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 東京都内の公立図書館に所蔵されている「アンネの日記」や、ホロコーストに関する書籍のページが破られるという被害が相次いでいる。

 2月21日(金)時点での被害は、東久留米市、西東京市、武蔵野市、練馬区、中野区、豊島区、新宿区、杉並区の東京都西部の3市5区で、計294冊にのぼるという。「アンネの日記」以外の、破られた「ホロコースト関連の書籍」とは何か、書名はまだ判明していない。

※アンネの日記:関連本破損、東京の3市5区で294冊(毎日新聞、2月21日)

 この事件は日本国内だけでなく、BBC、ニューヨーク・タイムズ、ワシントンポスト、ガーディアン、ハーレッツなど、海外の主要メディアもこぞって報じている。

※Anne Frank’s Diary vandalised in Japan libraries(BBC 2014.02.21)

※Hundreds of Anne Frank Books Vandalized in Japan(New York Times 2014.02.21)

※265 Anne Frank books vandalized in Tokyo libraries(The Washington Post 2014.02.21)

※Anne Frank books damaged in Tokyo vandal attacks(the guardian 2014.02.21)

※Hundreds of Anne Frank books vandalized across Tokyo(HAARETZ 2014.02.21)

◆広域に及ぶ被害 組織的犯行か◆

 IWJでは、東京都内の各図書館から情報を収集している東京都図書館協会事務局(都立中央図書館内)の担当者に話を聞いた。担当者によると「被害の全体像は分からず、調査中」という。

 「これまで、個別の破損は色々とあったが、これほどの被害は聞いたことがない」とのことで、図書館協会事務局としても、まだ、今回の被害の全貌がつかめていない。

 次に、実際の被害にあった杉並区立図書館の担当者に話を聞いた。担当者によると、2月3日に隣接する練馬区から連絡を受けて調査を進めたところ、杉並区内の全13館のうち11館、計119冊が切り刻まれた状態で発見されたという。

 犯行の動機について聞くと、杉並区の担当者は、「こちらが知りたいくらいですよ」と困惑の様子を隠さずに答えた。

 「職員の対応が悪くて、それに怒って…ということで1~2冊破る、というならあり得るかもしれませんが。だから、そういう目的以外のところに、動機があるのではないでしょうか。特定の本を広範で、というのは初めてですからね」と、単なる愉快犯ではなく、思想的・政治的な背景があるのではないか、との見方を示した。

 「アンネの日記」は、ユダヤ系ドイツ人の少女アンネ・フランクが、第2次世界大戦中、オランダの首都アムステルダムで、アウシュビッツをはじめとする強制収容所にユダヤ人を連行しようとするナチス・ドイツの秘密警察「ゲシュタポ」から身を隠して暮らしていた時の様子を、日記の文体で描いた文学作品である。

 戦争や人種差別、そしてナチスによるユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)がいかに悲惨なものであるか、これまで世界中の多くの人々に訴え続け、親しまれてきた。「アンネの日記」を破るということ、同時に「ホロコースト関連の書籍」も破損されていることを考えあわせると、事件の背景にホロコーストの史実を疑う「歴史修正主義」の考えがあるのではないかとも疑われる。

 菅義偉官房長官は2月21日の定例会見で記者からこの事件に対する受け止めをきかれ、「わが国として受け入れられるものではなく、極めて遺憾なことであり、恥ずべきことだ」と語った。

※菅義偉官房長官 記者会見(首相官邸 2014年2月21日)

 しかし、事態は既に、官房長官が「遺憾だ」と言っておさまるような水域を超えてしまっている感がある。今回の事件に対し、米国のユダヤ人権団体「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」が緊急の声明を発表したのである。

◆サイモン・ヴィーゼンタール・センターが声明を発表◆

 以下、サイモン・ヴィーゼンタール・センターの声明の全訳を掲げる。

・Wiesenthal Center Expresses Shock and Deep Concern Over Mass Desecrations of The Diary of Anne Frank in Japanese Libraries

・ヴィーゼンタール・センターは、日本の図書館で『アンネの日記』が大量に冒涜されたことに衝撃を受け、深い懸念を示します

The Simon Wiesenthal Center has expressed its shock and deep concern over the vandalization of hundreds of copies of The Diary of Anne Frank in at least two dozen libraries in Metropolitan Tokyo. The shocking development was first reported in The Huffington Post.

