「ひらくPCバッグ」の開発に学ぶ、ネットで話題になるプロダクトのつくりかた
目指すべきは「良いバッグ」ではなく「良い解決策」なのだということ。
日本発のプロダクト「ひらくPCバッグ」が予約待ちになるほどの評判です。EvernoteのCEOであるフィル・リービンが愛用し、"Evernote版"もアメリカで発売されて話題になりました。特長は、ノートPCやタブレット、カメラなどを収めても自立する二等辺三角形のフォルム。側面の一辺が前開きになるため、中身がすぐに把握できて取り出しやすいこと、ショルダー部分の工夫で重さを感じにくいこともポイントといえます。
ライフハッカーは兄弟メディアの「ルーミー」と共に、ひらくPCバッグの発案者で、人気サイト「みたいもん!」のブロガーでもあるいしたにまさきさんに、開発経緯をお聞きしました。商品の魅力を掘り下げるのはルーミーに譲り、今回はいしたにさんの言葉から感じた「ネットで話題になるプロダクト作りのヒント」を、以下にまとめていきます。
利用シーンと課題から考え、「解決策」としてモノをつくる
実は、ひらくPCバッグを手がける前に、いしたにさんは1つバッグを作っています。「マニアックな消費者のアイデアをカタチにするプロジェクト」ことスーパーコンシューマーとの企画で生まれた、デジタルカメラやレンズをしまうための「とれるカメラバッグ」です。後に生まれるひらくPCバッグも、このカメラバッグから始まりました。
いしたにさんはこの企画にかかわるまで、バッグ制作に関わったことはありません。ただ、振り返ってみると多くのカメラバッグを試し、満足いくものに出合えていなかった経験がありました。そこで、自分の欲しいカメラバッグを作ることに。一眼レフカメラ、交換レンズ、ストロボ、ガジェット類を一緒に持ち歩け、すぐにカメラを取り出せてシャッターが切れるように...と、試行錯誤をして、とれるカメラバッグは完成しました。
「このバッグで何を便利にして、どのようなシーンで使って、どういった課題を解決するのか。それをまず考えて、満足させることが大事。今回はそのカタチが、とれるカメラバッグという結果になった」と、いしたにさんは話します。
すると、同じような悩みを抱えていた人にとって、このバッグは「画期的な解決策」として受け入れられ、大ヒット。注文が舞い込み、ネット上にはレビュー記事や感想がアップされました。悩みを解決してくれた良いものを、誰かにシェアしたくなる気持ちは少なくともあるもの。それは、ウェブの記事でも、アプリでも、バッグでも同じことでしょう。
「過程を見せる」「完成品を出さない」とレビューが生まれる
プロダクトができるまでを公開し、作り手の想いを伝える
とれるカメラバッグ、ひらくPCバッグともに、いしたにさんたちが大切にしたのは「完成するまでの過程をウェブで見せる」ことだったそう。期待感を高めながら、プロダクトの良さを納得した上で、ユーザーに購入ボタンを押してもらうためです。事実、いしたにさんは「実際に購入した人の中にも、読んでくれていた人はかなりいて、レビューを見ても作り手の想いが伝わっていると感じた」と言います。
作り手と使い手が「完成するまでの過程」というストーリーでつながっている。的外れな感想より、気持ちのこもったレビューの方が、検討する人にとって心動かされるのは言うまでもありません。
買った人たちに仕上げてもらう
ひらくPCバッグに先立って登場したとれるカメラバッグには、前面のポケットに書籍やiPad、MacBook Airなどを収納できるビニールポケットが設けられています。この「遊べる余地」が大事なのだそう。
ネット上には、ビニールポケットに何を入れるかをはじめ、バッグをどう使うかといった「自分の活用法」をアップするレビュー記事やツイートが上がるようになりました。「ユーザーが自らの手で仕上げることで、ちゃんと"自分のバッグ"にすることが大事」と、いしたにさん。お気に入りのモノの写真を撮って、ネットにアップする。すると、他人の使い方も気になってきて、交流が生まれることもある。ユーザーがますますファンになるきっかけづくりにもなります。
ネットに上がる投稿をいしたにさんやスーパーコンシューマーのチームは日々チェックし、ユーザーの声を集めていきました。すると、とれるカメラバッグにノートPCを入れて使う人がいることがわかります。「実はPCバッグに満足している人も少ないのでは」と話題になり、ひらくPCバッグの開発がスタートしていくのです。
ひらくPCバッグでも、基本的な制作の考え方は同じだそう。開発過程の公開をはじめ、缶バッジを通しやすい外ポケットや、自由にアレンジできる間仕切りといった「遊べる余地」を用意しています。
