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* ハロー、ミスタークレイジーナイト

日時: 2014/01/03(金) 20:52:59 メンテ
名前: ハルちゃん

これを基盤として小説を書いて行こうと思いまーす

内容を簡単に言うと、ヤンデレのチトセ、カイ、ユミル、ビアンカが自分の相手
(チトセはキース、カイはカリン、ユミルはユキ、ビアンカはシロ)
を死ぬほど愛している設定で、どこかの廃校らしき場所を舞台にした、
チトセ達VSキース達の鬼ごっこです。

もちろんチトセ達が鬼で、キース達が逃げる側です。

キース達は捕まったら監禁されるなので死に物狂いで逃げてます。

なんだってそんな鬼ごっこをする羽目になったのか↓

チトセ達は、キース達に告白をしました。


ですが、キース達はそれを信じられません。

チトセ達には彼らの中で完結された絆があって、自分達は決してその中に足を踏み入れることはできないと考えてます。
もちろん友情的な意味では彼らを心から信頼してますが、恋愛感情的な意味で自分の相手が他の奴らではなく自分を選んだということが信じられません。

シロあたりはビアンカが好きすぎて自分に自信が持てないのかも。キースは彼らどうこう以前に、フウカ大好きなチトセが自分を好きなんてあり得ない何かの間違いだって思ってる。

そんなわけで、キース達はチトセ達の愛を嘘or勘違いor冗談として片付けます。


というわけで、拒否されるならまだしも信じてすらもらえなかったチトセ達はヤンデレ化します。

チトセ様の力でキース組を拉致し、真夜中の廃校に連れてきます。
そして「お前らがオレらの愛を信じてくれねーから、思い知らせてやることにした」と鬼ごっこを始めるわけです。

自分で書いておいてなんですが、何故鬼ごっこなのか意味不明ですね。

というか、廃校に拉致とかできるなら、鬼ごっことか回りくどいことしないでそのまま監禁ルートでよくないか。

キース達はここにきてようやく、状況がマジでヤバいことを自覚します。

しかしチトセ達はキース組の言葉を聞くことなく鬼ごっこスタートです。

タイムリミットは夜明けまで、それまでに捕まったらキース達は一生監禁というルール。

協力プレイはOKということで、キース達は力を合せてヤンデレチトセ達から逃げ回ります。

しかしチトセの策略により、次第に分断されていくキース達。

果たして夜明けまで逃げ通すことはできるのか!?





ちなみに、フウカはみんなをかげながら応援する助っ人です。

てか、拉致るときにフウカもいたので連れてきてしまった。的な感じです。







ゲスいチトセ君とかわいそうなキース君の話を書いていたものです。

前作でもこの設定を書いています。

基本的に前作をみていただくと分かりますが、私の書く小説は痛いです。

果てし無く痛いです。

それでもOKですか?
 
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* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.18 )
日時: 2014/01/04(土) 00:10:32 メンテ
名前: ハルちゃん


ビアンカは息を切らして、暗い廊下の真ん中で足を止めた。
既にシロは見失っている、最早追い付くことは不可能だ。

ビアンカは先程図書室で見たシロを思い出す。
キースに手を引かれ、自分から逃れたシロを。

「どうして……」

ビアンカの口から、悲痛な呟きが漏れた。


どうして。どうしてあなたは私を拒むの。
私にはあなたが必要なのに。
あなたを世界で一番必要としているのは私なのに。
どうして私は拒むのに、彼には触れることを許すの。
私はもうあなたが居ないと生きていけないのに。
私をそんな風にしておいて、どうしてあなたは私から逃げるの。
不公平じゃない。
私はあなたが居ないと駄目なんです、ならあなたも、私が居ないと駄目になるべきよ。
私にはあなたが必要で、あなたには私が必要。それが私達のあるべき姿じゃない。
それなのにどうして、どうしてあなたは私を受け入れてくれないの。
ねえどうして。
どうして――――…………


足元が覚束なくてふらふらする。
涙で視界が霞んだ。
手の中のバールが重い。シロに手が届くようにと選んだものなのに。
重い。重い。重い……


ビアンカの手からバールが滑り落ちた。

がらんがらんらんらんんんんんんんんん。

床に転がったそれは、静まり返った廊下に殊の外大きい音を反響させる。
その音にビアンカはびくりと肩を揺らして、少し思考が冷えた。


そうだ、自分は何をしている。
冷静にならなければいけない。
シロは単純だが、身体能力ではビアンカは彼に遠く及ばない。
シロを手に入れるためには、頭を使わないといけないのだ。

ビアンカは壁に背を預け、深呼吸して息を整える。
闇雲にシロを追っても追い付けないことはとうに分かっていたではないか、落ち着け。


自分に言い聞かせながら深呼吸を繰り返し、熱が引いたビアンカは携帯を取り出した。
協力を約束している彼らに、伝えなければいけないことがある。
メールの作成画面を立ち上げ、宛先にカイ・ユミルのアドレスを入れる。
先程図書室で聞いた情報を入力して、メールを送信した。

送信が終了すると、ビアンカは携帯を仕舞い、暗い廊下の向こうを睨む。
そして確かな足取りで歩み始めた。
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.19 )
日時: 2014/01/04(土) 00:15:20 メンテ
名前: ハルちゃん

キースは最初に襲われた理科室で息を整えていた。
倒れたままの棚や床に転がる椅子を見ながら汗を拭い、隅に置いておいた自分の荷物からドリンクを取り出して咽喉を潤す。

先程、図書室最奥の非常扉から外に出たキースは、非常階段で3階に駆け上がった。
そこで非常扉から校舎の中に戻り、最も近くにあったパソコン室に飛び込んだ。
引き戸を閉めると同時に、非常扉が勢いよく開け放たれる音が聞こえた。

「どこ行った!!」

チトセの怒号が響く。
キースはただ、引き戸の硝子から姿が見えないように身を屈めて息を殺していた。
戸を一枚挟んだ向こう側で、足音が遠ざかっていくのが聞こえる。
音が戻ってこないのを確かめてから、キースはそっと引き戸を開けた。
周囲に人影がないのを確認し、もう一度非常扉から外へ出る。
非常階段を使って今度は1階へと下り、この理科室まで戻ってきたのだ。


図書室ではぐれたシロは無事だろうか。
キースは連絡手段である携帯電話を取り出す。
見ると、画面にはシロに送信してもらったフウカからのメールが表示されたままだった。
それを数秒間見つめたキースはあることに気付いて、瞬間、呼吸を止める。





――彼女らは職員室に居ると言ったシロの言葉を、ビアンカは聞いていたのではないか?