 サイモン・ヴィーゼンタール・センターは、首都東京の少なくとも24館の図書館で『アンネの日記』が何百冊も破られたことに衝撃を受け、深い懸念を表明します。この衝撃的な新事実はまず、ハフィントンポストで報道されました。

“The geographic scope of these incidents strongly suggest an organized effort to denigrate the memory of the most famous of the 1.5 million Jewish children murdered by the Nazis in the World War II Holocaust,” charged Rabbi Abraham Cooper, associate Dean of the Simon Wiesenthal Center, a leading Jewish Human Rights organization which also houses a major exhibition on Anne Frank at its Museum of Tolerance in Los Angeles.

 「この事件が広範囲で行われたことは、第二次世界大戦中ナチスによるホロコーストで殺された150万人のユダヤ人の子どもたちのうちで最も有名な子どもの記憶を侮辱しようとする組織化された運動であることを強く示しています」と、サイモン・ヴィーゼンタール・センターの共同センター長であり、ロサンゼルスの「寛容美術館」でアンネ・フランクに関する主要な展示を設置した「ユダヤ人人権組織」のリーダーであるラビ・アブラハム・クーパーは訴えます。

“I know from my many visits to Japan, how much Anne Frank is studied and revered by millions of Japanese. Only people imbued with bigotry and hatred would seek to destroy Anne’s historic words of courage, hope and love in the face of impending doom,” Cooper added.

 「わたしは何度も日本を訪問し、いかにアンネ・フランクが学ばれ、多くの日本人に尊敬されているかを知っています。偏見に根ざした憎悪や強い嫌悪に満たされた人だけが、差し迫る悲運に直面して書かれたアンネの勇気・希望・愛の歴史的に有名な言葉を破壊しようとしたのです」とクーパーは言います。

“We are calling on Japanese authorities to step up efforts to identify and deal with the perpetrators of this hate campaign,” Cooper concluded.

 クーパーは最後に、「私たちは、日本当局に、このヘイト・キャンペーンの犯人を探す迅速な努力をするように要求します」と述べています。

For more information, please contact the Center’s Public Relations Department, 310-553-9036, join the Center on Facebook, www.facebook.com/simonwiesenthalcenter,orfollow @simonwiesenthal for news updates sent direct to your Twitter page or mobile device.

 さらなる情報については、センターの広報部に連絡するか、センターのFacebookに参加してください。また、新しい情報はTwitterで流しますので、 @simonwiesenthalをフォローしてください。

The Simon Wiesenthal Center is one of the largest international Jewish human rights organizations with over 400,000 member families in the United States. It is an NGO at international agencies including the United Nations, UNESCO, the OSCE, the OAS, the Council of Europe and the Latin American Parliament (Parlatino).

 サイモン・ヴィーゼンタール・センターは国際的なユダヤ人人権組織のうちの最も大きな組織のひとつで、アメリカで40万以上の家族がメンバーになっています。国連、ユネスコ、欧州安全保障強力機構、米州機構、欧州評議会、ラテンアメリカ議会を含む国際的なエージェンシーにおけるNGO組織です。

※SIMON WIESENTAL CENTER

 日本の言論界と「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」との間には、浅からぬ因縁がある。

 阪神・淡路大震災が発生した1995年1月17日、この日発売された、(株)文藝春秋の月刊誌「マルコポーロ」に、内科医の西岡昌紀氏が寄稿した「戦後世界史最大のタブー。ナチ『ガス室』はなかった」という論文が掲載された。

 これはナチスによるユダヤ人虐殺がなかったと主張するもので、この記事に対し、サイモン・ヴィーゼンタール・センターは、(株)文藝春秋に対して抗議を行い、その抗議に対する対応が鈍いとみてとると、日米の経済界に働きかけて、同社への広告の出稿を引き上げさせるなどした。

 「マルコポーロ」誌への広告だけでなく、同社の柱をなす月刊「文藝春秋」や「週刊文春」へ広告を出稿していたスポンサーも続々と降りてゆく事態に至って、同社はようやく、事の深刻さを理解することとなった。

