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ひとえに地形ファンといっても、地形へのアプローチの仕方は千差万別。
昨年地形模型の展覧会を開催、多くの地形ファンとの交流を持った
建築専門書店・南洋堂の店主荒田哲史さんが、彼らをタイプ別に紹介します。
「東京の微地形模型」と地形ファン
東京の地形の魅力とは何か。それを考える際に、まず最初に挙げるべきは自然が生んだバリエーションの豊富さである。自然によってつくり出された地形(海底の隆起でできた海岸平野など)のことを「原地形」とすると、東京の原地形の中で最も特徴的なのは、西側の「山の手台地」と東側の「下町低地」が織りなすコントラストだ。景観や文化の格差を生んできた台地と低地は、地形が及ぼす社会への多大な影響を実感させてくれる。また、世界有数の大都市として発展を続ける東京は、徳川家康の入城から現代に至るまで、時代の要請に応えるように大規模な土木工事を繰り返し行ってきた。その痕跡が随所に残っている点も大きな魅力の一つである。このように、表情豊かな「原地形」と、そこに人間の手が加わることにより変貌を遂げてきた「人工地形」を併せ持つ東京の地形は、私たちの探求心を大いにくすぐる存在なのだ。
その魅力を映し出すメディアとして、「東京の微地形模型」を制作・展示したのは2011年のこと。この地形模型は、1.5メートル四方の木材を5メートルメッシュ標高データ(国土地理院)の数値を基に工作機械で削り出したものである。翌2012年、模型の上に、江戸古地図、海面上昇シミュレーション、交通インフラ、暗渠を含めた水路、地質の分類ほか、様々な映像コンテンツをまとめた約15分のムービーを投影した。2013年夏まで開催したこの展覧会は、数年前からの地形ブームも相まって好評を博し、開催期間の延長を重ねた結果、想定した以上の沢山の方にお越しいただいた。来場者の様子を見たり意見を聞いたりしているうちに、特に興味深く感じるコンテンツや地形に対する想いが人それぞれ異なることに気づいた。そこで彼らを大まかにカテゴライズする事ができるかもしれない、と考えるに至った。
まずは大きく分けて「アカデミック系」と「ロマン系」に分類することができる。「アカデミック系」とは自然地理学や都市論などといった学術的見地から地形へアプローチする人々だ。彼らは研究対象に関する決定的な証拠資料を集め、詳細に検証や分析をする。肩書きのあるなしにかかわらず、その姿勢はあくまでも“学者”である。なお、学問分野によって「アカデミック系」を更に分類することができる。
■アカデミック系 自然科学派
ベース:自然地理学、地質学など
特徴:
・学会や大学機関に属する研究者が多い
・地殻変動、気象影響、水系の浸食や堆積など自然がつくり出した地形を探求する
・地質学の観点から災害時の弱点をあぶり出すなど、防災学や地震学との結びつきも強い
活動例:しばしば工事現場に足を運び、地層を確認する
(特に都市部の再開発が活発な時は、研究を進める絶好の機会だ)
関連書籍:『東京の自然史』(貝塚爽平/講談社学術文庫)、『地形工学入門』(今村遼平/鹿島出版会)
■アカデミック系 人文・社会科学派
ベース:建築史、都市論、社会学、都市史、文化人類学、考古学
特徴:
・学会や大学機関に属する研究者が多い
・「江戸・東京400年」という観点から都市基盤を探求する
・古文書や古地図を研究資料として多用している
・台地に建つ権力者の邸宅など、地形と建築の関連性を明らかにする
・「ブラタモリ」に呼ばれがち
活動例:地形が及ぼす社会現象の調査。フィールドワーク
関連書籍:『東京の空間人類学』(陣内秀信/ちくま学芸文庫)、『見えがくれする都市』(槇文彦他/鹿島出版会)
地形は文化を生む。自然の基盤上に、時代毎に特色をもつ人間生活のレイヤーが重ねられてゆく。「ロマン系」は、その歴史や想像のイメージに浸ることに重きを置く人々である。文化人類学や歴史学から、文学や絵画(浮世絵)、写真などの多様な芸術ジャンルに至るまで、その入り口は無数にある。書籍を何冊も出しているような専門家から趣味の領域で楽しむ愛好家まで、程度の差はあれ地形好きの人口の殆どを占めるのは、間違いなくこの「ロマン系」だ。そしてロマン系もまた、大きく2つのグループに分類することができる。
■ロマン系 歴史派
ベース:考古学、人文地理学、文化人類学、日本史、歴史ドラマ
特徴:
・都内の名跡を歩く中高年グループ(暗渠化前の河川や都電などを記憶に残している方も多く、貴重な話を聞くことができる)
・博物館や郷土資料館に通うことで歴史の基本的な知識を備える
・ドラマチックな話を好み、特に縄文海進期に高い関心がある
・地名のルーツを詳細に知りたがる
・夏目漱石や永井荷風など日本近代文学の愛読者
・旧江戸城本丸から東を望み、武蔵野台地と下町低地のダイナミックな高低差を確かめるのが好き
活動例:縄文時代を主とする原地形への憧憬や江戸・東京など各時代の痕跡を求め、週末は都心でハイキング(“アカデミック系”をナビゲーターとして呼ぶ場合も)。知識を披露し合う場を複数持つなど、積極的な知的交流を好む
関連書籍:『荷風と東京 上・下』(川本三郎/岩波現代文庫)、『アースダイバー』(中沢新一/講談社)
■ロマン系 マニア派
ベース:他の追随を許さない探求心
特徴:
・地図、鉄道、バス、路地、坂、階段、壁、社寺、暗渠、看板建築など都市の細部に魅せられ、それぞれのテーマを掘り下げることで地形との関係を見出した人々
・ターゲットに集中するあまり周囲から怪しまれるような行動を取っていることもあるが、独自の理論と、獲物を絶対に見逃さない優れた観察眼を持っている
・「タモリ倶楽部」に呼ばれがち
活動例:コアなファン向けの出版物の刊行やグッズ販売、ならびにイベント開催
関連書籍:『地形を楽しむ 東京「暗渠」散歩』(本田創/洋泉社)、『壁の本』(杉浦貴美子/洋泉社)
「縄文期の貝塚」、「弥生期の土器」、「古墳時代の前方後円墳」、「室町時代の築城」、「江戸時代の城下町」……これらはすべて、武蔵野台地の先端部分で起こった歴史的事実である。このように、遥か太古の時代から現代に至るまで人間生活は完全に土地の形状に根付いて変遷を経てきており、切り離すことはできない。「原地形」や、その上に幾重にも折り重なるレイヤーに心惹かれてやまないのは、私たち人間の本能なのだろうか。剥き出しの地形模型を眺め、現実と空想を往来しながらそんな事に思いを馳せる。
―エピソード29―
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[作者より] まち歩きの醍醐味は、町で見かけた何気ないものから、自分で「何か」を発見することだと思います。この連載記事をきっかけに、自分なりのまち歩きの楽しみ方を見つけていただければと思います。「書を捨てよ、谷に出よう!」です。