キャラソン好きの夫婦が、多数のアニメソングやゲームソングを手がける作曲家・神前暁さんを対談形式で絶賛する記事の後編。
(前編はこちら)
ソロのアカペラで歌えるバラードというメロディメーカーの到達点「モノクローム」
私:さて、続いては神前さんのバラードについて語りたいのですが、そもそも昔から神前さんのバラードの名曲は多いんですよね。
妻:アイドルマスターの「my song」なんかは本当にいい曲よね。
私:泣けますよね。PSPゲーム「探偵オペラミルキーホームズ」の「聞こえなくてもありがとう」という曲もありますよね。
この2曲は卒業シーズンに日本中の学校で歌われるべき名曲達ですよね。
妻:まあ、実際にそんな学校があったらマニアすぎる選曲に驚くけどね。
でも曲だけの良さでいうと、そこらへんの卒業式ソングに劣っていないよね。
私:劣っていないどころか、定番にして毎年歌い継ぐレベルだと思いますよ。あんな曲、卒業式で歌ったら全員で号泣ですよ。
妻:キャラソンで号泣する卒業式……。
私:卓越したメロディーメーカーである神前さんのバラード曲が素晴らしいのは、まあ当然というべきかもしれないのですが、そんな神前さんがバラードの新境地を示したのは、アニメ「STAR DRIVER 輝きのタクト」の「モノクローム」でした。
妻:戸松遥がアカペラで歌うあの曲が、ロボットの搭乗シーンで流れるたときには衝撃を受けたね。
私:勇壮だったり、アップテンポな楽曲で盛り上げそうなあのロボットシーンで、まさか無伴奏の独唱ですからね。
妻:楽曲のカッコよさの圧倒的な説得力で、あれをアリだと思わせるのよね。
私:そうなんですよ。あの「STAR DRIVER」という作品では、劇中の4人の巫女達がそれぞれに歌を歌うという設定があるんですが、ヒロインの歌う「木漏れ日のコンタクト」も劇中ではアカペラで歌われますね。
妻:アカペラの独唱であれだけ名曲に聴こえるというのはすごすぎるよね。
私:無伴奏で歌って素敵に聴こえるというのは、作中で歌うキャラソンという設定の中で活きるんですよね。
妻:たしかに劇中で自然に使えるのよね。劇中でヒロインが突然歌い始めるところに伴奏がかかると、作品世界の現実感がおかしくなるもんね。
私:ミュージカルになっちゃいますもんね。まあ、それでもいいんですが、ヒロインが作品世界の中で無伴奏のまま自然に口ずさみ、それがキャラソンとして完成された輝きを放つというのはすばらしいですよね。
妻:誰でもできる技じゃない気がするけどね。やっぱりメロディメーカーである神前さんゆえの匠の技だと言うべきだろうね。
他にはこのジャンルの曲というとアニメ「フラクタル」の「昼の星」よね。
私:あのアニメの劇中で花澤香菜の歌う「昼の星」は素晴らしかったですよね。なぜ、あの花澤香菜バージョンがリリースされないのが、ずっと不満なんですよね。あれはアニメ「フラクタル」におけるほとんど唯一の成果だったと思うんですが……。
妻:それ、ずっと言っているよね。
他にはこのジャンルだと、劇場版STAR DRIVERの主題歌「光のオクターブ」かな。
私:無伴奏というわけではないんですが、私はアニメ「猫物語 黒」の主題化「perfect slumbers」なんかもこの系譜に連なる曲ではないかと思うんですよ。
妻:あれもシンプルな曲だもんね。あれで、しっかりキャラソンとして成立しているのがすごいね。
シンプルなバラードと言う意味では、アイドルマスターの「LOST」っていう曲もあったね。
私:ソロのアカペラで歌えるバラードということで作品世界と矛盾せず、シンプルなメロディにキャラクター性も載せて、名曲に仕上げるという力技は、まさにキャラソン界の天才である神前さんの一つの到達点だと思いますね。
妻:「もってけ!セーラー服」の電波系から「モノクローム」のアカペラで歌っちゃうバラードまでカバーする楽曲の幅というのは改めて考えるとすごいよね。
あらゆるジャンルを使いこなす天才 演歌「三十路岬」から「しりげやのテーマ」まで
私:さて、5つ目に取り上げるのは特定のジャンルではなく、まさにそんな「楽曲の幅」について、神前さんがキャラソンにおいて多彩な音楽ジャンルを使いこなす才能を語りたいと思います。
妻:これまで挙げた4つのジャンルに限らず、本当に多彩な楽曲があるからね。
まずは極端なジャンルと言う意味では、アニメ「らき☆すた」のキャラクターソングで、演歌の「三十路坂」よね。
私:Bメロからサビにかけての盛り上がり方がすごいですよね。
「天城越え」とか「北酒場」とか、演歌歌手が日本の音楽界を代表していた時代の名曲を彷彿とさせます。少なくとも平成に入ってから、あれ日本の音楽界であれを超える演歌は出ていないと思いますね。
妻:演歌なんて全く聴かない癖に言ってみたね。
私:私は一度、石川さゆりとか坂本冬美が、本気であの曲を歌っているところを聴いてみたいですよ。
妻:「三十路坂」なんてもんじゃない、すごいところを越えて行きそうですごいね。
変わったジャンルとしては私が推したいのは、神前暁さんの数少ない男性ボーカル曲で、アニメ「WORKING!」のエンディングテーマだった「ハートのエッジに挑もう」だね。
私:私は不勉強でよく知らないのですが、あれは昭和に存在した「ブギ」と呼ばれる音楽なんですかね。