ビアンカが本棚の上から降ってきたのは、シロがそれを口にした直後だった。
それがビアンカの耳に入った可能性は十分にある。
キースは慌てて、メールの作成画面を立ち上げた。
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.20 )
日時: 2014/01/04(土) 00:41:25 メンテ
名前: ハルちゃん

AM 2:24


フウカ、カリン、ユキの三人は、校庭の周囲を囲むようにして生えている桜の木に身を隠しながら、月明かりの下を走っていた。

職員室に隠れていた三人は、キースからのメールを読み即座に場所を移すことに決めた。
廊下に出ては黄瀬と緑間と鉢合わせするかもしれないので、窓から逃げることにする。
三人とも外に出たところで、職員室の引き戸が鋭い音を立てて開いた。

「カリン!」
「フウカちゃん!」

その叫びに追い立てられるように、三人は走り出した。そして今に至る。


走りながら、校庭の方に逃げてしまったのは失敗だったとフウカは思った。
校舎の中と違い、身を隠す場所の殆どない外ではこちらが圧倒的に不利だ。
単純な追いかけっこになってしまったら、自分達は彼らには敵わない。



「フウカちゃん、あれ……!」

カリンが指差した先には、校庭の隅にあるプールがあった。
このままではやがて捕まる。あそこに隠れてやり過ごすしかないだろう。
フウカはカリンとユキに頷くと、プールに向かって走った。


プールサイドの脇にはシャワーがあり、その向こう、短い階段を下りた先に更衣室がある。
フウカたちはその中に身を潜ませた。

「気付、かれないと、いいわね…」

カリンが息を切らしながら呟く。
しかし、その願いも空しく、扉の向こうから声が聞こえた。

「カーリン!ここか?」

三人は心臓が止まる思いがした。
更衣室に扉は一つしかない。フウカは咄嗟に部屋の中を見回す。
同時に、ユキは扉の鍵を閉めた。

「ユキちゃん?そんなことしたって……」
「鍵はユミルが持ってるって言ってた! 時間稼ぎくらいには……」

カリンの言葉に降旗が答えたところで、がちゃん、と扉の取っ手が動く音がした。

「あれ、エリザベスここの鍵あいてないや」
「うんうん、そうか、ユミルは全部の鍵を開けておくっていってたもんな。
 それなのに閉まっているということは、この中にカリンが居るということなんだな」

扉を一枚隔てて聞こえた会話に、カリンとユキは黙り込む。

「ねっ、二人とも」

フウカが抑えた声で二人を呼んだ。
彼が見上げているのは、天井近くにある小さな窓だ。

「ロッカーに登れば、何とか届くんじゃない?」

言うが早いか、フウカは格子状に区切られたロッカーに手を掛ける。
カリンとユキも急いでそのロッカーに駆け寄った。


その間も、ドアの取っ手はがちゃがちゃがちゃと音を立てていた。

「カリン?鍵掛けて閉じこもっても無駄だってユミルも言ってたじゃない。もう諦めて開けてよー」

がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ

「もしかして、もう少し鬼ごっこを楽しみたいのか?
 確かにおいらも楽しかったけど、もう行き止まりだからこれ以上は続けられないよ。
 ほら、出てきて。ね?」

がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ

「あひょっとしておいらが睡眠薬だけじゃなくて包丁も持ってたから怖がってるのか?
 嫌だな、おいらが本気でカリンを刺すわけないじゃないか。これはただの保険。
 カリンはどこもかしこも綺麗なんだから、傷付けるなんて勿体無いことしないよ」

がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ

「ああでも、足の腱を切っちゃえばカリンはもう何処へも行けないね。
 歩けなくなっちゃったら、おいらが全部世話するしかないよね。
 カリン、おいらが居ないと生活できなくなっちゃうね。
 それも楽しそうだなあ……」

がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ

「なんてね!
 勿論冗談だよ。本気にしちゃった?
 これ以上逃げないならカリンを傷付けたりしないよ。
 だから、ほら、鍵開けて?」

がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
「カーリン!何か言ってくれないと寂しいよ」

がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ

「カリン、何で答えてくれないんだ…」

がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ

がちゃ、



「……そんなに刺されたいの?」










嫌、喋らないで。
カリンは込み上げる吐き気と耳を塞ぎたい衝動を必死で堪えながら、ロッカーの上に立って窓に手を伸ばす。

「……大丈夫?カリン」

気遣うようなフウカとユキの視線を受けながら、質問には頷きで答える。
窓の端に手を掛け、がらりと開けた。
そのまま桟に両手を置いて、体を引き上げる。何とか腕が窓枠に乗り、外が見えた。
窓のすぐ下は地面だった。更衣室が階段を下りた場所にあるからだろう。

フウカは這い蹲るようにして外に出る。
そして体を反転させ、地面に膝をついたまま窓の中に手を伸ばした。

「届く?」
「ありがとう、フウカちゃん」

まずは近くに居たカリンから。
フウカの力を借りながら、カリンは窓まで体を引き上げて外に出る。
そしてフウカが次にユキに手を貸そうとしたところで、カリンがハッとした声を上げた。

「なんで、エリザベス……!」

フウカも驚いて振り返る。
でっぷりと白い影が遠くの角を曲がってくるのが目に入った。回り込んできたのか。

「ユキちゃん、早く!」

フウカが再度ユキに手を伸ばそうとしたとき、ユキが叫んだ。

「二人とも、逃げて下さい!」

フウカとカリンは瞠目した。

「……な、そんなこと出来るわけ……!」

「彼らは自分のターゲットしか捕まえないって言ってた。
 ユミルがここに居ないなら私は大丈夫です。
 だから早く!!」

ユキは強い眼差しで窓の向こうの二人を見上げる。
二人は一瞬だけ奥歯を噛み締めて、すぐに立ち上がった。

「無事で居てよ!」

その言葉だけを残して走り去る。
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.21 )
日時: 2014/01/04(土) 10:59:22 メンテ
名前: ハルちゃん

フウカとカリンは、東棟2階の廊下を疾走していた。
二人とも肩で息をしていて、体力は既に限界に近い。
それでも、一刻も早くカイとエリザベスから離れなければならなかったから、立ち止まるという選択肢など存在しなかった。



先刻、プールから逃げたフウカとカリンは、東棟外壁に備え付けられた非常階段を駆け上がり、2階まで来たところで非常扉から校内に戻った。
そこは図書室で、二人は立ち並ぶ本棚を盾に身を隠す。
途中、倒れている棚に驚きつつ、響きそうになる息遣いを抑えて、カイとエリザベスから距離を取る。
そして、隙を見て図書室から廊下に脱出した。


自分たちが図書室から出たことにカイとエリザベスが気付かないよう祈りながら、フウカとカリンは廊下を駆ける。

「うわっ!」

しかし、僅かに先を走っていたフウカが、何かに躓いてしまった。

「大丈夫?」

膝をついたフウカに、カリンが慌てて駆け寄る。

「平気っ。これって…」

フウカは自分が躓いたものを拾い上げる。それは金属製のバールだった。

「ビアンカちゃんが持ってたのよね」

何でこんなところに、とカリンが呟く。
同じ疑問を抱きながらフウカが立ち上がったところで、図書室の扉が勢いよく開く音がした。フウカとカリンの肩が跳ねる。

わざわざ音のした方を確認する必要などない。二人はすぐに走り出した。
自分の名前が呼ばれている気がするが、返事をする必要も立ち止まる必要もない。
二人は一心不乱に走る。
それでも、追いかけてくる足音は次第に近付いてきていた。


中央階段まで来て、先を行く笠松が上りの階段に足をかけたところで、ついにカイが動いた。
包丁がフウカとカリンの間を縫い、ドスッと鋭い音を立てて壁に突き刺さる。

「!?」
「フウカちゃんっ!」

目の前に刺さった包丁に驚いたフウカが思わず後ろに体を仰け反らせ、そのまま足をもつれさせて階段の踊り場に落ちた。
カリンは立ち止まって目を見開く。


「あちゃー、やっちゃた」

カイの声は近かった。
カリンはそこで初めて振り返り、追い詰めてくる一人と一匹に一瞬息を止める。
咄嗟に、捨てる余裕もなく持ったままだったバールを二人に投げつける。
二人が反射的に動きを止めるところまで見届けて、カリンはフウカを振り返った。


