トップページWEB特集

WEB特集 記事一覧

  • 読み込み中

RSS

WEB特集

常識覆す成果 STAP細胞

1月31日 21時25分

中川真記者・鈴木健吾記者

理化学研究所などのグループが作製に成功した新しい万能細胞、「STAP細胞」。
いったん組織や臓器になったあとの哺乳類の細胞が、外部からの刺激だけでそれらの役割が決まる前の元の細胞に戻るという、従来の常識を覆す成果に世界中から注目が集まっています。
その具体的な仕組みやiPS細胞との違い、将来の医療への応用に向けた課題はどこにあるのか、さらに残された科学的な謎とは何か。
科学文化部の中川真記者と神戸放送局の鈴木健吾記者が解説します。

STAP細胞とは

STAP細胞は、神戸市にある理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの小保方晴子研究ユニットリーダーなどのグループが作製に成功しました。

ニュース画像

ニュース画像

生まれてまもないマウスのリンパ球を弱酸性の液体に30分ほど浸し、その後、培養したところ、さまざまな種類の細胞に変化する能力を維持する遺伝子が活性化することを突き止めました。
そしてこの細胞をマウスの体内に入れると、実際に皮膚や筋肉などのさまざまな細胞に変化する万能性が確認されたのです。
弱酸性の溶液に浸すほかにも、細胞に外から力を加えたり薬剤で細胞膜に穴を開けるなどほかの形で刺激を加えてもこうした現象が確認され、「刺激を与えることでさまざまな細胞になる能力を獲得した」ことを意味する英語の頭文字から「STAP細胞」と名付けました。

何が常識外れなのか

従来、哺乳類の細胞は、特定の組織や臓器になる「分化」を起こすとそれらの役割が決まる前の元の細胞に戻ることはないと考えられてきました。
これに対し、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授は、皮膚などの細胞の核に特定の遺伝子を入れることで、組織や臓器になる前の受精卵のような状態に戻す、「初期化」が起きることを世界で初めて示し、「iPS細胞」を作り出すことに成功しました。
今回作製されたSTAP細胞は遺伝子を入れるなどの操作をしなくても、細胞の外部からの刺激だけで初期化が起きることを初めて示した点が画期的で、海外のメディアも大きく取り上げています。

ニュース画像

iPS細胞と何が違う

このSTAP細胞、作り方のほかにもiPS細胞と異なる点があります。
研究グループによりますと、iPS細胞は作り出すのに2週間から3週間かかりますが、STAP細胞は1週間ほどでできるということです。
iPS細胞はもとになる細胞から変化できる割合が1%未満ですが、STAP細胞は7%から9%程度と高いのも特徴です。
また、iPS細胞やES細胞は胎盤を作る能力がありませんが、STAP細胞からは胎盤も作れることが確認され、より受精卵に近い状態まで初期化が進んでいると見られています。
一方、iPS細胞やES細胞は細胞分裂を続けて増殖を続ける能力「自己複製能」がありますが、STAP細胞そのものにはその能力がありません。
しかし、特殊な培養液で改めて培養を続けるとこうした能力を持つ細胞に変化することも分かりました。

成功までの道のり

世界中の注目を集めた画期的な成果ですが、ここまでの道のりは平たんではありませんでした。
小保方さんが、STAP細胞のアイデアを思いついたのは、アメリカのハーバード大学医学部に留学していた20代半ばのころでした。
マウスの神経や筋肉の細胞を細長い管に入れて通す実験をしていたところ管に入れたものとは異なる小さい細胞が出てきたのです。
詳しく調べるといわゆる万能細胞にあるOct4という遺伝子が活発に働いていました。
神経や筋肉の細胞が、細長い管の中を通る刺激で万能性を獲得するような変化をおこしたのではないかと、小保方さんは発想しました。

ニュース画像

ニュース画像

ニュース画像

しかし、外部からの刺激だけで細胞が万能性を獲得するという考えは、生物学の常識からは外れたもので、周囲からの理解もなかなか得られなかったといいます。
転機が訪れたのは、3年前、神戸の理化学研究所に移った時です。
クローン技術で世界的に知られた研究者若山照彦さんが上司となり、この発想を理解してくれました。
小保方さんは、若山さんと一緒に動物実験を進めデータをそろえてイギリスの権威ある科学雑誌「ネイチャー」に投稿しましたが「あなたは過去何百年にわたる細胞生物学の歴史を愚弄している」と厳しいコメントを受け取ったといいます。
しかし、諦めずに実験を続け、多くのデータをそろえて再びネイチャーに投稿し、今回ようやく、その研究成果が世界に認められました。

医療への応用は

期待が高まるのが、再生医療など人の病気やけがを治す医療への応用です。
そのうえで最大の焦点は、ヒトの細胞からでも同じような細胞が作り出せるどうかです。
iPS細胞などを使った研究を行っている慶応大学医学部の岡野栄之教授は「マウスとヒトでは細胞の性質も違い、マウスでうまくいってもヒトではうまくいかない実験もある。ただiPS細胞が作製されて以来、いろいろな実験技術が開発され研究がスピードアップしているので意外に近いかもしれない」と話していました。

ニュース画像

今回の研究の共同研究者で理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの副センター長を務める笹井芳樹さんは、ヒトなどでもSTAP細胞ができるよう研究を進めていることを明らかにし、「ヒトの再生医療に応用するには、成人の細胞から作る必要がある。iPS細胞のように、100歳を超えた人からも作れるよう、研究に力を入れたい」としています。
ヒトでの作製が成功すれば安全性が課題となります。
STAP細胞は外部からの刺激だけで作れることから、がんになるおそれが低いとみられていますが、医療に応用するには厳しく安全性を確認することが求められることになります。

残された謎は

今回の研究では、科学的な側面で興味深い謎も新たに浮かび上がりました。
外部からの刺激という極めて簡単な方法で万能性が獲得される点が生物学の常識を覆す画期的な成果とされていますが、その原理はまだ分かっていません。
体の中ではなぜこうした変化が起こらないのか、そのメカニズムも謎です。
また今回の研究は生まれて間もないマウスの細胞を中心に行われましたが、マウスの年齢が上がるとSTAP細胞のできる確率が下がることも確認されていて、なぜ年齢が影響を及ぼすのかといった点も研究者の関心を集めています。
STAP細胞はiPS細胞を作る方法に比べて簡単な方法でできるため、多くの研究機関が研究に取りかかると見られていて、こうした点をはじめ細胞の万能性や初期化に関する仕組みの解明が進むことが期待されています。

ニュース画像

小保方さんは、「初期化を制御する原理の解明を将来的に目指していきたい。この原理を解明することで細胞の状態を自在に操作できる技術ができるのではないか」と話しています。
世界を驚かせた今回の研究。
将来、治らなかった病気が治せるようになる医療の実現に期待が高まるとともに、生物の細胞にはまだ私たちの知らない不思議なメカニズムが備わっていることを改めて教えてくれます。