海界うなさか の楽園




【04】


 その声こそが泣きそうに聞こえて、思わずノヴィアを見上げると、周囲の気配が揺れた。船員達の動揺がさざ波のように広がっていく。泣き顔を見られたくなくて顔を隠そうとしたが、それよりも早くノヴィアの手によって胸に顔を埋められる。

 少し乱暴な、焦りを帯びた仕草が可笑しかった。

「てめぇら持ち場に戻れ! 手が空いてる奴は戦利品の整理しとけよ! 散れ、働け! 解散!」

 ノヴィアの怒声に船員達が散っていく。あっという間に二人きりになったが、ノヴィアは暫く俺を抱き締めてくれていた。

 俺の呼吸が落ち着くのを待ってから案内されたのは、豪奢な部屋だった。

「ここは……?」

「俺の部屋だ。船長室。いいだろ?」

 そこはノヴィアらしい、豪奢で豪快な部屋だった。悪趣味に近いが、色が金とボルドーで統一されていたのが救いと言うべきか。らしさ(丶丶丶)に呆れつつ進み、二間続きらしい奥の扉に案内される。そこにあるやはり豪奢な寝台が視界が入った瞬間、俺は咄嗟にノヴィアと距離を取った。

 唐突な行動に面食らったらしく、俺の肩に添えられていた手がそのまま残っている。

「何で逃げる」

「貴様、何を考えている」

「なにって、男なら当然考えること?」

 しれっと返された言葉に侮蔑の視線を投げると、苦笑された。

「どうしてそう、野良猫みたいに毛ぇ逆立てるかなぁ。まだ怒ってんのか?」

「誰が野良猫か! 俺は謝罪を受け入れた。納得がいったものをネチネチと引きずるほど愚かではないッ」

「じゃ、なんで離れる」

「貴様の軽薄さは火を見るより明らかだろう。必然の警戒だ」

「そう身構えられると、期待に応えたくなるよな」

「なっ」

 ギシリと床を軋ませて、ノヴィアが俺に近づく。

 室内は狭くはないが先ほどの居間と違って家具が少なく、簡単に追いつめられてしまった。

 壁に背を預けて、じっとノヴィアを見据える。

 逃げ道を探ろうと視線を滑らせるが、扉はノヴィアの真後ろ、右はベッド、左は壁――と逃げ場がない。

「あ、いいなぁ。その困ったような、焦ってるような顔。追いつめてるーって感じでぞくぞくする」

「の、ノヴィア。俺は――んッ」

 時間稼ぎを口にしようとした唇を、指先で押さえられる。人差し指の腹が膨らみを確かめるように唇をなぞり、中指で顎をくいと持ち上げられた。

「お前は俺のものだろう、青雨?」

「……それ、は」

「この服はどうした?」

 留め具が数個飛んで服がはだけ、露わになっている胸元をノヴィアが視線でなぞる。

「何でもない。俺が海に身を捧げる前に、不埒な考えを起こした愚か者がいただけだ」 

「ちゃんと逃げられたのか?」

「当然だ。壺で頭をぶん殴ってやった。トドメは貴様だけどな」

 俺の言葉を理解しかねたようにノヴィアは軽く眉尻を上げたが、それを追求するつもりはないらしく視線を俺の目に戻した。

「俺は海賊だ。欲しいものは相手の意志など関係なく奪うが……お前は自ら選んでこの船に乗ったんだ。今更、逃げられると思うなよ?」

「ノヴィ……ッ、んッ」

 少しかさついた熱を押し付けられて、舌先が唇を舐める。擽ったさに顔を振ると、それを追いかけるようにノヴィアの薄い唇が、俺の唇を何度も音をたてて啄んだ。

「ふ……ん、んっ」

 なんとももどかしい動きに、かえって俺の身体が煽られる。思わず引き寄せるように服を掴んでしまい、ノヴィアが喉奥で笑った。カッと頬に羞恥が走る。

「は、離せ……っ」

「誘っておいて、そりゃないだろ?」

 後頭部を掴まれて、深く重ねられる。

 反射できつく閉じてしまった唇を強引に割り開いて、ノヴィアの熱い舌が口内に滑り込んできた。

 奥に逃げた俺の舌をつついては、上顎や歯列を擽る。

 息苦しさと舌の熱さに朦朧としたところで食いつかれるように深く貪られて、舌を引きずり出された。

「ぁふっ、……ンぅ」

 舌で舌を絡め取られ、きつく吸われる。掬うように舌を動かされると唾液が混ざる水音がして、身体が震えた。

 瞼に視線を感じて微かに瞼を持ち上げると、情欲に濡れた緋眼とぶつかる。

 ごくり、とノヴィアの喉が鳴った。

「――たまんねぇな、その瞳(め)」

「え?」

 言葉を理解する前に、再び唇を奪われる。

 俺の服を、ノヴィアはまるで卵の殻でも剥くような手際のよさで取り去った。

 熱い掌が素肌をなぞり、内に眠っていた衝動を揺り起こす。晒け出された性器を指先でなぞられて、俺はようやく自分がすでに全裸なのだと気がついた。

「あ、っ、そんなっ……ノヴィ、ァっ」

 戸惑いに理性を引き戻され、慌ててノヴィアの胸に手をついたが、その手を取られ、押さえつけるようにベッドに倒された。反動に浮いた足から、足首に絡まっていたズボンを引き抜かれる。

