はだかのりれきしょ

【泉まりん・前編】

2010年11月18日




泉まりん

とある男性から、深刻な面持ちで恋愛相談を持ちかけられた。
 付き合ってる女の子が子供の頃に親から虐待を受けていてそのトラウマで精神科に通っていて抗鬱剤を飲んでいて、けれども肉親への情は捨てきれず働かない親に仕送りするためにいやいやデリヘルで働いていて、仕事のストレスでリストカットをしているそうで、血だらけ手首写メを送って来たりするらしい。
「俺は風俗とかやめてほしいし、薬も飲んでほしくないけど、でも本人はやっぱ虐待されてたのがいろいろあって、それでも親に仕送りしなきゃっていうし、本当に優しい子なんだよ~」と、女性経験の少ない彼は、はじめての彼女の自傷癖をマジで心配しているふうで、その場にいた人はなんて反応すればいいのか、重たい空気が流れる中で同席していた泉まりんちゃんが言った。
「そんなにデリやるの嫌なら親に仕送りするのやめて普通に働けばいいじゃん。親も働けばいいんだし、働けないんなら生活保護申請すればいいんだし、どうにでもやりようがあるじゃん。そんなこともやってないのに風俗やめないっていうのは、風俗やめられないからじゃん。なんだかんだ言って、週に何回か働いて贅沢できる生活やめたくないだけじゃん。」
 まりんちゃんはロリ系AV女優としてアナルや中出し、浣腸などハード目なプレイで人気を博し、今年9月に引退してからはデリヘルで働いている。いつもは仕草がいちいちかわいらしい子なので、初対面の男の人の前で、こんなふうにキツい調子で喋るところを初めて見た。
「虐待されてた人なんていくらでもいるし、それでも手首切らないで生きてる人なんていっぱいいるし、親に仕送りしながら普通に働いてる人だっていっぱいいるし、なのに勝手に風俗やって勝手に手首切るとかそんなの自分の責任じゃん。なんで親のせいにしてるわけ? 自分が悪いんじゃん。ていうかリストカットなんてそんなもん手首のちょっとしたおしゃれだよ、おしゃれ!!」
 興奮して振りかざした彼女の腕も、過去に何度も手首のおしゃれをしていたのであろう痕跡がうっすらと残っていた。

泉まりん

 わたしね、はじめてのインタビュー中村敦彦のだったの。いま映画化とかされてる『名前のない女たち』(AV女優インタビュー集)の中村敦彦。
 ハメ撮りインタビューみたいなやつっていうから、とりあえず喫茶店でかるくはなし聞いたらコンビニ誌だっていうのね。わたしコンビニ誌NGだし、その時点でトイレからマネージャーに電話したら、「じゃあギャラもっと出すからお願い」っていわれてしぶしぶ受けたのんだけどさ。
 中村敦彦は私がマネージャーに電話してたのが気にいらなかったのかなんかしらないけど、そこからずっとふてくされててね、インタビューするラブホの前で、いきなり「オレ金ないから、まりん貸して」って言ってきて、「えっ、やだな」っておもったけど、ラブホはいれなきゃしょうがないから貸すじゃん。
 しかもラブホはいった瞬間にふんぞりかえってソファに座って、「おまえらの仕事って股開いて終わりじゃん?」って言われてね。
 えっ、なになにどうしたの? さっきからこのひと印象わるかったけど、今度はどうしたどうしたっておもってたら「おまえらが股ひらいたとこで稼げる額なんてタカが知れてるし、テレビで歌ってる連中の方がおまえらの何千倍も稼いでるんだよアホくさいと思わないの?」とかいうから、なんだこいつホテル代とかわたしに借りてるくせにっておもったけど「や、べつにお金稼げるからそんな深いこと考えてないですけど。お金稼げればどうでもいいです」みたいなことを適当にぺらぺらしゃべっといた。
 インタビューのあとのハメ撮りでも、わたしもうぜんぜんやる気なくってぼけっとしてて、中村敦彦のちんちん勃たなかったんだよね。疑似で撮ったけど。疑似でやってる最中もわたし、すごいイライラして。
 ホテルの帰り道で「いつになったらお金返してくれるんだろう」って歩いてたんだけど、このひと「お金返してください」って言わないと返してくれないんだろうなっておもって、「すいませんホテル代」って言ったら、思いだしたみたいに「ああ、ちょっと銀行行ってくる」とか言って、お金「ハイ」とかってわたされて、お礼もなにもなくて、なんだあのくそ野郎。
 このあいだ、ともだちに「AV女優の映画だから、ちらっと観てトークお願いできる?」とだけいわれて映画館のトークでてみたら、それが中村敦彦の『名前の無い女たち』の映画でね。
 もろに「AV女優すげぇ不幸!!」みたいな描かれかたをされてて、もうわたし、見た瞬間に「うすら寒い映画だな」って言っちゃった。
 観にきてるひとに「この中で原作見たことあるひといますか?」って聞いたらほとんどいなかったよ。
 だから「あ、見ないほうがいいですよ。中村さんは女のこが下むいただけで『彼女はおもむろに下を向き、昔のことを思い出しているようだった。そして一筋の涙を……』とか書くけど、おまえの話がつまんないから下むいてあくびしただけで泣いてなんてないし、それを自分の都合のいいように解釈して書いてるだけで、内容なんてないんですよ。あの人のインタビューに」とだけ言ってトークおわらせた。ほかにとくに言うこともないような映画だし。
 わたしもAVやってなかったらまたちがう目線でみるんだろうけど、関わった以上そういう認識をされるのはくやしい。
 AVやってたことには誇りもなにもないんだけどね、AVでてるからって不幸なことがあったとか決めつけられるのは、どうでもいいとおもえない。なんかいやだ。

