本田圭佑のACミラン、長友佑都のインテルを連続で取材した後、16日はセリエA第24節・サッスオーロ対ナポリ戦に足を運んだ。サッスオーロはボローニャやモデナ、パルマなどに象徴されるエミリア=ロマーニャ州にある小クラブで、今季初めてセリエA昇格を果たした。長年セリエBやCに所属した彼ら本来のスタジアムが小規模なため、今季はレッジャーナの本拠地であるレッジョ・エミリアのスタディオ・チッタ・デル・トリコローレを使用している。本田が1月12日にセリエAデビューを果たしたのもここだった。この日は強豪・ナポリ戦ということで、熱狂的なナポリサポーターが大量に押し寄せた。
サッスオーロは目下、下位に低迷しており、今季UEFAチャンピオンズリーグ(UCL)に参戦したナポリとの対戦は明らかに分が悪かった。ナポリはラファエル・ベニテス監督が指揮を執り、前線にイグアインとハムシク、右サイドにベルギー代表のメルテンス、左サイドにクラブ生え抜きのインシーニェが陣取るという攻撃陣を配した。ボランチにもジェマイリとベーラミのスイス代表コンビを並べ、最終ラインもイタリア代表のマッジョやスペイン代表のアルビオルを置くなど、まさにタレント揃い。ホームのサッスオーロ以上に彼らの戦いぶりに注目が集まった。
試合が始まると案の定、ナポリが圧倒的な個の力を前面に押し出し、相手陣内に攻め込む。そのけん引役となったのがハムシク。2010年南アフリカワールドカップで母国・スロバキアの16強入りに大きく貢献したダイナミックなアタッカーが、イグアインの背後を幅広く動き、遠目から思い切ってシュートを狙ってくる。そのハムシクと連動して、メルテンスとインシーニェが持ち前のスピードを生かして果敢にゴールへ向かう。彼らは間違いなく相手にとって脅威になっていた。
前半37分の先制点も彼らが絡む形から生まれた。中盤やや左よりのところからのFK。これをメルテンスが蹴り、サイドに流れたハムシクへ。ハムシクは深いところまでえぐって、マイナスのクロスを送った。ここにフリーで飛び込んだのがジェマイリ。彼の鋭いシュートは枠ギリギリのところに決まり、ナポリが順当に1点をリードした。
後半も主導権を握ったのは彼らだった。サッスオーロもミラン戦で4ゴールを叩き出した右MFベラルディやトップのフローロ・フローレス、左MFサンソーネらを軸に時折カウンターを繰り出すが、どうしてもゴールをこじ開けられない。そんな中、後半11分、ナポリはインシーニェが左からの強烈シュートを蹴りこみ、2点目を奪って勝利を確実にする。その後もメルテンスやジェマイリらがたび重なる決定機を迎え、4点5点取っていてもおかしくない展開だったが、最終的に2−0で勝利。ナポリにしてみれば、内容的には満足いかない部分もあるものの、勝ち点3を確実に積み上げたという意味ではいい勝利だった。
この試合を通してよく分かったのが、セリエAにおける両サイドアタッカーのあり方だ。メルテンスとインシーニェはともに1対1で確実に相手をかわせるだけの際立った突破力を備えており、シュートのバリエーションも広い。遠目からも打てるし、ゴール前に飛び込んでラストパスに合わせることもできる。もちろん彼らが輝けるのも、前線でイグアインやパンデフのようなターゲットマンが、しっかりと体を張って相手DF陣を引きつけてくれるからスペースができるのだが、頭抜けた個の力があるのは事実。15日に取材したフィオレンティーナ対インテル戦でもそうだったが、セリエAのサイドアタッカーは1対1の突破から全てが始まるといっても過言ではない。それはかつてメッシーナでプレーした小笠原満男(鹿島)もコメントしていた。つまり、スピードと局面打開力はある意味、必須条件と言っていい。
そう考えると、本田が右サイドを担うのはやはり厳しいかもしれない。彼はボールキープ、パス出しに長けているし、遠目からもシュートを打ちに行けるが、タテに行くスピードという部分ではどうしても見劣りする。その長所短所を自分自身が一番よく分かっているから、今は右サイドでゲームメーク的な仕事を担うことで、攻撃の起点を作ろうとしているのだ。ただ、周りとの連携も不十分な現状では、本田がボールを持つと流れが止まったり、ボランチに戻すケースがどうしても多くなる。それを見てサポーターやメディアは激しい批判を繰り広げるという悪循環に陥っているのである。
ナポリの4−4−2であれば、ハムシクが陣取っていたセカンドトップのポジションが本田には最適だ。ナポリはベニテス監督が選手個々のよさをうまく引き出し、いい相乗効果をもたらしながら、強いチームを作っている。そういう百戦錬磨の名将と比べると、ミランのセードルフ監督はまだまだ初心者だ。そういう部分も含め、今のミランはセリエAトップ3に入るナポリから多くのことを学ばなければいけないだろう。
元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。