 2月2日、文藝春秋とサイモン・ヴィーゼンタール・センターは共同の会見を開催。文藝春秋の田中健五社長は辞任し、「マルコポーロ」誌は廃刊に。「マルコポーロ」の編集部員らはサイモン・ヴィーゼンタール・センターの求めに応じて、改めて、アウシュビッツ強制収容所でのユダヤ人虐殺について「勉強」させられる羽目となった。

 当時、「マルコポーロ」の編集長を務めていたのは、文藝春秋のエース編集者として業界に名前が知られていた花田紀凱(はなだ かずよし)氏。「マルコポーロ」に、西岡論文を掲載した責任者である。花田氏は「マルコポーロ」の廃刊が決定した後、(株)文藝春秋を退社、現在は雑誌「WiLL」の編集長を務めている。「WiLL」は、田母神俊雄氏の特集を発行するなど、「タカ派」色の強い雑誌として知られている。

 私はこの「マルコポーロ」廃刊騒動のただなか、「ナチ『ガス室』はなかった」を執筆した当人である西岡昌紀氏を取材。高等教育を受けた人間が、ホロコーストを否定ないしは過小評価する歴史修正主義者のプロパガンダに飛びつく心理を分析した、「無邪気なホロコースト・リビジョニスト」というルポを「宝島30」誌に発表した。このルポは、「IWJウィークリー13号」に全文転載しているので、ご一読いただきたい。

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 ちなみに、記事の執筆者である西岡昌紀氏は、「マルコポーロ事件」から19年経った現在も、ユダヤ人虐殺の史実を疑う主張をやネット上で繰り返している。彼の読者や信奉者は、「マルコポーロ事件」当時よりも、むしろ増えているかもしれない。

 この「アンネの日記」破損事件が明らかになる前日の2月20日(木)、私はツイッター上で西岡氏から唐突にメンションを送られ、それに返答したばかりだった。なぜ、彼がこの日、私にメンションをつけてこのツイートを送ってきたのか、真意は不明である。

 サイモン・ヴィーゼンタール・センターが日本に向けて抗議声明を発表したのは。「マルコポーロ」事件と今回の事件の2回だけではない。昨年の夏、2013年7月29日に飛び出した、麻生太郎副総理による「ナチスの手口を学んだらどうか」という発言に対して抗議を行ったことは、記憶に新しい。日本国憲法を改正するにあたり、正当な手続きによるのではなく、ナチスが当時最も民主的と言われていたワイマール憲法を機能停止に追い込んだやり方を麻生副総理が「学ぼう」と発言したことに抗議を行ったのである。

 この抗議声明の中でサイモン・ヴィーゼンタール・センターは、「麻生副総理は、ナチス・ドイツが権力の座についたことが、間もなくして世界をどん底に陥れ、人類を第二次世界大戦の計り知れない恐怖に巻き込んだことを忘れたのか」と厳しく追及している。なお、麻生副総理はこの抗議声明に対し、8月2日の会見で「(謝罪するつもりは)ありません」と突っぱねた。

※2013/08/02 麻生太郎財務大臣兼金融担当大臣 定例会見

“What ‘techniques’ from the Nazis’ governance are worth learning—how to stealthily cripple democracy?” asked Rabbi Abraham Cooper, associate dean of the Simon Wiesenthal Center, a leading Human Rights NGO, adding, “Has Vice Prime Minister Aso forgotten that Nazi Germany’s ascendancy to power quickly brought the world to the abyss and engulfed humanity in the untold horrors of World War II?

 「ナチス統治の『手口』、すなわち、いかに秘密裏に民主主義を損なわせるかという点の、どこに学ぶべき価値があるのか」と、有数の人権NGOであるサイモン・ヴィーゼンタール・センターの副代表であるエイブラハム・クーパー師は問いかけた。「麻生副総理は、ナチス・ドイツが権力の座についたことが、間もなくして世界をどん底に陥れ、人類を第二次世界大戦の計り知れない恐怖に巻き込んだことを忘れたのか」とも加えた。

※Simon Wiesenthal Center to Japanese Vice Prime Minister: Which ‘Techniques’ of the Nazis Can We ‘Learn From’”?”