泉まりん

 そのあともインタビュー2~3件きたんだけど、ぜんぶ似たような「不幸話してください」ってやつだったからさ。そんな不幸話ってのっけから言われるとさ。
 そんな、はじめて会ったひとにわたしのことをさ、わたしのこと、話したくないし書いてほしくないし。理解してもらえるわけがないし。

 AVなんて基本明るくにこにこわらってる女の子が股ひらいてるのが抜けるってものだとおもってるから、その子が借金苦だったりとかホスト狂いでとか、男にだまされてとか、そういう裏の背景をみちゃったユーザーのひとって、はたしてそれで抜けるのかって疑問におもうし、その背景ってAVに必要なのかっていったら必要ないとおもうし。
 いろんな事情でそういう不幸話系のインタビューがあるのかもしれないけど、それをべらべら話すことによってその子のイメージがわるくなったりするのに、なんでこんなにAV女優=不幸がつきもの、みたいな言いかたをするんだろう。

 そういう背景とかなんにもなくてぱっぱらぱーで、「スカウトされたからお金稼げるし、なんかAV きちゃったんですよね」って子もぜったいいるのに、AV女優だから不幸なことがあったはずだって決めつけられるのがカチンとくる。
 虐待でもレイプでもなんでもいいけど、とにかくそういう不幸なことがあってそのせいでAVに、っていうストーリーは喋りやすいし書きやすいんだろうけど、そういうインタビューのせいで自分の不幸話に酔っちゃう子もいるし。
 あんまり名前を言いたくないけど、某女優さんとか「精神科通ってるんです」とかわざわざブログに書いたりとかして。

 なんでそんなことをファンにいちいち言うの? 
 そんなん日記に書いとけよ。
 そんなこと書くから中村敦彦みたいなどうしょもないのが食いつくんじゃん。きもちわりぃな。
 それで、峰さんはわたしになにを聞きたいんですか?

泉まりん

 インタビューは彼女の自宅でおこなった。いろんな模様のタイルのちりばめられたかわいいペントハウスで出迎えてくれたのは、部屋着姿のまりんちゃんと二匹の犬と、それからなぜかリビングでくつろぐ彼女の友人Tちゃんだった。

「掃除できてなくてごめんね」とまりんちゃんは言うけれど、床はもちろん壁や窓や至る所に飾られた置物にも埃ひとつついてなくって、いい匂いのする部屋で、その中で友人Tちゃんはテレビを観ていて、まりんちゃんは台所に立ってなにやらがさごそやりはじめ、私は二匹の犬にべろべろ舐められながらのインタビューが始まった。さて、何を聞こう。

泉まりん

 あのさ、AVでいろいろやってわかったんだけどさ、わたしべつにMじゃないんだよね。痛みへの対処のしかたがわかってるだけで、痛いのは痛いし。
 かといってSでもない。ふつう。これといって特徴のある性癖はない。
 でもね、ゲロはすきなんだよね。

