2014年2月22日03時00分
第2次世界大戦中の1945年1月、東山区の馬町周辺が米軍の爆撃を受け、多数の死傷者が出た「馬町空襲」。69年が過ぎたいま、被害を語り継ごうと、住民らが現地の市立白河総合支援学校東山分校に石碑を建立した。
石碑が完成したのは先月16日。この日からちょうど69年前の1月16日深夜、米軍の爆撃機B29が馬町の上空に現れ、多数の爆弾を投下した。これが府内で最初の空襲と伝えられている。このとき負傷者が運び込まれたのが、当時、「修道国民学校」と呼ばれていた同分校だった。
石碑には、「死者四十余名 負傷者五十余名 全半壊家屋百四十三戸」と刻んだ。当時は軍が報道規制を敷いていたため、正確な死傷者数など未解明の点も少なくないという。
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朝日新聞社会部
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