 サイモン・ヴィーゼンタール・センターが日本国内の「事件」に対して抗議声明を発表したのは、1995年の「マルコポーロ事件」、昨年の麻生副総理による「ナチスの手口」発言、そして今回の「アンネの日記」事件の3回だけである。後述するように、日本は先進国の中では「例外的」に反ユダヤ主義の陰謀論が言論界で野放しに横行している国だが、それでも、同センターがこの約20年の間に抗議声明を出したのは3回だけ、ということは、今回の事件とその背景をなす日本の政治状況にいかに深刻な危機感を抱いているかという証左でもある。

 思想家で神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏は、今回のサイモン・ヴィーゼンタール・センターの抗議について、ツイッター上で以下のように連投し、右傾化する安倍政権に対する国際世論の反発の「徴候」であると分析している。

◆田母神氏の支援者が「ヒトラー生誕パーティー」を呼びかけ◆

 私は、昨日(2月21日)の深夜、この「アンネの日記」破棄事件の報を受けて、このようにツイートした。

 私のツイートに対して、日本の歴史修正主義と、ネオナチのような歴史修正主義がどこで結びつくのか、という疑問がいくつか寄せられた。

 それに対する回答のひとつとして、先日の東京都知事選で61万票を獲得した田母神俊雄氏の支援者から、驚くべき計画が浮上していることを指摘しておこう。

 田母神氏の支援者で、政治団体「維新政党・新風」の元副代表・瀬戸弘幸氏が、今年4月、「アドルフ・ヒトラー生誕125周年記念パーティ」の開催を計画しているというのである。

※ヒトラー生誕パーティー呼びかけ 田母神氏の支援者(しんぶん赤旗 2月14日)

 「維新政党・新風」代表の鈴木信行氏は、都知事選の際、田母神氏の宣伝カーの上にのぼり、横に並んで田母神氏を応援する演説を行う人物である。一方的に田母神氏を応援している「勝手連」の一人ではない。田母神氏も瀬戸氏や鈴木氏の応援を受け入れているのである。その瀬戸氏が、自身のブログで自らの思想をこう述べる。

 「ヒトラーを賛美して何が悪いのか分かりません。ユダヤ人600万人の大虐殺ですか、そんなことを今でも信じている人がいるのでしょうか? あれは嘘です。南京大虐殺、慰安婦強制連行と同じ歴史の捏造です」。

※せと弘幸BLOG「日本よ何処へ」

 田母神氏を支持する瀬戸氏のブログにおいて、日本における歴史修正主義とネオナチの歴史修正主義が、同じレベルで並列されている。

 麻生副総理の「ナチス」発言から、今回の「アンネの日記」事件、瀬戸氏の「ヒトラー生誕パーティー」に至るまで、現在の日本では、地続きの現象であると見なされてもいたしかたないであろう。

 憲法解釈を閣議で変更可能だとして立憲主義を踏みにじる総理、「ナチスの手口に学んだらどうか」と言う副総理という権力のトップとNHKという公共放送のトップ、そしてそれを支える草の根 に歴史修正主義者とレイシズムがはびこる国、日本。そのような国が、はたして国際社会での信頼を得ることができるだろうか。

◆ヘイトデモと重なりあう「アンネの日記事件」◆

 IWJでは、今回の「アンネの日記」事件について、大阪大学助教で、ユダヤ学研究者である赤尾光春氏に話をうかがった。

 第二次世界大戦中にナチスの迫害から隠れて暮らしてきたユダヤ人家族の様子が描かれている『アンネの日記』は、第二次世界大戦後にユダヤ人によって建設された国家イスラエルでは、どのように扱われているのだろうか。「イスラエルで5年暮らしましたが、アンネという名前を一度も耳にしたことはありません。ひとつ言えるのは、アンネのような存在は無数にいたので、アンネだけが特別にあつかわれていないことです」と赤尾氏は述べる。

 それに対して、『アンネの日記』が特別な位置を占めているのは、日本とドイツだ。「ドイツで『アンネの日記』が相当なベストセラーになっていることを考えれば、ユダヤ社会以上に、非ユダヤの方が、”アンネ熱”が高い」。

 日本人の”アンネ熱”は、2014年1月22日にイスラエルのハアレツ紙でも紹介され、その理由が分析されている。

※Why are the Japanese so fascinated with Anne Frank?