ほんの刹那、カリンとフウカの視線が交錯する。
それだけで二人のやり取りは十分だった。

既に立ち上がっていたフウカは踵を返す。
カリンは目の前の階段を見上げる。
バールが床か壁に当たった音が響き渡る。
その瞬間、カリンは階段を駆け下り、フウカは駆け上がった。

* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.22 )
日時: 2014/01/04(土) 11:15:33 メンテ
名前: ハルちゃん

AM 3:23


キースは東棟4階の最奥にある視聴覚室の一角で必死に息を殺していた。
見付かってはいけない、今自分を探しているのは、年下の恋路に迷う者などではなく青い毛並みの猛獣だ。
あの爪に捉えられたらあとは屠られるだけ。
そう思い込ませるに十分な程、キースを探す彼はどす黒い殺気を撒き散らしていた。



先程、フウカたちの居場所がバレたかもしれないとキースが彼にメールを送ったとき、すぐに場所を移す旨の返信が来た。
ところが、その後いくら待ってもフウカたちからの音沙汰はなかった。
暫くは大人しく待っていたキースだったが、10分経ち20分経ち30分経っても連絡はなく、ついに耐え切れなくなって、彼ら逃げている仲間たち全員に安否を確認するメールを一斉送信したのだ。
しかし、返信が来たのはシロだけだった。他の者たちは返信する余裕がないのか、メールに気付いてもいないのか。
ひょっとすると、もう既に……。
恐ろしいことを想像しかけて、キースは慌てて首を振った。大変な状況下には置かれているかもしれないが、全員無事に決まっている。
根拠のないことを自分に言い聞かせて、キースは改めてシロのメールを読み返す。

シロは西棟2階の3−C教室に居るということだった。キースが居る東棟1階の理科室からは、間近というわけではないがそう遠くもない。
何度かメールをやり取りして、キースとシロは合流することにした。
シロは自分が理科室に行くと言ったが、キースは却下した。年下を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
シロは渋々といった態で了承したが、危機が迫ったときすぐ分かるよう、携帯を通話状態にしておくことを提案してきた。
安否確認の返信が自分のものしか来なかったと聞いて、シロも不安を募らせているようだ。
キースはそれに同意し、通話状態の携帯を手に持って理科室を出た。

中央階段を上るまでは、キースも警戒していたのだ。
角を曲がるときは進む先をそっと窺い、廊下を歩くときも周囲を確認しながら慎重に歩んでいたから、2階に上るだけで大分時間がかかってしまった。
ところが、2階に辿り着き、シロが居る教室までもう少しだと思うと、少し気が緩んだらしい。
無用心に廊下へ出てしまい――そこに居たチトセと鉢合わせした。




突然のことにチトセも驚いたらしく、二人は一瞬、見詰め合ったまま硬直する。
先に動いたのはチトセの方で、実に嬉しそうな、腹を空かせた肉食獣が獲物を見つけたときのような笑みを浮かべた。
それを見た瞬間、キースは弾かれたように体を反転させる。
階段を駆け上がっていると、通話状態のままだった携帯からシロの声が聞こえた。

『キースさん、何かあったのですか!?』
「チト、セが……」

全力で階段を上りながらの返事だったから、息が切れてしまう。

『なっ、今どこですかっ! 助けに……』
「駄目だシロ、君は部屋を出るな!」
『……うわっ!?』
「シロ!?」
『ビアンカさまっ…』

そこで、ぶつりと通話が切れた。

「シロ?ねえっシロ!」

キースは慌てて呼びかけるが、返事はない。
チッ、と吐き捨ててキースは駆け上がっている階段の上を睨む。


そのとき、後ろのチトセが声を掛けてきた。

「――――なあ、キース」

その声の冷たさに、キースの背筋がぞわりと震える。
思わず、足は止めないまま肩越しに彼を振り返ってしまった。
そして、すぐにそのことを後悔した。


「オレと居るのに、何でほかの男の名前連呼してんだ?」


もし、殺気の大きさで人が殺せるとしたら、自分は既に息を止めているだろう。
キースは即座に前を向き、速度を速めた。
階段を三段飛ばしで駆け上がり、最上階に辿り着くと何も考えず東棟の方へ走る。
立ち止まってはいけない、捕まってはいけない。キースの頭にあるのはそれだけだった。




廊下の突き当たりにある視聴覚室まで辿り着くと、キースは矢張り何も考えずドアを開け放ち室内に飛び込む。
そしてドアを閉めたところで、初めて頭を動かした。
どこに隠れればいい?

視聴覚室には長机と椅子が並び、ドアの反対側の壁にスクリーンが下がっていた。
隠れられる場所を探してキースが左右を見回すと、入り口の横手に壁で小さく区切られた放送室があった。
放送室の扉の横には、機材が入っているらしいダンボールが積まれている。
そこまで確認したところで、背後のドアの向こうから足音が聞こえてきた。
まずい、もう時間がない。
若松は咄嗟に、放送室の外開きの扉を開き、扉と壁の間に身を滑り込ませた。
そこへ、ドアを蹴破るようにしてチトセが入ってくる。

キースからチトセの姿は見えなかったが、足音からして室内の奥へ進んでいるようだった。

「なあ、ここに居るのは分かってるんだ、隠れてないで出て来いよ」

出て来いと言われて実際に出て行く人間は居ないだろう、ましてこんな、姿が見えなくても伝わってくる程の殺気を撒き散らしている相手の前になんて。
キースは必死で息を殺しながら、恐怖と同時に腹立たしい思いを抱いていた。
何故シロと電話で話していたくらいで、これ程の殺気を向けられなければならないのか。
大体、シロと仲が良いというなら、チトセの方がよっぽど……




「あ、そっちか?」

暫くの間視聴覚室の中を歩き回っていたキースの靴の音がこちらに向かってきて、キースは思考を止めた。
扉のすぐ前で止まった音に、キースはごくりと唾を飲み込む。
しかし、チトセはそのまま放送室に入っていった。
瞬間、キースは動いた。
全体重をかけて、放送室の扉を勢いよく閉める。

「なっ!?」

チトセの驚いた声が聞こえた。
キースはすぐさま、横手に積まれていたダンボールを蹴り飛ばすようにして扉の前に置く。

「おい、お前ふざけんな!」

チトセの怒号が聞こえたが気にせず、キースは廊下へ飛び出した。


ダンボールはそこまで重くはなかったから、チトセはすぐに出て来てしまうだろう。
早く逃げなければと、キースは全速力で廊下を駆ける。
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.23 )
日時: 2014/01/04(土) 11:35:41 メンテ
名前: ハルちゃん


AM 3:39




何度か扉に体当たりをして放送室から出たチトセは、廊下を猛然と突き進んでいた。
さほど時間はかからなかったから、キースはまだそう遠くへ逃げてはいない筈だ。



チトセの視界が怒りで赤く染まっている。
ただでさえ暗い夜の廊下がさらに霞んで見えて、チトセは忌々しさに舌打ちした。
それでも、胃の底から迫り上がってくるような苛立ちは消えない。




大体、全てキースのせいなのだ。
チトセは苛々と思い返す。
同じ王族の人間に興味などなくて、フウカ以外と接点を持つつもりもなかったのに、友達になれ、世界を広げろと散々突っ掛かってきたのは若松の方で。
友達を持つようになったチトセを嬉しそうにそこに馴染ませたのもキースで。
友達という存在を思い出させたのはカイとカリンだけれど、本当の意味でそれが大切だと思わせたのはキースで。
そうやって、二人の間にあった境界線を越えてきたのはキースの方なのに。
なのに今更、チトセの方からキースに手を伸ばしたその途端に、自分を拒絶するのか。
チトセは無意識のうちに奥歯を噛み締める。




俺に求めさせたのはお前だ、キース。
だからお前には、オレに応える義務がある――――そうだろう?