「やっ――」

「やじゃねぇって。すぐに気持ちよくしてやるよ」

 ノヴィアが跨るように覆い被さってくると、二人分の体重を一気にかけられたベッドがギシリと抗議の声を上げた。

「の、ノヴィア」

 見上げると、いつの間にか外套を脱ぎ捨てており、シャツとズボンだけになっている。大きく開いた襟元から覗く鎖骨や厚い胸板に、匂い立つような色気を感じてドキリとした。

 俺は抑圧されることも強制されることも大嫌いなのに、この男に押さえ込まれて自由を奪われても、ちっとも不快に感じない。むしろ燻るような熱を胃の底に感じて、微かな戸惑いを覚えた。

「……ッ! ぁっ、あっ」

 ノヴィアの舌が首筋を舐め上げて、柔らかく無防備な皮膚を強く吸い上げる。ピリと走った痛みに強い快楽を感じて、身体が仰け反った。

「いい匂いがするな。思わず食い破りたくなる」

 太い血管がある場所を犬歯で圧迫されて、自分の脈がかなり速いことを知らされる。熱い唇はそのまま鎖骨を辿り、胸に痕をつけると、一際敏感な場所に濡れた感触を押しつけた。

「綺麗な色だな。美味そうだ」

「ノヴィア……っ!?」

 舌の表面で押し潰すようにゆっくりと舐め吸われて、息が詰まる。舌に擦られる感触よりも、行為そのものに羞恥を感じて、引き離そうとノヴィアの髪を掴んだ。それを無粋だと言うように、刺激に堅く尖った部分に歯を立てられ、引っ張られる。

「ぁあっ!」

 痛みとも快感とも言えない何かが背筋を駆け抜けて、熱に掠れた声が漏れた。

 ノヴィアの目が、困惑する俺を見て薄く笑う。

「嫌いじゃなさそうだな」

「何が……んっ」

「反応してる」

 含むような物言いの意味を、それを握り込まれたことで知る。軽く上下に擦られて、もう充分なほど充血していることが嫌でもわかった。

「やめ、ろっ……触る、なっ」

「嫌だね。俺のだ」

 くるりと先端を親指で擦られて、先走りが零れる。それを塗り広げるように、強く扱かれた。

「あ、あっ、ぁ……ゃッ」

 一気に息が上がり、快感に腰が震える。下肢への刺激の合間に唇や首筋を甘噛みされて、頬に昇る熱に瞳が潤んだ。眦に溜まった雫を吸い取る舌にさえ悦楽を感じて、切羽詰まったような吐息が漏れる。

「やっぱり、涙も美味いな」

 欲望に熟れた声が、「青雨」と耳元で俺を呼ぶ。ゆるりと視線を動かし、見つめ合ったところで数度強く擦り上げられ、先端の割れ目に爪を立てられた。

「ンッ……ぁッ、あ――、――ぅく――ッ」

 巧みな唇と手に羞恥を煽られ、理性を蝕まれてしまえば、自慰にすら慣れていない身体が保つわがはなく、あっさりと熱を放ってしまった。

 浅く短く、不規則に吐き出される呼気が熱い。

 達した余韻で力の入らない四肢を投げ出したまま、視線だけで俺に覆い被さる男を追うと、日焼けした褐色の指に絡む白濁が目に入って眼球が破裂するんじゃないかと思うほど顔に血が昇った。

「色っぽい顔でイくじゃねぇか。堪んねぇな」

「なに言っ」

 言いかけた言葉は、ノヴィアがおもむろに指を口に含んだことで吹き飛ぶ。

「な! な、な何を……!! この、馬鹿者ッ」

 吐き出せと喚く俺を無視して、無言で別の指までも口に含む。目を瞠ったまま愕然とする俺を見下ろして、ノヴィアはちゅっと音を立てて唇から指を引き抜いた。

「すげぇ、普通に甘い。精液が甘いとか、有り得ねぇ」

 嬉々として呟かれた言葉に、どう返していいかわからなかった。ただ猛烈な羞恥だけが、全身を蹂躙する。

「あ、あ、有り得ないのは貴様だ! 死ね!」

 間違いなく、人は羞恥で死ねる。

 気怠い身体を跳ね起こし、無礼者に鉄槌を下すべく飛びかかろうとしたが、がしっと腰を掴まれてうつぶせにされてしまった。

「な、何を!」





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