 オランダのアムステルダムにあるアンネが住んでいた家には、数多くの日本人が訪れているという。ハアレツ紙は、日本人がアンネに共感する理由について、「第二次世界大戦中の日本の犠牲に関心が向いていて、ナチス・ドイツの同盟として闘った日本軍によって行われた残虐行為の責任に目を向けていない」と冷静に分析している。

 日本人の多くが、戦争の「加害者」としてではなく、「被害者」としての側面に目を向けがちで、そのため「被害者」としてのアンネに感情移入するのだという。厳しい評価である。

 赤尾氏は、こうした海外からの批判を受けてこう語る。

 「日本人の歴史観は被害者意識が強い。アンネに感情移入はしても、ヘイトデモには無頓着な人もいる。レイシズムやナチズムの実態をしっかり学べば、マイノリティ差別が起きた場合に、同じような構造上の問題として認識することができますが、そういう認識が生まれにくい」。

◆一線を超えてしまった反ユダヤ的論調◆

 赤尾氏は、今回の件が陰謀論の蔓延が背景にあるのではないかと指摘する。「陰謀論にのっかってやっているのは間違いないと思われます。アンネ・フランクの話はでっちあげだという歪んだ正義意識からです」。
 
 こうした「正義意識」はどのような事情で生じてきたのか。赤尾氏は、ユダヤ問題に関する日本の言論や出版事情が特殊であることを指摘する。「反ユダヤ的な本が無制限に流通している国は先進国では日本くらいです。欧米ではあり得ないような反ユダヤ本が出回って、そこそこ売れています」。

 そのことを踏まえ、今回の『アンネの日記』の本が破られた件について、「すでに氾濫している反ユダヤ的な論調で、今回は一線を超えてしまった感じではないでしょうか」と赤尾氏は分析した。

 日本の外交と安全保障は、同盟国である米国に全面的に依存しているが、その米国から日本の右傾化に対して、ひっきりなしにアラームが鳴らされていることを、日本の政府も、日本の社会も聞き流し続けてきた。「アンネの日記」破損事件が明らかになる直前、17日にはワシントンポスト紙が、20日にはニューヨークタイムズ紙が、立て続けに釘を刺す論説を掲載した。以下、紹介しておきたい。

Japan’s provocative moves
日本の挑発的な動き

Could Japan end up provoking the most serious national security crisis yet faced by President Obama?

日本は、オバマ大統領によって直面させられたもっとも深刻な国家の安全保障の危機の挑発をやめることができるだろうか?

That idea would have sounded preposterous a couple of years ago, when the Land of the Rising Sun was still the country that Americans have known it to be for the past two decades: gently aging; rich but stagnant; democratic but, because of chronically weak leadership, a non-factor in global and even regional security.

 この考えは、数年前であれば非常識なものに聞こえただろう。過去20年間のあいだ、アメリカ人はこの「日出づる国」のことを、穏やかに円熟した国、豊かだが不景気の国、民主的だが慢性的に弱いリーダーシップだったためにグローバルかつ地域的な安全保障における因子ではない国と考えてきた。

Japan, however, has a history of long periods of stagnation followed by bursts of rapid and sometimes disruptive change. Some who watch the country believe that Shinzo Abe, the conservative nationalist who became prime minister 14 months ago, is leading it into one of those dynamic and potentially dangerous eras.

 しかし、日本の長い不況のあとに続いたのは、急激で時には破壊的な変化だった。この国を注視する人たちは、14ヶ月前に首相になった保守主義ナショナリストの安倍晋三が日本をダイナミックで危険性を孕む時代へと導いていると考えている。

In his first year in office, Abe successfully stimulated the economy, cultivated Japan’s neighbors and pursued closer security relations with the United States. His first steps to strengthen Japan’s defense posture, such as increasing the arms budget and creating a national security council, looked sensible in the face of increased belligerence from China and North Korea.

