長期の雇用が前提とされていないために、訓練量が少ない。非正規雇用者が多い世代は将来も生産性が低いままになってしまう。第2に、非正規雇用者の増加が、若い年齢層に集中している。特に、男性の変化が著しい。1990年代半ばまで、25歳から34歳の男性の非正規雇用者は、同年代の雇用者の約3%しかいなかったが、最近では14%前後まで上がってきている。10年近く前までは、男性は正規雇用が当然だったのが、今では非正規雇用も珍しくない。

氷河期世代が犠牲に

非正規雇用が既婚女性を中心とした家計の補助的労働であった時代ならば、非正規雇用者の雇用調整は、貧困問題に直結しない。しかし、世帯主や単身者の非正規雇用が増えてくると、非正規雇用の雇用調整は貧困を引き起こす。特に問題なのは、現在30歳代の就職氷河期の世代だ。非正規労働者の比率が高く、今回の景気悪化で真っ先に雇用調整の対象になっている。

非正規雇用の増加や正社員の雇用の不安定化は、日本だけの現象ではない。グローバル化による製品需要の不確実性に直面するようになったことがその背景にあり、先進国共通の現象である。ただし、急激な非正規雇用の増加は、日本の特徴だ。米国では、非正規雇用も増加したが、正規の雇用も全般的に不安定化した。

派遣労働は日本だけでなく、欧米の多くの国で存在するのだが、製造業への派遣が認められているのは日本だけだという誤解も多い。しかし、労働規制が多いと考えられている欧州連合(EU)でも、現在では派遣労働について業務限定はなされていない。それどころか、派遣の業務限定をすることが違法になっている。
派遣労働は、雇用調整が容易であったために、今回の日本の不況で真っ先に雇用調整の対象となった。ただ、全雇用者数に占める派遣労働者の比率は比較的小さい。08年の第3四半期でも派遣労働者の比率は、約2.5%にすぎない。

派遣労働者が増えたのは事実であるが、非正規労働の多数派は今でもパート労働などであり、派遣を禁止したところで、非正規労働がなくなるわけではない。
日本で非正規雇用が増えてきたのは、正社員の雇用保障と非正規社員の雇用保障に大きな差があるからである。正社員を雇用調整することが難しいため、企業は正社員で採用するよりは、非正社員を採用することを選んできた。

今回の非正規雇用を中心とした大規模な雇用調整は、日本経済が抱えていた潜在的な問題を一気に顕在化させたのである。非正規雇用や派遣労働を禁止したり雇い止めを不可能にしたりといった方法では、問題は解決しない。
確かに、非正規雇用の中には、違法な契約解除、社会保険非加入、劣悪な労働環境といった問題を抱えているものもある。彼らの労働環境に関する規制を強化することは必要である。しかし、そもそも非正規雇用者が増えてきた原因を正しく認識せずに、非正規雇用そのものを禁止すると、失業を増やすだけになる。

正社員の任期制も

派遣労働には賛否両論がある。派遣で、労働者が早期に就職し技能を獲得することで結果的には安定的な雇用につながると考える立場と、派遣労働についた労働者は、技能を高めたり、よりよい仕事を探したりはしないため、派遣労働はむしろ安定的な雇用につくことを阻害するという立場である。

実は、最近の欧米における様々な実証研究の結果は、派遣労働の経験が労働者に長期的に悪い影響を与えるという可能性を示したものはない。同時に、派遣労働がなかった場合に比べて、派遣労働があった場合の方がよかったかどうかについても、明確な結論は得られていない。

派遣労働の問題点を解決するためには、正社員の雇用契約期間に、5年、10年といった任期付きの雇用を認めていくことも一つの方法である。そうなれば、派遣から直接雇用への転換も容易になる。短期の契約であれば、企業は労働者に訓練をするインセンティブはないが、中長期の雇用契約であれば、訓練して生産性を上げることが得になる。派遣会社が労働者を訓練することに政府が補助金を支給すれば、派遣労働者の中長期的な所得向上につながる。

欧州では、経営上の理由による解雇は認め、失業保険や職業訓練は充実するというのが大きな流れだ。この点は、日本も参考にすべきである。目の前の失業者を救う方法を間違えると、その何倍もの失業者が発生するだけでなく、将来、日本全体が貧しくなってしまう。

急激な不況による大規模な失業を防ぐためには、政府による需要創出しかない。そのためには、増税も選択肢になる。増税による有益な公共投資・サービスの増加は、勤労者から雇用される失業者に対する所得再分配となり、公共投資が私たちの生活を豊かにしてくれる。単なる規制強化よりも、就職氷河期世代を救い、貧困問題の解決策にもなる。

朝日新聞ご購読のお申し込みはこちら

世界のどこかで、日本の明日を考える 朝日新聞グローブとは?

Editor’s Note 編集長 新創刊のあいさつ

このページの先頭へ