鬼の形相で廊下を駆けぬけていたチトセは、中央階段の前、窓際に寄りかかっている人影に気付いて速度を緩めた。
相手の方もチトセに気付く。

「あ、ちーくんだ」
「その名前で呼ぶな、ところでキース見なかったか」

問うと、エリザベスの方が、西棟の方を指差した。
ありがとう、と短く言ってチトセはそのまま走り出そうとしたが、カイは阻むようにその手を掴む。

「何だよ」

ギロリ、と射殺すような視線をチトセは向けるが、カイは怯まない。カイの目には、普段は感じさせない威圧感があった。

「カリン、見なかった?」
「ああ?カリンか、見てない」

チトセはそう答えてカイの手を振り払おうとするが離れない。どうやら、カリンについて何かしらの情報かアドバイスを提供しない限り解放されることはなさそうだ。
こんなところで足止めされている場合ではないのに。
苛々と周囲を見回したチトセは、そこで窓の外の光景に気が付いた。

「あれじゃねえの」

言われて、カイも窓外を見下ろす。
校舎の裏側の通路を通りその先の平屋に入っていくカリンの姿が、月明かりに照らされて薄っすらと見えた。

「あ、ホントだ。ちーくんありがと」

カイはあっさり威圧感を消し、チトセの手を解放する。

「じゃあねー」
「ああ」

カイはチトセに手を振って階段を下りて行く。
チトセもそれ以上カイのことは気にせず、西棟の方へ駆けていった。
 
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.24 )
日時: 2014/01/04(土) 12:00:09 メンテ
名前: ハルちゃん

ここでちょっと質問です!


ラストはどんな感じがいいでしょうか?


バッドエンドorハッピーエンド


ご希望のエンドをコメントに書き込んで下さい。


ちなみにバッドエンドを選んだ方に質問ですが。


誰がどんなエンドがいいでしょう


今のところ


ビアンカ→自傷系

ビアンカorチトセ→束縛系

カイorビアンカ→溺愛系

チトセ→暴力系

チトセ→猟奇系

ユミル→支配系


と、こんな感じなんですけど

(暴力系は女の子相手はキツイなと思ってこうしたんですけど)

『○○君or○○ちゃんはこれがいい!』という意見があったらコメントに入れてください( ´ ▽ ` )ノ
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.25 )
日時: 2014/01/04(土) 12:49:49 メンテ
名前: みくき

どきどき、わくわくですね
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.26 )
日時: 2014/01/04(土) 13:24:37 メンテ
名前: ハルちゃん

AM 3:41


西棟3階の廊下を走っていたは、ユキは適当な教室に飛び込み急いで教卓の中に隠れた。
膝を抱えて蹲る。暗闇の中に自分の荒い息遣いだけが聞こえていた。
そこへ、しんとした空気を切り裂く金属音。

しゃきん。しゃきん。しゃきん。

その音が聞こえただけでユキは総毛だつ。
僅かな声も漏らさないようにと、膝に顔を押し付けた。
大丈夫、この教室に入ったのは見られていない筈。
音を立てなければバレない筈。
だから、発見される筈がない、のに。



しゃきん。しゃきん。しゃきん。



しゃきん。



鋏の音は降旗の隠れている教室の前で止まった。
一拍置いて、がらりとすぐ近くの引き戸が開く。
ユキの全身が凍りついた。




しかし、ユミルはそこから一歩も動かない。


「さあ、どうするユキ。そろそろ諦めてくれたかな?」

かけられた声はそれはそれは優しく慈しみに満ちて、毒のようにどろりと甘かった。
ひ、とユキの咽喉が引き攣った呻きを上げる。
それはユミルにも聞こえた筈だ。
くす、と愉しそうな笑みが漏れる。



その瞬間、ユキは弾かれたように教卓から飛び出した。
ユミルが居るのとは反対側、ベランダへと抜ける。
ユキを捕まえる絶好の機会だった筈なのに、ユミルは動かなかった。

「そう、まだ鬼ごっこを楽しみたいんだね」

笑みを含んだ声で呟いてユキを見送るだけだ。


ユキはベランダから隣の教室に飛び込み、廊下に続く引き戸を開けた上で、すぐ横のロッカーに隠れた。
これで、廊下に逃げたと勘違いをしてくれないだろうか。
神様でも仏様でも、この状況から助けてくれるなら悪魔でも構わない、ユキはただ必死に祈る。
やがて、しゃきん、という音と共に赤司が教室に入ってくる。
ユミルはふうん、と咽喉を鳴らして、教室を半ばまで来たところで立ち止まった。


「それで?」


子供の考える浅知恵を面白がるような声。
ユキの目に自然と涙が浮かんだ。
ユミルは動こうとはしない。
ただ、しゃきんと鋏を鳴らす。
それに急かされるように、ユキはロッカーを蹴り開けて廊下に逃げる。


暗い廊下を必死で駆け抜ける。

しゃきん。しゃきん。しゃきん。

鋏の音が後ろから追いかけてくる。
一定の距離を保って。




最初にユキを見つけたとき、ユミルは彼を捕まえようとはせず、ただ逃げるところを見送っていた。
そしてまた追い詰める。
けれど逃がす。追い詰める。逃がす。その繰り返し。
もうどれくらい、この鬼ごっこが続いているのかユキには分からなかった。
だた、ユキの心がぽきりと折れてしまいそうなくらいには、長い間ユミルから逃げ回っている。



愉しんでいるのだ、とユキにはすぐ分かった。
ユミルは物理的にだけでなく、精神的にもユキを追い詰めて愉しんでいる。
そうやって、ユキが諦めるのを待っているのだ。



もうやめろ、無駄な足掻きだと、ユキの中で声がする。
ユミルが飽きるのが先か、自分の体力が尽きるのが先か。
どちらにせよ、逃げ切ることは不可能だ。
同じことなら、今ここで捕まってしまった方が、これ以上の恐怖や絶望を感じずに済む。
だからもう諦めてしまえ――――もう一人のユキがそう叫ぶ。




「気が済んだかい?」

まるでユキの心中を見透かしたかのように、ユミルが声をかけた。
ユキの心臓が跳ねて、途端、足がもつれて転倒してしまう。
衝撃でポケットから携帯が落ち、からんと音を立てて床に転がった。



ユキは上体を起こす。
涙で霞んだ視界の先で、鮮やかな黄色の髪が見えた。
ゆっくりと、まるでお姫様を迎えに来た王子様のような優雅さで、ユキに歩み寄る。
ユキの目に溜まっていた涙が零れ落ちて頬を伝った。

「それとも、もう限界かな」

ユミルは柔らかい口調で語りかけてくる。
ユキはただ無意味な喘ぎを漏らす。足に力が入らず床に腰をついたまま、じりじりと後退した。
その手が床に落ちた携帯に触れて、縋り付くように握り締める。


「怖いかい?」

ユミルがユキのすぐ前で立ち止まり、その場に片膝をついた。
ユキは最早息も出来ず、見開いた目から涙をぽろぽろと零して歯をがちがちと震わせていた。
ユミルはそんなユキに、愛しさだけに満ちた視線を向けて、そっと手を差し伸べた。

「さあ、この手を取れば、その恐怖から解放されるよ」

一段と大きくユキの肩が揺れる。
ユミルはうっとりと微笑む。

「愛してあげる。僕が、他でもないこの僕が。君に愛だけを与えると約束する。
 恐怖なんて消してあげる、君の劣等感も嫉妬心も飲み込んであげる。
 そして、幸福だけを感じるようにしてあげるよ」