 首相に就任してから最初の一年間、安倍は、経済をうまく刺激し、日本の近隣諸国との関係をはぐくみ、アメリカとのより緊密な安全保障関係を実行した。日本の防衛状態を強化するための安倍の最初のステップとして、軍事予算を増大させたり国家安全保障会議を発足させたりしてきたが、これは、中国や韓国がますます好戦的になっていることに適うものであるように見えていた。

In the past several months, however, Abe has appeared to pivot toward the hard-line nationalism that has always been an element of his political makeup. He has managed to set off alarm bells not only in predictable places — China and South Korea — but inside the very U.S. administration he hoped to partner with.

 しかし、この数ヶ月間、安倍は強硬なナショナリズムの方に向かい始めた。ナショナリズムは、つねに安倍の政治的性格の一要素だった。彼は、愚かにも、予測のつく国々(中国や韓国)だけではなく、彼がパートナーでありたいと望んでいたアメリカ政府の内部にまでも警報ベルを鳴らした。

The prime minister’s most conspicuous gesture was his visit on Dec. 26 to the Yasukuni shrine in Tokyo, which memorializes Japanese military dead, including convicted war criminals from World War II. It was an act sure to escalate already considerable tensions with China, which a month earlier had unilaterally declared an air defense zone covering territory claimed by Japan, and it was undertaken with express disregard for high-level appeals from the Obama administration.

 首相のもっとも著しい行為は、12月26日の東京の靖国神社の訪問だった。そこは、日本の戦死者を記念する神社であり、第二次世界大戦の戦犯も含まれている。当然それは、すでにかなり緊張していた中国との関係をさらに悪化させる行為だった。中国はその一ヶ月前に、日本が領土主張している範囲に防衛識別圏を一方的に宣言している。靖国参拝は、オバマ政権からのハイレベルの訴えを無視したものだった。

That same month Abe appointed four new directors to the 12-member board of Japan’s public broadcast network, NHK. They soon began making headlines. One declared that the 1937 Nanjing massacre by Japanese soldiers in China “never happened” and that U.S. trials of Japanese war criminals were staged to cover up U.S. crimes. A second was revealed to have authored an essay claiming that, thanks to a ritual suicide by a right-wing militant, the Japanese emperor had become a deity.

 同じ月に、安倍は、日本の公共放送局であるNHKの12人の経営委員会に4人の新しい役員を任命した。彼らはすぐにニュースの見出しを飾った。一人は、1937年の中国における日本兵の南京大虐殺は「なかった」と言い、日本の戦犯を裁いたアメリカの裁判はアメリカの犯罪を隠すために設置されたのだと明言した。もう一人は、右翼の軍人による儀式的な自殺のおかげで日本の天皇は神となったと主張する論文を書いていたことが明らかになった。

Then there is the new head of the network, Katsuto Momii, who after belittling Japan’s history of enslaving “comfort women” said during his first news conference that NHK should not criticize the government on subjects such as nuclear power or Abe’s Yasukuni visit.

 さらに、NHKの新会長の籾井勝人は、日本が「慰安婦」を隷属させていた歴史を過小評価し、また、最初の報道会議で、NHKは核武力や安倍の靖国参拝といった問題について政府を批判するべきではないと発言した。

Momii was obliged to issue a partial retraction and Abe declared his support for media freedom. Days earlier, however, Abe gave a speech at Davos saying that Japanese-Chinese relations faced a “similar situation” to that of Britain and Germany prior to World War I.

 籾井は発言の部分的撤回を余儀なくされ、安倍はメディアの自由に対する支持を宣言した。しかし、その数日前、安倍はダボスでのスピーチで、日本と中国の関係は、第一次世界大戦の前の英独の関係と「似たような状況」に直面していると言っている。

In the furor over all this, Japan’s ambassador to Washington, Kenichiro Sasae, made one undeniable point: “It is not Japan that most of Asia and the international community worry about,” he wrote in a Post op-ed. “It is China.” Apart from the Koreas, that is true enough. But Abe’s turn toward nationalism has made an Asian security crisis more likely, for three reasons.

