まず、オリンピックを見て感動したのが生まれて初めてだった。
これは自分の年齢などの要因もあるかもしれない。
そういう意味では新鮮だった。
それだけに真剣に見たし、思うことがあったので取り留めもなく書いておこうと思う。
まず、この記事を書こうと思った背景として為末大氏・著『諦める力』を読んだことが影響していることにも触れておきたい。
この本には、当事者だったからこそリアルに語れる”アスリートという生き方”の難しさが詳しく記されている。
その中で一番俺の心に残ったのは”日本人独自の精神性”についてだ。
為末氏はアメリカ在住歴があることから自らの観点を”欧米と日本の中間くらい”と評している。
書籍なのでオブラートにこそ包まれているが、そこから読み取れる感情は激しいものだった。
「染みったれた島国根性なんか引きずってないで効率的に適材適所でベストを尽くそうぜ!」
彼の考え方は日本古来の考え方と相容れない部分もあるが、俺はほぼ賛同できる。
これは俺があくまでそう思うだけで日本の伝統が一元的に悪いということではない。
ただ、才能を活かすという観点からすると日本は後進国だと思う。(敢えて差別的な言葉を使いたい)
可能性は活かすべきで、殺すことは罪だと思う。
話は少しずれるがこれは堀江貴文・著『ゼロ』にも同じようなことが書かれている。
前置きが長くなったが俺が書きたかったのは以下の3つだ。
③ 感動の消費
まず①。
メダルを取る可能性のある日本選手へ。(1)メダルは噛むな。品がない上に、メダルを屈辱することになる。(2)国歌君が代は聴くのではなく歌え。国歌も歌えないのは国際人として恥ずかしい。また、日本には国歌斉唱時に胸に手を当てる文化はない。直立不動で歌うこと。
彼自身にそういう意見があるのは一向にかまわない。
俺としてはどっちでもいい。
ただ、この発言を受けてかどうかは分からないが、日本人メダリストはメダルを噛まなかった。
そこに俺はすごくガッカリした。
申し訳ない話だが浅田真央選手の演技ですべてのメダリストが霞んでしまったのは多くの人が認めるところだと思う。
記者に「噛むなって言われたんでしょ?」と聞かれ
「だから噛んだら目立つでしょ!」
目立って、注目されて、存在を知ってもらう絶好のチャンスだとなぜ思えないのか。
「噛んだらお世話になった人たちに悪いかな?」
「みんな噛んでないし」
「噛まなければとりあえず怒られないだろう」
その気持ちは分かるけど、メダリストが取ったメダルは誰が何と言おうとメダリストのものだ。
そこは自由であるべきだし、価値観を一元化してそれに従う意味も無い。
「メダルを噛んだくらいで非難するような低俗なスポーツファンは日本にはいません」
くらいは言ってほしい。そしてそれがしっかりとフィーチャーしてもらえるのはオリンピックしか無い。
もしそれを「目立ちたがり屋の…」などと報道するテレビ局があったら
「あなたたちだって数字欲しさにこの映像を流すんでしょ(笑)」と返してほしい。
現在の日本ではそれがジョークとして受け入れられないかもしれないけれど。
そして②。
俺はイエスとも言いたいしノーとも言いたい。
女子フィギュアの浅田真央選手にしても、スキー板の交換の件に関しても涙無くしては見れなかった。
本当に素晴らしかった。
そこには順位というヒエラルキーから逸脱した、純粋さが宿っていた…
でも、少し考えてみてほしい。
素晴らしい演技こそしたがそれは叶わなかった。
結果から見れば惨敗だ。
”メダル以上に価値がある”という言葉をよく目にしたが果たして本当にそうだろうか?
浅田真央選手本人がそう言うならともかく、外野が言っていいことなのか?
4年間死に物狂いで練習してきた結果を良きにせよ悪しきにせよ勝手な価値観でもって一般化するのはどうなのか?
”結果はいまいちだったけど頑張ったし良い演技ができた”
これが客観的な事実であって、SPの失敗からのFPでの演技で感情を抑えきれず本当に泣けたのはやっぱり浅田真央選手本人のみだったのではないかと思う。
彼女の他にも会心の演技をした選手はいるはずだ。でも彼女たちは泣かなかった。
何故か?
「あの浅田真央が」という視点を否定するつもりはないし、スポーツの楽しみ方は人それぞれだけど
その視点の奥底には”終わりよければすべてよし。感動的に終わりたい。”という視聴者の一方的な願望が多分に含まれているのではないかとも思う。
そして③。
こんなことを書きながらも俺は浅田真央選手の演技を思い返して涙ぐんでいる。
それももしかしたらマスコミの作ったストーリーに乗せられているのかもしれない。
感動は消費される。来年の今頃は浅田真央選手の演技を見ても、高橋大輔選手の演技を見ても泣かないと思う。
オリンピック関連の報道で少し気になったのが、オリンピック関連のニュースをすごくトピックスの一個としてしか扱っていない局が多かったこと。
「さぁ次はお天気です」とドライに切り替わっていった。
もちろんそういう報道もアリだと思う。
でも俺はテレビを見ながらこう思った。
「もっとオリンピックのことをやってよ。他局では聞けないことを教えてよ」
視聴率が取りたいなら
「今日はオリンピックのニュース以外やりません。その代わりめちゃくちゃ濃いです」
という番組をする局があってもいい。
差別化を図れるチャンスがあるのに飛び込まない。
NHKならともかく民放はそれをやっても良かったんじゃないのかな。
スポンサー関係で難しいのは承知のうえだけど、あまりにもドライな気がした。
とにかくオリンピックは良かった。
一流の人間が集まるとやはり凄い。