そして、詠うように朗らかに。ユミルは告げた。




「だから――――僕のものに、なれ」


それを聞いたとき湧き上がった感情が何だったのか、ユキには分からなかった。
ただ、恐怖を押し流す程の激情に見舞われて、瞬間、ユキは飛び上がった。
さすがのユミルも虚を突かれたような顔をしている。
ユキは即座に駆け出した。
ユミルは一瞬固まったが、すぐに追いかけてくる。

すぐ近くに中央階段があった。
ユキはそれを駆け下りる。
ユミルの靴音が追いかけてくる。

嫌だ、と思った。
もう嫌だ、もう無理だ、ユミルに追われたくない、捕まりたくない、向き合いたくもない。
助けて、誰か、誰か――…………


ユキは半ば混乱状態に陥ったまま、携帯を開く。
そして、通話履歴の一番上にあった番号に、名前を確認もせず電話を掛けた。
相手はすぐに出る。
それとほぼ同時に、ユキは叫んだ。




「たすけて……!!」






『……ユキ、さん…?』


機械を通して聞こえてきたその声は、シロのものだった。
 
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.27 )
日時: 2014/01/04(土) 13:32:31 メンテ
名前: 藍兎◆B4VbFUc6lo

小説、とっても上手ですね!
コメント場所ってありますか?あれば行きたいのですが。
面白いです、応援してます!
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.28 )
日時: 2014/01/04(土) 13:48:10 メンテ
名前: ハルちゃん

ここへきたばかりでコメント場所の作り方がわからないんですすみませんm(._.)m

コメ禁ではないのでここに書き込んで下さい!

その方が励みになりますし!




続き↓



AM 3:48


シロは西棟1階の廊下を走っていた。
先刻、キースとの通話中にビアンカに見つかってから、大分時間が経っている。
それでもシロは、ビアンカを完全に撒けていなかった。
シロの前に現れたビアンカはバールを手放していて、その分身軽になったらしい。
追いつかれることはないが、振り切ったと思っても気が付いたら近くに居る。
そんな状態がずっと続いていて、体力よりも精神的に厳しかった。




シロはビアンカを何とか引き離そうと、中央階段に向かう。
そこで、胸ポケットに入れていた携帯電話が震えた。
それがメールではなく電話だと気付き、シロは相手も確認せず通話ボタンを押す。
途端、悲痛な絶叫が耳に響いた。



『たすけて……!!』



突然のことに、シロは思わず目を見開いた。
その声の切羽詰まった様子に動揺しながら、相手の名前を呼ぶ。

「……ユキ、さん…?」

それから我に返って、どうした、と尋ねた。

『こわい、もうやだ、たすけて、ゆみるが……!』

要領を得ない言葉だったが、ユミルに追われているということは分かる。

とはいえ、シロ自身もビアンカに追われている身だ。
階段を上りながら、シロはどうすればいいか必死で考える。
とりあえずユキを落ち着かせようとしながら階段の踊り場を曲がったところで、シロは瞠目した。
階段を駆け下りてきたユキと鉢合わせしたのだ。



ユキは涙の溜まっている目を限界まで見開いている。

「し、しろ…!」

涙声がシロの名を呼んだとき、上の方からユミルが現れるのをシロは見た。
下を見下ろせば、丁度ビアンカが階段に足をかけるところだった。
シロの顔から血の気が引く。
まずい、挟まれた。




「持っててください!」

シロは咄嗟に、手の中の携帯をユキに押し付ける。
すかさず、踊り場の窓を開け放つ。
ユキの膝裏と背中に手をまわして横抱きにし、窓枠に足をかける。
そして、そのまま躊躇せず外へと飛び降りた。

「しっ……!」

ユキがシロの名前を呼びかけて、驚きに声を詰まらせる。
1階と2階の間の踊り場からとはいえ着地の衝撃はそれなりに大きく、ユキはシロにしがみ付いてそれに耐えた。



無事に校舎の外に降り立ったシロと腕の中のユキは、その体勢のまま飛び降りてきた窓を見上げた。
そして思わず硬直する。




窓のところに、ビアンカとユミルが並んでいる。
真夜中の闇の中では、いくら月明かりがあっても二人の表情までは判別できなかった。
ただ、ビアンカはじっと動かずに二人を見下ろしている。
そして、ユミルは。



「――――へぇ?」

上機嫌な響きを存分に含んだ、たった二文字のその言葉は、さほど大きな声ではなかったのに何故かとてもよく通った。
それを聞いた途端、シロとユキの背筋に怖気が走る。
押してはいけなかったボタンを押してしまったのだと、二人は頭より先に本能で理解した。




ユミルとビアンカは踵を返して窓の前から姿を消す。
さすがにあそこから飛び降りるつもりはないらしい。
硬直していたシロはハッとなって、抱えたままだったユキを地面に下ろす。

「ユキさん!逃げますよっ!」

顔面蒼白になっているユキに呼びかけると、ユキは飛び上がるようにシロを見上げて、全身を震わせながらそれでも頷いた。
そして二人は走り出す。
けれど、果たして逃げ切ることなど可能なのか、もう分からなくなっていた。


* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.29 )
日時: 2014/01/04(土) 14:05:13 メンテ
名前: ハルちゃん

コメ場所作りました

ハルちゃんのコメ場
http://bbs1.aimix-z.com/mtpt.cgi?room=rakudai&mode=view&no=3163
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.30 )
日時: 2014/01/04(土) 14:44:05 メンテ
名前: ハルちゃん

AM 4:02


シロとユキは、とにかくビアンカとユミルの目から逃れたい一心で、壁が防音になっているため廊下側に窓がない東棟3階の音楽室へと逃げ込んだ。
音楽室の出入り口は、二人が入ってきた分厚い扉と、教室の奥にある準備室へ続く小さなドアの二箇所だ。準備室には廊下に出る引き戸がある。
二つの出入り口が見える窓際で、シロとユキは床に座り込んだ。

「ありがと、ごさいます」

肩で息をしているユキに礼を言われ、シロは気にするなと笑う。それからライト付きの腕時計に目を落とした。

「日の出って何時くらいだか分かりますか?」
「えっと……今の時期だと5時半過ぎじゃない?」

ユキの返答に、まだ1時間半もあるのかとシロは顔をしかめた。



シロの腕時計を覗き込んでいたユキは、壁に背を預けて膝を抱えた。

「あの、私たち……逃げ切れると思いますか?」

俯くユキを横目で見て、シロは同じように壁に寄り掛かって答える。

「逃げ切らなきゃダメです。
 ――――こんなことしたって、ビアンカさまは幸せになれないんですから」
「……え?」

目を瞬いて疑問符を発したユキには気付かず、シロは言葉を続ける。

「ビアンカさまは従臣としての信頼と恋愛感情を勘違いしてるだけです。
 それでボクを手に入れたって、ビアンカさまは幸せにはなれないんです。
 だから絶対に、ボクは逃げ切らなきゃいけないんだ」