 こうした大騒ぎのなか、ワシントンにいる日本の駐米大使・佐々江賢一郎はひとつの否定できないことを述べた。彼はワシントンポストに、「ほとんどのアジア諸国や国際社会が懸念しているのは、日本ではない。中国だ」と書いた。韓国は別として、それは十分に正しい。しかし、安倍のナショナリズム傾向は、アジアにおける安全保障の危機を起こりうるものにする。それは三つの理由によってだ。

First, the Yasukuni visit has destroyed any possibility of détente in Tokyo’s frozen relations with Beijing and Seoul. Both Chinese president Xi Jinping and South Korean president Park Geun-hye refuse to meet Abe. Diplomatic and military contacts between Japan and China are virtually nonexistent, which is alarming in view of the ongoing dispute over a group of uninhabited islets that both nations claim.

 ひとつめは、靖国参拝によって、凍結していた東京と北京・ソウルの関係の緊張緩和の可能性が破壊されたことだ。中国の習近平国家主席も韓国の朴槿惠大統領も安倍に会うことを拒否している。日本と中国のあいだの外交的・軍事的コンタクトは事実上存在していない。このことは、両国が領土主張している無人の小島群に関する継続中の紛争から見て憂慮すべきことだ。

Second, Yasukuni and its aftermath have also badly damaged relations between Abe and the Obama administration. One informed observer says a communications gap has opened up between Washington and Tokyo more profound than that even with Beijing. U.S. officials believe they can no longer be sure of what Abe might do if tensions spike over the islets, or whether he would heed U.S. counsel in a crisis. It doesn’t help that there are virtually no officials at a high level in the White House or State Department who have experience or close relationships with Japan.

 ふたつめは、靖国とその余波もまた、安倍とオバマ政権のあいだの関係にひどい悪影響を与えたことだ。消息筋によると、ワシントンと東京のコミュニケーションの溝は、北京との溝よりももっと深く開いたという。もし小島に関する緊張が高まったら安倍はどうするのか、彼は危機が起きたときにアメリカの助言に留意するのかどうか、アメリカの官僚は もはや分からなくなっている。

The first two troubles lead to a potential third: that Chinese leaders will be moved by their animus toward Abe and their perception of a gap between him and Obama to provoke a test of strength. What if Beijing were to deploy a flotilla of fishing boats around the rocks, or land a company of soldiers on them? Would Abe seek to invoke the U.S.-Japan defense treaty? If he did, would Obama step up — or back?

 このふたつの問題は、起こりうる三つめの問題につながる。中国の指導者は安倍に対する敵意によって、そして、安倍とオバマのあいだの溝を認識することによって、力関係のテストを起こそうとするかもしれない。北京が岩礁のまわりに漁船ボートの小型艇隊を配備したり、一団の兵士を陸上させたりしたら、どうなるだろうか?安倍は日米同盟を行使しようとするだろうか?もしそうしたら、オバマは一歩進めるだろうか、それとも一歩下がるだろうか?

The president is scheduled to visit Japan in April as part of an Asia tour. Though it won’t be on the official agenda, crisis prevention will be a big part of his mission.

 大統領は4月にアジア周遊のひとつとして日本を訪問する予定だ。公式な議題とはなっていないが、危機回避は彼の大きな任務になるだろう。

 安倍総理の靖国参拝や、安倍総理が指名したNHKの経営委員の歴史修正主義的な発言への批判を、4月に予定されているオバマ大統領の訪日とからめて伝えているワシントンポスト紙に対して、ニューヨークタイムス紙の論説は、安倍政権が閣議で憲法解釈を変更しようとしていることにピンポイントで焦点を当て、厳しい批判を加えつつ、日本の最高裁これを拒むべきだとまで踏み込んで論じているのが目を引く。

War, Peace and the Law
戦争、平和、そして法

Prime Minister Shinzo Abe of Japan is getting dangerously close to altering a cornerstone of the national Constitution through his own reinterpretation rather than by formal amendment.

 日本の安倍晋三首相は、正式な手続きによってというよりも、彼自身の再解釈によって国家の憲法の基礎を変更する方向に、危険なほどに近づいていっている。

Mr. Abe wants to pass a law allowing the Japanese military to act offensively and in coordination with allies outside Japanese territory, even though it is accepted that the Constitution allows only a defensive role on Japanese territory. He has moved aggressively to bolster the military after years of cuts. And, like other nationalists, he rejects the pacifism exemplified by an article in the Constitution.

