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21 Feb 2014 16:56
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(cache) 博士論文審査報告書
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早稲田大学大学院 先進理工学研究科
博士論文審査報告書
Isolation of pluripotent adult stem cells
discovered from tissues derived from all three germ layers
三胚葉由来組織に共通した
万能性体性幹細胞の探索
Haruko Obokata
小保方 晴子
生命医科学専攻 環境生命科学研究
2011 年
2 月

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体性幹細胞は,生体の恒常性を保つため,老化細胞の代替となる若い細胞を生
み出し,炎症などの生体反応に応答して失われた細胞を補充する役割を担ってい
ると考えられている。現在までに,造血幹細胞,間葉系幹細胞,神経幹細胞は多
種の分化可塑性を有する体性幹細胞として研究が進められている。また,前駆細
胞との区別が難しいが,各種生体組織にはそれぞれの組織幹細胞が存在している
と考えられており,多くは培養系においてその存在が認められている。間葉系幹
細胞研究に代表されるように,体性幹細胞の研究は発生学的な観察に基づき展開
されている。哺乳類の発生において三胚葉分化は決定的な過程であり,体性幹細
胞の多くも三胚葉分化の後に存在が確認されることから,三胚葉分化が起こった
後は,例えば外胚葉系組織に存在している幹細胞が中胚葉や内胚葉由来組織の細
胞に分化する,あるいは中胚葉系に存在している細胞が外胚葉・内胚葉由来組織
の細胞に分化するなど,いわゆる胚葉を超えた分化は起こりえないと考えられて
いる。しかしながら,近年,分子生物学的解析手法の発展により間葉系幹細胞の
一部は外胚葉系の細胞から構成されることや,間葉系幹細胞が生体内で神経形成
に関与するなど,いわゆる胚葉を超えた分化が三胚葉形成の後にも起こっている
ことが報告されている。これらの報告により,体性幹細胞の起源や分化能の限界
についての大前提に疑問がもたれるようになってきている。
Vacanti らは,2000 年に,全身の生体の組織内には三胚葉由来によらず非常に
強いストレスに耐性を有する spore-like stem cell が存在し体性幹細胞の補充に
寄与している可能性を提唱した。その後,他の研究グループからも同様な概念に
基づいた研究報告が相次いだ。 2002 年には骨髄中に万能性幹細胞 MAPC が存在
することが報告され, 2004 年には間葉系幹細胞の一部に分化万能性を有する
MIAMI cell が存在することが報告され, 2006 年には造血幹細胞の小さいサイズ
の分画の中に VSELS cells が存在することが報告され, 2010 年には間葉系細胞
の一部にストレス耐性の muse cells が存在することが報告されている。
本論文では,spore-like stem cell の学説を証明する第一歩として,全身の組織
に共通の性質を持つ幹細胞が存在することを証明することを目標とし,幹細胞の
採取,解析,再生医療研究応用への可能性を検討している。以下に各章の審査概
要を述べる。
第1章では,生体組織由来の pluripotent stem cell に関する研究の動向を概説
し,本論文の背景をまとめると共に,本論文の意義及び目的を明らかにしている。
第2章では,spore-like stem cell の採取法を検討すると共に,幹細胞マーカー
の発現を解析した結果をまとめている。spore-like stem cell は細胞直径が非常に
小さいという特徴を有しているため,大きい細胞塊を壊して小さい細胞を採取す
る必要がある。そこで,低浸透圧の溶液で細胞を短時間処理する方法,および先
端径 10μ m 程度のパスツールピペットで吸引と吐出を繰り返して細胞を粉砕す
る方法を考案し,小さな細胞のみの回収に成功している。これらの手法を用いて,
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マウスの骨髄から回収された微小な細胞群を無血清培地で培養すると,浮遊した
球形のコロニー(以降 sphere と呼ぶ)が形成されることを見出している。特に,
粉砕処理を行った場合,高頻度に sphere 形成が観察されることを明らかにして
いる。つぎに,間葉系幹細胞や造血幹細胞など広範な体性幹細胞に発現が報告さ
れている c-kit と Sca-1,および ES 細胞や発生初期の受精卵に発現が観察される
万能性幹細胞マーカーである SSEA-1 と E-cadherin の発現を調べた結果,いず
れも多くの sphere で発現が確認されたことを報告している。さらに,個々の
sphere を顕微鏡下で採取し遺伝子発現解析を行った結果,万能性幹細胞に特異的
に発現が見られる Oct4, Nanog, Sox2, Ecat1, Cripto, Esg1 などの遺伝子マーカ
