関ジャニ∞〜内博貴への8年間の愛(要するにお兄ちゃんは末っ子が大好きなんです)


◎関ジャニ∞〜内博貴への
 8年間の愛

※(あくまで自己満です)
長くなるので苦手な方スルーして
ください。



2005年7月13日
→博貴が事件起こし謹慎に
→仙台から帰ってきた錦戸
 大阪駅のホームで出迎えるメンバー
 内のことは自分のせいだと
 泣きながら村上に抱きつく
 錦戸に「大丈夫、大丈夫
 や」と励ます姿が目撃される

→この直後から大倉がWebで
 "8→1"と言う言葉を書く
 (以後2008年12月25日まで
 毎回書き続ける)

同7月28日
→亮ちゃんがWebで意味深な
 暗号を書く。縦から読むと
『内頑バ老ナ俺らハ松照殻』

同7月30日大阪城ホール前夜祭
→∞orockでの横山の発言
 "8人やで〜"

前夜祭が終わって大倉更新
→『次は大阪城ホールに
 完全色な花を咲かせます』

同9月14日シングル
好きやねん、大阪。発売
→7人でレコーディングし直したにも
 関わらず、ジャケ写に写ってい
 るのはなぜか8人
→1番最後のところで渋谷の声
 で『ひーろー好っきゃねん』

2006年FTO魂にて
→村上が小さな男の子に
 "メンバーで誰が好き?"
 男の子が答えのは『内くん』
『ありがとう、ありがとな』と
 泣き出すメンバー

2006年NEWS6人で再活動
→WebのNEWS、∞のプロフィールから
 内の名前が消える
 それと同時にメディアは
 "内博貴 NEWS及び
 関ジャニ∞脱退"と報じる

雑誌、ラジオでの発言
→広樹松ッテ増
→あいつがおらな無限大は
 歌いたない
→今は7人やけど俺らの中では
 確実に8人や

シングル『関風ファイティング』発売
→ソロパートがなぜか8パート

2007年5月内博貴復帰
舞台PLAYZONE2007で研修生復帰
→後に錦戸、安田がこの舞台を
 観劇し泣いたと告白

同7月5日東京ドーム2日目
→錦戸が客席から内の腕を掴み
 ステージへ上げる
→村上が着ていた∞Tシャツを
 内に着せる。"うちー"
 "うちー"とメンバー1人1人
 と熱く抱き合う内
→横山『やっと揃ったな』

→8人で手を繋ぎ、安田が
『これがほんまもんの
 関ジャニ∞です!!!』

→後にこの光景が写真集に載る
→写真集での錦戸の文章
『東京ドームで見た一度は
 失ったはずの可能性
 何より僕らにはこの事実がある』
→ちなみにはこれは事務所の
 許可を取らずに行ったものな
 ので後に事務所から大目玉を
 食らった。それでも笑顔の∞

→渋谷『あと4ヶ月やから』
 その4ヶ月ジャニーズカウコンで内が
 観客席から観戦

2008年1月内博貴ドラマ復帰決定
→主題歌はNEWSのシンデレラボーイ
→友情出演に錦戸出演
→会見で謹慎中毎日連絡を取り
 合っていたと明かす。5枚に
 も渡る手紙を内に渡した錦戸

同エコ番組『To Touchiエコ』で
パーソナリティーを努めた∞
→Touchi→uchi

同3月シングル『ワッハッハー』発売
→そのカップリングである『BJ』
 Webの関ジャニ戦隊∞レンジャーで
 の並び順にアルファベットを並べる

渋内錦丸安大村横
ABCDEFGH
IJKLMNOP

→内のところが【BJ】

同4月内ドラマ『おせん』出演

同夏関ジャニ∞夏魂開催
→『KANJANI∞ LIVE TOUR2008
 ∞だよ!全員集合』
→ステージのライトで使われる7色
 ピンクが使われ8色に
→無限大の内パートがピンクの文字
 でスクリーンに表れる
→内mainの曲All me for you
 編集されるわけでもなく
 内パートがそのまま流れる

→錦戸Web更新
『全員集合 みんなあの夏を
思い出せ忘れられるその前に』

同10月シングル
『無責任ヒーロー』発売
→Mステで披露した際後ろのスクリーン
 にピンクレンジャーが映る

堂本兄弟に出演した∞
→堂本兄弟のHPに告知される
 出演者の名前。そこには
【内博貴】の文字が

→ヒーローとは内のことを表して
 いるのでは?とeighterの間
 で話題に

同11月大倉ソロ魂にて内登場
→熱いハグを交わす2人
→この時既に内の復帰魂が決ま
 っており、見に行くと言った
 大倉に「ありがとう。
 たっちょん見に行くわぁ!」
 と以前から約束していたこと
 だった。

同11月ソロ魂での大倉の発言
→これからも8人でやっていく
 んで、よろしくお願いします

同12月内復帰魂開催
→∞とNEWSの曲を楽しそうに
 歌う内
→錦戸VTR出演
→さらにはゲストに横山、渋谷、
 安田、丸山の姿が
 横山『お前が変わってないよ
 うに俺らも変わってないからな』