自分に言い聞かせるようにシロが言い切った後、ユキは口を開いた。

「あのっ、シロさん」

呼びかけられて、シロはユキに顔を向ける。
ユキは首を傾げて、頭に浮かんだ疑問をそのまま口にするような口調で問いかけた。



「シロさん自身はどうしたいんですか?」




「……へ?」

数秒置いて、シロはやっとそれだけ返す。ユキが何を言っているのか分からなかった。

「いや、さっきから『ビアンカさまは』ばっかり言ってるから。
 シロさん自身の幸せはどうなんだろうと思って」

ユキは頭をかきながら自分の言葉を説明する。
シロはきょとんとした。

「ボクの幸せって、それは、もちろん……」

ビアンカさまが幸せになることがボクの幸せだ。
躊躇いなくそう答えようとして、何故かシロは口篭った。自分でもその理由が分からず、シロは眉根を寄せる。



シロはずっと前からビアンカのことを誰より大切に思っていたし、ビアンカの幸せを願っていた。
そして、それを叶えるのは自分ではないと知っていた。だからあのときビアンカを拒んだのだし、今も逃げ切らなければならないと思っている。
ビアンカが、シロに向ける感情が恋心ではないと気付いて、ビアンカ自身が本当に好きな相手――チトセと、幸せになること。
それがシロの幸せ、の筈だ。

考えながら、シロは自分の心臓が煩く鳴っていることに気付いた
。額から冷たい汗が流れ落ちる。しかしその理由が分からない。


「ボクは……」

口から漏れた呟きは掠れていた。

「……シロさん」
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.31 )
日時: 2014/01/04(土) 14:57:36 メンテ
名前: ハルちゃん


シロの様子がおかしいことに気付いたのだろう、ユキが心配そうに顔を覗き込んでくる。
しかしシロにはユキに気遣う余裕はなかった。
頭の中に、告白を拒まれたときのビアンカの顔が浮かんでくる。
呆然として、そして酷く――……絶望した顔。
違う、あんな顔をさせたいわけではなかった、本当は、ボクは。

「ボクは……?」

シロが何かを掴みかけた、そのとき。



がたり、と音楽室の扉が揺れた。

シロは思考の海から強制的に引き戻された。
ユキと共に急いで立ち上がる。
二人の前で、取っ手ががちゃりと鳴る。

ぎぃいぃぃ。

音楽室の分厚い扉が、軋んだ音を立ててゆっくりと開かれる。
扉の隙間から廊下の暗闇を背景に、色の違う双眸がこちらを覗き込んで、にぃ、と笑った。
真っ赤な鋏を持った手が暗がりからすっと伸びてきて、扉にかかる。
そして、一気に扉を開け放った。



「――――ユキさん、逃げろ!!」

シロが叫ぶ。
その声で我に返ったユキを準備室の方へ押しやり、シロはユミルに向かって駆け出した。
彼らは自分のターゲットしか捕まえないと言っていた。ならば、ユミルは自分には手を出さない筈だ。そう考えて、ユキが逃げる時間を稼がなければとシロは赤司に向き合う。
一瞬だけ躊躇したユキは、奥歯を噛み締めてすぐに準備室へと駆け込んだ。


ユキを追うかと思われたユミルは、ただ黙って扉の前に立ったまま鋏を揺らしただけだった。
訝しげな顔をするシロに気付いたのだろう、ユミルは口だけを笑みの形に歪める。

「君が居る場所で彼を捕まえるなんて、そんな無粋な真似はしないさ」

眉をひそめるシロなど気にせず、ユミルは鋏を軽く鳴らす。

「正直に言えば、君にこの鋏を突き刺したいところなのだけれど。
 君はのビアンカ獲物だから、僕が手を出したらルール違反になってしまう」

ユミルが出した名に、シロはびくりと肩を動かした。

「ビアンカさまは……」
「ビアンカなら此処には居ない。僕とビアンカの遣り方は違うから二手に別れた」

それだけ告げると、ユミルは踵を返し再び扉に手を掛ける。

「さて、僕もユキを迎えに行こう。今度は邪魔をするなよ、霊獣」
「ま、待て!」

肩越しに向けられた殺気に呑まれかけたシロは、慌ててユミルを呼び止めた。
しかしユミルは歯牙にもかけず扉を開ける。
どうにかして足止めをしなければ。
そう思ったユミルは咄嗟に、今までずっと叫び出したかったことを声に出していた。

「何で、きみらはこんなことっ……!」

音楽室から出て行こうとしていたユミルは、ぴたりと足を止める。

「確かにボクたちはビアンカさま達を傷付けたかもしれない。それは悪かったと思ってますっ!
 でも、だからって、ここまでする必要があるんですか!?」

それは、最初の理科室でビアンカに襲われたときからずっと、シロの中に燻っていた思いだった。
あれはシロに大きな衝撃を与えたし、彼らから逃げている他の四人も、今なお恐怖に怯え苦しんでいる。
何故、ここまでされなければならないのか。
ビアンカのために逃げ切らなければならないと思う一方でシロの心中に育っていた感情が、ここで爆発した。
シロの全身から吐き出された叫びを背中にぶつけられたユミルは、ゆっくりと振り返る。
そして、その黄色の瞳が、シロを正面から射抜いた。



「ここまでしても、君達は僕達の愛を信じてはくれないんだろう」



シロは目を見開いて固まる。
自分を見据えるユミルのその顔が、告白を拒んだときのビアンカの顔に重なった。
色を無くしたシロから目を逸らし、ユミルは廊下に足を踏み出す。
小さな音を立てて扉が閉まっても、シロは暫くの間、その場から動けなかった。
 
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.32 )
日時: 2014/01/04(土) 15:45:47 メンテ
名前: ハルちゃん

AM 4:23


西棟1階の廊下を、左足を引きずるようにして駆けていたカリンは、廊下の最奥にある保健室に逃げ込んだ。
自慢の目で確認した限りではカイには見られていないはずだが、この暗闇の中では自信が持てない。
肩で息をしながら隠れる場所を探して室内を見回していると、引き戸の向こうから足音が聞こえてきて、咄嗟にいちばん奥のベッドの下に身を潜めた。
シーツが床すれすれまで下がっているので、一見しただけでは見付からない筈だ。

足を止めると、左足首がじんじんと熱を持っているのを感じた。
先程、階段の踊り場に落ちたときに軽く捻ってしまったらしい。痛みはあまりないが、全力で走ることはできない。
カイは慎重な性格だから、カリンを無理に追わず少しずつ追い詰めるようにしていた。
それが幸いして、この足でもここまで逃げて来られたのだ。
カリンはそっと、熱を訴えるそこに触れる。
そこで、がらりと引き戸を開く音が響いた。
続いて室内の灯りが点けられて、カリンはびくりと肩を揺らす。

「カリン…いないの?」

聞こえたのは大好きな、けれど今は誰よりも聞きたくないカイの声だった。
カリンは零れそうになった吐息を手で口を塞ぐことで押し留める。
足音が保健室の中に入ってきて、カリンは全神経を耳に集中させた。
カリンの体と共に視界もシーツに隠れてしまっているから、狙いを定めなければならない魔法はもう使えない。

「ここに逃げ込んだように見えたんだけど、見間違いだったか?」

がたり、と扉を開く硬い音がする。カイがロッカーの中でも捜しているのだろうか。


「ここならカリンの足も手当てできるし、丁度いいと思っんだけどな…」

溜息まじりに呟かれた言葉に、カリンは目を見開いた。
カイは、自分が足首を捻ったことに気付いていたのか。
ならば何故、強引に捕まえようとしなかった?

