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一番の趣味の世界にも「流派」のようなものがあります。Aの立場はBのそれを批判する。Bは同様にAを批判する……ここに私の趣味を暴露するつもりは全然ありませんが、喩えてみれば、箏の山田流と生田流の違いのようなものだと思います。
どちらが正しいという訳ではありません。それぞれは、自分の流派の方が正しいと思っているかもしれません。そして「この世界」では、私も「一つの立場」に立っています。
しかし、思うことは、たとえ自分の「流儀」に反する立場であっても、いいと思う部分は取り入れればいい、賛成しかねる部分は、そういう考え方もあるのか、ぐらいに受け止めておけばいい。
勿論、そのためには、前提として「自分の立場」というものが必要になります。しかし、これとの出会いはもう、「運命」のようなものです。それを自分で選ぶことはできません。
例えば人はいつの時代のどこの国に生まれ落ちるかわかりません。どんな家庭環境に生まれ落ちるかもわかりません。
しかし、たとえ「与えられてしまった」ものにせよ、自分の立場に真剣に向き合い、その上で「想像力」を発揮するならば、相手の立場をもそれなりに「理解」できるものだと思います。それがなければ人間同士は永遠に平行線、理解し合えぬことになります。確かに、根本的なところで「理解」し合うのは不可能なことなのかもしれませんが、ある程度はそれが可能なことだと思っています。
一番の「趣味の世界」に対し、そのように思っているのですが、このことは総てにわたって言えることではないかと思っています。もう寝る時間になりました。
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