反応がうまくいかない時は、基質や試薬をきちんと精製し、溶媒を蒸留して再チャレンジ……というのが化学者の常識です。ところが、精製して邪魔な不純物を除くと、うまくいかなくなることも世の中にはあるようです。
有機化学の歴史をたどってみると、不純物が呼んだ発見や混乱は相当数あるものです。有名なZiegler-Natta触媒は、フラスコに残存した試薬をきっかけとした発見でしたし、野崎-檜山-岸反応(NHK反応)は、試薬メーカーや製造ロットによって収率がばらつくことから、詳しい反応機構が判明したといういきさつがありました。
また2009年には、鉄触媒で進行すると報告されていた反応が、実は試薬に含まれる微量不純物の銅が真の触媒であったというケースもありました(記事)。このあたりのことは、たとえば「化学と工業」2013年1月号などに記事としてまとめたことがあるので、手に入る方はご覧下さい。
そして最近、またこうした不純物が反応に影響したケースが報告されました。R. Kadyrovらによって、ChemCatChem誌に投稿された、「How Important are Impurities in Catalysis? An Example from Ring-Closing Metathesis」と題する論文がそれです。
この論文で著者らは、ルテニウムアレーン錯体を用いて、ジアリルマロン酸ジエチルの分子内オレフィンメタセシスによる環化を試みました。すると、目的とする化合物Aの他、環化異性化反応によって生成した化合物Bも得られてきたのです。

この再現性を調べるべく、各メーカーの試薬及び、自前で生成したジアリルマロン酸ジエチルを用いて反応を行ったところ、純度98.8%のABCR社のものでは目的物Aが収率97%、副生物Bは1%であったのに、純度99.3%のAldrich社製の試薬では、Aが29%でBが4%、自前で生成した純度99.99%のジアリルマロン酸ジエチルを用いたケースでは、目的のAが28%、副生成物のBが58%というまるで違う結果が得られ、純粋な基質を用いた場合にむしろ結果が悪くなっています。
著者らは、基質に含まれる不純物に、何か好影響を与える化合物が含まれていると考え、全ての基質を分析してみたところ、マロン酸ジエチル、ジイソペンチルエーテル、6-ブロモヘキセンなど23種の不純物が検出されました。1-ブロモ-1-フェニルプロパンなど、何でこれが入っているんだろうと思うようなものも少なくありません。
それらの不純物をひとつひとつ精査した結果、犯人はどうやら1,2-ジブロモシクロヘキサンらしいということがわかりました。先ほど成績の悪かった純度99.99%の原料に、1,2-ジブロモシクロヘキサンを1%添加して反応を行ったところ、目的の化合物Aの収率が87%に跳ね上がり、化合物Bは3%に抑えられました。添加量をこれより増やしても減らしても、目的物の収率は低下します。

1,2-ジブロモシクロヘキサン
そしてこの他の臭化物、たとえば1,2-ジブロモエタン、2-ブロモスチレン、(2-ブロモエチル)ベンゼンなどを添加しても、同じように収率が改善されることがわかりました。これらがどういう影響を与えているか、詳しいメカニズムまではわかっていませんが、中間体からAとBに分岐するところに作用しているのだろう、という推測がなされています。
今までこうしたケースでは、遷移金属の不純物が影響していたケースが大半でしたが、このように有機化合物が顕著な影響を与えているのは珍しいように思います。反応の再現性がとれなくて悩むことはしばしばですが、こうしたケースもあることは頭に入れていてよいように思います。
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有機化学の歴史をたどってみると、不純物が呼んだ発見や混乱は相当数あるものです。有名なZiegler-Natta触媒は、フラスコに残存した試薬をきっかけとした発見でしたし、野崎-檜山-岸反応(NHK反応)は、試薬メーカーや製造ロットによって収率がばらつくことから、詳しい反応機構が判明したといういきさつがありました。
また2009年には、鉄触媒で進行すると報告されていた反応が、実は試薬に含まれる微量不純物の銅が真の触媒であったというケースもありました(記事)。このあたりのことは、たとえば「化学と工業」2013年1月号などに記事としてまとめたことがあるので、手に入る方はご覧下さい。
そして最近、またこうした不純物が反応に影響したケースが報告されました。R. Kadyrovらによって、ChemCatChem誌に投稿された、「How Important are Impurities in Catalysis? An Example from Ring-Closing Metathesis」と題する論文がそれです。
この論文で著者らは、ルテニウムアレーン錯体を用いて、ジアリルマロン酸ジエチルの分子内オレフィンメタセシスによる環化を試みました。すると、目的とする化合物Aの他、環化異性化反応によって生成した化合物Bも得られてきたのです。
この再現性を調べるべく、各メーカーの試薬及び、自前で生成したジアリルマロン酸ジエチルを用いて反応を行ったところ、純度98.8%のABCR社のものでは目的物Aが収率97%、副生物Bは1%であったのに、純度99.3%のAldrich社製の試薬では、Aが29%でBが4%、自前で生成した純度99.99%のジアリルマロン酸ジエチルを用いたケースでは、目的のAが28%、副生成物のBが58%というまるで違う結果が得られ、純粋な基質を用いた場合にむしろ結果が悪くなっています。
著者らは、基質に含まれる不純物に、何か好影響を与える化合物が含まれていると考え、全ての基質を分析してみたところ、マロン酸ジエチル、ジイソペンチルエーテル、6-ブロモヘキセンなど23種の不純物が検出されました。1-ブロモ-1-フェニルプロパンなど、何でこれが入っているんだろうと思うようなものも少なくありません。
それらの不純物をひとつひとつ精査した結果、犯人はどうやら1,2-ジブロモシクロヘキサンらしいということがわかりました。先ほど成績の悪かった純度99.99%の原料に、1,2-ジブロモシクロヘキサンを1%添加して反応を行ったところ、目的の化合物Aの収率が87%に跳ね上がり、化合物Bは3%に抑えられました。添加量をこれより増やしても減らしても、目的物の収率は低下します。
1,2-ジブロモシクロヘキサン
そしてこの他の臭化物、たとえば1,2-ジブロモエタン、2-ブロモスチレン、(2-ブロモエチル)ベンゼンなどを添加しても、同じように収率が改善されることがわかりました。これらがどういう影響を与えているか、詳しいメカニズムまではわかっていませんが、中間体からAとBに分岐するところに作用しているのだろう、という推測がなされています。
今までこうしたケースでは、遷移金属の不純物が影響していたケースが大半でしたが、このように有機化合物が顕著な影響を与えているのは珍しいように思います。反応の再現性がとれなくて悩むことはしばしばですが、こうしたケースもあることは頭に入れていてよいように思います。