妻:ちょっと我々の世代よりは昔の昭和歌謡の世界よね。神谷浩史、小野大輔、福山潤という豪華過ぎる男性声優3人を使ったキャラソンを、あんな形で仕上げてくるとはね。
私:あの曲調が、男前すぎる3人それぞれの声質を際立たせて、すごくかっこいいんですよね。
私は神前さん楽曲の多彩さを表す曲として、田中公平先生のサクラ大戦3の主題歌「御旗のもとに」にインスパイヤされて作ったというアニメ「セキレイ」の主題歌「セキレイ」を挙げたいですね。
妻:あれは神前さんの最高傑作の一つよね。NHKの番組で「御旗のものに」のコード進行を参考にした語っていたよね。
私:田中公平先生の「檄!帝国華撃団」「御旗のもとに」というアニソン史に残るべき大正ロマンな熱血アニソンの世界観を使い、その名曲達に決して引けをとらない新たな金字塔を生み出しましたよね。
妻:まさに神前暁版の田中公平的熱血アニソンよね。あの応用力が素晴らしいね。
私:この曲をテーマにサクラ大戦の続編作って欲しかったレベルの作品ですよ。
妻:あと、忘れてはならいのは、アニメ「かんなぎ」の挿入歌で、架空のスーパー「しりげや」のテーマ曲である「しりげやのテーマ」だね。
私:あの曲は耳に残りすぎて、いつもスーパーで聴いている曲のように錯覚するんですよね。現実に存在しないスーパーのものとは思えない出来ですよ。
妻:異常な中毒性を発揮するのよね。ネタに対しての完成度が高すぎる。
私:むしろ、あんなに耳に残るスーパーのCMは、現実には存在しないんじゃないでしょうか?
妻:作品やキャラの必要にあわせて、あらゆるジャンルを元ネタに、その元ネタのレベルを凌駕するような優れた楽曲を生み出していく神前さんの才能というのはすごすぎるよね。
神前暁さんを通してみた現代のキャラソン文化の魅力とは
私:最後にまとめとして、全体を振り返って神前暁さんを通じてみたキャラソン文化の魅力について語りたいと思います。
妻:まず言えるのはアイドルマスターなんかを見ていると、J-POP一般におけるアイドルとアニソン・キャラソンのアイドルの楽曲のレベルがすでに肉薄している、あるいは逆転している時代が来ているということを感じるね。
私:私はその理由を、キャラクター=フィクションであるアイドルが、歌という形でリアルな魅力を獲得するに至ったからだと見ていますね。
そもそも、フィクションのアイドルというのは完璧な存在でいられるから強いんですよね。でもリアルじゃないっていうのが、本物に劣る唯一の点だったわけですが、それをキャラソンの与えるリアル感が補い、バーチャルなアイドルが現実とフィクションの境を越えられる様になったということだと思います。
妻:二次元がリアルを超える日が来たということよね。涼宮ハルヒが「God Knows…」でやってみせたのはそういうことなのかもね。
アイドル物のゲームやアニメについては、「アイドルマスター」や「うたの☆プリンスさまっ♪」を始め、「ラブライブ!」やら「Wake Up,Girls」と世の中に溢れてきた感じだけれど、これは一体どうなっていくんだろうね。
私:もしかしたら近い将来、リアルなアイドル界はフィクションによって駆逐されるんじゃないでしょうか。我々はひょっとしたらアイドルというものが生身の人間だった時代のことを知る最後の世代になるのかもしれませんね。
妻:それは言いすぎじゃないかな……。
私:また、キャラソンはアニメの多様な萌えキャラを扱うことで、既存の音楽に新たな可能性を与えた面もあると思いますね。
妻:「恋愛サーキュレーション」におけるラップなんてまさにそうよね。
私:そもそもあの曲のように「引っ込み思案だけどHな妄想が止まらない蛇に呪われた妹キャラ」を音楽で表現する必要なんて、キャラソンが生まれるまでは存在しなかったと思うんですよ。
妻:まあ、ラップという音楽ジャンルを作った人たちも、まさか自分達の生み出したものが、東洋の島国で萌えキャラを表現するために使われるとは思ってもみなかっただろうけどね。
私:そうですね。キャラソンという世界においては、キャラクター文化の持つ多様な萌えに音楽が出会い、新たな文脈を発見されるということが起こっていると思います。
それは、もしかしたら各ジャンルの音楽の本質というものに迫っているのかもしれません。
もしかしたら未来の文化史において、ロックは中二病を表現するための音楽であり、テクノは電波なキャラソンを作るために生まれた音楽だ位置づけられているのかもしれません。
妻:それも明らかに言いすぎな気がするけどね。
でも、例えば演歌を普段聴くことはないけれど、キャラソンという形で演歌をキャラクターに位置づけられると、新たな魅力を放つような気がするよね。
私:キャラソンの魅力というのはまさにそういう部分のような気がしますね。
キャラクター文化と音楽が出会って考えもしなかったような新しいものが生まれてくる。キャラソンファンとしては、作曲家の方々がそこにどのような創意工夫を発揮するのかというのが楽しみなんですよね。
妻:そういう意味で、多様なジャンルの音楽を使いこなし、常に新たなキャラソンを生み出していく神前暁さんの才能は素晴らしいよね。
私:まさに、よくも悪くもこのキャラクター文化全盛の日本において、キャラと音楽の融合が何を生むのかという壮大な文化的実験をやっている時代の先端にいる天才というべきだと思いますね。