(20日、フィギュアスケート女子フリー)

 SPで16位に沈んだ夜、浅田真央は、なかなか寝付けなかった。

 「今まで何をやっていたんだろう」

 考え続けた。

 寝不足のまま、朝を迎えた。午前中の練習の表情は、どこか気が抜けていた。ジャンプの着氷でふらつき、両足をついた。

 「五輪の怖さを感じてしまい、体が全然動かなくて……」

 佐藤信夫コーチ(72)がSPとフリーの点数配分を説明し、「まだ3分の2が残っている。気合を入れなきゃだめだ」。強く叱ったが目は覚めなかった。

 選手村に戻る前、佐藤コーチは静かに昔話を始めた。1980年レークプラシッド五輪。指導していた選手がへんとうが腫れて寝込んだ後、ぎりぎりの状態でフリーを迎えた。「ぶっ倒れたら、周りに叱られても必ずリンクの中まで助けに行く。倒れるまでやれ」。そう送り出した結果、会心の演技で総合8位に入った――。