同12月ジャニーズカウコンで内復帰
→丸山と同じステージで歌う
→大倉登場する時緑ではなく
 ピンクの服で登場

同大晦日Fiveの年越しLIVE
→渋谷が「僕の可愛い弟を紹介
 します」と言って内登場
→錦戸、安田、渋谷と共に
 ∞時代の曲披露

2009年1月2日 内復帰魂大阪
→ゲストに大倉忠義
→内の団扇を持って走る
『たっちょーん』と嬉しそうに
 駆けより抱き合う2人
→∞時代の思い出で和む
→∞時代の曲を腕を組みながら
 歌う2人
→Wアンコでピンクの半被着て登場

同1月3日 内復帰魂大阪
→村上が観客席から観戦してい
 るのを発見される

同1月4日 内復帰魂大阪オーラス
→ゲストに錦戸亮登場
→2人でNEWS時代の
 2人の曲を歌う

同1月大倉のあの言葉がWebから
初めて消える
→『同じ時代に生まれた奇跡
これからも輝き続けてほしい
場所は違えども』と決別宣言と
も取れる言葉を発信する
同時期、丸山も同じような発言
をWebで書く

以後、内のソロ活動が増える

同年社長が「元いたグループに
戻ることはない」ときっぱり

同5月アルバム『PUZZLE』発売
→ジャケ写ピンクの文字で【∞】
→【なくしてしまった
 1つのピース探しているよ】
→【探してる 足りないピースを
 探してるこの東京で】
→eighterの間でパズルとは内の
 ことでは?と話題に

※このパズルと言う曲実は錦戸が斉藤和義さんに制作してもらった曲で、"∞の一番近い思い"と
言われる。

同年新聞にて内本人が
グループ復帰を否定

同12月関ジャニ∞年越し単独LIVE
→ジャニーズカウコンで京セラからスクリーン
 見ていたメンバー。そこに内が
 写り込む。会場大歓声
 『うちー!何やってんねん、
 そんなとこで(笑)』
 『こっち来いや〜』

後に発売されたツアーDVDに
メンバーの声で『ありがとう。
博貴もありがとう』

2010年
以後、∞の口から"7人"と言う
言葉が増える
内も他のバンドでの活動が増える。

堂本兄弟でのキンキの発言
『俺ら(2人)とあいつら(8人)で
10人やから』

キンキのラジオに出演した夫婦
光一「関ジャニ∞って8人やんな?」
横山「ちゃいますよ!
現状は…現状はですけど」
村上「現状はですけど…」
寂しそうに語る夫婦

同年12月関ジャニ∞単独LIVE開催
→末っ子の様子を嬉しそうに
京セラから見守るメンバー

→内がスクリーンに映った時会場は
 大歓声でその歓声を受けて
『ありがとうございます』
『内もあっち(ソロ)で頑張ってます』

2011年8月内二度目の決別宣言
→【未だに関ジャニ∞に戻って来てほしいってファンレターもらうけど、
俺もう後ろ振り向きたくないからさ…】

2012年関ジャニ∞デビュー8周年
∞レンジャー公開
→ブルーの『僕ピンクが好きやねん』発言

秋に発売した初のベストアルバムでは編集は一切なし、内の声をそのまま使う。特典のシングルポスターも
全て当時のまま。

8月8日には8周年記念イベントと
題して、88万人を動員した大規模イベントを開催。

そのグッツのパンフレットの中でメンバー
全員が内について語る。



渋谷「あいつヤリよったと思ったけど、グループにとってこれをマイナスにしたらアカンと思った」

錦戸「内のこといつかは俺の口から言わな、と思ってました」

安田「内が戻って来れないかもしれないなんて考えるのは怖かった」

大倉「正直俺は最初戻って来ると思っていたし、内のスペースは
空けたままにして俺らは死ぬほど頑張らな、と思った」

村上「戻って来やすい状況を
作らないとと思った」

横山「今内はソロでやってるからね。それは良かったと思うよ、ほんまに」




突然こんなこと書いて、びっくりさせてごめんなさい(笑)

8周年の締めと言うことで
ちょっと振り返ってみたくなったんですよね(´・ω・`)

ここまで読んでくれて
ありがとうございますm(_ _)m

振り返って見て、自分でも
思ったのですが

内博貴がどれだけ愛されていたかがよく分かった、8周年でした


▼メンバーの言葉1つ1つ解説

→確かに内博貴と言うエースが抜けたことはグループに対して、マイナス
だったのかもしれない。

だけど私が見る∞はいつも笑顔でそんな素振りを見せることもなかったから、∞の本心がずっと分からなかった、∞の本心を知りたかった。

だから"内のことがあったから
今の∞がある"∞がそう言ってくれることが私は本当に嬉しい

だって、悲しいけど博貴のことがあったから今の∞があるわけで

8年前デビューした時は今のこんな姿想像も出来なかった。
だけどこれが今の∞の姿なんだなって思うと本当に微笑ましく思います。

これが∞のずっとやりたかったこと、eighterとして元内担としてその夢を全力で応援したい。


"もし今も8人だったら…"
だなんてもう言わない。

だけど、いつか生まれ変わったならまた8人の関ジャニ∞に私はまた巡り会うはず。

その時はまた今と違う関ジャニ∞を見れたらいいな…



分かってる。
今のこの人気がずっと続くわけじゃないって。

"いつか"その時は必ず訪れる


もし、ファンが減っても
おばちゃんになるまで、って
言うか死ぬまでeighterでいさせてください。笑

これからも7人と末っ子を
ずっとずっと大好きです。


2012年12月2日
元内担ひさっきー

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1 Yonda!

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