想定ユーザーは「自分」に設定し、100%満足できるモノを作る
ひらくPCバッグの想定ユーザーは何歳くらいで、どのような人だったのでしょう。いしたにさんに聞いてみると、色のバリエーションなど最低限のマーケティングは意識した上で、想定ユーザーはあくまで「自分」だと言い切りました。「自分が100%納得したものを世に出す。すると、自分と同じように100%納得してくれる人は少ないかもしれないが、多くの人にとっては80%くらいの満足度を得られるものになる」。
そもそも、「世の中にあるPCバッグに対する満足度が低い」という前提がある。だからこそ80%くらいの満足度であっても、とても優れた商品になるわけです。いしたにさんは「利用シーンからの想定ミッションをクリアすることを念頭に、バッグとしての完成度を1年間かけて上げ続けた」と言います。
もっとも、長期的かつ少ロットのプロダクトだからこそ取り組めた面もあります。ですが、その成果は日本やアメリカに拡がるファンの姿を見るに、価値ある取り組みだったのでしょう。 例えば、Evernoteの社内では「社員で奪い合うほどの人気だった」そう。実はアメリカでも、PCバッグに対する満足度は低かったのです。
「形容詞ひと言」で伝わるまで製品を追い込む
バッグの機能にフォーカスされがちですが、実は「ひらくPCバッグ」というシンプルすぎる名前もユニークです。制作の過程で生まれた名前だそうですが、いしたにさんはその意図をこう語ります。
「もともと、ひらくPCバッグを販売しているバリューイノベーションさんが最初に作ったプロダクトに『薄い財布』というのがありました。お金を入れて折りたたんでも分厚くならないから、薄い財布。とにかく覚えやすかったんですよね。それが頭にあって、形容詞ひと言で表せるまで製品を追い込まないと、エッジの立った良いものにならないと考えていました。『とれる』『ひらく』と2つ作って、さらにわかりましたね」
わかりやすさはもちろんのこと、Twitterなどでシェアする際に、短い文字数で済むのもメリットの1つといえます。
ひらくPCバッグが乗っていた「文脈」
「短い文字数で、イメージが伝わる」という意味で、私はスマートフォンアプリやウェブサービスの存在を思い起こしました。ライフハッカーで以前、時間管理アプリとして人気を博す『RescueTime』チームの働き方を紹介した記事があります。彼らは、自分たちの働き方の課題を発見し、解決するための『RescueTime』を公開。何度も試作を繰り返し、ユーザーのフィードバックにすべて目を通し、やりとりをしながら改善に努めています。開発者であるRobby Macdonellさんのアドバイスは「ユーザーに感情移入することは、とても重要なスキルだ」。
あくまで想像ですが、ブロガーとしても活躍するいしたにさんであれば、同じくブロガーやネットで情報発信をする人の気持ちは、計り知ることができるはず。つまり、偶然にも(あるいは狙って)、ネットで話題になるアプリやサービスと同じような文脈で、ひらくPCバッグはできあがっていったのだと感じたのです。
ただ、アプリと同じ文脈であるといっても、作っているのはあくまでバッグ。それをよく表していると思うのは、いしたにさんの「ダンボールとガムテープって無敵ですよ!」という言葉。強度があり、自由度の高いダンボールはプロトタイプの製作に最適なのだとか。「アイデアスケッチくらいはタブレットでやることはあっても、人がカラダで使うものなので、実寸大で作らなければダメですね」。ダンボールを使ったのは「手っ取り早く、考えるより先に手を動かせるからだ」と、いしたにさんは言いますが、そのアナログ感こそが、良い「モノ」を作る最後の砦のような気もするのです。
現状、ひらくPCバックは4月28日出荷分の予約を受け付けています。実際のサンプルは「スーパークラシックabrAsusショップ渋谷」で手に取れますので、買う前に見てみたい方は訪ねてみるといいでしょう。最後に、いしたにさんに新作について聞いてみました。
「これまでのユーザーを裏切らない、けれどもびっくりさせるようなものを進行中です」
ひらくPCバッグ |「ペン立て」みたいなPCバッグ |abrAsus(アブラサス)
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(長谷川賢人)
- 薄い財布 abrAsus(アブラサス)ブラック
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