今のカリンは普段通りには動けない。
カイが慎重にならず単なる追いかけっこに持ち込まれていたら、カリンはとうに捕まっていただろう。
カリンの捻挫に気付いたカイにも、それくらいは分かっていた筈だ。
それなのに何故、わざわざカリンを泳がすような真似をしたのだろう。
カイの掌の上で踊らされているような感覚に、カリンの心臓が早鐘のように鳴り響く。
無意識のうちに拳を握りしめたカリンの疑問に答えるかの如く、カイは言葉を続けた。

「全く、カリンに謝らなきゃな〜。
 そのためにも、早くカリンを捕まえないといけないんだ。
 しかし、カリンに無茶をさせて怪我を悪化させないよう気を付けなきゃ」

つまり、強引に捕まえなかったのはカリンに無理をさせないためだったとでも言うのだろうか。
カリンは知らぬ内に体を震わせていた。
カリンを気遣うようなカイの台詞。
普段なら泣いて喜んだかもしれない。
けれど、今は。
得体の知れないものを感じて、カリンは胃からせりあがってくる何かを抑えようと喉元に手を置いた。


だって、カイがこんな鬼ごっこを始めていなければ、こんな事態には陥っていない筈で。
けれどカイには、その自覚がまるでないのだ。


「やはり外は危険なのだ、どこで怪我をするか分からない。
 安全な場所に閉じ込めた方がカリンのためだよ」

カイは何やらがたがたと音を出しているが、カリンには彼が何をしているのか確かめる手立てがない。
その目でカイの動向を確かめることができない今、カリンにとって情報源となるのは耳が拾う音だけだ。
だからカリンは、耳を塞いでしまいたい衝動を必死で堪えてカイの言葉を聞く。

「閉じ込めるといっても、粗末な部屋ではお姫様のカリンが可哀想だ。
 十分に過ごしやすい環境を整えてやらなきゃ。
 カリンが欲するものは全て用意するし、おいらにできることなら何でもしてあげるよ」

カリンのこめかみから冷たい汗が流れて、頬を伝って床に着いた手の上に落ちた。
しかしカリンにそれを拭う余裕はない。

「食事はおいらの膝の上に載せて手ずから食べさせてあげよう。
 着替えもおいらがしてあげるよ。
 カリンはボタンの一つも閉めなくていい、必要なことは全ておいらがやってやる。
 もちろん、カリンを傷つけるような真似は一切しないよ。
 カリンは今までおいら尽くしてくれたから、これくらい当たり前だよ。
 ……おいらがここまでするのは、カリンだけだ」

カリンは咽喉に当てていた手を下ろして、シャツの胸元を掴んだ。
何かに縋り付きたいが、目の前にあるシーツを揺らしたらカイに気付かれてしまうだろう。

「それはカリンを愛しているからだよ。
 今はそれを信じてくれていなくても、これだけ尽くせば、流石に分かってくれるだろうな。
 ねえ――……」

カイの靴音がやけに大きく響き、こちらに近付いてくる。









「そう思うだろう、カリン?」

* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.33 )
日時: 2014/01/04(土) 16:21:47 メンテ
名前: ハルちゃん

ばさり、と。
目の前のシーツが上げられて、床に膝をついたカイが覗き込んできた。

「――か、い、くん」

カリンは無意味にその名を呼ぼうとして、けれど慄いた唇はまともな音を発してくれなかった。

カイは強張ったカリンの腕を取ってベッドの下から引きずり出すと、そのままカリンを抱え上げてシーツの上に下ろす。
そして、自身はベッドの横に立ったまま、捻挫していたカリンの左足を持ち上げた。

「……カイくん……」
「ふむ、さほど酷くはなさそうだね」

カイは安堵の息を吐き、傍らに置いた救急箱の蓋を開けた。
先程がたがたと音を出していたのはこれを取り出していたのかとカリンは気付いて、すぐにそんなことはどうでもいいと思い返す。
今考えなければいけないのは、カイに何を言うかだ。
カリンは恭しい手付きで足首に包帯を巻いているカイを見て、溢れそうになった涙をこらえるように一度目を閉じてから、意を決して口を開いた。


「カイくっ…、カイ」

あえて呼び捨てで呼べば、その声に籠められた直向きさに気付いたのか、カイは顔を上げてカリンと目を合わせる。
その視線を逸らさないよう拳に力を込めながら、カリンはカイに告げた。

「ねえ、私、今でも、カイくんに会えて、仲良くなれてよかったって本気で思ってるわよ」

それは偽らざるカリンの本音だった。

「カイくんのこと、友達として、好きなの」

その言葉にも嘘はない。ただ、友達として「だけ」の好意ではないと、伝えていないだけで。

「カイくんとする勉強が好き。
 カイくんの親友になれたことを誇りに思ってる。
 勉強以外でも、クラスでもいつもニコイチ扱いでね。
 休みの日だって都合が合えば一緒に出掛けて……
 そういうの、すごく楽しいし、カイくんとの時間は本当に大切だったの」

話しているうちに、先程はこらえた涙がカリンの目に溢れてきた。

「ねえ、そういう関係じゃ駄目なの?
 カイくんは私の一番の親友で、カイくんにとっての私もそう。それじゃ駄目?」

親友。そう名付けられていた今までの関係で高尾は満足していたのだ。
だって、それ以上近付いてしまったら、嫌でも思い知らされることになる。自分は結局、彼らの絆には叶わないと。
だからカリンは、涙声でカイに懇願した。

「わたしはこれからもずっと、かいくんとそういう関係でいたいよ」


請われたカイは口を閉ざしたまま、治療を終えたカリンの足から手を離し、用が済んだ救急箱を床に置いた。
そしてカリンに向き直る。

「……ずっと、か」

カイはぽつりと呟いて、カリンに手を伸ばした。
避けるべきか分からず、カリンはじっとその手を見つめる。
カイは、目を細めた。

「ずっと友達、か」

それは、カリンが今までに聞いたことがない声色だった。
暗く深く、底なし沼に落ちていくような声。
その暗さに、カリンの思考が一瞬止まる。気が付いたときには、伸ばされたカイの手に押され、ベッドに倒されていた。
目を見開いたカリンの上に、カイが覆い被さる。
ギシ、と二人分の体重を受けたベッドが抗議するように軋んだ。


「カリンは残酷だな」

カイの手がさらりとカリンの若緑色の髪を梳く。

「おいらはこんなにもカリンに触れたいのに」

つ、と指がカリンの頬をなぞる。

「カリンはずっと、おいらにそれを許さないつもりなのか」

逆光で、カリンにはカイの表情がよく見えない。
カリンが何も答えられないまま呆然とカイを見上げていると、カイがふ、と吐息をもらして笑った。そして、
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.34 )
日時: 2014/01/04(土) 16:23:29 メンテ
名前: ハルちゃん

「もう、いいよ」

カイは制服のポケットから、シンプルなデザインの小さなピルケースを取り出す。

「やっぱり、付録って使えるよね」

その言葉で、カリンはケースの中身が分かった。
今月の付録は、睡眠薬だ。

「……かいくん」

カリンの口から零れた声は弱々しく、まるでカイに縋り付くように響いた。
カイはピルケースの蓋を開け、中から錠剤を取り出す。
そして、再びカリンの髪を優しく撫でた。

「これで、カリンはおいらのものだよ」

髪に触れていたカイの手が下に降りて、カリンの顎に掛かる。

「カイくん、やめて」

カリンはカイの手を外そうと腕を動かす。
そんなカリンの耳に、カイに囁きかける。

「愛しているよ、カリン」

どろり、と。
先程感じた底なし沼の暗さと、砂糖菓子のような甘ったるさが混じり合った。
それだけで、カリンの腕はシーツの上に落ちてしまう。
その目に溜まっていた涙が溢れて頬を伝った。


