韓国、「カーリングの先生」日本を下し五輪初勝利

韓国、「カーリングの先生」日本を下し五輪初勝利

 韓国カーリング界がその歴史に新たなページを書き加えた。

 シン・ミソン(35)、キム・ジソン(26)、イ・スルビ(25)、キム・ウンジ(24)、オム・ミンジ(23)=以上、京畿道庁=からなる韓国女子代表が11日午後(韓国時間)、ロシア・ソチのアイス・キューブ・カーリング・センターで行われたソチ五輪カーリング女子1次リーグの日本戦に12-7で勝利、歴史的な五輪初勝利を手にした。カーリング韓国代表は今回初めて五輪の舞台に立った。女子代表チームは2012年の世界選手権でベスト4入りして五輪行きのチケットを獲得した。

 韓国はこれまで「カーリング不毛の地」だった。国内に初めて導入されたのは1994年で、その歴史は20年に過ぎない。韓国カーリング第1世代のシン・ミソンは専用のシューズがなかったため普通のスニーカーの底にボンドでアクリル製の布をはり付けてリンクに立った。シン・ミソンは「スイープする時に使うブラシの交換がなかなかできず、国際大会に行った時は他国のチームが使っていたものをもらってリサイクルしていた」と話す。現在も登録選手数は約600人と、すそ野は広がっていない。

 韓国のカーリングは短期間に見事な成長を遂げた。体力や体格といった物理的な条件よりも頭の回転の速さと繊細な技の方が重要なこの競技は韓国人に向いていた。劣悪な環境に黙々と耐え、汗をかいた選手たちの努力も奏功した。韓国代表たちは泰陵選手村近くの安宿に滞在して練習した。海外合宿では現地在住の韓国系家庭に泊まり、昼食はカーリング場で売っているハンバーガーで間に合わせ、朝食と夕食は自炊していた。

 11日の初戦で対戦した日本は、これまで韓国の「カーリングの先生」だった国だ。韓国代表チームは2000年代初頭まで日本で合宿し、地元チームから基本的な戦略やテクニックを習った。韓国国内のカーリング場はわずか2カ所(泰陵選手村・慶尚北道義城)だが、70年代からカーリングが生涯スポーツとして定着し始めた日本では100カ所以上ある。日本代表にとって今回のソチは5回目の五輪で、代表チームのスキップ小笠原歩(35)は五輪出場3回目のベテランだ。

孫章薫(ソン・ジャンフン)記者
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