福原愛選手の語学力にはすさまじいものがある(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

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福原愛選手の語学力にはすさまじいものがある(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

■クルム伊達選手の「負けじ魂」

昨年9月24日、東レ・パンパシフィックオープンのサマンサ・ストーサー戦、第2セットのタイブレークでダブルフォールトを犯したクルム伊達選手に対して、観客が一斉に「あーあ」と落胆の声を漏らすと、彼女は「ため息ばっかり!」と大声で不満をぶちまけました。落胆のため息は、勝利への期待の大きさの裏返しであって、応援する者の自然な反応だという気もしますが、クルム伊達選手に言わせると、日本人の反応は海外の試合の雰囲気に比べて重たくなりがちで、特に何千人ものため息の合唱にはエネルギーを吸い取られる感じがするそうです。

プロ選手としてのサポーターとの向き合い方には賛否両論あるでしょうが、彼女は若い頃から一貫して、特にメディアに対して気難しい面を見せていました。体格ではるかに勝る外国人プレーヤーのパワーテニスに対抗するには、スピードとテクニックに加えて、何よりも不屈の精神力が必要ですし、それが負けん気の強さとなって表に出るのも、クルム伊達選手の魅力ではあります。

■強烈な個性を持つ中国のスター選手たち

そんなクルム伊達選手を何倍にもパワーアップしたようなテニスプレーヤーが中国にいます。2011年全仏オープンでアジア人初の4大大会シングルスチャンピオンとなり、今年1月の全豪オープンでも見事優勝を飾った、現在、世界ランク3位の李娜(リィナー)選手です。人民網の報道によると、年間収入は1820万ドル。女子テニスではシャラポワ、セレーナ・ウィリアムスに次ぐ金額を稼ぐスター選手です。

彼女がここに至るまでの道のりは、コート上の対戦相手に加えて、国家ステートアマ制度やメディアや観客を相手にした戦いの歴史でした。湖北省武漢出身で今月32歳になる李娜選手は、2009年1月、彭帥(ポンシュアイ)、鄭潔(ジェンジー)らの有力選手と共に国家管理下を飛び出してフリーの立場で世界を転戦することを決意し、当初は反逆児扱いされました。しかし、同年全米オープンで8強入りするなど、中国人のメンツを立てる結果を出して周囲を黙らせていきます。

グローバル志向が強い彼女は、愛国的な中国メディアともよく衝突します。2011年の全仏優勝インタビューでは、スポンサーとスタッフへの感謝のみで、決まり文句である「感謝中国」の言葉がなかったとして批判されました。2013年5月、全仏オープン2回戦で早々と敗退した際の記者会見では、中国新華社の記者から「応援していた中国のファンにメッセージを」と言われてキレた彼女、「負けたから、ひざまずいて謝れってこと?」と気色ばみました。

また、たしか2010年の中国オープンでの試合だったと思うのですが、中国に凱旋した李娜選手を応援する中国人観客のマナーがなっていないと、コート上から客席に向かって英語で注意をしたシーンを覚えています。

李娜のもっと上を行くのが、水泳飛び込み競技の女王として君臨した、郭晶晶(グオジンジン)。正確無比の美しいフォームで、シドニー・オリンピックで銀2個、アテネで金2個、北京で金2個を獲得したスーパースターです。圧倒的な実力と女優並みの美貌で知られる郭晶晶は格好の取材対象ですが、メディアの前ではいつも気まぐれで不機嫌です。極め付きは、2008年2月の世界選手権でのインタビュー。「北京オリンピックでライバルとなる選手は?」と聞かれた際に「ロシアのユリア・パハリナと、あのカナダのデブ」と答えて周りを凍りつかせました。

■誰からも好かれる「文化大使」、姚明と福原愛

世界を相手に戦うスポーツエリートには、負けず嫌いで気性の激しい人が多いのですが、一方で、性格がよく誰からも尊敬される選手も多数存在します。その代表格が、ロジャー・フェデラー。彼は自身の勝敗に関係なく試合後のインタビューでは英語、ドイツ語、フランス語で、どんな質問にも紳士的な態度で答えます。

中国選手の中では、バスケットボールの姚明(ヤオミン)がそうしたタイプです。2002年にドラフト1位で指名されて以来、NBAヒューストン・ロケッツのセンターとして9シーズンにわたってプレーし、この間、オールスターゲームに8度選出。ニックネームは「移動長城」(歩く万里の長城)。229センチ、141キロの規格外の体格と多彩なシュート・テクニックで、2011年7月に引退するまでNBAを代表するスター選手として活躍しました。 

性格は穏やかで誠実、アメリカでも中国でも人気者だった姚明は、企業や製品広告の「代言人」としても引っ張りだこで、アップル、コカ・コーラ、VISA、マクドナルド、中国人寿(China Life)など多くの広告に起用されました。名実ともに「中国の顔」として、アテネ、北京のオリンピック開会式で旗手を務めています。

