独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2014年1月30日


細胞外からの強いストレスが多能性幹細胞を生み出す
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細胞分化は、坂を転がるボールにたとえられる。受精卵から細胞分裂を重ねるに従って分化の方向性が枝分かれし、200種以上もの多様な細胞が生み出される。この過程で、一度分化してしまった体細胞は別種の細胞に変化したり(分化転換)未分化状態に戻ったり(初期化)することはなく、転がり下りてしまったボールを元に戻すためには、核移植や遺伝子導入といった人為的な操作が必要である、というのがこれまでの定説だ。しかし、植物では一度分化した細胞に成長因子を作用させると未分化な状態に転換できる例が報告されているし、イモリなど再生力の高い一部の動物でも分化の逆戻りが起こることが知られている。哺乳類の体細胞について、人為的な遺伝子操作を加えることなく多能性細胞を生み出すことは、本当に不可能なのだろうか。

理研CDBの小保方晴子研究ユニットリーダー(細胞リプログラミング研究ユニット)らは、培養したマウスの体細胞が、酸性処理などの強い外部ストレスにより初期化を引き起こし、多能性を獲得するという新たな原理を見出した。この成果は、理研CDBの若山照彦元チームリーダー(現 山梨大学 教授)、丹羽仁史プロジェクトリーダー(多能性幹細胞研究プロジェクト)、笹井芳樹グループディレクター(器官発生研究グループ)、ハーバード大チャールズ・バカンティ教授らとの共同研究で、1月30日発行の科学誌Nature に2報の論文として同時に掲載された。

(左)酸性溶液で処理すると、すぐに細胞が縮小し始め、3日後にはOct4(GFP)を発現するようになる。
(右)STAP細胞をマウス胚盤胞に注入すると、キメラマウスの全身の細胞に分化する(STAP細胞由来の細胞はGFPを発現)。

哺乳類の成体組織に存在する多能性細胞を見出そうと、これまで様々なグループが研究に取り組んできた。小保方が大学院時代に留学していたバカンティ教授らのグループもその一つだ。彼らは、成体にも極めて少数ながら小さなサイズの細胞が存在しており、これが成体組織で「眠っている」多能性細胞ではないかとの仮説を提唱していた。小保方はこの可能性を検討するため、バラバラにした細胞を細い管に通し、小さな細胞を選別した。この過程で、小保方はこの操作をくり返すことで小さな細胞が出現することに気がついた。小保方はこの事実を2011年Tissue Engineering 誌に発表しているが、詳細は不明なままだった。

細い管に無理やり通す操作を加え続けると、小さな幹細胞は増加する。この操作は細胞を選別しているのではなく、実は、その操作による物理的なストレスそのものが多能性細胞を生み出す要因となっているのではないか、と小保方は考えた。そこで、この仮説を証明すべく、物理的または化学的な様々な刺激を体細胞に加える実験を行った。多能性の指標としてOct4遺伝子を用い、Oct4と共にGFPが発現する遺伝子改変マウスのリンパ球を用いて検証したところ、酸性(pH5.4〜5.8)の溶液で約30分処理すると最も効率よくOct4陽性細胞が得られることを見出した。酸性溶液による処理後は30〜50%の細胞が死んでしまうが、生存細胞は約30%という非常に高い確率でOct4陽性細胞に変化した。また、この変化は非常に早く、処理2日後には細胞体が縮小してOct4を発現し始め、7日後にはリンパ球に特異的なタンパク質の発現が失われていた。さらに、このOct4陽性細胞のDNAを調べると、成熟したT細胞で起こる受容体遺伝子の改変が起こっていたことが確認された。つまり、たしかに一度リンパ球に分化していた細胞が、酸性溶液など細胞外からの強烈なストレスによりOct4を発現する多能性様の細胞に変化していたことが示されたのだ。

小保方らは次に、この細胞の「多能性」について詳細な検証を行った。酸性処理により得られた細胞は、7日後にはOct4だけでなく他の多能性マーカー遺伝子(SSEA1NanogSox2等)も発現していた。DNAメチル化パターンを解析すると、エピジェネティックな情報も多能性細胞型に変化していた。また、試験管内で分化培養を試みると内・中・外の三胚葉すべてに分化し、マウス皮下に移植するとテラトーマを形成した。さらに、STAP細胞を胚盤胞に移植すると生殖細胞を含むキメラマウスの全身の細胞に寄与し、STAP細胞由来の子マウスを得られることも確認している。以上の結果はすべて、得られた細胞が確かに「多能性」を有することを示している。小保方らは、この多能性細胞を刺激惹起性多能性獲得(Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency:STAP)細胞と名付けた。

なお、STAP細胞はリンパ球だけでなく、マウス胎児由来の脳、皮膚、筋肉、脂肪など試みた全ての組織の細胞から誘導できた。また、誘導した直後のSTAP細胞は自己複製能が低く、そのままではあまり増殖できない。しかし、ES細胞樹立の際に用いる増殖因子(ACTH, LIF)を添加した培地で培養することで、ES細胞に匹敵する増殖力を持ったSTAP幹細胞株を樹立することにも成功している。

それでは、STAP細胞の示す「多能性」はES細胞と同じと言えるのだろうか。ES細胞は、胚盤胞に注入すると胚組織には分化できるが、胎盤や羊膜を作る細胞には分化できない。しかしSTAP細胞を注入すると、驚くべきことに、胚組織と胎盤組織の両方に分化することが分かった。胎盤などを作る細胞は栄養芽幹細胞(TS細胞)と呼ばれるが、STAP細胞は培地に添加する増殖因子によってES細胞様/TS細胞様の細胞を作り分けることができたのだ。これらのことから、STAP細胞は、ES細胞やTS細胞よりもさらに未分化な「全能性様」の性質を有していると考えられる。

STAPという新たな原理の発見は、これまで哺乳類の体細胞では起こり得ないと考えられていた脱分化が生理条件下でも起こりうる可能性を世界で初めて示し、細胞分化の概念を大きく覆した。笹井グループディレクターは「細胞外部からの強烈な刺激に細胞を晒すことで、細胞の分化の記憶を消し去り、新たな多能性細胞を生み出せることを示した本研究は、決して誇張ではなく、発生生物学の歴史を塗り変える大きな革新をもたらすだろう」と語る。「今回の成果は、再生医療だけでなく、細胞老化やがん研究にも結びついていくと考えられます。まずは、このSTAPという驚くべき現象の詳細なメカニズムを解明することが、私の次の大きな目標です」と小保方は目を輝かせた。


掲載された論文 http://dx.doi.org/10.1038/nature12968
http://dx.doi.org/10.1038/nature12969
 


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