この2月にも、降水観測衛星GPMを搭載して、我が国の主力ロケットH-IIA23号機が打ち上げられます。ところで、これらH系ロケットは、水を噴射して飛んでいる、本質的にペットボトル水ロケットと同格と言ったら意外でしょうか?
実は世界中の高性能打ち上げロケットの多くが、日本と同様に「水=水蒸気」を使って飛んでいます。しかも、水蒸気エンジンが実現して初めて人類が月面に到達できる可能性が生まれた、とさえ言えるのです。その必然性を理解するには、宇宙で推進力を獲得する基本に立ち戻らねばなりません。
そこで本稿では、学部生レベルを想定した「ロケット工学入門」を記したいと思います。少々、理解に時間のかかる部分もあるかもしれませんが、本稿をお読みいただき、ロケット打ち上げの背景にある、ロケットの仕組みと心血注いだ開発の努力を伝えられたらと思います。
宇宙空間で推進力を得るには
さて、足掛かりのない宇宙空間で増減速など機動(manuever)するためには、反作用を用いる以外ないことはよく知られています。つまり、目指す方向の逆向きに、「なにか」を投げつける、あるいは蹴飛ばすことが必須なのです。そこでの「なにか」とは、自分の身の回り以外ないわけで、身を削って初めて推進力を発生できます。
推進力を連続させるには、当然に投げ続けなくてはなりません。その時、発生する平均推進力F(N)は、単純に単位時間に投げ捨てた質量m(kg/sec)と、投げた速度c(m/sec)の積で表されます。
推進力F(N= kg・m/sec2)=m(kg/sec)×c(m/sec)
従って、より大きな推進力を稼ぐためには、質量m、速度cのどちらか、あるいは両方を増やしてやればよいことになります。
単純積ですから、数学的な感度は対等です。ところが実際上、質量mは、自分の身を削った「虎の子」で、こちらを奮発すると、あっという間に自身がやせ細って、なにを運んでいるか分からなくなってしまいます。
そこで、高性能宇宙エンジンは、もっぱら速度cの側で推進力を稼ぐ方向に発達してきました。とはいえ機械的に投げつけたくらいでは、なかなか速度cを稼ぐことはできません。例えば、野球の投手が、宇宙ステーションから、1秒間に一球剛速球を投げ続けるとして、均して6N(~600g)程度の推進力にしかならないのです。実際には、ガスを膨張させて超音速の流れを作り出し、一方向に整流して連続噴射することが、実用ロケットエンジンの基本原理となります。
噴射材料は、加速しやすい物質であれば、なんでも構わないのですが、できるだけ安全にコンパクトに格納しておいて、噴射直前の一瞬に爆発寸前まで膨張させてやるには、燃焼反応(化学反応)を利用することが一番です。「燃料」と「酸化剤」の組み合わせを用いる化学ロケットエンジンが、唯一打上げ推進装置として実用化された由縁です(帯電粒子の流れを利用する「電気推進」も実用化されていますが、推進力の絶対値が小さく、到底自重を持ち上げることはできません)。
このロケット推進の原理は、今から110年を遡る1903年、ロシアの片田舎の中学校教師であったツィオルコフスキによって、論理的に解明・確立されました。この前後、ライト兄弟が有人動力初飛行に成功していますから、歴史に輝く特異な時代と思えてなりません。
さて、その論文の中で、彼は、もっとも噴射速度cの高い推進装置として、水素を燃料としたロケット推進を提唱しました。酸水素の燃焼生成ガス、すなわち水蒸気は、平均分子量が小さく加速しやすいため、真空中噴射速度は、c>4,500m/sec(時速16,200km)にも達します。
高速噴射は、同じ推進力を発生してしかも、噴射質量mを節約・温存できるわけですから、良燃費と等価です。燃料スタンドを期待できない宇宙空間で、燃費は最優先の性能指標でした(一缶のガソリンで、茫洋たる砂漠横断に挑む自動車を想像下さい)。
こうして、より高い噴射速度を稼ぐために、分子量の軽い推進薬を選び、かつ高温・高圧で燃やして大膨張加速(高膨張比)させることが、宇宙エンジン設計の宿命となりました。