 憲法は、日本の軍隊に日本領土における防衛的役割しか認めていないが、安倍氏は、日本の領土外で同盟国とともに攻撃行為をできるようにする法律を通そうとしている。安倍氏は、削減されてきた軍事費についても積極的に引き上げ行った。さらに、ほかのナショナリスト同様に、憲法条文に示されている平和主義を拒絶する。

“The Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes,” it states. Successive governments have agreed that a constitutional amendment would be required before the Japanese could take a broader role. The civil servants of the Cabinet Legislation Bureau in the Office of the Prime Minister, which checks the constitutionality of new laws to prevent the abuse of power, have agreed with this interpretation.

 「日本国民は、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と憲法に書かれている。日本人がそれ以上の役割を担う場合には憲法改正が必要であると、歴代の政府は考えてきた。権力の濫用を防ぐために新しい法律の合憲性をチェックする機関である内閣法制局も、この解釈に同意してきた。

To help push the bureau to reverse that position, Mr. Abe broke normal procedure in August and appointed as the agency’s chief an outsider, Ichiro Komatsu, a Foreign Ministry official sympathetic to the idea of collective defense. A group of experts picked by Mr. Abe is expected to back him up when an opinion on the matter is released in April. In Parliament recently, Mr. Abe implied that the people could pass judgment on him in the next election, but that is an erroneous view of constitutionalism. He could, of course, move to amend the Constitution. That he finds the process too cumbersome or unpopular is no reason for him to defy the rule of law.

 こうした内閣法制局の立場を覆させるため、8月に安倍氏は通常の手続きを破って、外部出身の小松一郎を法制局長官に任命した。彼は外交官で、集団的自衛の考えに賛成している。4月にこの件に関する意見が発表される際には、安倍氏によって選定された専門家集団が彼を支えることになるだろう。最近の国会で、安倍氏は、次回の選挙で国民が彼に判断を下すことになると述べたが、それは立憲主義を誤解している。当然、彼は憲法を改正しようとしている。安倍氏が、改正のプロセスが面倒で人々から支持を得られないと分かったからといって、それが法の役割を否定してよい理由にはならない。

If Mr. Abe were to persist in forcing his view on the nation, the Supreme Court, which has long abstained from taking a position on the Constitution’s pacifist clause, should reject his interpretation and make clear that no leader can rewrite the Constitution by personal will.

 安倍氏が国家についての彼の考え方を強制しようとし続けるとすれば、憲法の平和主義の条文について立場を表明することを控えてきた最高裁判所が、安倍氏の解釈を拒絶し、いかなるリーダーも個人的な意志によって憲法を書き換えることができないことをはっきりとさせなければならない。

 話を事件に戻そう。

 サイモン・ヴィーゼンタール。センターの要請通り、「アンネの日記」を破った犯人探しが行われ、首尾よく犯人を検挙できたとしよう。

 もしかすると、心配性な私の懸念など大外れで、組織的な思想犯や政治犯の犯行などではなく、単なる孤独な愉快犯の度が過ぎたいたずらだった、という拍子抜けの結末になるかもしれない。今後、同様の犯行に及ぶ模倣犯も現れず、日本社会の健全さを示す展開もありえなくはない。そうなる可能性はもちろんあるし、そうであって欲しいと願っている。

 だが、そういう結末を迎えたからといって、「ユダヤ人大虐殺も、南京大虐殺もなかった」と唱える極右活動家に応援された田母神氏が、都知事選で61万票も獲得し、NPTの脱退と核武装を叫び、彼に熱烈にリスペクトされている安倍総理は、解釈の変更で憲法を変え、戦争準備にひた走っている、そういう状況に「平和的な結末」がもたらされたことにはならない。

 だれが「アンネの日記」を破ったのか、ということは突き止められなければならない。と同時に、何が「アンネの日記」を破らせたのか、という問いも、問われなくてはならないはずだ。誰かの手前、ではなく、我々自身のために、である。(取材・文:原佑介・ぎぎまき・平山茂樹、翻訳:ゆさこうこ、文責:岩上安身)

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