本人が知らないうちに捜査当局が電話の会話を聞いている。その内容が裁判の証拠にもなる。これが通信傍受だ。

 裁判所の令状が必要だが、逮捕や捜索とは異なり、本人に事前に示されることはない。

 憲法が保障する通信の秘密やプライバシーとの関係で深刻な問題をはらむ捜査手法である。

 乱用のおそれは強いものの、今すでに限定的に認められている。1999年に反対の声が渦巻くなかで法制化された。

 この通信傍受をさらに大幅に拡大する案が、捜査や公判を改革する法制審議会の特別部会で議論されている。

 現行制度で認められている対象は、薬物、銃器にかかわる犯罪、集団密航、組織的殺人の4種類にとどめられている。

 だが法務省案は、その対象を窃盗、詐欺、恐喝などの一般的な犯罪に拡大するという。

 あまりにも広すぎないか。

 当局が強調するのは、振り込め詐欺など特殊詐欺や、集団窃盗への対応だ。現金を受け取る末端の共犯者を捕まえても、首謀者にたどりつくのが難しい。グループ間の通信をつかめば捜査に役立つとしている。

 しかし、新しく加えるという窃盗だけでも、犯罪全体の半分を占めるほど対象は広い。極めて慎重にあたるべき捜査の対象が無制限に広がりかねない。

 電話の会話、メールといった個人の領域に踏み込む権限は、当局の思惑次第でいかようにも利用される可能性がぬぐえない。それが通信傍受の本質的な問題だ。

 これまで傍受は通信会社で行われ、社員が立ち会ってきた。法務省案では、対象となる通信を暗号化して警察施設に送信させるという。

 捜査機関はもはや通信会社に出向くことなく、立会人もなしに傍受ができることになる。

 これまで立会人の役割は形式的なものに過ぎなかったとの指摘もあるが、傍受の現場での第三者の存在には何らかの歯止め効果があったはずだ。

 傍受を広げる議論の前に、まず傍受が適切に行われているかを第三者機関がチェックするしくみを検討すべきだ。

 現行制度では、傍受の状況を国会に報告する義務があるが、内容は件数程度にとどまる。捜査に無関係な会話を記録していないか、別件の捜査に用いられていないか、といった検証の目にさらされていない。

 乱用を防ぐ手立てをとったうえで拡大の可否を考えるのが、市民社会の自由と人権を守るうえで取るべき順序であろう。