マウスの骨髄から回収された微小な細胞群を無血清培地で培養すると,浮遊した
球形のコロニー(以降 sphere と呼ぶ)が形成されることを見出している。特に,
粉砕処理を行った場合,高頻度に sphere 形成が観察されることを明らかにして
いる。つぎに,間葉系幹細胞や造血幹細胞など広範な体性幹細胞に発現が報告さ
れている c-kit と Sca-1,および ES 細胞や発生初期の受精卵に発現が観察される
万能性幹細胞マーカーである SSEA-1 と E-cadherin の発現を調べた結果,いず
れも多くの sphere で発現が確認されたことを報告している。さらに,個々の
sphere を顕微鏡下で採取し遺伝子発現解析を行った結果,万能性幹細胞に特異的
に発現が見られる Oct4, Nanog, Sox2, Ecat1, Cripto, Esg1 などの遺伝子マーカ
ーが高頻度に発現していることも確認している。これらの実験結果は,sphere 形
成が幹細胞の強い自己複製増殖能の結果として現れる現象であることを支持する
ものであり,sphere が特殊な幹細胞の集合体であることを物語る極めて意義深い
成果である。
第3章では, sphere の分化能を in vitro および in vivo の双方で調査した結果
をまとめている。 ES 細胞から三胚葉由来の細胞へ分化させるための培養条件を
参考に,培養条件を設定し分化誘導実験を行った結果, sphere 由来の細胞は神
経・筋肉・肝実質細胞などの代表的な三胚葉由来組織細胞へ分化できることを確
認している。続いて,生体内での分化能と増殖能を検討するために移植実験を行
っている。細胞を接着させるために PGA( poly glycolic acid)上で 2-3 日間培養
した後,sphere を NOD/SCID マウスの皮下に移植し,4-6 週間後に組織学的,免
疫組織化学的な解析を行った結果,直径 3mm 程度の内腔構造を持つ塊の形成を
確認し,内部には上皮,神経,筋肉,管といった三胚葉由来すべての組織形成が
起こっていることを明らかにしている。以上の結果は,粉砕処理後に sphere を
形成する細胞は,無血清条件下で培養すると,培養系,生体内双方において三胚
葉系由来組織への分化能を有することを示しており,非常に幼弱なタンパク質・
遺伝子を発現している事実と併せて考えると, 幹細胞の中でも ES 細胞に近い分
化万能性を有することを示唆する興味深い知見である。
第4章では,同様の細胞群がその他の組織にも存在しているかを確認するため
の種々の実験結果をまとめている。三胚葉由来組織の代表的な組織である脊髄(外
胚葉),筋肉(中胚葉),肺(内胚葉)から細胞を単離し,粉砕処理後,無血清培
養条件下で浮遊培養を行い,タンパク質マーカーの発現および遺伝子発現解析を
行っている。その結果,骨髄と同様に,c-kit, Sca-1, SSEA-1, E-cadherin 陽性の
細胞が確認され,また ES 細胞に特異的な遺伝子の発現が多数確認されることを
見出している。つぎに,培養系での分化誘導実験を行うと,骨髄の場合と同様に
各特異的なマーカーで陽性を示す三胚葉由来組織の細胞へと分化することを確認
している。さらに, PGA に播種し NOD/SCID マウスの皮下に移植すると,骨髄
の場合と同様に上皮,神経,筋肉,軟骨,腺といった三胚葉系の組織へと分化す
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