カイは錠剤を口にくわえて、カリンの顎に掛けているのと逆の手で涙を流す目をそっと覆った。
視界を閉ざされたカリンの唇に、柔らかい何かが優しく触れる。
それがカイの唇だと分かったのと同時に、錠剤が口の中に差し込まれた。
吐き出そうにも、カイの舌が邪魔をする。
カイから口付けを受けているという事実が、カリンから更に抵抗心を奪う。
結局、カリンは錠剤を嚥下するしかなかった。
こくん、とカリンの咽喉が鳴って、カイはカリンから手を放す。
目を覆っていた掌が離れるが、カリンの視界はぼんやりと霞んで何も見えないままだった。
意識が急速に遠のいていく。瞼を開けていられない。

「カリン」

カイの、その呼びかけを最後に。
カリンの意識は暗転した。
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.35 )
日時: 2014/01/04(土) 17:55:50 メンテ
名前: ハルちゃん

バッドエンド

【チトセとキース】


AM 4:37


キースは西棟3階の廊下を無我夢中で駆け抜けていた。
二人分の足音が薄暗い廊下に響く。
キースは背後を振り返らない。
それでも、青い獣が今にも自分に爪を立てそうなところまで迫っているのは分かっていた。

「いい加減っ……、諦めろよっ」

獣が咆える。
できるか、と声には出さず答え、キースはひた走る。
自分を追う足音が、距離を詰めてきているのが分かる。
けれどキースにはもう、これ以上足を速める体力は残されていなかった。

「……お前はっ……」

先程よりも幾分か弱々しいその声は、殆ど耳元で聞こえた。
キースはぞわりと背筋を震わせる。
その背に、痛みを含んだ咆哮が叩き付けられた。




「そんなに、オレのことが嫌いなのか!!」




違う!
無意識に叫びそうになったキースの足が緩む。
しかしその途端チトセの腕が伸びてきて、恐怖を呼び起こされたキースは半ば反射的にその手を振り払っていた。
一瞬視界の隅に、チトセの傷付いた顔がやけにくっきりと映った。
キースは奥歯を噛み締め即座に体を反転させる。
袖を掠めたチトセの腕を振り切るように、たまたま引き戸が開いていたすぐ横の教室に飛び込み、すかさず戸を閉めた。
ほぼ同時に、激しい音を立てて戸が打ち震える。

「開けろ!」

引き戸が外れそうな勢いで揺さ振られる。
これが開かれれば終わりだ。
キースは全身を使って、二枚の引き戸を必死で押さえていた。
しかしこれでは、入り口から離れて逃げることもできない。
激しく揺れる戸を抑え込みながら、キースは何とかその鍵を閉めようとした。
その瞬間。




ガシャン!!


ガラスの割れる音が辺りに響き渡る。
キースは呆然と、突如目の前に現れた真白い腕を見つめた。
引き戸のガラス部分がその拳に叩き割られた。
言葉にすればただそれだけのことだが、キースは何が起きたのか理解できず愕然とする。
硬直したキースに、獣の腕が伸びる。
割れたガラスの向こう、青い双眸がこちらを射殺すかの如く睨んでいる。


「――――!!」


キースは色を失い、飛び跳ねるように戸から離れた。
押さえるものをなくした引き戸が、がらりと妙に静かな音を立てて開かれる。
キースは震える足を叱咤してベランダへと走る。
しかし、獣の牙がその背に立てられる方が早かった。




「ぐ、ぁっ……」

力任せに引き寄せられ、床へと押し倒される。
後頭部を打ち付け痛みに呻いたキースに、チトセが馬乗りになる。
キースが何か反応するより早く、チトセの両手がキースの首にかかった。
容赦なく力が籠められ咽喉を圧迫される。
キースはチトセの腕に手をかけて何とか外そうとするが、ぴくりとも動かない。

「っが……」

更に強い力で咽喉を潰され、キースは苦しげな息を吐いた。
身を捩ることもできず、足をばたつかせて抵抗しても全くの無意味だった。
息苦しさと痛みで目に涙が浮かぶ。
酸素が足りず思考を保っていられない。

「何で」

キースの首を絞めながら、チトセは喚いた。

「何で今更、俺を拒むんだっ……!」

黒く霞んでいく キースの視界で、チトセの顔が歪んでいる。
バカ、とキースは心中で吐き捨てた。
今更、はこちらの台詞だ。
今までキースのことなど眼中になかったくせに、キースの言葉に耳を貸すことなど一度もなかったくせに、何を今更。
そして、苦しくて泣きたいのもこちらの方だというのに。
どうして、君が泣くんだ。


チトセの腕に力なくかかったキースの手が、ぬるりと何かに触れる。
それはチトセの拳から流れた血だとすぐ分かった。
素手でガラスを割っておいて無傷で済む筈がない。
本当に、バカなやつ。
黒く塗り潰されていく意識の中で、キースは呆れたようにそう思う。


「ああ、でも、もういいや。
 お前がどんなに嫌がって抵抗しても、もうお前は俺のものだもんな」

チトセは手を緩めないまま、泣き笑いの表情を浮かべた。

「なあ、キース」

縛り付けるような、縋り付くようなチトセの声がキースを呼ぶ。
しかしキースは、拒むことも応えることもできないまま。
常闇の底に堕ちていくように、意識を手放した。
 
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.36 )
日時: 2014/01/04(土) 19:46:33 メンテ
名前: 夕顔

すごく面白いです!
続き期待しています❗️
チトセとキースの話はびっくりしましたけどドンドン世界に引き込まれて行きました‼︎
* Re: ハロー、ミスタークレイジーナイト ( No.37 )
日時: 2014/01/04(土) 21:29:14 メンテ
名前: ハルちゃん

AM 4:55


シロの助けで音楽室から逃れたユキは、そのまま東棟2階の美術室に駆け込み、ずっとそこに隠れていた。
壁際の棚に並んだ胸像がユキを見下ろしている。
それが酷く不気味だったが、別の教室に行くために廊下に出るなど恐ろしくてとてもできない。
辺りはしんと静まり返っていて、ユキの息遣い以外何も聞こえなかった。
ほんの少しでも音を出すのが怖くて、携帯に触れることすらできない。
他の皆はどうしているだろう。
自分を守ってくれたシロは無事だろうか。それが気になって仕方がなかったが、事実を知ってしまうのが恐ろしい気もした。



そのまま、どれだけ時間が経ったのだろう。
廊下から聞こえてきた、コツ、コツという靴音に、ユキはハッとなって顔を上げた。
もしあの音の主がゆみなら。
降旗は震える体を押さえ付けるように拳を握り締める。
あれが赤司なら、今から逃げ出したところで無駄だ。
それは先刻追い回された経験から十二分に分かっていた。
降旗は深く息を吐き出して、握り締めた手の中を見る。
そこには、美術室で見つけた彫刻刀が収まっていた。


やがて、がらり、と美術室の引き戸が開かれる。

「やあ、ユキ。覚悟は決めてくれたかな」

ユキはこの部屋に居ると、確信しているユミルの声。
これ以上隠れていても意味はない。
奥歯を噛み締めて、ユキは身を潜めていた机の陰から立ち上がった。
その姿を見たユミルは、目を細めて笑う。

「出てきてくれて嬉しいよ」

両手を軽く広げ、にこやかにユキに語りかけた。
その片手には、真っ赤な鋏が収まっている。
ユキは答えず、小刻みに震える腕を持ち上げて、ユミルに彫刻刀の切っ先を向けた。
それを見ても、ユミルは笑みを崩さない。
弧を描くその唇からくすりと息が零れて、ユキの肩がびくりと跳ねた。
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