小学校の卒業文集を読んでいたら、私は将来医者になりたいと書いてありました。
「なんの医者かはまだ分からないけれど、とにかく医者になる。世界中の色々な国へ行って、そこで病気で苦しんでいる人たちを治したい。苦しみをやわらげることができたらいいな。」…こうしたことを20年近く前の私は考えていたようです。
正直なところ、そんな夢があったとはすっかり忘れていました。実際には私は医者になるべく具体的な努力をしたことはありません。でも、Clinical Psychologist(臨床心理士)を目指していたことはあります。そのあたりのお話。
将来の職業
なぜ幻覚などの症状が自分に起こっているのか知りたくて、小学生の頃から精神医学や心理学関連の本を読み始めました。理解できていたかはさておき、「知りたい」そして「可能なら、なんとかしたい」という一心だったと思います。医者になりたいと思ったのは、自分が苦しかったからなのかもしれません。
10代後半になって精神科に通い出し、他の患者さんと接する機会ができると、「精神科医になって、この人たちの力になりたい」と思いました。自分が患者なのに何を馬鹿なことを…と、その考えを打ち消していましたが。精神疾患を患いながらも自ら精神科医になる方々がいらっしゃることを、その頃は知りませんでした。考えつきもしませんでした。
将来の職業についてそれ以上考えがないまま、美大に入り、留学することになりました。
はじめての精神科入院
留学先でグラフィックデザインを学んでいるうちに、ツールとして使っていたパソコンやアプリケーションの仕組みなどに興味が出てきました。パートタイムで専門学校に通い、ICTも学び始めました。
以前の記事(「ニュージーランドが好きです」)に書いたように、留学した頃の私は統合失調症から治ったとされていて、良好な状態で安定していたと思います。でも多分、専門学校にも通い始めた頃からは長期的な軽躁状態だったのでしょう。美大の課題や試験をやりつつ、夜間や週末は専門学校の授業も受けてそちらの課題と勉強もキッチリやる…ものすごい労力と時間を費やしていました。しかもそれが苦ではなく、軽々とこなせているように感じていました。
美大を卒業した直後から様子がおかしくなり、気付いたら精神科に入院していました。細かい経緯は省きますが、自殺未遂→総合病院入院→精神病院入院、でした。NZでの精神科通いは、いきなり入院生活から始まったわけです。私にとって、はじめての精神科入院でもありました。
Clinical Psychologyへの興味
入院生活は2ヶ月弱。診断はうつ病。当初は閉鎖病棟にいたようですが(殆ど記憶にありません)、やがて半開放病棟に移り、様々な患者さんと共に生活することになりました。部屋は個室で内鍵もかけられましたが、食事室や娯楽室などは共有スペース。
自分以外の精神障害者の方々と間近で毎日接するのははじめてのことで、みんなの症状の多彩さに驚きました。本で読む症例にははまらない、本当に人それぞれの個性溢れる症状や言動や考え方。改めて自分自身も見つめて、私もまた個性を持っていて、そして自分の心が分からない、と思いました。本の中の知識ではない、人の心理というものを知りたいと強く思いました。
また、その入院中にclinical psychologistという存在もはじめて知りました。日本における臨床心理士は知っていましたが、海外ではそれに相当する資格や存在はないのだと思い込んでいて。入院中も退院後も、精神科医(psychiatrist)だけではなくclinical psychologistの方々に診ていただく機会も多かったです。
単純ですが、心理学を、特にclinical psychologyを学んでclinical psychologistになりたいと考えました。その立場から、精神的な障害で苦しんでいる方々をサポートしたい、と。
Psychology専攻
退院後、大学に入りなおしてpsychologyを学ぶことにしました。専門学校とかけもちのままでしたが、懲りずに。今にして思うとあの時の自殺未遂は、長期的な軽躁状態での過剰な勉学の反動が原因だったとも考えられます。でも当時は自分もドクターも私が双極性障害だとは思っていなくて、抗うつ剤を服用しながら、再び超多忙な勉学生活が始まりました。
専門学校でのICT専攻はある時点で終了し、NZでの最後の数年間はpsychologyに集中して過ごしました。Master(修士)取得後はさらにPh.D(博士)課程に進むつもりでいました。が、その時点で数年前と同じ経緯で入院しました。また、退院直後に起こったカンタベリー地震によるNZ全体の経済状況悪化・雇用の減少などの影響もあって、帰国することになりました。
心理臨床 ― empathyとsympathy
帰国後しばらく経って、日本で臨床心理士になれないものかと考えました。海外で心理学系の修士を取得した場合、日本国内で2年以上の有給心理臨床経験がないと、臨床心理士受験資格は得られません。そこで、勤務させてくださる心療内科を見付けて、働き始めました。
常勤の臨床心理士さんのサポートや、相談員・デイケア業務などをさせていただきました。やり甲斐のあるお仕事でみなさまに大変よくしていただきましたが、1年経たないうちに辞めました。幾つも理由はあるのですが、第一には「私には精神的に無理だ」と痛感したからです。学生の頃に臨床へ出た時にも、また、自分が患者として入院していた時にも感じたことですが。
私はクライエントにsympathizeしてしまいます。empathizeではなく。日本語でいえば前者は「同情する・共鳴する」、後者は「感情移入する・共感する」といった訳になり、違いが分かりにくい上に語弊がある気がするので、ピッタリくる英語を使います。sym-は「共に・同時に」、em-は「中に」といった意味の接頭辞なので、なんとなく違いが伝わるでしょうか。
心理臨床において、クライエントの気持ちや感情にempathizeする姿勢は重要とされています。でも、その感情に飲み込まれてはいけません。飲み込まれたらそれはempathyではなくsympathyであり、求められる姿勢ではないそうです。自分としても、他者の感情と共に自分の感情もいちいちアップダウンしていては、身が持ちません。sympathizeしないように感情をシャットダウンすることは可能ですが、そうするとempathizeできなくなるというジレンマがありました。
精神的な問題で苦しんでいる方々の一助になれたら…と思いましたが、国内外を問わず、臨床の場でそれをするのは私には無理だと思われました。気持ちが滅茶苦茶に揺らいで、自分の状態が不安定になり、病状が悪化してしまいます。
そんなわけで、臨床心理士の道は諦めました。心理カウンセラーや相談員も、同じ理由で無理だと思われます。でも、別の方法で精神疾患を患う方々の力になれないだろうか…と、まだ考えています。例えばソーシャルワーカーという形で何かしらの援助はできないかな、とか。自分の状態すらうまくコントロールできていない現状では非現実的な話かもしれませんが。
どんな形でもいいから、精神障害をもつ方々のために働きたい。この点は、諦めていません。