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松本和子 理工学部教授
バイオテクノロジーとナノテクノロジー
ミクロの世界からもたらされる「いのちの質」の向上とは?


松本和子 理工学部教授
■まつもと・かずこ
 理工学部教授。1949年10月27日生まれ。72年東京大学理学部化学科卒業。77年同大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程中退、同大学理学部化学科助手。77年理学博士。84年早稲田大学理工学部助教授。89年同教授。
【研究分野】無機錯体化学、分析化学
【所属学会】日本化学会、日本分析化学会、電気学会
【著書】『生体微量元素』(講談社サイエンティフィック)
【表彰】1984年日本分析化学会奨励賞、89年日本化学会学術賞。2000年市村賞。
【愛読書】英語の探偵小説、歴史小説、一般人向きの易しい科学雑誌や科学を題材にした小説などを電車の中で読みます。
【趣味】テニス
■COE Waseda(分子ナノ工学研究拠点)
【URL】http://www.coe.waseda.ac.jp/index-j.html
ただいま実験中!
▲ただいま実験中!
Eu(ユーロビウム)を含む希土類錯体ラベル剤の1つ
▲Eu(ユーロビウム)を含む希土類錯体ラベル剤の1つ(球状にみえるのがEu原子)
白金(プラチナ)を使う基礎化学の第一人者がバイオテクノロジーに挑戦!  新開発の意外なきっかけとは?
 21世紀、注目すべき科学技術の一つであるバイオテクノロジー市場。ナノテクノロジー(超微細技術)を用いた松本和子理工学部教授の化学研究は、バイオ分野に一大旋風を巻き起こす大きな可能性を秘めている。
 研究内容は「希土類錯体(さくたい)の合成」。錯体とは、ヘモグロビンやクロロフィルなど重要な反応性や物性を持つ化合物を指すが、金属、有機物だけでは実現できない物性が得られる面白い材料として、注目を集めている。また、希土類とはレアメタルの一種で、蛍光体、磁石、触媒、超電導材等に使用され、先端産業に欠かせない重要な金属。つまり、先生は希土類を使って私たちの暮らしを向上させる錯体を合成しようと、日夜頑張っているのだ。
 「取り組んだ動機は不純なんですよ(笑)」。実は、松本先生は白金(プラチナ)錯体の合成で世界初の研究に成功し、世界的にも著名な存在。「本当は、白金の研究をもっと、もっとやりたいんだけど、お金がかかるのよ」。プラチナと言えば、お馴染みの指輪等の素材に使われる最も高価な金属。それを実験材料にするのだから…。中には白金を買わずに金属会社から借りて合成し、論文を書いたら白金を会社に返して研究を続ける先生もいるそうだ。
 「私は錯体ならプロ。錯体の研究で研究費が捻出できるものが、何かないかと考えていた時、研究室に来た留学生が希土類錯体の研究をやっていたのです」。当時、希土類錯体には少数のバイオ分野への応用例があり、「これだ!」と思った先生は、留学生と二人三脚で研究に励んだ。

新しい「蛍光ラベル剤」で未知なる極微細な情報を検出  「いのちの質」の向上へ!
 それが今や、DNAの分析やガン等の病気の検査に広く用いられる蛍光ラベル剤の、画期的な新開発につながった。
 「蛍光ラベル剤は、生命化学の研究には欠かせないものですが、この研究で従来比何百〜何万倍の感度が実現したため、従来の検査では見つからなかったレベルのものが検出できるようになりました。例えば、ガンの検査は腫瘍マーカーというタンパク質を蛍光ラベル剤で検出しますが、従来3センチ程度にならないと検出されなかったものが小豆大とか、ごく初期の段階で発見できるわけ。また、今の検査では投薬後の副作用までは予見できないけれど、感度が増して多くの情報が得られれば、アレルギーや副作用等を投薬前に診断できるようになるでしょう」
 現在、他大医学部等の研究室や会社と共同し、いろいろな生体分子解析への利用を実験中。「共同研究の相手にも恵まれて。今、この蛍光ラベル剤を使った検査を繰り返し、医学的データを蓄積している最中。今後解析が進めば、臨床に応用できる各種情報が得られますが、今は、私の研究でやっとツールができたところです」

研究を活かした分析機器を開発、バイオ市場に日本製品が進出!  ナノバイオ分野の確立へ
 「バイオ分野の試薬や装置は、アメリカ製品が市場を席捲していて、日本はもちろん、ヨーロッパでもアメリカ製品を買うしかない。しかし、今回開発した希土類錯体を使った分析機器は、従来製品より何百倍の感度で、コストも低く押さえられるんです」。性能が良く、価格競争力のある製品ならば、アメリカの一人勝ち状態のバイオ市場に、日本製品が一矢報いることができる。経済効果も期待できるが、さらに出遅れたと言われるバイオ市場に日本が進出するきっかけになるに違いない。
 その他にも、先生の研究する希土類錯体は技術への応用範囲が広く、さまざまな形で実用化されることで私たちの生活に寄与する可能性を持っている。「共同研究者からも用途によって違った注文が来るんですけど、五十種類以上作った希土類錯体の中で、バイオ分野で使えるのは今のところ二種類しかなかったですね」
 今後は希土類錯体の研究も続けるが、「これで白金の方も、資金の心配することなく研究できるようになりそう。こちらの研究が進めば、今、物理分野の研究者が量子化学等で計算により予想している物質の性質などを、実験で実証できるようになる。そうすれば、新しい物性分野となる可能性のある物質が発見できるかもしれないんです」と、目を輝かせる様子からは、大好きな研究に取り組むことのできる期待と嬉しさが溢れんばかり。
 「私はそもそも基礎化学の人間ですが、基礎をしっかりやっていて、能力さえあれば、さまざまな分野の応用へと発展させることができるんです。つまり、それだけ可能性が広いってこと。それが、基礎の人間の強みです」。理系でも文系でも、最近、学生が地味で難解な印象から基礎分野の研究を敬遠しがちだという声が聞かれるが、基礎だってこんなに面白い。人類の未来に貢献する宝の山が、まだまだ隠されているのだから!
研究室のメンバーが勢揃い
▲研究室のメンバーが勢揃い

(2001年11月1日掲載)

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