ーが高頻度に発現していることも確認している。これらの実験結果は,sphere 形
成が幹細胞の強い自己複製増殖能の結果として現れる現象であることを支持する
ものであり,sphere が特殊な幹細胞の集合体であることを物語る極めて意義深い
成果である。
第3章では, sphere の分化能を in vitro および in vivo の双方で調査した結果
をまとめている。 ES 細胞から三胚葉由来の細胞へ分化させるための培養条件を
参考に,培養条件を設定し分化誘導実験を行った結果, sphere 由来の細胞は神
経・筋肉・肝実質細胞などの代表的な三胚葉由来組織細胞へ分化できることを確
認している。続いて,生体内での分化能と増殖能を検討するために移植実験を行
っている。細胞を接着させるために PGA( poly glycolic acid)上で 2-3 日間培養
した後,sphere を NOD/SCID マウスの皮下に移植し,4-6 週間後に組織学的,免
疫組織化学的な解析を行った結果,直径 3mm 程度の内腔構造を持つ塊の形成を
確認し,内部には上皮,神経,筋肉,管といった三胚葉由来すべての組織形成が
起こっていることを明らかにしている。以上の結果は,粉砕処理後に sphere を
形成する細胞は,無血清条件下で培養すると,培養系,生体内双方において三胚
葉系由来組織への分化能を有することを示しており,非常に幼弱なタンパク質・
遺伝子を発現している事実と併せて考えると, 幹細胞の中でも ES 細胞に近い分
化万能性を有することを示唆する興味深い知見である。
第4章では,同様の細胞群がその他の組織にも存在しているかを確認するため
の種々の実験結果をまとめている。三胚葉由来組織の代表的な組織である脊髄(外
胚葉),筋肉(中胚葉),肺(内胚葉)から細胞を単離し,粉砕処理後,無血清培
養条件下で浮遊培養を行い,タンパク質マーカーの発現および遺伝子発現解析を
行っている。その結果,骨髄と同様に,c-kit, Sca-1, SSEA-1, E-cadherin 陽性の
細胞が確認され,また ES 細胞に特異的な遺伝子の発現が多数確認されることを
見出している。つぎに,培養系での分化誘導実験を行うと,骨髄の場合と同様に
各特異的なマーカーで陽性を示す三胚葉由来組織の細胞へと分化することを確認
している。さらに, PGA に播種し NOD/SCID マウスの皮下に移植すると,骨髄
の場合と同様に上皮,神経,筋肉,軟骨,腺といった三胚葉系の組織へと分化す
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ることも確認している。以上の結果から,骨髄中から発見された広範な分化能を
有する幹細胞群は,脊髄,筋肉,肺といったすべての三胚葉由来組織を粉砕して
形成される sphere からも取得できることが示され,全身の組織に共通の性質を
持つ幹細胞の存在が強く示唆された。
第5章では,sphere を用いて,幹細胞の万能性を証明するための最も重要な証
明方法であるキメラマウスの作成を試みた結果をまとめている。 ICR マウスの受
精卵と sphere を用いた凝集法によってキメラ卵を作成し, 24 時間培養した後,
子宮に移植した結果, 20 日後に産まれた新生児の毛皮には sphere 由来の毛が観
察されず,新生児の数は移植した受精卵の数よりも少なかったことを報告してい
る。キメラマウスの胎生致死,あるいは特定の組織へのキメラの偏在という可能
性が考えられたため,胎生 12.5 日目の胎児の解析を行った結果,全身に sphere
由来の細胞が散在していることを確認している。以上の結果は,sphere 由来の細
胞は,増殖速度は遅いものの全身の組織形成に寄与できる能力を有していること
を示している。
第6章では本論文の総括と展望について述べている。
本論文では,これまでの常識を超えた体性幹細胞の起源と分化可能性について
の新しい学説をもとに,体性幹細胞の創生の可能性を探る実験の結果をまとめた
ものである。本研究で ES 細胞に近い分化万能性が認められた幹細胞が実際に生
体内に存在するかどうかは,これから明確にすべき大きな課題である。しかしな
がら培養法をさらに効率化することによって大量培養を可能とし,組織工学をは
じめとする再生医療研究の新たな細胞源として期待できる。また,これまで iPS
細胞をはじめとした万能性幹細胞の創生の研究が盛んに行われているが,再生医
療研究に必要なのは安全に機能する体性幹細胞であり,万能性幹細胞からの体性
幹細胞の分化誘導は難しい。そこで本研究の第4章で検討したような体性幹細胞
を体細胞から創出する試みが成功すれば細胞生物学的にも発生学的にも非常にイ
ンパクトのある研究成果となり,再生医療応用に最も適した細胞ソースを提供で
きるようになるものと期待される。よって,本論文は博士(工学)の学位論文と
して価値あるものと認める。
2011 年 2 月
審査員(主査)
早稲田大学教授
博士(工学)東京大学
常田
早稲田大学教授
工学博士(早稲田大学)
武岡真司
東京女子医科大学教授
理学博士(東京大学)
大和雅之
ハーバード大学教授
MD, PhD(
大学)
Charles A. Vacanti
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