●Lars Christensen, “Bennett McCallum told “my” Kuroda story a decade ago”(The Market Monetarist, May 11, 2013)
たまにあることなのだが、「この議論は私が独力で考え付いたものだ」と思っていたのに後になって実はそうではなかったことが判明することがある。私のオリジナルというよりは過去に読んだことがある他者の議論を「再生産」していたに過ぎなかったという経験をすることがしばしばあるのだ。ミルトン・フリードマンがそのような発想の源となることが多いのだが、そういった存在はフリードマンただ一人に限られるわけではない。
これまでに私の思考にかなり大きな影響を及ぼしてきた別の経済学者としてはベネット・マッカラム(Bennett McCallum)の名前を挙げることができる。さて、ここで予想してもらいたいが、一体私はマッカラムのどの議論を「再生産」したのかおわかりだろうか? 答えはつい先日執筆したばかりの「黒田リカバリー」(“Kuroda recovery”)に関するエントリー1にある。マッカラム本人に指摘してもらってようやく気付いたのだが、あのエントリーで私が展開した議論と10年ほど前にマッカラムが一連の論文-日本経済が「デフレの罠」から抜け出すための手段を検討している一連の論文-の中で展開している議論とを見比べると非常によく似ているのだ。彼の日本経済に関する研究は個人的によく知っていたものの、あのエントリーを執筆していた最中は両者の議論がこれほどまでに似通っていようとは思いもしなかったのである。
そこで今回はマッカラムがどのような結論を導き出しているか簡単ながら取り上げてみることにしよう。そして彼の議論が現在日本が置かれている状況とどう関係するのか考えてみることにしよう。
先日のエントリーで私は次のように主張した。日本で金融緩和が進められるとその効果は(円安をもたらすことで)主に輸出の増加というかたちをとって表れると一般的には考えられているが、それは間違いだ。そうではなく、金融緩和の効果は主に内需(国内の総需要)の増加というかたちをとって表れるのだ、と。ほぼ10年前に執筆された論文である “Japanese Monetary Policy, 1991–2001(pdf)”(とその他の一連の論文)でマッカラムもこの私の主張とまったく同様のストーリーを語っている。
私自身は過去の実際のエピソードを参照しつつ議論を進めたのだが、マッカラムのこの2003年の論文ではフォーマルなモデルに依拠するかたちで議論が展開されている。そのモデルというのは彼がエドワード・ネルソン(Edward Nelson)と共同で開発したものであり、日本経済の特徴に合致するようにカリブレートされた開放経済版DSGE(動学的確率的一般均衡)モデルの一種である。
マッカラムの論文では目標インフレ率に「ショック」が生じた場合-目標インフレ率がマイナス1%からプラス1%に引き上げられた場合-の結果がシミュレートされている。この「ショック」に関する想定は現在の日本で目下進行中の実際のショックとそれほどかけ離れてはいないと言えるだろう。ただし、現実の「黒田ショック」ではマネタリーベースが政策手段ということになるが、マッカラムの論文では為替レートが政策手段として想定されているという違いはある。しかし、この違いはモデルの最終的な結果に(少なくとも私が理解している範囲では)それほど重要な影響を及ぼさないものと思われる。
マッカラムの論文では目標インフレ率の引き上げにあわせて日本銀行が外債の購入を増やして通貨の減価(円安)を図るものと想定されている。一般的な認識ではそのような結果として純輸出(輸出-輸入)は増加するということになるだろう。さて、マッカラムはどのような結論に達しているだろうか?
ここで我々がその動きに着目する変数は本国-日本-の実質的な純輸出2である。・・・(省略)・・・シミュレーションの結果によると、「第1期間」に目標インフレ率(π)が上方にジャンプする3と、名目為替レートの減価率はその後2年以上にわたってプラスのままである4ことになる。インフレ率は当然上昇し2年以上にわたって初期値5を上回り続けることになるが、その後は上下動しながらやがて新たな定常値(ショックが生じる前よりも年率で2%、四半期ごとでは0.5%だけ高い数値)に落ち着くことになる。かなり意外な結果ではあるが、s6よりもp7の方が勢いよく上昇するため結果的に実質為替レートは増価することになる。しかしながら、あらかじめ予想されたように実質的な産出量(実質GDP、実質所得)は(金融緩和ショックが生じて以降の)2年間にわたってかなり大きく増加することになる。
とりわけ重要な点は、実質的な産出量の増加に強く影響されて(日本の)実質的な純輸出はマイナスに転じ8、金融緩和ショックが生じた後の約2年間にわたってマイナスにとどまり続けるということである。
マッカラムが行ったシミュレーションは私が先日のエントリーで前提として語っていたことを支持していると言える。つまり、金融緩和によって仮に大幅な円安が生じたとしてもその(金融緩和の)効果は内需の増加というかたちをとって主に表れるということだ。そして金融緩和「ショック」が生じてからしばらくの間(数四半期)は内需の増加によって輸入の伸びが輸出の伸びを上回り、その結果純輸出はマイナスを記録する可能性が高いのだ。
言い換えると、金融緩和は「近隣窮乏化」効果(beggar-thy-neighbor-effect)をもたらしはしないのだ。実際のところは日本で金融緩和が進められると日本からの輸出9が刺激されるよりもむしろ日本への輸出10が刺激される可能性が高いのだ。
今後もこれまでのようにマッカラムの論文からインスピレーションを受けて何か別の話題でエントリーを執筆するということがあるに違いない-今回の例のように執筆している最中はそのことに気付かない場合もあることだろう-。マッカラムの議論を「再生産」する機会がまたやってくる時までに読者の皆には今回取り上げた彼の2003年の論文に自分でも直接目を通してもらえたらと思う。そうすればマッカラムが論文を執筆してから10年後の日本で何が生じようとしているのかについて多くのことを学べることだろう。
- 訳注;このエントリーそのものの翻訳ではないが、関連するエントリー(アベノミクスのその後の進捗状況を踏まえて書かれた内容的にはほぼ同じエントリー)を本サイトで227thday氏が訳されている(“ラルス・クリステンセン 「黒田ブームは今も国内需要なんだよ」”)。あわせて参照あれ。 [↩]
- 訳注;輸出数量と輸入数量との差 [↩]
- 訳注;目標インフレ率(年率)がマイナス1%からプラス1%へと2%分だけ上方に引き上げられる [↩]
- 訳注;2年以上にわたり時とともに円が減価し続ける(円安傾向が続く)ということ [↩]
- 訳注;金融緩和ショックが生じる前の(定常状態における)インフレ率 [↩]
- 訳注;sは名目為替レートの対数値。sの上昇=名目為替レートの減価=円安 [↩]
- 訳注;pは物価水準の対数値 [↩]
- 訳注;純輸出がマイナス=貿易赤字が発生する、ということ。実質所得の上昇によって輸入需要が増加し、その影響で純輸出がマイナスになる。 [↩]
- 訳注;日本から他国へ向けての輸出 [↩]
- 訳注;他国から日本へ向けての輸出 [↩]
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