 とくにあまいもの食べたときのゲロがすき。
 クッキーとかの水分ないものは、吐くとき窒息しそうになってたのしい。
 クラッカー水分とらないで吐くとマジ死ぬよ。わたしほんとに血管何本も切れててさ、トイレとかでマジ苦戦するんだけど、でたときの、あの達成感? 便秘のうんちがぽるんってでたような、あの、してやった感?
 ぽそぽそ細かくなってでるわけじゃないの。すごい一気にでるの。
 ぼろろろろろろろろってでるの。
 まっすぐにね、円柱みたいなかたまりになってでるの。
 で、食道のかたちになってでたゲロをみて、すげぇな、っておもいながらツンツンしたりとか、ひとりでドヤ顔をしたりとか。
 これはほんとクッキーでしかあじわえない苦しさ。ちょっとふやかさないと出てこないのはあるから、すこしは水分とるけど、でも最小限だよね。
 乾パンとか、かりんとうとか、きつかったなあ。芋ケンピは喉切ったなあ。こんにゃく畑とかおもちもけっこうきついよ。
 吐くときは喉に指いれるか、自分でおなかボンって叩いて。便器が汚ければ汚いほど燃える。

 なんでゲロすきなんだろう。あったかいからかな? からだから出るものって、ぜんぶきもちよくない?
 おしっことかうんちとか、それと似たかんじなんだよね。わたしの中でゲロって。
  吐くのって、ものっすごいきもちいい。性的なきもちよさもちょっとある。むんむんするときあるし。でもそういうエロとか抜きで吐くのもすき。
 でもわたしの中では決まりごとがあって、ひとが作ってくれたものはぜったい吐かないの。だから吐くときはおかしとか、コンビニ飯とかそういうの食べるの。

 まりんちゃんの家の冷蔵庫は一人暮らしには少し大きすぎるもので、中にはきちんと整頓された食材が、しかしぎゅうぎゅうに詰まっていた。

「峰さんお腹へってる? 何食べたい? 和食がいい? 中華? イタリアン? 韓国料理? 魚がいい? お肉がいい? 食べられないものある? 辛いものって大丈夫? ビール飲む? あっ、エビス好きなんだよね? あるよ!!」
 恐縮してしまうくらいのおもてなしである。友人Tちゃんはしょっちゅうまりんちゃん宅にやってきてはご飯をごちそうになっているらしい。私の「炭水化物が好きです」という漠然としたリクエストを受けて、かわいいキッチンで手際良くちゃかちゃかと作ってくれたのはペンネ・アラビアータとムール貝のワイン蒸し、ルッコラのサラダ、ズッキーニのグリル、黒オリーブ。

泉まりん

 食べ終わったあとに、自分で作った料理は吐くのだろうか、吐かないのだろうかと少し気になった。友人Tちゃんは床で横になって寝はじめた。まりんちゃんが布団をかけてあげていた。

 んー、むかしの記憶ってあんまないんだけど、はじめて腕切ったのはたしか小学校5年生くらいのころ。それくらいのころから、ビジュアル系の歌とか聴き始めたから。
 典型的な、「血の惨劇を~」みたいな歌詞のバンドだったから、「腕切るのってなんかかっこいい!!」みたいなことおもっててね。べつにほんとに死にたいとかじゃないんだけど腕切りはじめたんだよね。あはは。モロでしょ?
 かまってちゃん精神はそのとき、ひと一倍すごかったのかな。リスカの痕とか、ピアスぼこぼこあけてるのとかを友達に「どうしたの?」っていわれて、わたし、にぱにぱしてたんだよね。

 高1のとき、ヤンキーの子とあそんでたら、その子が彼氏にジャージ買ってあげたいって言いだして。そのころジャージはやってたでしょ。それで、「セットアップのジャージ買いてえんだよな、アイツに。でも金ねぇんだよな」とか言うから、「じゃあテレクラやればいーじゃん!」って冗談で言ったら「おう、じゃあやろうか」みたいになって、わたしもいっしょに援交することになったの。別に処女じゃないし。
 出会い系で男みつけてまちあわせして、わりと若めなひとが車できて、そのまま車のなかでパパパってやって、おわったあとに「はい」って三万円もらって、「お金ってこんなかんたんにもらえるんだ!! すげぇ! キラキラキラ!」ってなった。
 嫌悪感? ぜんぜんなかった。
 つぎの日にヤンキーの子が首におっきいキスマークつくってきて、「ああ、彼氏にうまくジャージわたせたんだな。援交ってなんでもないんだな」っておもったよ。

泉まりん


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