北京オリンピックの開会式で日本選手団の旗手を務めたのは、現在、卓球女子世界ランク9位の福原愛選手。中国卓球スーパーリーグでも活躍した彼女は、中国ではよく知られ、親しまれています。「瓷娃娃」(ツーワーワー、磁器のお人形の意)というニックネームは、愛らしくて、色白で肌がすべすべの容貌に由来します。

1988年、仙台市に生まれた福原選手は3歳から中国人コーチについて練習し、4歳の頃から中国での合宿を繰り返し、2005年にはスーパーリーグ・遼寧チームに参加しました。ここには世界チャンピオンの王楠選手が所属しており、大きな影響を受けたといいます。2008年5月、胡錦濤国家主席(当時)が来日して早稲田大学で特別講演を行った際には、「胡錦濤との卓球対決」に駆り出されました。そこでも彼女は普段どおり自然に振る舞って、胡錦濤と談笑し、ラリーの際にはスマッシュを決めさせるなど、大いに場を盛り上げてくれました。同席していた福田首相の影が薄くなるほどの立派な「文化大使」ぶりでした。

もうひとり取り上げたいのが、四元奈生美選手です。日本では「自前のコスチュームで試合に臨む、ちょっと変わった選手」程度にしか扱われない四元選手ですが、2010年3月30日、広州市で開催されたエキシビション・ゲームにおいて、黒地に赤い模様のワンショルダーのミニドレスで登場し、中国人の喝采を浴びました。新華社発行の英字新聞China Dailyは、「世界最強なのにイメージが地味な中国の卓球に、イノベーションをもたらすヒントを、美しい四元選手が示してくれた」とほめちぎっていました。

■ハンパじゃない、福原愛の語学力

福原選手の卓球の技量はもちろん超一流ですが、中国語のレベルも驚異的です。中国では、テレビのインタビューでもネイティブと変わらない自然な中国語で受け答えしています。発言内容も人柄そのまま謙虚で飾り気がなく、巧まざるユーモアに満ちています。(http://www.youtube.com/watch?v=0j_y73aV4FE)

特に中国人から絶賛されるのが、「東北訛り」と言われるその発音。中国語は、文法の決まりごとが極限までそぎ落とされたシンプルなコトバですが、最大の難関は微妙で複雑な発音とイントネーションです。特に日本人には、日本語にない母音や子音の組み合わせに4種類の異なるトーンが加わるためたいへんやっかいで、中国語の学び初めに、まず発音で挫折してしまうことが多いのです。しかし、福原選手の発音は中国人が聞いても「東北出身の中国人が話している」と思うほど完成されています。試合後のインタビューやテレビ番組で彼女の中国語を聞いて、日本人に対する認識を新たにする中国人は多いと思います。

特に面白かったのが、ロンドンオリンピックの女子卓球個人戦準々決勝で世界ランク1位の丁寧(ディンニン)選手にストレート負けを喫した直後、中国人記者から慰めの言葉を掛けられたときのこと。「試合中はみんなで丁寧を応援していたくせに、終わってから私のところに慰めに来るなんて、意味わかんないわよ!」と切り返した様子が中継され、中国人の間で「なんてかわいいんだ!」と話題になりました。

福原選手は、自身の話す中国語について、中国人選手やコーチとの交流の中で自然に身に付いたものと言っていますが、努力なしには絶対に到達できないレベルだと思います。そう言えば、石川佳純選手も中国での試合後、きれいな中国語でインタビューに応じていました。福原選手ほどではありませんが、堂々とした応対で、中国人インタビュアーも客席に向かって「石川選手の中国語はうまいでしょう?」とあおっていました。

■グローバル化するスポーツの世界

今年1月、ACミランへの移籍を果たした本田圭佑選手が、入団記者会見を英語で行ったのもたいへん印象的でした。「サムライ・スピリットとは?」と聞かれて「侍には会ったことがない」と切り返したウイットも見事でした。サッカー選手には、先駆者の中田英寿をはじめ、高原、長谷部、川島、長友など、英語、イタリア語、ドイツ語などでインタビューに応じる人がたくさんいます。

また、ゴルフの宮里藍選手がアメリカのメディアに対してしゃべる英語も高レベルです。あれくらいできれば、アメリカのファンにも自然に受け入れてもらえると思います。先述の李娜や姚明も、海外でのインタビューは流暢な英語でこなします。

一方、野球では、メジャーリーグで活躍する日本人は大勢いますが、エンゼルスとマリナーズで活躍した長谷川滋利などを除いて、直接、英語でファンに語りかける選手がいないのが残念です。

■企業のコミュニケーションもアスリートをお手本に

いつの時代も、スポーツ界のスターに期待されるのは、超人的なプレーで見る者をインスパイアすることですが、有名な選手であればあるほど、アスリートの枠を超えたロールモデルとしての役割も求められます。特に、グローバルに活躍する選手たちは、その人間性とコミュニケーションパワーを発揮して、母国とグローバルをつなぐ懸け橋となってくれる貴重な人材です。 

グローバルに事業展開する企業にも同様の責務があります。よい製品やサービスを提供することはもちろん、人間味あふれる存在として地域の人々と交流し、相互理解を深めるべきです。中国14億人とのコミュニケーションを、福原愛選手ひとりに任せておくわけにはいきません。